第五章 最低の勇者
「か、間一髪だったわね」
転がり出た後、直ぐさま私は門を消滅させた。慌てていたので、出る場所を指定する暇がなかった。なので、いつもの真っ白な召喚の間でうずくまるようにして私は息を切らせていた。だが聖哉は呼吸も乱さず、私に告げる。
「此処に出たのは都合がいい。早速、今からトレーニングを開始する」
そして、いまだにハァハァ言っている私の背を押す。
「ち、ちょっと?」
「トレーニングの邪魔だ。出て行け」
「ま、また自重トレ?」
「ああ。そうしないとアイツには勝てない。見たところ、アイツはスライムの何倍も強かった」
「いや、そりゃあまぁ……四天王だから……」
「納得のいく成果が出るまで俺は此処を出ない。準備が出来たらブザーで知らせる。それまで此処には入るな」
決意に満ちた双眸を見た時、私は何も言えなかった。
そうして聖哉は私を追い出し、再び召喚の間に閉じこもったのだ。
……二晩経った。聖哉への朝の差し入れを扉の下部から滑り込ませた時、不意にイヤな予感が走った。女神の勘というやつだ。
私はアリアに地上世界を見通す水晶玉を借り、自室でそれを前に呪文を唱えた。
「三千世界、全てを見通す水晶よ。差し迫る危険があるならば、今此処にそれを映し出し給え……」
すると水晶玉にはエドナの町が映し出された。武器屋などが立ち並ぶ町の中心部だ。
と、不意に。
『ねー? 見てるー?』
「うわわっ!?」
禍々しいケオス=マキナの顔が水晶玉にアップで映され、私の心臓は止まりそうになった。
ケオス=マキナは妖艶な笑みを浮かべつつ、大声を出していた。
『見てるかしらー? 女神様に勇者様ー? アナタ達が現れないのなら、この町を滅ぼしてやるわよー?』
そしてケオス=マキナは嫌がる男性の頭部を片手で掴み、私が水晶玉で見ているのを知っているかのように、泣き叫ぶ哀れな顔をこちらへ向けた。
『これから十分に一人ずつ、住民の首をチョン切っていくわねー』
言うや、躊躇もなく大剣で男の首を掻き切る。鮮血が辺りに撒き散らされ、私は思わず水晶玉から目を逸らした。
『人間の赤い噴水ってば綺麗、綺麗、とっても綺麗ねー』
水晶玉からはケオス=マキナの悦に入った声が聞こえていた……。
『バンッ!!』と、私は召喚の間の扉を大きく開いた。
トレーニング中の聖哉が私を睨む。
「ブザーが鳴るまで入るなと言わなかったか?」
「緊急事態よ! すぐにエドナの町に戻りましょう!」
「何故だ?」
「ケオス=マキナが町の人達を処刑しているの! 私達が現れるまでアイツは殺し続けるわ! だから早く準備して!」
私が必死に訴えても、聖哉はトレーニングを止めなかった。
「ダメだ。まだ準備は出来ていない」
「でも! こうしている間にもケオス=マキナは町の人を殺しているのよ!」
「落ち着け。お前は確か、此処では時の流れが遅いと言っていなかったか?」
「いくら時間の流れが緩やかだといっても完全に時間停止している訳じゃないのよ!」
「それでは向こうとこちらの正確な時間の対比は分かるか?」
「……約百分の一。向こうの十分はこちらでは約十六時間よ」
「なら問題あるまい。次の奴が殺されるまで、まだまだ時間に余裕はある」
――いや確かにそうかも知れないけどさあ!! 普通、勇者ならすぐに助けに行こうと思うでしょ!! 何なのよ、アイツ!!
