第七十八章 土の神
聖哉が神界に帰ると聞いて、案の定、ジョンデ将軍が喚き立てたが、私が神界は時間の流れが遅く、実際イクスフォリアでは一時間も経たないであろうことを伝えると、どうにか納得してくれた。
そしてジョンデは急に真面目な顔になって私を見詰める。
「ならば女神様。神界に帰る前にやって欲しいことがある」
「えっ? やって欲しいことって?」
「俺を……死なせて欲しいのだ」
「ジョンデ! お前、一体何を?」
王妃が声を上げるが、ジョンデはにこりと笑う。
「カーミラ王妃。アンデッドになってしまった人間はもはやどんな術や道具を用いようが、人間に戻ることは出来ません。それどころか、いつ理性を失い、周りの人間を襲うかも知れないのです」
王妃も私も言葉を失っていた。
――でもだからって、こんな立派な将軍を死なせるなんて……!
「神界の女神様の力で、天に召されるのなら本望です」
微笑むジョンデ。私はどうしていいか分からなくて聖哉を見る。すると勇者はこくりと頷き、当然のように言う。
「うむ。こうしている間にも理性を失うかも知れん。すぐに昇天させた方が良い」
――!! 酷っ!?
流石にジョンデ将軍も眉間にシワを寄せた。
「お前に言われると無性にイラつくが……まぁ、その通りだ。女神様。ひと思いにやってくれ」
「本当に……いいの?」
ジョンデが頷く。王妃も決心したのだろう。真摯な顔で私に「お願いします」と頭を下げた。その後、王妃はジョンデに向き直る。
「ジョンデ……今までターマインの為にありがとうございました」
「カーミラ王妃。私は天から
悲しい別れに私の目頭が熱くなる。だけど、泣いてなんていられない! 私だって女神! ジョンデ将軍の決意に報いる為、痛みなくスムーズに天国に昇天させなければ!
私はジョンデの額に手を当てる。
「それでは今からジョンデ将軍の魂を天に還します!」
そうして私は治癒の力を発動する。聖なる治癒魔法はアンデッドにはダメージとなる。手を当てたジョンデの顔から白い煙が出てきた。
……チリチリ、チリチリ。
ジョンデの顔が苦悶に満ちていく。
……三分後。やがてたまらなくなったのか、ジョンデが口を開く。
「め、女神様……! 出来ることなら、一気にやってくれると助かるのだが……!」
「え、ええ! 分かってるわ!」
な、何やってんのよ、私っ! もっとパワーを全開にしなきゃダメでしょ! 掛かる時間が長ければ長いほどジョンデ将軍は苦しいんだから!
私は深呼吸してから、カッと目を見開いた。
ウオオオオオッ、燃え上がれ私の小宇宙!! 出でよ、全開ウルトラ
……チリチリ、チリチリ。チリチリリ。
しかし聖なる光は直径三センチ程のまま広がらず、ジョンデの額のみを焼いた。
遂にジョンデが髪の毛を掻きむしった。
「もうイヤだァァァ!! 痛すぎるゥゥゥ!! 虫眼鏡で日光、集めて
「ご、ごめんなさい!!」
今の私の制限された神力では、ジョンデを昇天させるのに数時間は掛かりそうだった。聖哉が「やれやれ」と言いながら、ジョンデに近付く。
「仕方がない。俺が
「!? 昇天どころか地獄に落ちそう!! お前に殺されるのだけは絶対にイヤだ!!」
すると聖哉は大きな溜め息を吐き出す。
「これ以上は時間のロスだ。とりあえずコイツはこのまま、しばらく放置しよう。だが、もしも理性を失った時の為、強力な土蛇を巻き付けておく」
そしてジョンデは両手、両足、首にアクセサリーのように土蛇を巻き付けられた。
不愉快極まりない表情のジョンデの肩に王妃が手を乗せる。
「ふふふ。ジョンデ。もうしばらくの間、よろしくお願いしますね」
「は……はい!」
私のせいで微妙な結果になっちゃったけど、それでも王妃と将軍の楽しげな顔を見ると、ほんのちょっぴり嬉しかった。
そして私と聖哉は門を潜り、神界に戻ったのだった……。
統一神界の広場に出た後、早速聖哉に尋ねてみる。
「それで聖哉。機皇兵団に対抗する準備って?」
「今回は新たな特技を身に付けるというよりは、今ある能力を最大限に引き出したい。つまり土魔法の完全なる熟達だ」
「ってことは……土の神?」
「そうだ。知っているなら早速、修行を開始したい」
火、水、土など自然五行の神は神界でもメジャーな存在である。土の女神マーリャ様には何度か会ったことがあり、優しげな印象だったのを覚えていた。
広場より少し歩けば美しい神界の花畑が見えてくる。
よく晴れた空の下、麦わら帽子から鳶色の髪を覗かせて、土の女神マーリャ様はじょうろで色とりどりの花々に水をあげていた。
「マーリャ様。こんにちは」
「あら。リスタルテさん。こんにちは。いいお天気ですね」
爽やかな笑顔。うん、やっぱりマーリャ様は素敵な女神だわ!
