第七十九章 シンデレラ・ブレイクダウン

 聖哉の為にサンドイッチをこしらえて、気が付けばもう夕方近く。私は急いで神界の花畑へと向かった。


 歩いていると、花畑から少し離れたところで聖哉とマーリャ様が何やら言い合っている。


「勇者さん。今日はもうお仕舞いです」

「もっとやりたいのだが」

「夕刻までと言ったではありませんか」

「体の調子が悪い訳でもあるまい。続けよう」

「だ、ダメです」

「やろう」

「イヤです」

「後一時間だけやろう」

「無理です」

「三十分だけやろう」

「勘弁してください……」


 し、しつこい!! まるでホステスに言い寄るサラリーマンのようだわ!!


 断られても一向に引かない聖哉だったが、不意に、


「う……うううううっ!」


 マーリャ様が口に手を押さえて唸った。私はもう黙って見ていられない。マーリャ様に駆け寄り、かばうように両手を広げる。


「聖哉!! ダメだって!! マーリャ様、苦しそうじゃない!!」


 そして私はマーリャ様を振り返る。


「だ、大丈夫ですか、マーリャ様?」


 その時だった。


「近寄らないでえええええええええ!!」

「!! ヒィッ!?」


 優しげなマーリャ様とは思えない叫び声に私は喫驚した。マーリャ様は取り乱したことに気付くと、私に頭を下げた。


「す、すみません。今日は調子が悪いので、これで失礼します。続きは、また明日……」


 そして口に手を当てたまま、足早に歩き去っていってしまった。



 マーリャ様がいなくなってから、私は聖哉を叱る。


「ちょっと聖哉! 女の子に酷いよ! 夕方までの約束だったんじゃないの?」


 だが、反省の色など全く無いようで、聖哉は聖哉でイライラしていた。


「むう。消化不良だ。一日中、ブッ続けでやりたいのに……」


 そして私に冷めた視線を送る。


「仕方ない。リスタ。お前は先に帰っていろ。俺は此処でさっきの練習を元に、土魔法を独自に練り上げる」

「わ、分かったわよ……」


 ワンマンな勇者だが、土魔法熟練がイクスフォリア救済に必要なのは事実。私はこれ以上、小言を言うのを止め、花畑から立ち去ったのだった。






 翌日の昼。


 いつものように召喚の間を寝床にしている聖哉に昼ごはんを持って行く。その時も念を押しておく。


「ねえ。今日はマーリャ様に無理させちゃあダメだからね?」

「いや。昨日の遅れを取り戻したい。今日中に習得してやる」

「もう! 今からみっちりやっても夕方まで数時間しかないんだよ! いくら聖哉でも、」

「案ずるな。俺に策がある」

「さ、策って一体? せ、聖哉?」


 多くを語らず、神殿をツカツカと歩く自信満々な勇者に、私は不安しか感じなかった。





「お、おはようございます……」


 昨日強引に迫られたせいか、マーリャ様は聖哉を見て、顔を引き攣らせていた。


 スルーして『では早速やるぞ』などと言うかと思ったら、聖哉は気まずそうに頭を下げた。


「昨日はすまなかった。世界を救う為とはいえ、少し焦りすぎたようだ。今日はお前のペースでやろう。時間もきっちり夕刻までだ」

「「え?」」


 マーリャ様も私も驚く。こんな殊勝な聖哉は珍しい。いやまぁ、殊勝というか普通なだけなんだけど……。


「そ、そうですか! それを聞いて安心しました!」

「うむ。では夕刻までよろしく頼む。その前に、」


 聖哉は辺りを見回す。


「今日は実際に岩系モンスターの生成を学びたい。だが、ゴーレムなどを作って、手入れされたこの美しい花畑を荒らしたくはない」


 そして聖哉はマーリャ様に近寄り、肩を叩く。


「……ケイブ・アロング移動式洞窟


 マーリャ様と聖哉の体が徐々に地中に沈んでゆく。


「ちょ、ちょっと待ってよ、聖哉!」


 私も聖哉に駆け寄り、一緒にケイブ・アロングの中に侵入した。




 ……入ってみて驚いた。内部はいつもの狭い空間ではない。グランドレオンとの戦い、そして昨日の修行を経て、聖哉の土魔法は既にパワーアップしているのだろう。半径十メートル程の巨大な空間が広がっていた。聖哉は歩きながら、あちこちの土壁に魔光石を埋めていく。お陰で辺りは、ほの明るくなった。


