第七十六章 超えない限界
獣人の王は体をバチバチと放電させながら、うずくまる聖哉を見下ろしていた。
「攻撃力は100万を超えた。魔王アルテマイオスを大幅に上回ったぜ」
能力透視を発動する私の目に、グランドレオンのステータスが映る。
獣皇グランドレオン 状態・雷獣
Lv99(MAX)
HP955989/1200044 MP0
攻撃力1023987 防御力998596 素早さ938855 魔力58754 成長度999(MAX)
耐性 火・水・風・雷・氷・土・光・闇・毒・麻痺・呪い・即死・眠り・状態異常
特殊スキル 邪神の加護(LvMAX) 飛翔(LvMAX)
特技
性格 凶悪
……『絶望』なんて言葉では生ぬるいと思えた。もはやゲアブランデの時の比ではない。こんな怪物に勝てる人間など存在する筈がない。
その時だった。
「あ、アンタ……?」
隣にいたカーミラ王妃が震える手で私を指さしていた。
そして……私は気付く。私の姿が魚人でなくなっていることを!
「アンタは一体……!」
込み上げる思いをぐっと堪え、私は必要なことのみ、王妃に告げる。
「わ、私はリスタルテ。この世界を救う為にやってきた来た女神です。故あって、今まで魚人に化けていました」
「そういうことだったのかい……」
王妃は神妙な顔で頷いた。
「魚の女神……なんだね……?」
「!? いいえ、魚の女神ではありません!! と、とにかく詳しい話はまた後で!!」
視線を戦いへと戻そうとした瞬間。私は、あることに気付き、総毛立った。
――い、いや……どうして今、このタイミングで変化の術が解けたの!?
自然界にある力を使う魔法――たとえば土魔法などは術者の魔力だけでなく、土壌そのものからもエネルギーを得ている。だから聖哉の力が無くとも土蛇は動くことが出来るのだ。しかし、変化の術は100%聖哉の力のみで発動している。そして、その変化の術が完全に解けたということは……
――聖哉の受けたダメージが尋常ではないということ!!
腹に手を当て、肩で息する聖哉を、まじまじと眺める。予想通り、切り裂かれた腹部からはドクドクと赤い血が零れ落ちていた。
「聖哉っ!!」
傷を治しに走ろうとするが、
「……来るな」
私の動向を察した聖哉が声を発した。同時にグランドレオンがこちらに目線を投げる。
「何だ、あの女は……? ああ……アレが勇者と共に現れる別次元の女神か」
大して興味もなさそうにグランドレオンが呟く。
「後でババアと一緒に殺してやる。だがその前に、まずはテメーだ」
グランドレオンが聖哉に対し、
「俺は人間が憎くて憎くてたまらねえ。魔王は世界を魔界にした後で俺を作った。ひょっとすりゃあ、俺の前世は人間に殺されたのかも知れねえな」
言い終わると即座! 稲妻が聖哉の隣を通過する! 同時に私の耳には、肉の切り裂かれる音!
離れた場所で土煙を上げ、停止しているグランドレオン。聖哉はヴォルトによる攻撃をかわし損ねたのだろう。左頬がナイフで切られたようにパックリと裂けていた。
グランドレオンは爪に付いた聖哉の血をペロリと舐めた後、またもヴォルトの構えを取る! そして……稲光のような青白い軌跡が通過する!
今度は激しい金属音がした。どうにか防御出来たようだが、そのせいで左手に持っていたプラチナソードが宙を舞っている。
聖哉は、弾かれて地に落ちたプラチナソードによろよろと向かう。だが、グランドレオンはプラチナソードの前で既に仁王立ちしていた。プラチナソードへと無防備に伸ばした聖哉の腕を爪で掻き切ろうして――瞬間、攻撃を止める。
「……俺が気付いてねえとでも思ったか?」
グランドレオンの脚が聖哉の腹にめり込む。鈍い音と共に聖哉の体が宙に浮いた。聖哉は地面に崩れ落ち、腹部の傷口から激しく出血した。
「テメーに出会った時から、とっくに気付いてんだよ。左腕が妙なオーラに包まれてることをな」
グランドレオンの言葉に私は息を呑む。
も、もしや、戦帝と戦った時に見せた破壊術式『
「それがテメーの最後の切り札か。残念だったな」
ありえない程慎重な勇者の策略は、だが、怪物に見抜かれていた。グランドレオンは低く笑いながら聖哉の腹に蹴りを与え続ける。
「俺と出会ったことを後悔しろ! テメーを殺し! アルテマイオスを殺し! 全ての人間と魔物を獣人の支配下に置く!」
蹴られ、踏みにじられ……サンドバッグのように痛めつけられる勇者を見て、私の目から涙が溢れた。
――この逸材が……これ程の天才が……あんなにボロボロに……! 六芒星破邪が成功すれば、無理なく勝てる戦いだった……! なのに、私のせいで……!
