第七十七章 この辛すぎる世界で
瞬速で鞘走る音は、剣を引き抜くと同時に前方で起きた大爆発の轟音に掻き消される! 攻撃力100万を超える勇者の
超常的な二つの力が重なった時、目も眩むばかりの光と凄まじい衝撃波が発生して、私はその場から吹き飛ばされた。
「う、ううっ……」
……倒れた上半身をゆっくりと起こせば、聖哉から離れた場所にグランドレオンが降り立っている。そして聖哉も振り抜いた剣をそのままに制止している。互いに背を向けて微動だにしない。
だが刹那、亀裂が走る音! 聖哉のプラチナソードが粉々に砕け、聖哉が前のめりに倒れる!
対して、聖哉を振り返ったグランドレオンの胸元には、うっすらと一文字に切り傷があるだけ!
――あ、浅い!!
しかし、グランドレオンがトドメを刺すべく聖哉に歩み寄ろうとした次の瞬間。グランドレオンの胸がボコボコと膨張し、一文字の傷口から赤く輝く流動性の液体が噴出した! それと同時にグランドレオンの上半身が発火! 体の内部から溢れる業火に、グランドレオンが絶叫する!
体のあちこちで小爆発を繰り返すグランドレオンの断末魔の叫びは、私の全身を震わせた。
――炎を帯びた破壊の砂が……グランドレオンの体内に入ったんだわ……!!
ようやく炎が収まった時、グランドレオンは直立したまま、真っ黒な消し炭と化していた。
「聖哉っ!!」
私は聖哉のもとに走り、倒れた体を抱え起こす。ステイト・バーサークが解除されたのだろう。髪は黒髪に戻っていた。苦しげに顔を歪めているが、意識はあるようだ。
私に気付くと、体に鞭打つようにすぐに立ち上がる。
「……グランドレオンは?」
「大丈夫! クリムゾン・ブームで黒焦げになったわ!」
安心して、と指さした方向に……グランドレオンはいなかった。
「テメーの勝ちだ……人間」
ぎくりとして声の方を見る。ケロイドだらけの消し炭の体で、グランドレオンは王妃の背後に忍び寄っていた。
「致命傷だ……もうじき俺は死ぬだろう。だがその前に……せめてもの仕返しだ」
そして王妃の髪の毛をむんずと掴む。
「人間がどうすれば一番苦しむのか……俺は、さっきそれが分かったんだぜ」
そ、そんな!! まさか王妃を!!
「それは……テメーの大事なものを……壊されることだ!!」
私は王妃に向かい、走り出す。
しかし、私が近付いてくるのを見て、グランドレオンは王妃の髪の毛から手を放した。
「……そうだ。テメーだ」
そして、最後の力を振り絞るように、私に突進する!
――ええっ!? 私っ!? ど、どうして!?
もはやグランドレオンに強大な力がないのは明白。それでも私程度を殺すには充分だろう。
グランドレオンの爪が私に振り下ろされる直前――私の胸元から顔を出したものがあった。
それは一匹の土蛇――聖哉が『念の為に』と残した護身用の土蛇だった。
構わず、土蛇ごと私の心臓を爪で貫こうとしたグランドレオンが、
「ぐ……が……!」
苦しげに唸った。見れば土蛇がいつの間にかグランドレオンの首に絡み付き、締め上げている!
グランドレオンは両手で土蛇の胴体を握り、引き千切ろうとするが、まとわりついた土蛇は放れない!
聖哉が私の背後からボソリと呟く。
「その女を守っていた土蛇は……現時点で俺が作り出せる最強の土蛇だ。弱ったお前の力では引き離せない……」
グランドレオンは目を大きく開き、悪鬼の形相で聖哉を睨んだ。もはや土蛇から逃れることを諦め、聖哉を道連れにしようと足を向けるが、やがて、動きが止まる。土蛇を握っていた腕が力を無くして、だらんと垂れ下がり……そしてグランドレオンは、力なくその場に両膝を付けた。
聖哉がグランドレオンに向けて手を伸ばす。
「……
土の魔法戦士に戻った聖哉が放つトドメのエンドレス・フォールは、いつものように対象に触れていない代わりに、土蛇が凄まじい力でグランドレオンを地中へと引きずり込んだ。
グランドレオンと土蛇が私の視界から消えた時、遠く離れて様子を窺っていた獣人達がざわざわと騒ぎ始めた。
「グランドレオン様がやられた……!」
「邪神の力が消える!」
「お、終わりだ……!」
強大なボスを失った獣人達は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。その様子を見て安心したのか、聖哉が片膝を付く。
私はボロボロになった聖哉に走り寄った。腹部に手を当て、傷を癒す。
「ごめんね……! 私のせいで、こんなに……!」
聖哉はジト目を私に向ける。
「泣くな。謝るな。鬱陶しい」
「でも……!」
「勝てた。結果良し、だ。それに、」
大きく息を吐き出してから聖哉は言う。
「神界で言ったろう。『レディ・パーフェクトリー』と」
「うん、うんっ!」
