第百十章 暴走する霊力

 シルシュトのデッドリー・バンデージ死包縛布が幾状にも分かれて、聖哉を襲っている。狂戦士化の超絶スピードにてかわし、また、火の魔法剣を盾にして包帯を燃やしながら防御に徹しているが、チェイン・ディストラクションを内包するこの攻撃が当たれば、聖哉とてただでは済まない。


 なのに、


「……充填240%」


 聖哉は延々と溜め技を充填していた。


「勇者!! もういいじゃないか!!」

「そうよ!! もう充分よ!!」

「……充填260%」


 ま、まさか500とか1000まで溜めるつもりじゃないよね!? 勘弁してよ!!


 先程まで私もジョンデも「早くしてえ!」とイライラしていた。しかし、時間が経過するうち、何だか祈るような気持ちになってくる。


「た、頼む、勇者!! その技を放ってくれ!!」

「お願いよ、聖哉!!」

「……充填280%」


 全然、放ってくれない。シルシュトもこの状況に苛ついたのかも知れない。一歩、後退した後、全身から蛇のように大量のデッドリー・バンデージが拡散される!


「せ、聖哉っ!!」


 上下左右から襲い来る猛攻撃を、どうにかキラーソードで打ち払い、焼き切った。一応、ホッとはするが……先程から防戦一方の光景に私は気が気ではない。それでもシュルシュトが放った今の攻撃は、溜め技の割合を大きく跳ね上げたようだった。


「……充填320%」

「つ、遂に300%を超えたわ!!」

「おおっ!! 今度こそ!!」


 私とジョンデは拳を握りしめ、聖哉に向けて叫ぶ。


「「お願いしまあああああああああああああああす!!」」


 私とジョンデの願いが通じたのだろうか。聖哉が口を開いた。


「それでは行くぞ……ドレイン・チャージムーブ吸収動力解放


 やった!! 今度こそ待ちに待った溜め技の炸裂よ!!


 聖哉の体が光り輝く! 同時に発生した衝撃波で私の体は揺れる! 聖哉のすぐ近くで攻撃を仕掛けていたシルシュトは数メートル吹き飛ばされた! 後ずさりしながら、黄色く濁った目で聖哉を睨む。


「何をやるつもりか知らんが、ファーメント・アフターロトン永続的腐肉の再生速度を超えることなど出来ん」


 余裕ぶっているシルシュトだが、私とジョンデは確信していた。溜めに溜めて溜めまくったこの技が死皇の防御を打ち破ることを!


「見ろ! あの眩い勇者のオーラを! 今まで見たことのないオーラだ! 凄まじい力が充満しているのが分かる!」

「ええ! そうね!」


 ジョンデの言葉に笑顔で頷く。そして期待を込めて、聖哉の必殺技を待った。


 しかし次の瞬間、私は自分の耳を疑う。聖哉がぼそりとこう呟いたからだ。


ホールド・オン休止


 途端、体を覆っていた眩いオーラは消え失せてしまった。


「……は?」


 しばらくの沈黙の後、


「「はあああああああああああああ!?」」 


 私とジョンデは叫ぶ。


「『休止』!? 『休止』って何なの!?」

「つ、つまり……溜めるだけ溜めて、使わないってことか!?」

「嘘でしょ!! どうして!? こんなことってある!?」

「意味が分からん!! アイツは……アイツは一体何を考えて生きているんだああああああああ!!」


 常人の理解を超えた行動に絶叫する。だが、騒ぐ私達を無視して、聖哉は地中から現れた土蛇が持ってきた二本の剣を構えると、大きく息を吐き出した。


ステイトバーサーク状態狂戦士・フェイズ2・7&……モードダブル・エターナルソードEX二刀流・真・連撃剣フェニックスドライブ鳳凰炎舞斬


『ぶわっ』と聖哉の体から発散された狂戦士のオーラと、火炎魔法が織り混ざった熱風が、私とジョンデの意識を戦いへと戻す!


「むう! こ、今度は炎のオーラ!? そして……何なんだ!? この長ったらしい名前の技は!?」

「ど、どれも凄まじい威力を持った聖哉の得意技よ!! それらを全て、狂戦士化と組み合わせたんだわ!!」


 聖哉が鷹のような目でシルシュトを睨む。


「行くぞ……最大火力……!」


 言うや否や、音も立てず深紅の軌道がシルシュトへ向かう! 剣の動作すら見えない中、幾つもの紅の幾何学模様がシルシュトの眼前に出現した! 一つの模様が弾けるようにして消えると、同時にシルシュトの体が切り裂かれ、業火に包まれる! シルシュトは燃えながらも新しい包帯を形成、傷口を再生しようとするが、それより早く聖哉の描く新たな幾何学模様が炸裂する!


