4.救世難度SS+ 捻曲イクスフォリア

第百六十章 変事

 聖哉に言われた通り、ゲアブランデから冥界への門を出す。扉を潜り、聖哉が進むのを追うようにして、冥界の中心部からセルセウスと一緒に六道宮へ向かった。ふと聖哉が立ち止まり、懐から地図を取り出す。冥界の何処にどんな者がいるかを把握する為、聖哉は地図を作っていたのだ。足を止め、地図を眺めては辺りをキョロキョロと窺っている。


「どうしたの、聖哉?」

「此処はこのような景色だったろうか」


 私も六道宮周辺を見渡してみる。今の時間帯は冥界名物の霧はさほど濃くない。聖哉の暮らす世界で言えば中華風の建物が並び、大通りをいつものように奇妙な風体の冥界の者が行き来していた。

 

 ――最初は面食らったけど、冥界に住む者の姿にも慣れてきたわね。だけど……


「うーん。特に変わりはないと思うけど」


 腑に落ちない顔で地図と景色を交互に見比べている聖哉に私は笑いかける。


「そりゃあ多少、変化はあるんじゃない? しばらく冥界に帰って来なかったもの」

「あー。神界みたいに地上と時間の流れが違うんだったよな。最後に来た時から百日以上は経ってるだろうし、店が潰れたり家が無くなってたりするかもなあ」

「そうそう。セルセウスの言う通りよ」

「……ふむ」


 やがて納得したのか、聖哉は懐に地図を仕舞い、再び六道宮へと歩み始めたのだった。




 冥王のいる六道宮の入口では、いつものように水晶の体をした巨大な門番が槍を持って佇んでいる。門番は私達に気付くと扉の前に立ち塞がった。


「あっ! そういや冥王に会うのって許可がいるんじゃなかったっけ!」

「問題ない」


 そう言って聖哉は名刺のような物を門番に渡す。門番はそれを凝視した後、無言で扉を開いた。


「な、何なのそれ?」

「『冥王謁見カード』だ」


 門番からカードを返して貰い、扉を通過しながら聖哉は当然のように言う。


「へ、へぇー。いつの間にかそんなの出来てたんだ……」

「出来たというか俺が作成した」

「!! そのカード、聖哉が作ったの!?」

「何日も前から会う為の許可を得るのは面倒だからな」


 聖哉に冥王謁見カードを見せて貰う。プラスチックのような物質で出来た白いカードの裏面には読めない文字が書かれていた。


「『冥王ハティエスはこのカードを持つ者の謁見予約を他の者より優先する』と記されている」

「はぁ、なるほど……ってか聖哉ってば知らないとこで色々やってるんだね。冥界でカード作るなんて」

「カードと言やあ俺も昔、カフェ・ド・セルセウスのスタンプカード作ったなあ。懐かしいな」

「そんなのあったっけ?」

「あっただろ。ホラ、五十回コーヒーを飲めば一杯無料になるお得なカードだよ」

「ああ、思い出した。ケチくさいサービスだから貰ったその日に捨てたんだったわ」

「!? 何だ、お前!!」

「潰れた店のケチくさいスタンプカードはともかく、俺のいた世界でもカードシステムは日常に浸透していた。その世界の良いところや進んでいるところは採用していった方が良い」

「そういや地球ってかなり文明が発達してるわよね。他の異世界に比べたらずいぶん先進国……いや先進世界って言うべきかしら」


 そんな他愛のない話をしながら歩き、冥王の間に辿り着く。大きな扉を開くと灰色の絨毯の先には能面のような顔の冥王ハティエスが座っており、


「あれっ!?」


 驚いたことに玉座の冥王を挟むようにして、ウノポルタとドゥエが佇んでいた。


「皆様、お久しぶりです」


 二人して恭しく私達に頭を下げてくる。


 ――ウノちゃんとドゥエさんって、もしかして冥王の側近だったりするのかな……。


 ウノと初めて出会い、六道宮に連れて来られた時も『冥王の指示で案内している』という風なことを言っていた。私達を家に泊めてくれているのも冥王の指示かも知れない。どちらにせよ、ウノもドゥエも冥界では比較的まともな方だし、冥王も傍に置きやすいのだろうか。そんなことを考えていると、冥王が口角を上げながら高い声を発する。


