第七十五章 ビースト・ハザード
泣きじゃくる私に、聖哉が尋ねる。
「状況は差し迫っているのか?」
ドレスの袖で涙を拭いながら、どうにか言葉を紡ぐ。
「お母さん――カーミラ王妃が断頭台に……処刑場にはグランドレオンと……多くの獣人達がいて……」
聖哉は静かに頷いた後、私に処刑場付近へと通ずる門を出させた。そして再度、私を魚人の姿へと変化させる。
「俺が奴らの注意を引く。お前はその隙に王妃を救出しろ」
聖哉は門に手を当て、出現場所の安全を確認した後、扉を開く。
「
途端、聖哉の体から赤黒い狂気のオーラが発散される! 艶のある黒髪は瞬時に赤く染まり、口元からは牙を覗かせた!
――いきなり狂戦士化するなんて! 聖哉のことだから犬の獣人に化けて、処刑場に紛れ込むと思ったのに!
扉の向こうに消えた聖哉を慌てて追った。門を抜けた後で、辺りを見渡す。
処刑場は此処から数十メートル先。遠くには獣人達の人山と、断頭台近くで佇む王妃の姿が見える。
慎重な筈の勇者は、抜き身の剣を肩に乗せ、ズンズンとそちらに向かって突き進んでいく。
やがて一体の獣人が近付いてくる聖哉に気付いた。
「……ああ? 何だ、アイツ?」
獣人達の視線は、断頭台に掛けられる寸前の王妃から勇者へと注がれる。
「人間……か?」
「何処から来やがった?」
その刹那! 不思議そうに呟いた獣人達の間を縫うように、赤の軌跡がジグザグに通過する! 聖哉が通り過ぎた後、数体の獣人の上半身と下半身は別離した!
一瞬の沈黙の後、
「ひ、ひいいいいっ!?」
「うわああああああ!!」
獣人達は絶叫する! そしてその叫び声を上げた獣人の胴体もまた地に落ちる! まさに文字通り、狂戦士! 目の前にいる全ての獣人を容赦なく一刀両断にしていく!
もはや王妃の処刑どころではない。突如現れた敵に処刑場は阿鼻叫喚の巷と化す。王妃にギロチンを落とす役の獣人もいち早く、この場から逃げ去ったようだ。
今がチャンスと、魚人に化けた私は王妃のもとへと近付いた。
王妃は私を見ると、正気を取り戻したように呟く。
「お……お前……? ひょっとして私を助けに来てくれたのかい……?」
「ウオ!」
私は王妃を断頭台から離れた安全な場所に避難させる。仮に他の獣人が私に気付いたとしても、傍目には王妃が逃げ出さない為の見張りとして映っていることだろう。
辺りに獣人のいないところまで来てから、ようやく王妃は鬼神の如く獣人達を切り裂く聖哉をまじまじと見詰めた。大きく目を開き、体を震わせる。
「アレは……勇者様? そうだ……そうだよ……! 生きていらしたんだ……!」
希望に満ちた声に私は頷く。
――聖哉のお陰で、王妃を奪還出来た! 一番良いのは、王妃を連れて、とにかくこの場を離れること! だけど……!
じゃりっ、と。私の耳に巨体が小石を踏み鳴らす音。
「……俺の庭で随分と好き勝手、暴れてくれるじゃねえか」
聖哉によって築かれた獣人達の屍の山――その向こうでグランドレオンは聖哉を睨んでいた。
「獣皇隊の精鋭を含む数十体の獣人が一瞬で殺された……か。たいしたもんだな、人間」
同胞を惨殺され、しかし、まるで取り乱さず、落ち着き払っている。その貫禄はまさに獣人の王だ。
私は能力透視でグランドレオンのステータスを再確認する。
獣皇グランドレオン
Lv99(MAX)
HP1200044 MP0
攻撃力856121 防御力819637 素早さ807711 魔力58754 成長度999(MAX)
耐性 火・水・風・雷・氷・土・光・闇・毒・麻痺・呪い・即死・眠り・状態異常
特殊スキル 邪神の加護(LvMAX)
特技
性格 凶悪
統一神界の上位神にも匹敵する能力値に、改めて身震いした。
ステイト・バーサークは能力値を二倍にする。つまり今、聖哉の素早さは50万程あるに違いない。ゲアブランデにいた超高速で動く蝿の魔物ベル=ブブすら超える脅威の敏捷さである。なのに、それでもグランドレオンの素早さは聖哉を大幅に上回っている。その差は何と……三十万!
――おそらくグランドレオンのマックススピードを聖哉は知覚すら出来ない筈! この場から簡単に逃げられるなんて思えない! 一体、どうすれば!?