「此処なら、いくらモンスターを生成しても大丈夫だ」


 しかしマーリャ様の顔は冴えない。


「花畑のことを考えてくださってありがとうございます。でも勇者さん。此処には太陽がないので、どのくらい時間が経ったか分かりませんが……」

「心配ない。あそこに時計を置いてある」


 聖哉の指の先。薄暗い洞窟の中、丸時計が土壁に立て掛けられていた。


 ――な、何だか怪しいわね……。


 勇者の性格から私は時計を疑うが、マーリャ様は純粋な女神なのだろう。


「なら、安心ですね!」


 無垢な笑顔を見せていた。



 そうして修行が始まった。マーリャ様が土中から三メートルを超えるゴーレムを生成する。全身が岩で出来た屈強なモンスターである。聖哉も真似しようとするが、地中から出せたのはゴーレムの腕だけ。まだ全身を生成することは出来ないようだ。


「それでも大変、素晴らしいことですよ。こんなに早くゴーレムを形作れるなんて」


 マーリャ様が聖哉を褒め称えていた。その後、何度も何度もチャレンジし、やっとまともなゴーレムが作られた……と思いきや、すぐにそれはガラガラと崩れてしまう。マーリャ様が言っていた通り、岩系モンスターは最大難度。聖哉といえど、すぐには習得出来ないようだ。



 ……一体、どのくらい失敗を繰り返しただろう。マーリャ様がソワソワとし始めた。


「あの、勇者さん。時間は大丈夫でしょうか?」


 しかし聖哉は無表情で時計を指さす。


「心配ない。まだ二時だ」


 時計の針は二時を少し過ぎたところである。マーリャ様が安堵した表情を見せる。


「そうですか! よかった!」



 ……更に時間は過ぎた。聖哉はどうにかゴーレムの生成を覚えたようだ。今度はそれを二体三体と作ろうとするが、大量生産はなかなか難しいようである。どうしても三体以上はゴーレムを増やせない。


 そんな折、ふとマーリャ様が聖哉に尋ねる。


「勇者さん。時間は?」

「心配ない。まだ二時だ」

「よかった!」


 確かに時計の針を見ると、二時半にもなっていなかった……いなかったが……


 ――いや、ちょっとコレ、おかしくない!?


 流石にあれから一時間以上は経過している筈! なのに時計は殆ど動いていない!


 ――な、なるほど!! ほんの少ししか動かない時計……これが聖哉の策か!! で、でもこんなのすぐに気付かれるわよ!!


 しかし。


「勇者さん。時間は大丈夫でしょうか?」

「まだまだ二時だ」

「よかった!」


「勇者さん。時間は?」

「依然、二時だ」

「ああ、よかった!」


 エンドレスな二時が繰り返されても、マーリャ様は気付く様子はなかった。


「勇者さんに教えるのは楽しいですね!」


 どうやらマーリャ様は少し興奮しているらしい。まぁ、何でもすぐに吸収し、覚えていく聖哉は、教え甲斐のある生徒のようなものである。熱中しているので、時間の経過に気付かないのだろう。



 ……私の体内時計では既に夕刻を過ぎようとしていた。こっそり聖哉に近付き、耳打ちする。


「ね、ねえ。このまま続けて大丈夫なの?」

「構わん。今は土魔法の習得が最優先だ」

「でも……」

「イクスフォリアを救う為だ」

「う、うん……」



 ……終わらない二時の中、修行は延々と続けられた。やがて、ゴーレム五十体を整列させ、壮観な光景を眺めながら、聖哉が大きく頷いた。


「うむ。かなり熟達した。もう修行はいいだろう」

「せ、聖哉! なら早く地上に上がりましょう!」


 そして、聖哉はケイブ・アロングを解除する。


 聖哉と私、そしてマーリャ様の体はせり上がり、そして……私は愕然とした。


 頭上には美しい二つの月! 満天の星が輝いている!