ヤキモキしながら一旦、私は自室に戻った。戻った後も気が気でなく水晶玉を眺め、エドナの町の様子を窺っていた。
……一体、何時間経過しただろう。やがてケオス=マキナに動きがあった。見ると新しい人質の首根っこを掴んでいる。
『さぁ今度はこの男を殺すわよー』
その男性には見覚えがあった。そして私の記憶を確実にさせる声が水晶玉から聞こえる。
『パパー! いやああああああああ!! やめてえええええええええええ!!』
おさげの小さな女の子が泣き叫ぶ。その子の姿を見た瞬間、私は水晶玉を持って、召喚の間へとダッシュした。
扉を開くと、聖哉が呆れたような顔で私を見た。
「……入るなと何回言えば分かるのだ?」
「それどころじゃないのよ! コレを見て! 分かるでしょ? 町で会ったニーナよ! ニーナのパパが今からケオス=マキナに殺されちゃうのよ!」
だが、聖哉は動揺しないばかりか、今度は片手で腕立て伏せを始めた。
「ち、ちょっと! 話、聞いてる?」
「まだだ。まだ準備は出来ていない」
その時。私は一心不乱にトレーニングする聖哉の心の中を見た気がした。
真剣に私は聖哉に語りかける。
「聖哉……怖いのは分かるよ? けどアナタのステータスならアイツに勝てる可能性はゼロじゃない。私だって最大限のバックアップはする。私の回復魔法だって捨てたものじゃないのよ。だから……ね?」
だが聖哉はバカを見るような目付きで私を睨んだ。
「何を言っている。別に俺は恐れてなどいない」
「ケオス=マキナから逃げたくせに」
「あれは戦略的撤退だ」
強情な聖哉に私の怒りは爆発した。
「とにかく早く行こうよ!! いい!? アナタは仮に死んだとしても元の世界に戻るだけ!! でもあの人達はそうじゃない!! 死んだらもう生き返らないのよ!!」
それでも聖哉は聞く耳を持たなかった。静まり返った召喚の間で、水晶玉から悲痛なニーナの泣き声が轟く。
『パパあああああ!! ヤダよううううう!! お願い!! お願いだから、パパを殺さないでええええっ!!』
ケオス=マキナはニーナに悪魔の微笑を見せる。
『心配しないでー。さみしくない、さみしくないわー。だってアナタもその後、すぐに首をチョン切ってあげるのだからー』
……私は聖哉の目の前に水晶玉を突き出す。
「ねえ!! コレを見ても何とも思わないの!? あの子、アナタに押し花をくれたのよ!! アナタの身を案じてお守りだってそう言って!!」
すると聖哉は懐から押し花を取り出して、それを一瞥した。
「ふむ。あながち『呪いのアイテム』というのは当たっていたかもな。こんな物を持っていたからあんな女に遭遇したのかも知れん」
その言葉を聞いて、私は愕然とした。
「失敗……失敗よ……!!」
私の口を突いて出る言葉に聖哉は反応した。
「何がだ?」
「アンタを召喚したことが、よ!! 能力値は確かに高いかも知れない!! だけどアンタは最低で最悪の勇者よ!!」
私の目に涙が滲む。悔しくて、居ても立っても居られなくて、召喚の間を出ようとした時、聖哉が私に語りかけた。
「それでどうする? 俺の他にケオス=マキナと戦えるような奴がいるのか?」
「探す!! 今からアンタの代わりの勇者を見つけるわ!!」
「お前は俺のステータスを見た時、一億人に一人の逸材だと言っていたな。すぐに代わりが見つかるとは思えんが」
「意地でも見つけるわよ!! 意気地なしのアンタの代わりなんていくらでもいるんだから!!」
「俺は意気地なしではない」
「意気地なしよ!! 死ぬのが怖いんでしょ!! だからそんなに慎重に準備したがるのよ!! 違う!?」
「死ぬのは怖くない。だが俺は死ぬ訳にはいかない。なぜなら俺が死んだらあの町が滅ぶ。そしてやがてはあの世界そのものが滅ぶからだ」
……その言葉にハッとした。
こ、コイツ、そこまで考えて……? うぅん、違う! 違うわ! 騙されるな! 詭弁よ! コイツは上手いこと言って意気地なしの自分を自己弁護しているだけなのよ!
キッと聖哉を睨む。だが聖哉は先程までいた場所にいなかった。
部屋着を脱いで、鋼の鎧を装着している。
「な、何してるの?」
「決まっているだろう」
「ま、まさか……!」
私は『能力透視』を発動。聖哉のステータスを垣間見た。
そして……大きく息を呑んだ。
Lv21
HP4412 MP3677
攻撃力932 防御力990 素早さ993 魔力666 成長度475
耐性 火・氷・風・水・雷・土・毒・麻痺・眠り・呪い・即死
特殊スキル 火炎魔法(Lv18)獲得経験値増加(Lv6)能力透視(Lv8)
特技
性格 ありえないくらい慎重
――こ、この短期間で仕上げてきた……! 本当に魔王軍四天王ケオス=マキナを凌ぐ程に……!
鋼の鎧を身にまとった一億人に一人の逸材、竜宮院聖哉は今、射るような眼差しを私に向けていた。
「行くぞ。
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