とにかく、私は女神力を密かに発動。動体視力を上げて、聖哉とグランドレオンの動向を注視する。
「これ程の力を持つ人間が、まだこの地ラドラルに隠れていた――そんな筈はねえよな。ひょっとすると、テメーは召喚された勇者か?」
応じず、戦闘態勢を崩さない聖哉に、グランドレオンは少し和らげた声を出す。
「おいおい。そう構えんじゃねえよ。俺は今、話してんだ。お前がこの世界に召喚された勇者なんだろ? なぁ?」
聖哉がゆっくりと口を開く。
「……そうだ」
「なら、ブノゲオスはテメーにやられてたってことか。つまりガルバノの町で俺と話したのはテメーだった訳だ。……ったく。まだら髪の言った通りじゃねえか」
呟いた後、グランドレオンは何故だか楽しそうに笑った。
「それにしても、よくもまぁ、あんなに上手く成り済ませたもんだ。俺の目をかいくぐるたあ、大したもんだぜ」
「神界にいる変化の神直伝の術だ。見た目や雰囲気では誰にも見破れん」
「そうか、そうか。成る程な」
グランドレオンは「クックック」と押し殺した笑い声を出した後、戦闘の意志はないとばかりに両手を広げて見せた。
「俺は単純に強い奴が好きなんだ。どうだ? 俺と協力して魔王アルテマイオスを殺さねえか? 俺とお前の利害は一致してんだろ?」
な、何よ、ソレ!! 本気!? い、いや……そんな訳がない!! でも、とりあえず誘いに乗った振りをすれば、隙を突いて逃げることは出来るかも……!?
誘いの言葉に、私がふと気を取られた次の瞬間。今の今までグランドレオンがいた場所には何もない! 瞬間移動かと見紛う速度で、グランドレオンは右腕を振り上げ、聖哉の眼前に音もなく至近していた!
「……『
低い声を発すると同時に標的に向け、チェイン・ディストラクションを内包した漆黒の爪を叩き付ける! 凄まじい轟音と振動が処刑場を揺るがした!
――聖哉っ!!
グランドレオンが腕を振り下ろした衝撃で地面が裂けている。だが……深く大きな爪形が描かれた地表に聖哉の姿はない。
瞬間、激しい金属音! 聖哉はグランドレオンの背後! そしてグランドレオンは聖哉の剣を長い爪を盾代わりにして受け止めていた!
「ほう……かわして更に俺に一撃加えるとはな……」
か、かわした!? そして、反撃までも!? 明らかにグランドレオンより、ステータスが下回っているのに、どうしてそんなことが……!?
聖哉の姿を見て、私は驚く。
体を覆う赤黒い狂気のオーラはその量を増し、また髪の毛ばかりか瞳さえも赤く染まっている!
――こ、この変化は……!! ま、間違いない!! ステイト・バーサークを
通常のバーサークは能力値×2! そして、その第二段階であるフェイズ・セカンドは×3! つまり今、聖哉の攻撃力は僅かながらグランドレオンを上回っている!
私は歓喜に打ち震える。
そうよ! この勇者は今までだって人間に不可能と言われた技を幾度も身に付けてきた! 光矢七連射撃や破壊術式だってそう! フェイズ・セカンドも発現出来たんだわ!
しかし。私は聖哉の更なる変化に気付く。
いつの間にか聖哉の瞳の色は元に戻り、オーラの量も先程までと変わらぬ状態になっている。
――えっ!? こ、これは……!?
「まぐれだとしたら次はねえ。いくぞ」
グランドレオンはまたしても聖哉に接近、右腕を振りかぶる。その瞬間、聖哉の瞳の色が再度、変化。驚異の一撃をかわす。しかし、今度はグランドレオンはかわした聖哉を追っている。体を捻り、裏拳を出すようにして左手の爪を叩き付ける。
だが、聖哉は反応していた。上半身を咄嗟に屈めて、追撃をかわす。聖哉の髪の毛が漆黒の爪に切られ、パラパラと地に落ちたが、事なきを得て、距離を取る。
「……またかわしたか。どうやら、まぐれじゃあねえようだな」
グランドレオンは驚いている。しかし、聖哉を注視していた私はある事実に気付いてしまう。
――ま、また瞳の色が元に戻って……! ううっ! 聖哉は……聖哉は……フェイズ・セカンドをマスター出来ていない! きっと瞬間的にのみ、発動可能なんだ!
グランドレオンが攻撃する刹那のみ、フェイズ・セカンドに上げている! そして、攻撃後、すぐに戻しているところを見ると、その時間は極々僅かの筈!
