第百六章 並行する世界

 私とジョンデ、そしてキリコが驚愕する中、クレオは声を張り上げた。


「やっぱりあっちの聖哉様は偽者だよ!」

「な、何言ってるの! そっちが偽者に決まってるじゃない!」


 私が叫ぶとクレオは怒った顔で私達の方にやって来る。そして無言でキリコの被っているフードに手を掛け、取っ払った。


「あっ……」


 キリコが声を発した時、既に機械の頭部が露わになっていた。クレオは震える手でキリコとジョンデを指さす。


「み、見てよ! 機械とゾンビっぽい人! こんなモンスターを仲間に連れてるなんて、偽者の証拠だよ!」


 クレオに言われて、グレスデンもミレイも引きつった顔を見せた。これでは本当に私達の方が偽者だと疑われかねない。それでも私は平静を装いつつ、クレオに語りかける。


「……クレオ。落ち着いて、私をよく見なさい」

「な、何だよ?」


 私はゆっくりと金色の髪をかき上げ、ポーズを決める。


「神々しい光のオーラを感じるでしょう? そう、私は女神リスタルテ。そして、こちらの聖哉こそ世界を救う勇者なのです」


 だがクレオは汚い物を見るような眼差しを私に向けた。


「モンスターと一緒に、頭の悪い女の人まで連れてるよ!!」

「!? シバいたろか、このクソガキ!!」

「うわっ!? 頭ばかりか、口まで悪い!!」


 偽者聖哉の背後にササッと隠れるクレオ。私は焦って言う。


「と、とにかく危ないってば! ソイツから離れて! 100%、魔物が化けてるに違いないんだから! そうよね、聖哉?」


 隣の聖哉に確認するが、聖哉は偽者をじっと見据えていた。


「リスタ。奴の能力値を見てみろ」

「え……」


 言われて、私は偽者聖哉のステータスを見る。




 竜宮院聖哉りゅうぐういん せいや

 Lv36

 HP70024 MP12077 攻撃力48651 防御力47999 素早さ42187 魔力9685 成長度475

 耐性 火・氷・風・水・雷・土・毒・麻痺・眠り・呪い・即死・状態異常

 特殊スキル 火炎魔法(Lv10)爆炎魔法(Lv4) 魔法剣(Lv4)獲得経験値増加(Lv8)能力透視(Lv7)合成(Lv3)

 特技  ヘルズ・ファイア地獄の業火

     マキシマム・インフェルノ爆殺紅蓮獄

     フェニックス・ドライブ鳳凰炎舞斬

     フェニックス・スラスト鳳凰貫通撃

     ドレイン・チャージムーブ吸収動力解放

 性格 とっても向こう見ず




 ホントに聖哉っぽいステータス……ってか、何よあの性格! 『とっても向こう見ず』って、これじゃあ慎重になる前の聖哉じゃない!


「や、やるわね! ステータスまで偽装するなんて!」


 敵の変化へんげの術に感心するが、偽者聖哉は私の奇異の目など何処吹く風で、クレオに荷物を渡していた。


「クレオ。約束の陶器の材料だ」

「ありがとう! 聖哉様!」


 声まで聖哉にそっくりである。ミレイとグレスデンは二人の聖哉を交互に見て、私同様に驚いていた。


「聖哉様が二人!! こ、これは一体!?」


 クレオが偽者聖哉の背後に隠れながら、本当の聖哉を指さす。


「だからあっちが偽者なんだって! 聖哉様! やっつけちゃってよ!」


 すると、遂に偽者の方が聖哉をまじまじと見詰めてきた。


「ふむ。確かに俺によく似ているな」


 そして……本物の聖哉に近付いてくる!


「わわっ!」


 私は私で本物の聖哉の後ろに隠れた。偽者が本物に尋ねる。


「名前は?」

「……竜宮院聖哉だ」

「ほう。姿も似ているばかりか、名前まで俺と一緒とはな」


 一体どんなリアクションをするのかと固唾を呑んで見守っていると、偽者聖哉はニコリと微笑んだ。


「ははは。すごい偶然だな。ははははは」


 !! いや、偶然で済まされる問題じゃないでしょ!? 何なのよ、コイツ!?