私が聖哉に土魔法を教えて欲しいと告げると、マーリャ様は首をかしげた。
「しかし、見たところ、勇者さんは既に土魔法に精通している様子ですが?」
確かに聖哉の土魔法は現時点でもハイレベル。『土魔法の完全なる熟達』と言っていたが、一体これ以上何を学びたいのだろう?
聖哉がマーリャ様に言う。
「端的に言えば、土蛇よりも強力なモンスターの作成だ。色々やってみたが、俺一人では難しい。土の神のお前なら可能だろう?」
マーリャ様はゆっくりと頷く。
「『土』を極めれば『岩』となります。岩系モンスターの生成を覚えれば、土蛇より遙かに強いゴーレムなどのモンスターが作れるでしょう」
「ゴーレム!! そっか、それで作ったモンスターの大群を機皇兵団と戦わせようって訳ね!!」
「うむ。その通りだ」
私達はマーリャ様を見詰める。やがて土の女神はにこりと微笑んだ。
「勇者さんの現状のレベルから考えて……習得は充分に可能でしょう。ただ岩系モンスター生成は土魔法の中でも最高難度。勇者さんとて一朝一夕にはいきません」
「ダメだ。なるべく早く頼みたい」
いつもの流れだったので、今回は先にマーリャ様に言っておくことにした。
「ええっと、マーリャ様! この勇者ってば凄いんです! 何日も掛かるって神技もすぐに覚えちゃうの! だから、」
そこまで言うと、マーリャ様は私の言葉を遮った。
「勇者さんのことは聞いております。難度SS世界の救済を任された稀に見る逸材。確かに普通でしたら一ヶ月必要なところも、今日、明日にでも覚えてしまうのかも知れません」
「だ、だったら!」
「違うのです。これは私の問題なのです」
「えっ?」
そしてマーリャ様は少し困った顔をした。
「実は私には時間制限があるのです。正午から夕暮れまでが私が活動出来る限界なのです」
マーリャ様は麦わら帽に手を当て、空の太陽を眺める。
「すぐに日が暮れます。今日は後二時間程しか自由に行動出来ません」
「何故だ? どうして時間に制限がある?」
「残念ながら、その理由は申し上げられません」
「俺達は世界を救わなければならん。統一神界にいる神は人間に協力するものだろう?」
「本当に……申し訳ありません」
辛そうに頭を下げるマーリャ様。私はそんなマーリャ様をかばった。
「せ、聖哉!! 悪いよ!! きっと色々、深い理由があるんだよ!!」
しばらく無言の聖哉だったが、
「まぁ……いいだろう。なら今日は後二時間みっちり、教えて貰うとしよう」
「ええ。分かりました。では早速、始めましょう」
こうして制限付きの修行が始まったのだった。
例の如く、私は聖哉の修行の邪魔にならないよう、花畑から離れることにした。
――けど、確かに時間制限って、おかしいわよね。もしかして『病弱』とか? で、でも神様にそんなのってあるかなあ?
そして広場に戻ると、馴染みの顔の元へと向かう。
『カフェ・ド・セルセウス』のガーデンテーブルで椅子に腰掛けるアリアとアデネラ様、コーヒーを運ぶセルセウスを見ると、神界に帰ってきたという実感が湧き、笑顔が零れた。
「アリア! ただいま!」
「リスタ!」
アリアが駆け寄り、抱きついてくる。
「無事でよかった! 神界に帰ってこられたってことは六芒星破邪が成功して、ターマインを解放出来たのね!」
「う、うん。えぇと、まぁその、どうにかこうにか……」
実際は六芒星破邪は私のせいで失敗した。歯切れの悪い私を見かねたのか、アデネラ様がコーヒーを勧めてくれた。
「まぁ、と、とにかく、飲め。お、おいしくもなく、まずくもない、つ、つまらなくて、どうしようもないコーヒーだが」
「オォイ!! 何でそういうこと言うんだよ!! 一生懸命、淹れてるのに!!」
カップに口を付けて飲んでみる。実際そんなに酷くはない。
「セルセウス! このコーヒー、悪くないわ! 『おいしいインスタントコーヒー』って感じよ!」
「お、おう、そうか……って、高級豆から挽いてるのに何でインスタントの味なんだよ!!」
憤るセルセウスだったが、アリアが私に尋ねてくる。
「ねえ、リスタ。それより、聖哉は?」
「ん。今は土の神マーリャ様に教えて貰ってるわ」
「……マーリャ、か」
沈黙したアリアに一抹の不安を覚えた。
「えっ!? だ、大丈夫よね!? また変な女神だったりしないよね!?」
「え、ええ。マーリャに関しては妙な噂は聞かないわ。だけど、ちょっと変わったことがあって……マーリャって絶対に夕方以降は姿を見せないのよね……」
「あ。やっぱりそうなんだ」
「本人だけのルールみたいなのがあるのかも。修行するなら、それは守ってあげてね」
「うん! 分かった!」
私は席を立つ。そして聖哉に夕飯を作る為、食堂に向かった。
――制限時間付きの修行だけど、アリアも言う通り、土の神マーリャ様は普通の女神! 変態女神ミティス様や戦神ゼトに比べれば、全然問題ないわよね!
……私はその時、そう思っていたのでした。
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