グランドレオンが脚を引いて大きく蹴り上げると、聖哉は数メートル吹き飛んだ。
「聖哉ぁっ!!」
居ても立ってもいられなかった。殺されようが構わない。私は聖哉に駆け寄った。
腹部に手を当て、治癒魔法を発動しようとすると、
「……治さなくていい」
聖哉が苦しげに言った。
もはや治しても勝つのは無駄だと悟っているのだろうか。いや……自分をこんな目に遭わせた私の力など借りたくもないのかも知れない。
「ごめんなさい……! 本当に……ごめんなさい……!」
謝ることしか出来ない私に、聖哉はいつもと変わらない淡泊な視線を送っていた。
「リスタ……お前の判断は正しい。六芒星破邪にこだわり、躊躇していれば、お前の大切な者の命は無くなっていたのだから……」
事ここに及んで、私を気遣う勇者の言葉は、まるでそれが最後の言葉であるかのように思えた。
しかし。聖哉はプラチナソードを杖にして、ゆらりと立ち上がる。
「この激痛が……俺を狂気から引き戻してくれる。おそらく今ならば……発現可能だ」
――発現……可能……?
満身創痍ながら、力を宿した瞳! そして、決意に満ちた声を聞き、私は直覚する!
――
『人間には『超えられない壁』というものが存在するのであります! 人間がフェイズ・サードを発現させれば、確実に廃人! バーサークの傷跡は魂にも刻まれ、元いた世界に戻れたとしても、後遺症は残るのであります!』
戦神ゼトがあんなに念を押していた! 途方もなくイヤな予感がする! 今回ばかりは天賦の才能や、強靱な精神では乗り越えられない――そんな予感が!
離れた位置で、聖哉と私を傍観していたグランドレオンだったが、
「別れの言葉は済んだか? まぁ、お前の後で、すぐにソイツも殺してやる」
くぐもった声でグランドレオンが笑う。
「いや……いっそ、先に殺すか」
そして私の方を向くや、
「
青白い閃光が私に向かう! 死を覚悟して本能的に目を瞑った瞬間、何かが激しくぶつかる音がした。
ゆっくりと目を開き……そこで私はとんでもないものを目の当たりにする。
グランドレオンが片膝を付いている! そして、その口から垂れた黒い血がアゴを伝って、地に落ちた!
「テメー……!」
憤怒の形相で目前の勇者を睨むグランドレオン。私も聖哉を見て、その異変に驚愕する。
オーラの量は先程と比べものにならない! 更に皮膚の色さえ赤みを増し、手の爪は赤黒く変色している!
息を荒くしつつ、勇者が言う。
「どうにか……発現出来たな……」
「ま、まさか……それが
だが聖哉は首を横に振る。
「仮に……グランドレオンを倒せても……その先にはまだ魔王がいる。今は一か八かの賭けを打つ時ではない……」
「じゃ、じゃあ、その変化は!?」
「どうしても超えられない限界ならば……超える必要はない。ただ……その限界に歩み寄ればいい……」
聖哉はゆっくりと呟く。
「ステイトバーサーク……フェイズ2.5……」
――フェイズ2.5!! フェイズ・セカンドは能力値×3!! なら、フェイズ2.5は……×3.5!! フェイズ・セカンドからフェイズ・サードまでの段階を調節することで、グランドレオンの能力値に並んだというの!?
「いや……まぁ……正確にはフェイズ2.491だがな……」
こ……こまかい!! い、いや……すごい!! 小数点三桁から調節するなんてっ!!