真実を知って、私の呼吸は乱れる。それでも、グランドレオンがこの事に気付かなければ、まだ勝機はある筈だった。
だが、魔王アルテマイオスすら倒そうと目論む怪物はニヤリと口元を歪めていた。
「偽装スキルのせいでテメーのステータスは見えねえ。だが、俺はオーラの増減が分かる。攻撃を受ける瞬間、能力値を急激に高めているな? そしてその後、オーラは激減する。つまり、テメーが俺を上回れるのは、ほんの短い間だけって訳だ……」
グランドレオンは、まるで拳法使いのように、ゆらりと両手を円を描くように動かした。
「今から
ま、マズい、マズいよ!! 見破られてる!! どうするの!? バーサーク中は特技は勿論、火や土の魔法は使えない!! 魔法で目眩ましして、とりあえずこの場から逃げ出すには、一旦、バーサークを解除!? で、でも能力値が通常に戻れば、その途端、瞬殺されてしまうかも!!
私の思考が定まる前に、グランドレオンが既に聖哉に迫っている! そしてジェットブラック・ネイルでの連続攻撃を開始する! フェイズ・セカンドを発現し、迫り来る
獣人の王がニヤリと笑った。
「……死ね」
しかし、グランドレオンの体がぐらりと揺れる。体勢を崩したグランドレオンの爪は宙を切り裂くのみ。その隙に聖哉はバックステップして、グランドレオンから離れ、安全な距離を取った。
「何だ?」
訝しげに呟くグランドレオンの片足には土蛇が絡まっていた。「チッ」と舌打ちするや、埃を払うように簡単に爪で切り裂く。土蛇はただの土へと戻り、地に落ちた。
「くだらねえ小細工しやがって」
グランドレオンは聖哉を睨むが、その聖哉の足下がボコボコと隆起する。そして、十を超える土蛇が地中から姿を現した。
――土魔法!! でも、バーサーク中は魔法は使えない筈なのに!?
だが聖哉を守るように集まった土蛇の数を見て、私は気付く。
そうか! あれは私の体に入っていて、さっき聖哉に返した魚! それが変化を解いて土蛇に戻ったんだわ!
「そんなのが何匹いたって、たいしたことはねえ。全て掻き切っちまうだけだ」
グランドレオンは聖哉に飛び掛かる! 足下の土蛇が反応出来ない速度で既に聖哉の眼前に到達しているが、聖哉も瞬間、フェイズ・セカンドを発現、攻撃をかわす! その後、プラチナソードで反撃を繰り出すが、
「おっと。危ねえ」
漆黒の爪にて防御され……そして聖哉の瞳の色は元に戻る! 好機とばかり、グランドレオンが追撃するが、主人の窮地を救うように土蛇が一斉にグランドレオンに飛び掛かる!
「ウザってえんだよ、ザコが!」
十を超える土蛇達はジェットブラック・ネイルで次々と切り裂かれ、ただの土砂と化す! グランドレオンはそのまま聖哉に向かう!
――土蛇は全部やられた!! 聖哉っ!!
だが、グランドレオンは動かず、忌々しげに舌打ちする。
「まだ、いやがるのか……!」
見れば、聖哉の足下が再び隆起、土蛇がウジャウジャと顔を覗かせている! その数は……
三十……五十……い、いや百匹以上いるわ!! こ、これは一体!?
土蛇の群れはグランドレオンに四方八方から襲いかかる。
聖哉が平淡な口調で言う。
「どちらにせよ、お前とは戦うつもりだったからな。事前に土蛇をターマイン中に放っていた。それを今、此処に集めたのだ」
な、なるほど……!! いや、それにしても、どんだけ放ってんの!? 聖哉は六芒星破邪の成功を九割方見越していた筈!! なのに、こんなに沢山の土蛇を放っていたというの!? やっぱり、とんでもない用心深さね!!
しかし、所詮は目眩まし。グランドレオンには通用しない。ジェットブラック・ネイルは土蛇を次々に土塊へと変えていく。
聖哉はフェイズ・セカンドを発現。土蛇をあしらうグランドレオンの隙を突いて、安全な距離を取ろうとするが、グランドレオンは甘くない。聖哉を追いながら同時に土蛇にも対処。二十匹、三十匹と着実に葬っていく。その度に私の心臓は鼓動を早めた。
「……どうした? もう終わりか?」
グランドレオンがそう言った時、聖哉の足下に隆起は無くなっていた。
グランドレオンの目が勝利を確信したように怪しく輝き……聖哉に猛進する!
