第百二章 幽神

 神界に戻るとすぐに、聖哉はセルセウスのカフェに向かった。私、ジョンデ、そしてキリコもその後に付いていく。


 聖哉が、ガーデンテーブルで紅茶を飲むアリアとアデネラ様に歩み寄る。アデネラ様が聖哉に気付いて、目を輝かせた。


「せ、聖哉……! ひ、久し振り……!」

「うむ。あっちに行け」


 近付いてきたアデネラ様を剣の鞘で弾き飛ばし、聖哉はアリアに話し掛ける……って、相変わらず扱い、ひっでえな!? アデネラ様には結構お世話になってるのに!!


「アリア。肉体の無い幽霊のような敵に対して、有効な技を持つ神を知っているか?」

「つまりゴーストタイプの敵、ってことよね……」


 アリアはアゴに手を当てて、考えている。私はジョンデに聞いてみた。


「ねえ、ジョンデ。死皇ってゴーストタイプなの?」

「俺も詳しくは知らん。だが死皇はその名の通り、死を司る魔物らしい。死皇自体がゴーストでなくとも、ゴースト系の魔物を多く放ってくる可能性はある。勇者の言う通り、対策はしておいた方が良いだろうな」

「うーん。あっ、でも聖哉! 聖哉の火炎魔法なんかも、ゴーストにそれなりの効果はあるんじゃない? それにヴァルキュレ様の『アストラル・ブレイク』だって既に習得してるのに?」


 しかし聖哉は首を横に振る。


「火炎魔法が効かなければ、どうする? アストラル・ブレイクは有効でも、逆に言えば、対ゴースト用の技はそれしかない。もっと多様な技を身に付けておきたい」


 聖哉の言葉を聞いてアリアが頷いた。


「あらゆる形態のゴーストに確実にダメージを与えられるとしたら、幽神ネフィテトの技しかないでしょうね」


 幽神ネフィテト様――また聞いたことのない神様だわ。でもその神様がゴーストに確実に有効な技を教えてくれるのね!


「アリア。ネフィテト様って、どこにいるの?」

「神界墓場よ」

「へぇ、神界墓場……って、墓場ァ!? 神界に墓場とかあったの!? 神様って死なないのに!?」

「ごく稀にだけど、異世界救済中、敵にチェイン・ディストラクションみたいな強力な武器で殺されてしまうこともあるわ。それに……」

「それに?」

「まぁ……神にも色々あるのよ……」


 アリアは何だか言いあぐねている様子だった。あまり突っ込んで話を聞くのも悪い気がして、私は神界墓場の場所だけを聞くことにした。






 変化の神ラスティ様の暮らす隠遁神山。そのふもとに神界墓場はあった。


「うう……リスタさん。何だか私、怖いです……」

「へ、平気よ、キリちゃん! 此処は神界だもん!」


 そう言ってキリコを慰めるが……寂れた裾野に十字架や石碑が建ち並ぶ不気味な光景が広がっている。何だか空もどんより曇ってきたようだ。


 近くの石碑を何となく眺めてみた。


 ……『享年35422442歳』と書かれている。


 す、すごい年数を生きた神様なのね。どうして死んじゃったんだろ?


 不思議に思っていると、


「……神々の持つ永遠の命は時に、逃れ能わざる業苦にもなり得るね」

「ひえっ!?」

 

 不意に背後から聞いたことの無い女の声がして振り向いてしまう。


 そこには真っ青な長い髪の女がいた。美しいが疲れたような顔で、額には三角の白い布を付けている。何より私が驚いたのが、


 ――あ、足がない!?


 その女の胴体から下は無く、ふわふわと浮遊していた! 怖くなって後ずさると、


「おっと。驚かせたね。心配ない。私、この墓場の管理してる女神ね」


 め、女神!? じゃあ、この幽霊みたいなのが……幽神ネフィテト様!!