「バカな……」


 苦しげにシルシュトが声を発した。十を超える紅の幾何学模様がシルシュトを囲うように空中に現れている。そして、それが同時に消えた。爆風と熱風の中、シルシュトの体を覆っていた包帯は全て焼き焦げ、ぎょろりと光る死皇の目が見えた。


「再生が間に合わんだと……! これが……人間の技だというのか……!」


 体を覆う腐肉を燃やし尽くす圧倒的火力に死皇が呻き、


「す、すげえ……!!」


 ジョンデが思わず言葉を漏らした。聖哉が双剣にて一際大きい幾何学模様を死皇の眼前に放つ。耳朶を振るわす激烈な爆発の後、両手両足の無いシルシュトの黒焦げた胴体だけが空間に浮かんでいた。


 最後のトドメとばかりに聖哉はシルシュトの胴体に向け、マキシマム・インフェルノ爆殺紅蓮獄を放った。すると、浮かんだ胴体は爆裂して消失した。


  ――か、か、勝っちゃった……!? とんでもない火力の力技で!! い、いや……だったら充填しまくったあの技は何だったのよ!?


 だが、聖哉は鋭い目で何もない空間を睨んでいる。シルシュトは圧倒的な火力で消滅したように思えた。だが……違う。空間に一点、浮遊する物があった。


 それは、拳の大きさほどの球体。あれだけの火力を浴びながら、何者かの力で守られているように、球体は禍々しいオーラを放っていた。


「!! 呪縛の玉!?」


 私が叫んだ次の瞬間、球体が形状を変える! 蠢くドクロのような形になって小さな口を開いた!


「ギゲゲゲゲゲゲゲゲ! セメタリィィィ・ナイトアゲインンンンン遺骸円環之夜!」


 嘲るような高い声を上げた後、ドクロが割れ、その中から毒々しい靄が噴出する! そして、それは即座に人型を形作っていく! ジョンデが大きく目を見開いた! 


「ま、まさか死皇が復活するってのか!?」 


 ――ど、何処かに自らの体の一部を隠しておいた!? 万が一、朽ち果てた時に呪縛の玉の力で蘇るよう、設定していたというの!?


 ……靄が形成した怪物を見て、私もジョンデも息を呑む。角の生えた漆黒のスケルトンが禍々しい闘気を発散させていた。剥き出しの頭蓋の口がゆっくり開かれる。


「死皇は死して後、蘇る……これが我が最終形態……霊と腐肉の融合体……半霊半物質から成る無敗の体躯だ……」


 シルシュトの体はノイズが掛かったように、ぼやけて見えた。


 は、半霊半物質!? 無敗の体躯!? な、何よ、それ!! ひょっとして、物理攻撃も霊的攻撃も効かないんじゃ!?


 まさかのシルシュトの第二形態。最初に思い浮かんだのは『こんな怪物に勝つ術はあるの!?』ということ。苦戦の予感が脳裏を過ぎった。


 だから……シルシュトの変化とほぼ同時に進行していたそれを、私は直前まで認識できなかった。いや、私のみならず、シルシュトでさえ何が起こったのか分からなかったに違いない。


 聖哉は既にシルシュトの頭上、大上段に剣を構えて宙を舞っていた。


リズーム・ドレインチャージムーブ吸収動力再解放……」


 先程、消えた眩い光が聖哉の体を覆い、瞬く間に聖哉の右腕に集中する!


「暴走する霊力……ゴーストバスター・オーバードライブ限界突破型・幽滅霊剣!」


 降り下ろした剣がシルシュトにヒットした途端、目も眩む発光と天地を揺らす轟音が響く! あまりにも激しい音は私の聴力を奪い、瞬間の静寂を感じさせた。発生した衝撃波に飛ばされそうになりながら、私は何とかその光景を見る。


 溜めに溜めた溜め技ドレイン・チャージムーブ吸収動力解放の物理攻撃力と、ゴーストバスター幽滅霊剣の霊力が合わさったその一撃は、シルシュトのみならず、辺り一面の土壌も含めて、塵へと化した。