 おそるおそるマーリャ様を見れば、ガクガクと膝を震わせていた!

 

「こ、こ、こんな!! もう夜になってしまっている!!」


 そんなマーリャ様に聖哉は悪びれもなく言う。


「時間制限だの何だの言っていたが、やれば出来たではないか」


 顔面蒼白のマーリャ様を見て、

 

 ――あれっ!?


 私は違和感を覚えた。


 薄暗いケイブ・アロングの中ではよく見えなかった。しかし今。夜空に輝く神界の二つの月はマーリャ様の顔を照らしている。そしてマーリャ様の口元には、ビッシリと胡麻のようなものが現れていた。それはまるで……


「!! ひ、ヒゲ!? マーリャ様にヒゲが生えてる!?」


 驚いてそう叫ぶと、優しかったマーリャ様はギョロリと私を睨め付ける。そして、


「見ぃたなあああああああああああ……!!」


 野太い声をヒゲのある口から発した。


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!! ひょ、ひょっとしてマーリャ様は男神なんですか!?」

「……男神ぃ?」


 もはや青々としたヒゲ面を隠そうともせず、マーリャ様はドスの効いた男の声を吐く。


「アタイはねぇ、男神や女神、そんなカテゴリーに囚われないニュータイプの神――『オネエ神』なのよ!!」

「!! オネエ神!?」


 聞いたことのない神の名称に絶句する。マーリャ様は夜空を見上げながら、太い声で呟く。


「アタイがオネエ神であることはイシスター様しか知らないのよ。今までずーーーーっと隠してきたわ。アタイは毛深くて、ヒゲを剃っても、数時間後には青くなってしまう。だから夕方以降は姿を隠していたのよ……」


 だ、だったら夕方、もう一回ヒゲを剃ればいいんじゃ?……い、いや! 今はそんなことはどうでもいいわ! 面倒くさいことになる前に早くこの場から立ち去らなければっ!


「わ、分かりました! じゃあ失礼します! 土魔法を教えてくれてありがとうございました!」


 笑顔で聖哉の背中を押して立ち去ろうとしたが、


「待てや、コラァァァァァァァァァ!!」


 マーリャ様がすごい形相で私達の前に立ちふさがった。


「つーか何帰ろうとしてんの? 何なかったことにしようとしてんの? 『ありがとうございました!』じゃねえだろうがよ!」

「す、す、すいません!! この事は誰にも言いませんから!!」

「ダーメ。聖哉ちゃんには責任を取って貰うわ」

「!! 聖哉ちゃん!?」


 マーリャ様は流し目を聖哉に向けていた。


「アタイの秘密を知った聖哉ちゃんは、もう一生この花畑から出す訳にはいかないわ! 此処でアタイとずーーーっと一緒に暮らして貰いまーす!」

「そ、そんな! 聖哉にはイクスフォリアを救うという使命があるんです!」

「そんなの知ったこっちゃねえわよーん」


 オネエ神の胡乱うろんな目を見て、戦慄する。


 ――こ、この神も全然まともじゃなかった!! ってか、変な神、多すぎ!! 一体どうなってるの、統一神界は!?


 しかし聖哉は動じもせず、マーリャ様を見据えていた。


「……おい、『青ヒゲ』」

「!? 誰が青ヒゲだ、オラァ!!」

「お前だ。土魔法を教えてくれたことには感謝する。だがリスタの言う通り、俺達はイクスフォリアを救わねばならん。お前と花畑でじゃれ合っている暇はない」


 それでもマーリャ様はニヤリと笑う。


「ダメよー。此処からは逃がさないわよー」


 言った途端、私達の周囲の土がせり上がる! 土中から突如、出現した巨大な岩の壁が私達をぐるりと囲う!


「岩壁で囲まれちゃった! どうしよう、聖哉?」


 だが! 既に聖哉はマーリャ様に向かって突進している!


「へーえ。岩壁に目もくれず、術者であるアタイに向かってくる……か。流石は聖哉ちゃん。いいセンスしてるわあ」


 そして聖哉がマーリャ様に到達! マーリャ様の肩に触れる! 


