第75話 遠花火
「人間ならば必ずいるものだろう。父親なんて」
遠花火がどんどんどんどん、と惣闇に向かって、大輪の火花を咲かす音が聞こえる。
「僕の父親がどうだって?」
佳月が輝く夜陰の下、彼の好奇心は暴露へと向かった。
「俺がお前のお父さんについて調べてやるよ。俺はその界隈ではちょっとした、有名な暴き屋なんだ。こう見えて、ネット上の暴露記事の情報提供者に、俺の名は堂々と連ねているんだぜ」
彼はそういった生産性のない誹りのような分野でしか、自己開示の能力を発揮できないような、哀れな種族の仲間の人間に僕には見えた。
僕は彼に疑心暗鬼を生じながらも、父さんの名前を走り書きしたメモを渡し、彼は意気揚々、ぺこぺこと頭を下げながら鼻歌交じりで、どういうわけか、遠足を待ち侘びる小学生のようにスキップした。
今日は隅田川花火大会の納涼の日だったのだ。
この小さな公園からも、その平和的な盛況は手に取るように感じ取る。
「まあ、君のお父さんについて暴いても、俺には何の利益にもならないけれど」
彼の微妙すぎる個人的関心に任せてもいい。
僕の父親がどんな人間なのか、多少は知っているから。
枝垂れ柳の大花火の大輪の花が幽明に向かって大きく閃光を放った。
「この花火、今年も隅田川花火大会が中止になったから、その代わりの花火だよ」
歓声が路上や庭先のベランダから聞こえる。
「花火なんて彼女と見るものだし、野郎二人で見るなんてウケるし、痛快」
彼の愚痴を小耳に挟みながら、こんな百花繚乱の花火を僕だって君と見たかった。
浴衣姿の君を眺めて、僕は甚平を着て、綿菓子を口にしながら君と恋のサイダーを飲んで、河原へ行って手を繋ぎながら、夜空を咲かす、大輪のじれったい、夢幻のような恋花火を見たかった。
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