即座にフェイズ・セカンドを発動! 一撃をかわし、次の爪もかわす! かわしざまに聖哉はカウンターで全力の刺突をグランドレオンの心臓に向けて放つが、紙一重で避けられてしまう! そして……絶望の三撃目が聖哉を襲う!
――フェイズ・セカンドが終わる!! 今度こそ……やられる!!
だが信じられないことに、グランドレオンと対峙する聖哉の瞳の色は未だ赤い! 聖哉は剣を盾にして爪撃を受け止めると、左爪での四撃目も体を後方に反らせて、かわす! 不安定な態勢ながら薙ぎ払ったプラチナソードが、グランドレオンの鼻先を掠める! 今度は逆にグランドレオンの方が聖哉から離れ、距離を取った。
――ま、まだフェイズ・セカンドが続いてる!? どうして!?
グランドレオンも私同様、意味が分からないようだ。腑に落ちないといった表情を見せている。
「おいおい。一体どういう理屈だ? 俺を欺く為にわざと短い時間しか出来ねえように見せかけてたってことか? いや……俺の見切りは完璧だった。さっきまでテメーは、その状態を保つのに精一杯だった筈だ」
聖哉は首を捻って、こきりと音を鳴らす。
「フェイズ・セカンドの発動は心身に多大な負担を掛ける。一気にやると体も精神も崩壊する危険があった。故にお前との戦いで自分を追い込みながら、少しずつ調整していたのだが……うむ、」
そして膨大なオーラを発散させつつ、紅の瞳をグランドレオンに向けた。
「……
ゲアブランデの戦帝と同じ台詞を吐く勇者に、私は心の底から戦慄していた。
――て、天才!
「では、全力で行くとしよう」
聖哉は腰の鞘から新たなプラチナソードを引き抜き、片方を上段、もう一方を中段に、二刀流の構えを取る。
「舐めやがって……! ドカスが……!」
言い終わった刹那! 爆撃のような轟音と共に、両者が、ぶつかり合う!
聖哉の攻撃は、いつもの二刀流連撃剣ではない。技もスキルもなく、ただ単純に手に持った双剣をグランドレオンに叩き付けているだけ。だが、その速度と威力は凄まじい! おそらく一撃一撃が、天も地も裂く程の威力を秘めている筈! 剣と爪が織り成す衝撃波が遠く離れた私の髪を揺らす!
聖哉の猛攻に、グランドレオンの防御が間に合わない! 頬が切れ、黒い血が垂れる! 身に着けている漆黒の鎧に亀裂が生じる! グランドレオンが僅かに後ずさりした!
――す、凄い!! 流石、一億人に一人の逸材!! いける!! 六芒星破邪がなくてもいけるじゃない!!
しかし、せっかく生まれた小さな希望を暗い影が飲み込む。
……待って! ならどうして、アデネラ様は聖哉がグランドレオンに勝てないと言ったの? イシスター様も、あんなに直接戦闘を避けるように言ったの?
そして……私の不安は現実のものとなる。
気付けば、目の前に展開していたのは異様な光景。押している筈の聖哉の顔は苦しそうで、押されているグランドレオンは余裕の表情だった。
「どうした? 焦ってやがるな。テメーは用心深い野郎だ。考えてんだろ? 俺が本気を出す前に仕留めたい、と」
――な!? ぐ、グランドレオンの実力はまだ……!!
荒い呼吸で絶え間なく攻撃を続ける聖哉に対し、グランドレオンは息も乱さずに言う。
「当たってるぜ、その勘。だが当たったところで、どうしようもねえ。ブノゲオスのとは違って、俺のは自動で発動する。反撃せずに敵の攻撃を一定量、喰らい続けることでな。テメーがいくら用心深くても関係ねえんだ」
瞬間、聖哉が攻撃の手を緩める。だが、グランドレオンは嘲笑う。
「もう遅せえよ、勇者」
そしてグランドレオンの体は黒き光に包まれた。
「『
刹那、体から拡散された圧倒的な漆黒のオーラで聖哉が弾かれる! オーラの光が収まった時、グランドレオンの体は変形していた! 背にはコウモリのような巨大な翼! 腰より下には、意志を持ったように動く大蛇の尻尾! 直立するキマイラは、更に帯電しているかのように青白い光を全身から放っている! そして聖哉に対して、突撃の態勢を取った!
咄嗟に身の危険を感じ、グランドレオンから離れた聖哉だったが、
「……『
稲妻のような青白い閃光が、瞬時に聖哉の隣を通過する!
一瞬のうちに聖哉とグランドレオンの位置が入れ替わったように見えた。
……聖哉が、がくりと膝を突く。
戦帝に片腕を落とされた時すら動じなかった勇者は、腹を押さえ、顔を苦しげに歪めていた。
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