「捻曲ゲアブランデの救済、見事であった。メルサイスが作りし捻曲世界の一つをそち達が救ったことで、三千世界の歪みが緩和されたのである」


 冥王は大女神イシスター様のように、いや或いはそれ以上に、世界を見通す力がある。私達が捻れたゲアブランデでマッシュを倒したことは言うまでもなく知っているのだろう。

 

 ウノもドゥエも冥王の背後で嬉しそうに微笑んでいる。それでも聖哉は鋭い目を冥王に向けていた。


「先に確認しておきたいことがある。お前は捻曲世界で、魔物や人を殺しても無かったことになると言っていたな。しかし、そこに住む人々の深層意識には元の世界の記憶が残っていた……」

「そ、そうよ! マッシュもエルルちゃんも魂の奥底では私達のことを覚えていたわ!」

「『魂の記憶は捻曲世界、真の世界、問わず共有される』――ならば確実に無かったことにはならないではないか」


 聖哉に詰め寄られても、冥界の王は潜もった声で悪びれもなく笑った。


「深層意識とは、表に現れぬ朧なる意識。故に世界にさほど影響はないと思ってのことだったのである。だが、確かに……」


 冥王は聖哉の腰にある聖剣イグザシオンを見詰め、細い目を更に細めた。


「本来、手にすることの出来なかった聖剣が未だ存在しておる。これは捻曲世界に住む者の魂を軽んじなかったそち達への祝福かも知れぬな」

「祝福って?」


 私が尋ねても冥王は珍しく真剣な表情で、そのままイグザシオンを凝視していた。


「微かな意志を感じる。何者かがそち達を世界の希望と見なしているかが如き意志を」

「そ、それってもしかして捻曲世界のエルルちゃんの?」

「詳しくは朕にも分からぬ」

「具体的ではないな。お前は全ての世界を見通せるのではないのか?」

「それでも分からぬこともある。そして、そち達が捻曲ゲアブランデを救ったことで、今回新たに理解出来てきたこともあるのである」

「どういうことだ」

「冥界にまで波及した暴虐の力……更に勇者に与えられし元来絶無なる聖剣……この宇宙に新しい秩序が生まれようとしておるのやも知れん。意志は受け継がれるもの。希望ある心は剣に。そして焦がれる思いは絶技の妙諦に……」


 そう言って冥王は天井を見上げて目を瞑った。私とセルセウスは互いに顔を見合わせてヒソヒソと話す。


「な、なあリスタ。今の、一体どういう意味なんだ?」

「わ、私だって分かんないわよ!」


 冥王だけでなく、冥界に住む者の言葉は往々にして意味不明。私は気になって聖哉をちらりと見る。すると腕組みをしたまま、冥王と同じように静かに目を閉じていた。さ、流石は一億人に一人の逸材! 私とセルセウスには分からない何かを感じ取ったのね!


 やがて聖哉はゆっくりと目を開き、冥王を見詰める。


「……一体どういうことだ」


 !? いや分かってなかったんかい!! 紛らわしいな!!