 ネフィテト様は何故か私に手招きしていた。


「大丈夫。こっち来るね」

「えっ!?」

「顔、見れば分かる。別に恥ずかしいこと、ないね。そういう神、多い」


 カタコトで喋りながら、ネフィテト様は私の肩に手を置いた。


「アンタ、『エタ神』になりに来たね?」

「!! 『エタ神』!? 何ですか、ソレ!?」

「永遠の時を生きるのに疲れ、自ら死を選ぶ神のこと『エタ神』と呼ぶね」

「そ、そうなんですか……って違います!! 私、エタ神になりに来たんじゃありません!!」

「アレ? 違うね? 幸が薄そうな顔だから、てっきりエタりに来たと思たよ」


 失礼ね! 私、まだまだガンガンやれるっての!


「なら一体、何の用ね?」


 私は本来の用件を言おうとしたが、


「どけ、エタ神」


 聖哉が私を突き飛ばした。


「!? だからエタってねえわ!!」


 叫ぶがいつものようにスルーされる。聖哉はもうネフィテト様しか見えていないようだ。


「確実にゴーストに効果のある技を習得したい」

「ゴースト、沢山の種類あるね。火の魔法が効かないゴースト、氷に強いゴースト、光に強いゴーストなんかもいる。それでも、」


 言いながらネフィテト様は腰から細身の剣を抜いた。一見、何の変哲もない剣だが、


「……ゴーストバスター幽滅霊剣


 ネフィテト様がそう呟くと同時に剣が白い膜のようなもので覆われる。


「こ、これは……?」

「剣に霊力を付与したね。これでこの剣は『霊的物質』なった。この剣なら色んな種類のゴーストに攻撃が通るね」

「ほう。霊的な攻撃を可能にしたという訳か。確かにそれなら全てのゴーストに対して効果が期待出来そうだ。いいだろう。その『ゴーストバスター』とやらを教えて貰おう」


 相変わらず偉そうな勇者だったが、ネフィテト様は別に機嫌を損ねてはいないようだ。ただ首を静かに横に振る。


「まず、剣に与える霊力そのものを身に付けなければならないね」


 今度はネフィテト様は懐から木で出来たトンカチのような物を出してきた。


「この木槌で叩けば霊体なれるね。霊になってから、霊力、鍛えるね」


 えええええ!? じゃあまずは聖哉自身が幽霊にならなきゃいけないってことなの!?


 怪しげな方法だと思ったが、


「うむ。分かった」


 聖哉は意外にもすぐに了承した。そして木槌をネフィテト様から受け取ると、


 ゴチーン!!


 有無を言わさず、私の頭に叩き付けた!


「ふごっ!?」


 いや、何でいきなり私で試した!? 自分で試せよ!!


 怒ろうとしたが、体が何だかフワフワする。


 ……今。私は倒れた私を空中から見下ろしていたのだった。


 うわわわわっ!?


 倒れている私の頭の先から白い糸のようなものが出ており、それが霊体の私の頭に繋がっている。セレモニクに呪われた時に幽体離脱したような感じだが、違うのは、


「うお……! 女神が二つに分離したぞ! これが霊体か!」

「た、倒れているリスタさんの体から、うっすらとしたもう一人のリスタさんが見えますっ!」


 ジョンデとキリコにも今回は私の姿が見えているらしい。


「キリちゃん! 私の声、聞こえるの?」

「はい! 聞こえます!」


 霊になっても生きている者と会話が出来るようだ。だが試しに私がキリコに触ろうとしたら、すり抜けてしまった。


 その様子を見て、聖哉がコクコクと頷いている。


「それでネフィテト。元の体に戻るにはどうすれば良い?」

「倒れている自分本体に重なるようにするね。そしたら肉体に戻るね」

「よし、リスタ。やってみろ」


 な、何で私、こんな状態にされて、しかも命令されてんのよ……!


 不満と苛立ちを感じながらも、自分の体に合わせて寝転がってみる。


「あ……」


 すると私の霊体は私本体に戻ったのだった。


 ああ、よかった! ちゃんと戻れたわ! と半身を起こすと、


 ゴチーン!!


 またも頭に衝撃があり、私は倒れて再度、霊体となって浮かび上がる!


