第八十二章 分析と発見

 町外れに向かう聖哉の後をジョンデと一緒に追った。


 途中でジョンデが愚痴るように言う。


「大体、分析ってのは強敵を相手にするもんだろ。本気のゴーレムはキリング・マシンを圧倒していたじゃないか。どうして、わざわざ……?」


 聖哉は答えず、ただ鼻を摘んだ。


「少し離れろ。ゾンビ臭い」

「ぐうっ!!」


 あーあ、相変わらず酷いなあ。でもまぁ確かにジョンデってアンデッドだから、ちょっと腐臭がするもんね。仕方ないかなあ……なんて思っていると聖哉はしかめ面のまま、私を眺めていた。


「お前も離れろ。ゾンビ臭い」

「!! 私、ゾンビじゃないけど!?」


 ……二人して不満な顔をしつつ、少し離れて聖哉の後ろを歩いていると、ターマインを囲う巨大な壁に辿り着く。五重に張られた壁の一番内側に当たる部分だ。


 岩壁を前にするや、


「……ケイブ・アロング移動式洞窟


 そう呟く聖哉に置いていかれないように、私もジョンデも勇者に寄り添うようにして、地下へと潜ったのだった。



「……な、何だ此処は?」


 ジョンデがケイブ・アロングで出来た洞窟を見て、声を上げる。聖哉は半径五メートル程の洞窟内を魔光石で明るくした後、しばらく地中を歩いた。


 ――でも、どうしてこんな場所でケイブ・アロングを使ったのかしら?


 不思議に思っていると、聖哉は立ち止まり、目前の土壁に近付いて手を当てる。


クリア・ウォール可視土壁


 その途端、私達の前にあった土壁が透過する。眼前に広がった光景を見て、


「ひいぃぃぃっ!?」


 私は絶叫してしまう。目の前にウジャウジャとキリング・マシン達が現れたからだ!


 壁一枚を隔てた向こうは、私達が今いる洞窟の何倍もの広さ。そこで数百体のキリング・マシン達が、ひしめき合っていた。


「コレってば落とし穴に落としたキリング・マシン!? ってか、大丈夫なの!? 襲いかかってきたりしない!?」

「この壁は地上を透過するクリア・シーリング可視天井の応用だ。例によって向こうからこちらは見えない。それに透過している壁の厚さは2メートルある。簡単には入ってこられない」


 説明しつつ、聖哉は私達がいる洞窟の四隅に土蛇を突き刺し始めた。


「な、何やってんの?」

「この洞窟内に特殊な土蛇を備え付けた。これで向こう側の洞窟の音声を聞ける。ちなみに低音域から高音域までカバーし、臨場感のある立体的なサウンドを演出する」


 い、いるかしら、その機能……! 変なところにこだわりがあるのね……!


 そして聖哉は、更に胸元から取り出した一匹の土蛇を口元に運び、


「あー、あー、あー」


 まるでマイクのように発声練習した。すると、隣の洞窟のキリング・マシン達が、ざわざわし始める。どうやら聖哉の声が向こうに伝わっているらしい。


「ギギギギッ!!」

「ガギギグギッ!!」


 不快な音を発しながら、キリング・マシン達は唸り始めた!


「あー、静粛に。静粛に」

「ギギガーギギー!!」


 その後、聖哉が何を言ってもキリング・マシン達は唸るだけだった。


「せ、聖哉!! サラウンドで唸り声しか聞こえないけど!?」

「うむ。どうやら人語を解さないらしい。せっかくハイクオリティなスピーカーにしたのに意味がなかったな」


 コミュニケーションが取れないと判明した後、聖哉はキリング・マシン達をじっと眺め始めた。能力透視をしているのだろう。私も同じように能力透視を発動してみる。



 キリング・マシン

 Lv20

 HP138954 MP0

 攻撃力85121 防御力98654 素早さ85742

 耐性 雷・火・水・氷・土・光・闇・毒・麻痺・呪い・即死・眠り・状態異常

 特殊スキル 魔王の加護(LvMAX)