 ――こ、コレは! ジョンデ将軍みたいに土魔法でマーリャ様を埋める気なんだわ!


 しかし、マーリャ様は微動だにしない!


「ハァ? 土の神であるこのアタイに土魔法? ダメね! それは愚かすぎるわ! アタイの土魔法耐性はマックス! 聖哉ちゃんの魔法なんて効かないのよ!」

「ほう。ならば少し本気を出そう」


 マーリャ様の肩に手を触れたまま、そう言った途端、


 ボッコーン!!


「何ィィィィィ!?」


 叫びながら、マーリャ様の足首が土に埋まる!


「な、何て威力!! 土魔法耐性マックスのアタイの足を埋めるなんて!!」

「俺達を囲う岩壁を解除しろ」


 マーリャ様がニヤリと笑う。

 

「それでも、この花畑はアタイのテリトリー!! 辺り一帯の土壌には既にアタイの力が発動している!! 聖哉ちゃんに勝ち目はないのよ!!」

「む……」


 ズブリ!


 マーリャ様は聖哉に触れてもいない! なのに、聖哉の両足首が地中に埋まった!


「せ、聖哉!!」


 その間にマーリャ様は自らの足を地面から引き抜いた。


「ホーッホッホッホ!! 形勢逆転ね!」


 オネエ神が勝ち誇ったように笑いながら、足の自由を奪われた聖哉の下半身へと顔を近付ける。


「うえへへへへへ! 聖哉ちゃんの土蛇……ペーロペロしちゃおうかしら!」


 ――!? さ、最低!! 下品すぎる!! 


 考えようによってはミティス様より酷いオネエ神の魔手が聖哉の下半身に迫る!


 だが、その時。


 ゴッスーン!!


 もの凄い音がして、


「……はっぐう?」


 マーリャ様の足はまたも地面にめり込んでいた! 見れば、脳天に聖哉のげんこつが突き刺さっている!


 一瞬、白目を剥いたマーリャ様だったが、


「ま、負けるかあっ!!」


 またも即座に地面から足を引き抜くと、動けない聖哉の背後に回り込む!


「キキキキキ!! も、もう許さないわよ!! このまま後ろから掘ってあげるわ!! これは土魔法でなく、オネエ神的な意味で!!」


 ――『後ろから掘る』!? い、一体どういう意味なの!? 分からないけど、すごく卑猥な気がする!!


 だが、ドレスをたくし上げ、聖哉の背後に近付いたマーリャ様の動きが止まった。


「……ほっへぇっ?」


 マーリャ様の土魔法で聖哉の足は埋まったままだった。それでも、聖哉はノールックで背後へと伸ばしたプラチナソードの鞘をマーリャ様の脳天に打ち下ろしていた! 更に、金槌のように何度も叩き付ける!


「フン」


 マーリャ様の太股まで埋まる!


「フンッ」


 マーリャ様の腰まで埋まる!


 そして聖哉は深呼吸する。


「……いくぞ。最大魔力だ」


 呟くや否や、渾身の力で鞘をマーリャ様に叩き付けた!


 ボッゴーーーーーーーーーーーーーーーーン!!


 ……気付けば、マーリャ様の姿はない! い、いや、よく見ると、おでこだけが地上に出ている!


 足を地面から引き抜き、土埃を払う聖哉に私は駆け寄る。


「せ、聖哉!! マーリャ様、大丈夫!? 例によって、おでこしか出てないけど!?」

「アンデッド同様、神は死なない。大丈夫だ」

「で、でも!」


 聖哉はマーリャ様に構うことなく、満足げに自らの手の平を眺めていた。


「うむ。岩系モンスターの大量生産に成功。更には『強力な土耐性を持つ敵』すら生き埋めに出来る程に土魔法は熟達した……」

「いや『敵』て!!」


 そして聖哉は土の上に僅かに出たマーリャ様の頭部を足で踏み付け、神界の美しい月に視線を投げつつ、髪の毛を掻き上げる。


レディ・パーフェクトリー準備は完全に整った

「!? 踏んでる!! 聖哉!! デコ、踏んでるよ!!」

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