「お前の言葉は抽象的すぎる。もう一度、言って貰おう」

「冥界に及んだ捻曲世界の影響、本来あり得ぬ聖剣の存在、この宇宙に新しい秩序が生まれようとしておると言ったのである」

「その後の台詞も頼む」


 冥王にほとんど同じことを繰り返させて、聖哉はメモを取っていた。その様子を見て私は苦笑いする。


「ま、まぁこの際、色々聞いて確認しておいた方が良いよね。今まで冥王とはあんまり喋る機会もなかったし」

「……いや。竜宮院聖哉は、よく朕に会いに来るのである」

「!! そうなの!?」


 驚いて聖哉を見る。普段通り、何食わぬ顔で聖哉は頷いていた。


「うむ。だが、いくら話しても蒟蒻問答というか堂々巡りで話が進まんのだ」

「答えたことと同じことを聞かれても、朕もまた繰り返すだけなのである」

「ええええええええ!! 聖哉ってば、何回も同じこと聞きに来るんですか!?」

「聞きに来るのである」

「一度聞いて分からないことも数度聞けば分かるようになるかも知れない。それに……正直なところ、コイツは怪しいからな」

「聖哉!?」

「せ、聖哉様っ!?」

「冥王様に対してそれはあまりに!!」


 勇者の暴言に対し、今まで後ろで静観していたウノとドゥエが叫ぶ。気まずい沈黙の後、聖哉は少し咳払いした。


「それでは言い直そう。冥王だけではない。俺は冥界にいる者全てを信用していない」

「で、では、私達兄妹のこともですか?」

「そうだ」

「いやだから聖哉!! ちょっとは言葉を選びなさいよ!! ウノちゃん達には居候させて貰ってるのに!!」

「真実なのだから仕方あるまい」


 ウノとドゥエが悲しげな顔をしたので、私とセルセウスは慌てる。それでも冥王はいつも通り、不気味に笑っているだけだった。


「再三言うように、冥界に住む者はそち達に敵意はないのである。神界と冥界は需要と供給。それは変わらぬ真実なのである」


 冥王を含め、冥界の者に敵意が無いのは周知の事実だ。まぁ聖哉の修行の際は取引――つまり神々の羞恥心である『HP恥ずかしみポイント』が必要なのもあって、私とセルセウスは屈辱的な仕打ちを受けるのだけれど。


「それに聖哉! 今までだって色んな冥界の者が、私達の為に技を教えてくれたりしたじゃない!」

「まぁ……そうだな」


 聖哉は次にセルセウスと私を指さした。


「それではもう一度、言い直そう。俺は冥界にいる全ての者及び、この男神と女神のことも信用していない」

「!! いやそれはそれで酷くないっすか!?」

「そうだよ!! 私に関しちゃ、もうメチャメチャ長いこと一緒にいるよね!? ちょっとは信用しなさいよ!! 無性に悲しいわ!!」


 大きな溜め息を吐いた後、私はウノとドゥエに愛想笑いする。


「でもまぁこの勇者っていっつもこんな感じなんで! 誰彼構わず平等に信頼してないんで!」

「そ、そうですか」

「な、なら……良かったのかな……」


 ウノもドゥエも微妙な表情だったが、冥王は必死で弁解する私を見て潜もった声で笑った。


「くくく……女神リスタルテ」

「な、何?」

「メルサイスに邪神達が協力するように、そちにも加護があるのかも知れぬのう」

「私に加護……? そ、それってもしかしてイシスター様が……?」

「神界は現在閉じてしまっておる。それとはまた別。神でも魔でもなく、また冥界の者でもない別のものがそち達を導こうとしているのであろう」

「『別のもの』?」


 私が繰り返しても冥王はまたも天を見上げて沈黙した。これ以上聞いても先程と同じで意味はないだろう。しかし、


「おい。それはどういうことだ」

「朕にも分からぬ。とにかく神でも魔でもなく冥界の者でもない別のものがそち達を、」

「!? いやもう全然話、進まねえな!! 聖哉、話題を変えましょう!! そう、次の捻曲イクスフォリアについて聞きましょうよ!!」

「その前に幾つか質問がある。まず、ゲアブランデが元に戻ったことはメルサイスにも分かるだろうか? その際、捻曲イクスフォリア攻略中にメルサイスやゼト達が攻めてくる可能性はあるだろうか? また……」


 聖哉は色々と尋ね出した。私も途中までしっかり聞いていたが、それは捻曲イクスフォリア攻略に関してではなく、心配からくる質問のようで、ぶっちゃけあまり意味なく思えた。数分後、セルセウスが「ふぁーあ」と大きな欠伸をする。


 私とセルセウスがダレているのに気付いたのか、聖哉はこちらを睨んできた。


「俺はしばらく残って冥王と話す。先にウノ邸に行っていろ」

「だ、大丈夫よ! 私達も待ってるわ! ちなみに後どのくらい?」

「そうだな。残り100問以上は残っている」

「!! クイズ番組!?」


 聖哉はそのまま冥王に質問を続ける。思いつく限りのことや、些細なことまで全部聞いていくスタイルは「お空はどうして青いの? 僕はどうやって生まれたの?」と親にしつこく尋ねる幼児のようであった。