「!! はああああああああああ!?」

「念の為に二回試したが……うむ。これで安心した。俺もやろう」

「俺もやろう、じゃねえわ!! 二度も私を実験台にすんな、バカ!!」 


 だが、既に私の隣には霊体になった聖哉がいた。本体の聖哉は同じく倒れた私の横で仲良く並んで地面に伏している。


 ネフィテト様が私と聖哉の霊体に話し掛けてきた。


「それじゃ今から霊的修行、開始するね」

「れ、霊的……修行って?」

「ニコラテスラの研究を飛躍させ、スカンジウムからのアストラル体をオッドアイする霊験あらたかな修行ね」


 よ、よく分からないけど……何だかオカルティックね!! 一体どんな修行なのかしら!?


 そしてネフィテト様は聖哉を見て言う。


「じゃあ今からそこで、腕立て100回に腹筋100回ずつ、やるね」

「!? いや筋トレすんのかい!!」


 どこが霊的な修行なんだよ、と思ったが、


「うむ。分かった」


 聖哉は驚く程、あっさりと受け入れ、早速その場で黙々と腕立て伏せを始めた。


 ま、まぁ聖哉って、筋トレ好きだもんね。そもそもコレ、筋トレっていうのかどうか分かんないけど……。


 しばらく聖哉を見詰めていると、ネフィテト様がコップに入った白い液体を持って聖哉に勧めてきた。


「プロレイン、飲むね」

「!! プロレイン!? 何ですかソレ!?」

「健康的な霊体の形成に必要な必須アミノ霊酸が豊富に含まれてるね。飲めばれいトレがはかどるね」

「れ、れいトレ……!!」


 聖哉はコップを受け取り、まじまじと眺めていたが、急に私の背後に回り込み、私の鼻を摘んだ!


「ふがっ!?」


 そして開いた口に、プロレインを流し込まれる!


「うぼげぐごぼおっ!?」


 ドロッとした液体が喉を通過していった。


「どうだ? 体調に、いや霊調に変化はないか?」

「げほっ、がはっ……ってか、お前……いちいち私で試すんじゃねえええええええええええええ!!」

「ふむ。元気そうだな」

「全然、大丈夫ね。プロ霊ンは安心安全な霊的サプリメントね」

「よし。ならば俺も飲もう」

「霊的マッチョ目指して頑張るね」


 そしてネフィテト様は私と聖哉の肩を叩いたが……いや何で私、無理矢理、霊体にされた挙げ句、プロレイン飲まされてんの!? 私、別に霊的マッチョになんかなりたくないんだけど!?


 激怒した私はすぐに寝ている自分に被さり、本来の体に戻ったが、その後も聖哉は霊トレを続けていた。


 一心不乱に霊トレに励む聖哉を見て、ジョンデが息を呑んでいた。


「それにしても、すげえな。まだ続けるのか……」


 汗が玉になって流れ落ちている。霊体なのに汗だくなのはどうしてかよく分からないが、とにかく限界を超えて頑張る聖哉の姿を見て、


「か、かっこいいです……!」


 キリコがぼそりと呟いた。確かにストイックなまでに自分を鍛える聖哉は見ていて男らしいとは思う。


 長い腕立て伏せの後、プレ霊ンを飲んでいる聖哉にキリコが近付いていく。


「わ、私もいつか、聖哉さんみたいに強くなりたいです!」

「ほう。お前もプロレインが飲みたいのか?」

「あ、いえ……そういう訳では……」


 キリちゃん、そんなこと言ってないじゃん。何言ってんの、この人……。


「あまりやりすぎても逆効果だな。少し休憩しよう」


 そして聖哉もようやく自分の肉体に戻ってきた。


「休憩がてら試したいことがある。ネフィテト。肉体の頭から出ている糸のようなものが霊体に繋がっているが……それを断てば死んでしまうという訳か?」

霊糸れいしのことね。確かに、霊糸を切った後、長い間放っておけば死んじゃうね。でも少しの時間なら平気。ちなみに、その間に別の容れ物に霊体をつなぎ合わせて固定させてやることも出来るね」

「ほう。なら、たとえばこの男の霊体を、体から切り離し、別の体に入れることも可能という訳か」


 そして聖哉はジョンデに近付き、木槌で頭を叩いた。


「うおっ!?」


 倒れたジョンデの肉体から霊体が現れる。


「お、お前、いきなり何すんだよ!!」


 霊になったジョンデが怒るが、ネフィテト様が聖哉にハサミを差し出していた。


「霊糸、切るつもりね? なら、この霊体バサミを使えば、痛み無く切り離せるね」


 しかし、聖哉はジョンデの肉体と霊とを繋ぐ糸を両手で掴むと「ふんっ」と、力任せに引き千切った!