私が傷の応急処置をすると、聖哉はフラフラと立ち上がる。
「ともかく王妃を安全なところへと……」
勇者は、そこまで言った途端、力が抜けたようにパタリと倒れた。
翌日。
ターマインの町にあるカーミラ王妃の旧家に私はいた。
内部は獣人達に荒らされていたが、調度品の殆どはそのまま置かれており、聖哉は寝室のベッドで眠っていた。
傷は昨日、治癒魔法で全て治した。それでも熟睡している聖哉の額に冷えたタオルを当てた後、私は寝室を出る。
隣の部屋では王妃が見たことのある男と話していた。
「ジョンデ。大変だったね」
「いいえ。私の苦労など、王妃に比べればたいしたことなどございません」
感極まったように話す男の肌は土気色。忘れもしない。獣人にアンデッドにされ、入隊試験で私と聖哉と戦った、ターマインの将軍ジョンデだった。
王妃は私に気付くと将軍を紹介した。
「こちらはジョンデ。亡き王の右腕だった男です」
ジョンデは恭しく頭を下げると苦笑いした。
「事情があって今はこのような半死人の状態ですが、ご勘弁ください」
「は、はい! いえ、あの、全然! オホホッ!」
入隊試験で酷いことをしたせいで、私はジョンデの顔を直視出来なかった。私があの魚人だとバレれば殴られるに違いない。
「獣人達は全てターマインから逃げ出したようです。グランドレオンが倒れたことで邪神の力がなくなり、奴らの能力は十分の一程度に減ってしまった。我らの逆襲を恐れたのでしょうな」
邪神の力で人間の何倍もの力を得ていた慢心からか、獣人達の人間に対する扱いは適当だった。反乱などが起きても、いつでも対処出来ると思い、特に厳重に監禁したり、監視したりしていなかったのだ。それが幸いし、囚われていた人々は続々と町に出てきているらしかった。
王妃がジョンデに微笑む。
「それにしても、昔から『不死身の将軍』と言われていたが……お前は本当に死んでも死なないんだねえ」
冗談を言いながらも王妃の顔は慈愛に満ちていた。ジョンデの落ち窪んだ目に涙が浮かぶ。根っからの戦士なのだろう。涙を見せたくないらしく王妃から顔を背ける。
「ま、まだ食料や玩具用に地下に閉じこめられている者も少なからずいる筈! 自由に動ける兵士達に捕虜を解放するよう、指示して参ります!」
ジョンデは私達に一礼すると、扉を閉めて部屋から出て行った。出て行く前に扉の向こうにいる衛兵に、王妃を守ることを指示することも忘れない。アンデッドと化しているが立派な将軍だ。
「……勇者様の傍にいなくて大丈夫なんですか?」
二人きりになった時、王妃にそう聞かれて、ふと、私の口から本音が漏れた。
「え……と。もう正直、どんな態度であの勇者に接したらいいのか、よく分かんなくて」
不思議そうな顔の王妃に、私は笑う。
「わ、私って、ダメな女神なんです! バカやってばっかり! いっつも足を引っ張って。それで聖哉は人間なのに、私よりずっとしっかりしていて、賢くて強くって。正直、私なんかいなくても一人で充分、」
「……女神様」
喋っている途中、王妃が私の言葉を遮った。
「獣人達はね、私のことを痛みを感じない鉄のような女だと思っていたよ。だが実際は、娘が死んだことすら認められない心の弱い人間だ」
王妃は聖哉が寝ている寝室の扉に目を向ける。
「あの子だって人間だ。人の痛みを感じない訳じゃない。きっと本当はすごく辛い筈さ」
「つ、辛い? 聖哉が? で、でも聖哉は過去の記憶は全て失ってます! それに他人に何を言われても全然、気にしなくて、逆にげんこつなんかしちゃうくらいで、」
「いくらそうでも、この世界の現状が過去の自分によって引き起こされた事実を考えない訳じゃあるまいよ。『後悔』『罪悪感』――そんな感情がふとした時に渦巻く筈さ。だが、その感情が世界を救う為に無意味だと分かっているから、心の底に押し込めているんだ」
王妃は悲しげな顔をした。
「そして……それは凄く辛いことだ」
表情を緩めた後、私にニコリと微笑む。
「傍にいるだけでいい。この辛すぎる世界でアンタが傍に付いていてあげな。バカやってドジやって、それが知らず知らずのうちにあの子を救ってる」
「で、でも……聖哉は私なんて……」
すると王妃は呆れた顔をした。
「グランドレオンでさえ気付いてたのに、分からないのかね……」
「えっ?」
言葉の意味が分からず、王妃の顔を覗き込む。途端、王妃はハッと口に手を当てた。
「わ、私ったら、さっきから何だかすごく失礼なことを言っちゃってるね! 女神様に対して!」
「い、いえ。それは別に」
「なんでだろ。アンタといると安心するんだ。きっと女神様が魚人だった時、お世話して貰ったせいだね」
「そう……ですね」
二人で笑い合った後、私はすっくと立ち上がる。
「私……聖哉の様子を見てきます!」