「……行こっか、セルセウス」

「……だな」


 聖哉を冥王の間に残し、私とセルセウスは外に出た。ウノとドゥエも冥王に一礼した後、私達と一緒に帰ることになったのだった。






「聖哉、大丈夫かなあ。冥王に『いい加減にせよ、しつこいのである!』なんてキレられたりしてないかなあ」

「冥王様なら大丈夫ですよ。決して怒ったりなどされない方なので」

「そう? 同じこと繰り返させた挙げ句『冥王に聞きたい100の質問』とか。私ならキレそうになるけど……」


 ウノと会話しながら六道宮を出た、その瞬間だった。


「離せ!! 離しやがれええええええええええ!!」


 激しい怒声が聞こえて、私は体を震わせてしまう。


「な、何だありゃあ!?」


 セルセウスの視線の先には人だかりが出来ており、もうもうと黒煙が立ち上っている。


「ええっ!! 火事!?」

「何の騒ぎだろう」


 ドゥエは顔色を変えてそう呟くと、小走りで人だかりに近付いた。私達も後を追う。


 人だかりの中心には、樹木型モンスターのような冥界の者が、六道宮の門番に取り押さえられていた。辺りにはくすぶり、焼け焦げた書物が散乱している。火災の原因はどうやらこれらしい。ウノ兄妹が訝しげに樹木の者を見詰める。


「あれは確か九番街に住むリィ・ツフだったな」

「普段は家に閉じ籠り、冥界の歴史を書にしたためている物静かな者なのですが」


 リィ・ツフという冥界の者は、幹にあるギョロリとした目玉を血走らせ叫んでいた。


「離せ離せ離せええええええええええええええええ!!」

「い、いや全然物静かに見えないけど!?」


 門番に組み敷かれているのに、リィ・ツフは必死に暴れていた。ウノが近くで様子を見ているカマキリのような冥界の者に尋ねる。


「一体どうされたのでしょう?」

「これはウノ様。アイツが急に六道宮の前で持ってきた書物に火を付けたのです。そして暴れながら散々、妙なことを叫ぶもので……」


 私は辺りでくすぶる書物に目を凝らした。大半は焼失してしまっていたが、どうにか原型を留めている本もある。『冥界史』という表紙がちらりと見えた。


「ってことは、自分で書いた歴史の本を燃やしちゃったの? 何で?」


 縄を体に巻かれながらも、リィ・ツフはずっと叫び続けていた。


「此処は冥界ではない!! 此処は冥界ではない!!」


 は、はぁっ? 何言ってるの?


 人だかりからも失笑が漏れた。冥界で暮らしながら冥界でないと叫べば笑われるのも当然だ。セルセウスも呆れたような顔でリィ・ツフを眺める。


「部屋に閉じ籠もって研究しすぎたせいで、頭がおかしくなっちまったんじゃねーの?」


 するとその刹那。リィ・ツフがこちらをギロリと睨んだ。


「神界の生き残りだな……!」


 ぼそりと呟くと、縄で縛られたまま、強引に私達の方に歩んでこようとする!


「いいかあああああ!! よく聞けえええええええ!! 捻れてしまったのはお前達だけの世界ではない!!」 

「ヒィィィィッ!? ぼ、ぼ、ぼ、僕は何も言ってませんよ!! 今のはそう、この女神が言ったんです!!」

「!? セルセウス、テメーこの野郎!!」


 いっつも私に責任押しつけやがって!! だが……リィ・ツフは既に私達から目を逸らして、辺りをぐるりと見渡していた。


「愚か者達よ!! 冥界が真に冥界であることを取り戻し、全ての捻れが戻る時!! その時は!! その時こそは……」


 意味不明な叫びの最中、水晶の門番がリィ・ツフの背に当て身を食らわせた。がくりとその場にくずおれ、リィ・ツフは動かなくなる。一応騒ぎは収束したが、私の心は穏やかではない。セルセウスの肩をちょんちょんと突く。


「ね、ねえ。今、何か不吉なこと言おうとしてなかった?」

「あ、ああ。まさか聖哉さんの言う通り、冥界に住む者達はマジに信用出来ないってことなんじゃ……?」


 私とセルセウスは、聞かれないようにボソボソと喋る。人混みでは同じように冥界の者達が小声で囁いていた。


「変わった奴だな」

「悪酔いでもしたんじゃないか」

「いやあねえ」


 私は緊張しながら、ドゥエとウノの顔色を窺ってみる。しかし……


「一体どういうことだ。リィ・ツフは何と言いかけていたのだろう?」

「全く不可解です。何だか不気味ですわ……」


 二人共、私とセルセウス同様、心底分からないといった表情で、気絶して連れられていくリィ・ツフを眺めていたのだった。

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