 特技 イヴル・レーザー邪光線


 

 グランドレオンに仕える獣皇隊のステータスがこのくらいだったろうか。実際、聖哉にしてみれば大した敵ではないのだろうが、問題はそれが数万体もいることだ。


「とりあえず試験体として、こうして多数のキリング・マシンを捕まえた訳だが……能力値は皆全て同じだな」


 聖哉の言う通り、視界に映るキリング・マシン達は体力、攻撃力、防御力など、まるでコピー&ペーストしたように完全に同じ数値である。


「ところで聖哉。ゴーレムの能力値はどうなってるの? さっき私、能力透視しようとしたけど見れなかったよ?」

「ゴーレムには一体一体、偽装フェイクを施してある。まぁ、全ての面でキリング・マシンを上回るとだけ言っておこう」

「だから、上回っているのに、どうして分析するんだよ?」


 ぼやくジョンデに対し、


「……今後の為だ」


 とだけ言って、聖哉はキリング・マシン達の分析を始めた。


「機械にも拘わらず水耐性や雷耐性があるな。弱点があればゴーレムに属性付加しようと思っていたが……ふむ」


 聖哉はどこから取り出したのか、藁半紙とペンを出して、スラスラとメモを取っている。


 その様子を見て、ジョンデが呆れた顔をした。


「な、何だか勇ましくねえなあ。本当に勇者なのかよ。学者の間違いじゃないのか……」


 確かに研究者みたいだわ、と思っていると、


「一匹、個室に入れて、より詳しく分析しよう」


 聖哉は隣の土壁に手を当てた。壁が透過した後は小さめの洞窟に、既に一体のキリング・マシンが隔離されている。


 そして、聖哉がパチンと指を鳴らすと、その洞窟の上部から沢山の土蛇が落ちてきた。


「ギギギギッ!」


 即座にキリング・マシンが反応。サーベルで土蛇を斬り裂いていたが、やがて顔面から光線のようなものを射出。土蛇を焼き殺す。


「今のが特技『イヴル・レーザー邪光線』だな。目から魔力を凝縮して光線にするのか。最初の壁に短時間で穴を開けたのは、この特技によるものだな」


 聖哉がまた指を鳴らす。するとキリング・マシンの足下が隆起。ゴーレムが一体現れた。


 今度は土蛇のようにはいかない。ゴーレムは暴れるキリング・マシンを押さえつけると、凄まじいパワーの拳を叩き付けた……。


「頭部破壊で活動停止。その後、十分経過しても、再生する気配は無し」


 活動停止したキリング・マシン。それでも、ジーーーーッと、壊れたキリング・マシンを眺め続ける聖哉に、ジョンデがイライラした様子で言う。


「なぁ、いつまで見てんだよ! 流石にもう再生しないだろ!」

「いや。そう思って油断した瞬間、蘇り、襲いかかってくるかも知れん」

「でも聖哉! そもそもステータスに『再生』のスキルはないよ?」

「ステータスは参考程度。実際にこの目で見て確かめるまでは安心出来ない」


 ……三十分近く眺めて、ようやく納得したのだろう。聖哉がメモを取る手を止めた……と思ったら、またも指を鳴らす。すると活動停止したキリング・マシンの頭上に火炎が降り注いだ。


「火の耐性はあるようだが……どうにかがんばったら燃えないだろうか?」

「い、意味が分からん!! 燃やしたところでどうすんだよ!?」


 ジョンデを無視し「この後は水をかけてみよう」と、分析と実験を続けるマッドサイエンティスト。いつしか私達は言葉を失っていた。



 ……更に三十分程、経っただろうか。聖哉がメモを取る手を止めた。


「よし。もう分析はいいだろう」

「ようやく終わったか! それで、残った大量のキリング・マシンはどうするんだ?」

「もはや用はない。今から破壊する」

「どうせ、お前のことだから自ら戦いには行かないんだろ? 複数のゴーレムでも洞窟にブチ込むつもりか?」

「いや、もっと手っ取り早く一掃する」


 例の如く聖哉が指を鳴らすと、キリング・マシン達がひしめく広い洞窟の上部から、直径一メートルはある岩石が落下してきた。


「な、何よ、アレ!?」


 ギョロリとした目! 裂けた口! 何と岩石には顔があった!