グランドレオンは血の混じった唾を地面に吐き出した。
「それがテメーの本当の切り札か。構いやしねえ。ただ、ブッ潰すのみだ」
言うや、ヴォルトにより帯電したグランドレオンが聖哉へと向かう! だが赤黒い狂気に包まれた聖哉もまたグランドレオンへと突進! 両者は衝突する!
凄まじい轟音の後、私の目に、聖哉の交差させた二刀流をグランドレオンが漆黒の爪で受け止めている光景が映る。聖哉の攻撃を封じ、ニヤリと笑うグランドレオン。だが、聖哉に押し負けるように、段々とグランドレオンの体が下がっていく!
「何だ、この力は……! たかが人間が……!」
「今は人間を、やめているのでな」
「ふざけやがって……! 俺を誰だと思ってやがる!」
激昂したグランドレオンが片腕を大きく振りかぶる! 唸りを上げた漆黒の爪は聖哉の右手のプラチナソードの刀身を根本から粉砕した!
「どうやらテメーの力に、持ってる武器が追いついてねえようだな」
グランドレオンの言う通り、プラチナソードは強力だが魔王クラスの敵相手に対応出来るような武器ではない。加えて、先程までの熾烈な戦いで剣は徐々に消耗していたのだ。
――そんな!! せっかく能力値で追い付いたのに!!
激しく落胆する私……だが! 即座に聖哉の足元が隆起! 何と、地中から新たな土蛇が鞘に入った剣をくわえて這い出してくる!
「!! 土蛇!? まだいたの!?」
「うむ。スペアの土蛇。そしてスペアのプラチナソードだ」
聖哉は土蛇から鞘を受け取ると剣を抜いたが、
「左の剣も痛んできた。念の為に代えておこう」
軽く足踏みすると、更に足下が隆起! 新たな土蛇がもう一つの鞘を持ってくる!
「スペアのスペアの土蛇。更にスペアのスペアのプラチナソードだ」
――す、スペアだらけっ……!!
用意周到な勇者に愕然とする私を余所に、聖哉は新しくなった双剣を構える。グランドレオンが歯噛みした。
「ふざけた野郎だ……。奇術師か、テメーは……」
そしてグランドレオンの両腕は、ゆっくりと弧を描く。
「もう容赦はしねえ……! ヴォルトの力を両腕に宿す全力のジェットブラック・ネイルでテメーを粉々にしてやる……!」
対して、聖哉は「ふぅー」と長く息を吐き出した後、呟く。
「ステイトバーサーク……フェイズ2.6……!」
――ま、またフェイズサードに近付けた!! 大丈夫なの!? いくら何でもこんな状態、長時間、耐えられる筈が……!!
しかし、私は気付く。対するグランドレオンも歯を食い縛り、辛そうに肩で息をしているではないか!
そうか!! グランドレオンだって、ビースト・ハザードを延々と続けられる訳じゃあないんだ!! つ、つまり……どちらが勝つにせよ負けるにせよ……この勝負、もうすぐ決着がつく!!
……私の眼前。狂気の赤黒いオーラと、放電する青白いオーラが対峙していた。
勇者がゆっくりと双剣の先をグランドレオンに向ける。
「今より獣人の支配からラドラル大陸を解放する」
「調子に乗るなよ……人間……!」
そしてグランドレオンは咆吼する。
「人間は玩具!! 人間は食料!! この地ラドラルは獣人のものだ!!」
「それも今日、終わる」
「ほざけ……!!」
ヴォルトの威力を載せた漆黒の爪が聖哉を切り裂こうと襲い掛かる! 第一撃を剣で受け流すが、その後も目にも止まらぬ連打を叩き込まれる! それでも聖哉の双剣はそれら全てをことごとく防御し、打ち払う!
しかし……やがて軋む音! 渾身の爪撃は、次の瞬間、代えたばかりの聖哉の右手のプラチナソードをガラス細工のように打ち砕く!