「!! 痛っでええええええ!? な、な、何してくれてんだ、お前えええええ!?」

「面倒だからな。引き千切った」

「霊体バサミ使えよ!!」


 聖哉は叫ぶジョンデを無視して、懐から金色に輝く藁人形を取り出す。私はその不気味な人形に見覚えがあった――というか最初に作成したのは他ならぬ私自身だ。


「リスタの毛髪を用いたリスタル毛人形けにんぎょうだ。おおタルテ作成時の余り物だが、これを使って今から実験を行う」


 そして聖哉は千切ったジョンデの霊糸をリスタル毛人形に巻き付けた! ジョンデの霊体が小さな人形に吸い込まれていく!


「はっ!? こ、これは……俺……なのか!?」


 何と! リスタル毛人形からジョンデの声が聞こえ、そしてバタバタと小さな手足を振って動き出した!


 あまりの不気味さに私とキリコは絶叫する!


「いやああああっ!? リスタル毛人形が動いてるぅぅぅ!!」

「な、な、何だか怖いですっ!!」


 しかし聖哉は腕を組んだまま、コクコクと頷いていた。


「うむ。良い感じだ」

「「一体、何が!?」」


 毛人形になったジョンデも私も揃って叫ぶ。マジで全く意味が分かんない!


 すると、ネフィテト様が思いついたように言う。


「あまり長いこと、このままだと霊体が人形に同化して元に戻れなくなるね」 


 毛人形となっているジョンデが暴れ出した。


「だ、だったら早く、戻してくれよ!!」

「わ、私も何だかヤダ!! 聖哉、戻してあげて!!」

「うむ」


 そして聖哉は木槌でリスタル毛人形を叩く。出てきたジョンデの霊体の頭から人形に巻き付いている糸を外した後、倒れているジョンデの頭に再び、括り付けた。


 ジョンデが起き上がってから、不安そうに尋ねる。


「ちゃ、ちゃんとくっつけたか!? 途中で切れたりしないよな!?」

「まぁ大丈夫だろう。……多分おそらく」

「お前、何でそこらへんは適当なんだよ!? もっと慎重にやれよ!!」


 ジョンデは怒り心頭だったが、聖哉は無表情ながらも満足そうに頷いていた。


「今日はなかなか実りがあった。別件の方も、これで解決の兆しが見えてきたぞ」




 短い休憩の後、聖哉はまたも霊体になった。そして延々と繰り返される自重トレーニング。


「……帰ろっか」


 黙々と霊トレする聖哉を残し、私達はセルセウスのカフェに向かったのだった。


 セルセウスに会って、キリコとジョンデを泊まらせて欲しいと告げると、二つ返事で引き受けてくれた。カフェのバイトをしたことで、セルセウスは二人を気に入っている。以前のように部屋を貸してくれるようだ。


 まだ休むのには早かったので、私達三人はカフェのテーブルで団らんしていた。


 キリコが嬉しそうに言う。


「何だか聖哉さんの悩み、解決したみたいでよかったですね!」


 確かにさっき『別件に解決の兆しが見えた』って言ってたわね。別件って結局、何なのかよく分かんなかったけど……まぁ解決するなら良かったのよね。


 ふと、ジョンデが難しい顔で黙りこくっていることに気付く。無理もない。私も今日同じように聖哉に酷い目に遭わされた。少し同情した私は、ジョンデにコーヒーを勧めてあげた。


「怒るのも無理ないわよね。まぁコーヒーでも飲んで落ち着いたら?」


 暖かいコーヒーを受け取った後、ジョンデは神妙に呟いた。


「別に怒ってはいない。いや、確かにあの時は腹が立ったが……よくよく考えればアイツはひょっとしたら……」


 しかし、ジョンデは首を大きく横に振る。


「い、いや! 奴がそんなことを俺にする訳がない! きょ、今日は疲れた! 俺は休む!」

「……ジョンデ?」


 呆気に取られる私とキリコを置いて、ジョンデは自分の部屋に向かったのだった。

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