「ああ、それがいい」
部屋を出て行く時。
「……ありがとう。お母さん」
私は王妃に聞こえない小声でそう言った。
寝室の扉を開けて驚いた。聖哉が既に起き上がっていたからだ。
「聖哉!! 起きてたの!? って、まだ寝てた方が、」
「おい。俺はどのくらい寝ていた?」
「ええっと、一晩中だけど……」
「何という失態だ……」
勇者は厳しい顔で歯を食い縛った。
「グランドレオンが倒れたと知れば、魔王の配下達がターマインに大挙して攻めてくるかも知れん」
鎧と鞘を取り、すぐに扉を開ける。
「ちょ、ちょっと!」
聖哉は屋敷を出ると、庭の土に手を当てた。
「町中に土蛇を放っておく」
手を当てた土壌がボコボコと隆起している。きっと何十匹、いや聖哉のことだから何百匹と土蛇を生み出しているのだろう。
「……目が覚めたのか」
ふと気付くと、聖哉の背後にジョンデ。さらに私の隣にはカーミラ王妃がいた。
ジョンデが聖哉に言う。
「グランドレオンを倒し、ターマインを救ったことには礼を言う。だがな。そもそもお前が一年前、イクスフォリアを救っていればこんな窮状にはならなかった……」
ジョンデは土に手を当てる聖哉の首根っこを掴む。王妃が顔色を変えた。
「ジョンデ! およし!」
「いいえ! コイツには一言、言ってやらねばなりません!」
ジョンデは聖哉を振り向かせると、鬼の形相で睨む。
「どうして……どうして……ティアナ姫を守れなかった!!」
「ジョンデ……!!」
王妃も、そして私も動きを止め、固まった。
……重苦しい空気が流れる。だが、聖哉はジョンデの肩に手を当てた。
次の瞬間、
ボッコーーン!!
ジョンデの足が膝まで地中に埋まった!
「はおおおおおおおっ!?」
そして聖哉はジョンデに背を向けると、もくもくと土蛇の作成に戻った。
「な、何しやがる!!」
土魔法で足の自由を奪われたジョンデだったが、
「なんのこれしき!!」
無理矢理、足を地中から引き抜いた。
「ほう」
聖哉は感心した声を出したが、すぐさまジョンデに再タッチ。
ボコボッコーーン!!
「ふっおおおおおおおお!?」
今度は腰まで埋めた。
「こ、この野郎……!!」
もう流石に出られないと思ったのだが、
「舐めるなよ、
それでもジョンデは体を地中から引き抜いた。
「ほう、ほう」
勢い勇んで突進してくるジョンデの頭に聖哉が手を当てる。
ボコボコボッコーーーーーーーーーーーーーーーン!!
一際大きい音がして、凄まじい勢いでジョンデの全身は地中に埋まった! い、いや、よく見ると、おでこだけ地上に出ている!
「せ、聖哉!! ジョンデさん、おでこしか出てないよ!?」
「コイツはアンデッドだ。構わん。放っておけ」
「で、でも可哀想だよ!! 引き抜いてあげてよ!!」
しばらくした後、面倒くさそうに聖哉が髪の毛を掴んで引き抜くと、不死身の将軍ジョンデは泣きべそをかいていた。
「うううっ……! く、苦しかった……! 真っ暗で息も出来ないし……!」
聖哉が不思議そうな顔を向ける。
「お前はアンデッドだろうが?」
「アンデッドでも息が出来なきゃあ苦しいんだよ!!」
「念の為、おでこを出しておいた筈だが?」
「!? バカか、お前!! デコじゃあ呼吸出来ねえんだよ!!」
激怒するジョンデをスルーして土蛇を作り続ける聖哉に、王妃は白い目を向けていた。
「女神様……。さっき私が言ったことは間違ってたのかも知れない。どうやらこの子は普通の物差しじゃあ計れないようだね……」
「ええええええええ……」
もう埋められないように聖哉から離れてジョンデが叫ぶ。
「大体そんな蛇など、いくら作ってもダメだ! グランドレオンが倒されたのを知れば、機皇オクセリオ率いる機皇兵団がターマインに攻めてくるぞ!」
「機皇……オクセリオ? 機皇兵団って?」
私が尋ねると、王妃が説明してくれる。
「機皇オクセリオは北の大地、バラクダ大陸を支配する魔物だ。そして機皇兵団は魔王が作った強力な魔導兵器『キリング・マシン』で構成されている。一体で屈強な獣人以上の能力を持つと言われ、その数は数万を超えるとも言われてるんだ」
す、数万を超える魔導兵器!?
私の狼狽と逆に聖哉はまるで取り乱していなかった。
「ターマインに潜伏していた時、獣人達から既にその情報は得ている。そして、その敵に対抗する手段も考えてある」
「だから、そんな土蛇では機皇兵団に敵う筈がないと、」
「誰が土蛇を仕掛けると言った。これは単に偵察の為だ」
土蛇を予定数、完成させたのだろう。聖哉はジョンデから私へと視線を向けた。
「リスタ。門を出せ。今すぐ神界に戻り、機皇兵団に対抗する準備を整える」
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