にやりと笑うグランドレオン。だが、その頬から黒い血が零れる! 剣を壊されても構うことなく、もう片方の剣にて繰り出した聖哉の刺突がグランドレオンの頬を切り裂いていた! 獣人の王が低い唸り声を上げる。
それでも片手剣となった聖哉を見逃すものかとグランドレオンは猛攻を続ける。聖哉にとっては不利な状況。だが、聖哉の足下が隆起し、土蛇が新たな鞘を出す。上半身はグランドレオンの攻撃を凌ぎながらも、聖哉は地中から差し出された鞘を足で弾く。空中で回転する鞘から、遠心力で剣が抜け……聖哉はそれを空いている手に取った。
「……スペアのスペアの、そのまたスペアだ」
今度は聖哉が攻勢に転ずる! バーサーク中はスキルは発動出来ない。だが、天性の才能か……通常攻撃ながら切り落とし、薙ぎ払い、刺突、様々な剣技を織り交ぜている! 聖哉の攻撃を捌ききれず、グランドレオンの体には裂傷が刻まれる!
「この……ドカスが……!」
聖哉の攻撃の最中、またしても剣が折れる。それでもすぐさま土蛇が土中から聖哉にスペアを差し出す。聖哉は目で見ることさえせず、それを足で蹴り上げ、装備する。
息もつかせぬ攻撃の応酬。だがその時、突然、グランドレオンの頭上から聖哉を襲う第三の攻撃――『尻尾の大蛇』! 通常の人間では対応し難い死角からの攻撃を、聖哉は見透かしていたように、剣で払いのける!
――す、凄い……!! 完全にグランドレオンを圧倒してる……!!
そして、私の耳にまたも金属音。しかし、今度はプラチナソードが壊れた音ではなかった。見れば、グランドレオンの左手の爪が砕けている!
「お、俺の爪が……!」
無限に交換出来るかのような聖哉のプラチナソードに比べ、グランドレオンの爪はどんどん消耗していたのだ。グランドレオンは聖哉から離れ、距離を取る。
全力のジェットブラック・ネイルも尻尾による不意打ちも破られたグランドレオンは、牙を剥き出し憤怒の形相で聖哉を睨んでいた。
「アルテマイオスを超えた俺を更に上回るだと……! こんなことがあっちゃあいけねえ……! テメーはこの世界に存在しちゃあいけねえ……!」
グランドレオンは背の黒い翼を大きく広げ、大空に飛び立った。私は聖哉に駆け寄る。
「に、逃げたの!?」
「いや……違う」
遥か上空でピタリと停止したグランドレオンは、此処まで届く声で咆吼する。その大音声に辺り一面の空気が振動し、全身を覆う放電はその量を増していく。
「一体、何を?」
「俺を殺す為……持てる力を一点集中して、最後の大技を繰り出すつもりだろう」
聖哉は諦めたように剣を鞘に仕舞う。
「せ、聖哉!?」
「ステイト・バーサーク中は魔法も特技も一切使えん。その短所を補うべく、準備はしてある。集中に時間が掛かるのが難点だが、今回のような大技に対抗するのに、ちょうどいい」
「でも剣を鞘に仕舞ったら、攻撃出来ないよ!?」
「破壊術式は徐々に思い出している。
聖哉はトントントンと三回、足踏みした。出てきた土蛇は布でくるまれた鞘を持っていた。
「特殊な細工を施した剣だ。中のプラチナソードを引き抜くと同時に鞘内部に仕込んだ破壊の土に摩擦力で引火。炎と合わさり、更なる威力を生み出す。そうして、生まれる膨大なエネルギーを前方に叩き付ける」
聖哉が言い終わった時。上空のグランドレオンが静かにこちらを睨んでいた。グランドレオンの体から発散されていた巨大な放電は、静かにグランドレオン本体に吸収されるように収まっている。代わって、グランドレオンの体が目も眩むばかりの閃光に包まれていた。
「死ね……! 『
凄まじいオーラを秘めた全身がこちらに向かい降下してくる! 青白い閃光と相まって、まるで彗星! あんなもの、まともに防御出来る訳がない!
「聖哉!! なら早く、その技を!!」
「ダメだ。もっとギリギリまで引きつける」
「で、でも、このままじゃ!!」
「正真正銘、これが最後の切り札だ。外すと、後がない」
高速で迫り来るグランドレオン。それでも聖哉は剣を鞘に入れたまま、動かない。
――も、もうダメ!! やられるっ!!
青い彗星からチェイン・ディストラクションを宿す漆黒の爪を伸ばすグランドレオンの姿が私の網膜に映ったその時。剣のグリップ部分に当てていた聖哉の腕がピクリと動いた。
「破壊の爆炎……『
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