「ゴーレムだけでなく、他の岩系モンスターの生成にも成功している。破壊術式と土魔法との合わせ技で生まれた『ばくだんロック』だ。多数のキリング・マシン達を閉じこめたのは分析に加え、このモンスターの威力を試したかったからでもある」

「……ギイイイイイ!!」


 突如、降ってきた岩石モンスターにキリング・マシン達は一斉に攻撃を仕掛ける。だがその途端、


『ドォォォォォン!!』


 目も眩む閃光と轟音! 隣の洞窟とこちらとは厚い壁で隔離されている筈なのに、それでも衝撃で私は尻餅をついた。


 改めて洞窟を窺うと、ばくだんロックを攻撃したキリング・マシン達は無惨にもバラバラになっている。


「じ、自爆したの!?」

「そうだ。一定量の攻撃を与えると爆発する。そして……予想通りの威力だ。十数体を一瞬で粉々にしたぞ」


 洞窟上部から新たな、ばくだんロックがバラバラと降ってくる。キリング・マシン達は一斉にばくだんロックに襲いかかる。そしてダメージを喰らった途端、またも大爆発!


 キリング・マシン達に高度な知能はないのだろう。『攻撃を加えれば自爆する』というばくだんロックの特性が分からないらしい。仲間達が吹き飛んでも、ばくだんロックに攻撃を続け、そしてそれはまた新たな爆発を生んだ。


「更に直径を大きくしたばくだんロックの生成に成功すれば、より広範囲での爆発が期待される。だが、あまりにばくだんロックを大きくすると、ターマインもろとも大爆発してしまうだろう」

「おい!! ふざけんなよ、お前!!」


 ジョンデが聞き捨てならない台詞に激怒した。うん……そりゃまぁ怒るよね……。


 やがて、爆発によりキリング・マシン達が半数になったところで、聖哉は、ばくだんロックの投下を一時中断。またもメモを取り出した。


「ま、また分析し出したわ……!」


 遂にジョンデが洞窟内に寝そべった。


「もう知らん!! 俺は寝る!!」


 


 ……一体、どのくらいの時間が過ぎただろうか。ジョンデが眠り、聖哉のペンが走る音だけがする。私もやることがなく、ただボーッとキリング・マシン達のいる洞窟を見るともなく眺めていたのだが、


 ――あら。何かしら、アレ?


 私がに気付いたのは偶然だった。一体のキリング・マシンが広い洞窟の端で震えるように体を振動させていたのだ。


 私は寝ているジョンデの肩を揺さぶる。


「……んん? ああ……遂に終わったのか」

「いや、まだだけど」

「!! 嘘だろ!? まだやってんの!? マジで病気だな、アイツ!!」

「そ、それより、アレ見てよ! あのキリング・マシン、おかしくない?」


 ジョンデは私が指さすキリング・マシンを一瞥する。


「確かに挙動はおかしいが……まぁ、落とし穴に落とされたショックで壊れたんじゃないか?」


 ジョンデは大して興味を示さなかったが、気になった私は能力透視を発動してみた。



 キリング・マシン

 Lv20

 HP138954/138954 MP0 攻撃力85121 防御力98654……



 ――違う。体力は減ってないわ。壊れてる訳じゃない。なのにどうして?


 その時。能力値を眺めていた私は不意に気付く。


 ステータスの最後にこんな文言が記されていた。


 

『性格 優しい』



 ええっ!! あ、あのキリング・マシン……『性格』がある!?

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