 そして今――聖哉の目の前には、広範囲に抉られた砂漠の土壌が広がっているだけだった。シルシュトの姿は何処にも見えない。


 私は這々の体で聖哉に近付いていく。


「せ、聖哉! シルシュトは?」

「片付けた。おそらくな」

「片付けた……って、今の一瞬で!?」

「まぁ、まだ油断は出来んが」


 聖哉はシルシュトがいた空間を未だ眺めていた。ジョンデが口をパクパクとさせる。


「あ、あの溜め技は死皇の第二形態を打ち破る為だったというのか!? いや!! そもそも、お前は奴に第二形態があることを知っていたのか!?」

「知らん。奴のステータスは俺にも見えなかった」


 私も黙っていられず、会話に割って入る。


「じゃあどうして、溜め技をすぐに使わず休止したのよ!?」

「難度SSイクスフォリア最後の幹部死皇――何もなく終わる訳はないと思っていた。ならば技は温存し、その時に使う。もし仮に第二形態が無ければ、それはそれで良い」

「な、何も無ければ、溜めた技は無駄になっていたというのにか?」

「安心を買えた。無駄ではない」

「「あんしん……!?」」


 保険のセールスマンのような台詞に私達が愕然としていると、聖哉は少し悔しげに言う。


「本来ならば1000%まで溜めたかった。だが、あれ以上溜めると体が破裂しそうになってしまった。だからやむを得ず、320%で休止したのだ」

「い、いやもう充分だって! 体、はち切れるまで溜めようとしないでよ!」


 私達と話している最中も、何も無くなった空間を凝視したり、地面に手を当てたりしていた聖哉だったが、


「……どうやら第三形態はないらしいな」


 まだシルシュトの復活を気にしていたらしい。辺りをウロチョロして、


「よし。確実に消滅したようだ」


 そう呟いた後で、ようやく剣を鞘に仕舞った。


 私の隣では、ジョンデが恐ろしいものを見るような眼差しを聖哉に向けていた。


「勇者の言っていることは頭では理解出来る。とっておきの技を温存するのも作戦だ。しかし……実際の戦闘でこのような戦い方を出来る者など……」


「ふぅ」と短く息を吐くと、ジョンデは独り言のように呟く。


「凄い奴だ」


 私は、少し離れた所に佇む聖哉の背中を見る。かすり傷さえ負っていない。結果だけを見れば、ダメージもなく圧勝に思える。


 ――でも、もしシルシュトの第二形態前に溜め技を使っていたら?


 半霊半物質と化したシルシュトに対し、勝敗はどう転んでいたか分からない。いや……それ以前のこともそう。たとえば最初のセメタリー・ナイトアゲイン。パワーアップしたグランドレオン、オクセリオ、セレモニクが死者の軍団と共に復活すれば、聖哉とて空前絶後の大ピンチだったに違いない。だけど、ありえない慎重さでそれを未然に封じ込めた。


 死皇シルシュト戦は普通に戦えば、必敗必死の鬼門だったんじゃないかしら。これはきっと聖哉だからこそ……いや慎重になった聖哉だから出来た奇跡の勝利なんだわ……。


 何だか感動して聖哉を眺めるが、当の本人は勝利を喜ぶ訳でもなく、淡泊な顔をして一点を見詰めている。


 聖哉の視線の先にはキリコがいた。屈み込むようにして、手の平の上の砂を眺めている。


 聖哉がキリコに近寄っていく。聖哉に気付いたキリコは、手にのせた砂を聖哉に見せた。


「これ……クレオと作ったペンダントなんです。でも、消えてしまいました。町もクレオも思い出も……何一つ残らないんですね」


 クレオはキリコにとって初めての友達だった。その心の痛みは計り知れない。


「……キリコ」


 聖哉が口を開いた。珍しく、何か気の利いた一言でも言うのかと思ったら、


「そろそろ行くぞ。準備をしろ」


 全く普段通りだったので私はビックリする。


「は、はい……」


 キリコは力なく返事して立ち上がった。肩を落とすキリコを見て切なくなる。失った者は帰ってこない。イクスフォリア最後の幹部死皇シルシュトを倒した――なのにまるで喜べない状況だった。


「ね、ねえ、聖哉。キリちゃんに、もうちょっと勇者らしい一言をさあ……」


 だが、聖哉に近付いた時、私は気付く。聖哉の顔もまた、いつになく険しかった。


「……これでまた振り出しだ」

「えっ? 振り出し? どういう意味?」


 言葉の意味が理解出来ない。だが、その意味を詳しく語るでもなく、聖哉は私に言う。


「リスタ。死皇を倒した今なら神界に戻れる筈だ。門を出せ」

「う、うん」


 言われた通り、門を出した。中を開いても、妨げとなる白い壁は存在しない。


「では一旦、神界に戻るぞ」


 聖哉にとってはいつもの準備の為なのだろうが、落ち込むキリコの為にも……いや私自身、神界で一度、気分をリセットしたかった。きっとジョンデも同じ気持ちに違いない。フルワアナの民の消失は皆の心に暗い影を落としていた。


 私達は聖哉に黙って従い、神界への門を潜ったのだった。

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