「他人のような気がしない。仲良くしよう」


 偽者聖哉が笑いながら、本物聖哉に握手の手を差し伸べるが、クレオがその間に割って入った。


「聖哉様!! こいつら絶対、悪者だよ!! やっつけてよ!!」


 それはこっちの台詞だと言ってやろうとしたが、偽者聖哉は静かに首を横に振る。


「いや、クレオ。俺にはこの人達が悪者だとは思えない。たとえば、この女性――女神と名乗っていたが、確かに一年前、俺をサポートしてくれたアリアと同じ気配が漂っている」

「あ、アンタ、アリアのことまで知ってるの!?」

「でも聖哉様!! その女の人が女神だったとしても、あの二人は完全にモンスターじゃんか!!」

「ふむ。ゾンビにキリング・マシンだな」


 クレオが眉間にシワを寄せて、キリコを指さす。


「見てよ、あの機械の体! 気持ちの悪い怪物だよ!」

「ううっ……!」


 キリコが悲しそうに俯いた。すると偽者聖哉はクレオに厳しい目を向ける。


「外見で全てを判断してはいけない。確かに見かけはモンスターだが、この二人から邪悪なオーラは一切感じない」

「だ、だって、ゾンビと機械の仲間なんてそんなの、」

「クレオ。そのキリング・マシンに謝るのだ」


 偽者聖哉に窘められる。クレオはしばらく逡巡していたが、やがて、おずおずとキリコに頭を下げてきた。


「ご、ごめん……なさい……」

「い、いえ! あの私、全然、気にしてませんからっ!」


 そんなクレオとキリコを眺めて、偽者聖哉は満足げに微笑んでいた。な、何だろ、この感じ……。


 今回イクスフォリアに向かった時、聖哉は狼男のせいで一時的に昔のような向こう見ずになった。この聖哉はその時の聖哉と同じような感じが……う、うぅん! 騙されるな、私! こんなの死皇の策略に決まってるじゃない!


 だが、いつの間にか偽者聖哉は私に視線を移していた。近付いてきたのでドキリとする。


「な、何よ!」

「女神様。どうしてアナタはこの町にやって来たのだ?」

「魔王に滅ぼされたイクスフォリアを救済する為よ!」

「それはおかしい。イクスフォリアは既に救われている。一年前に魔王アルテマイオスは俺が倒したのだからな」

「倒した!? そんな訳ないじゃん!! アルテマイオスには命が二つあった!! 魔王を倒したって油断したアナタ達パーティはその後、魔王の反撃にあって、し、し、死んで……」


 言葉に詰まると、偽者聖哉は驚いた顔をしていた。


「流石は女神様だ。俺達しか知り得ぬ情報を知っている。そうだ。確かに最終決戦、死んだと思った魔王は二つめの命を使って復活した。だが……それは賢者の村で教わった通りだった」

「け、賢者の村に行ったっての!?」


 私が以前、イシスター様に水晶玉で見せて貰った過去の映像では、聖哉は一刻も早くイクスフォリアの人々を救う為に賢者の村をスルーし、魔王戦に臨んだ筈だった。


「前日、ティアナが『イヤな予感がする』と泣いてな。渋々だが、予定を変更して賢者の村に立ち寄った。今となってはティアナの助言を聞いて正解だった。行かなければ俺達パーティは全滅していたかも知れん。復活してコルトを襲う魔王の攻撃を防いだ後、賢者の村にて会得した技にて、俺は魔王を倒したのだ」

「嘘!! 全部、嘘よ!!」

「嘘ではない」


 真剣な眼差しを向けられて、凍り付く。まるで幽霊に怪談でも聞かされているような気分だった。いつの間にか辺りは太陽が落ち、暗くなっている。偽者聖哉は辺りを窺った。


「女神様。日も暮れてしまった。話は宿屋に行ってからにしないか?」


 そう言ってグレスデンの宿屋を指さすが、本物聖哉が厳しい顔で首を横に振る。


「いや。続きは明日だ。俺達はこちらの洞窟で休む」

「せ、聖哉!?」


 聖哉は自分が作った洞窟住居へと、ツカツカと歩を進めたのだった。





 グレスデン達と別れ、多数のゴーレムに守られた入口を潜って、魔光石で照らされた広い空間に入る。私は聖哉、ジョンデ、キリコに溜まった気持ちをぶつけた。


「頭がおかしくなりそう!! 一体どういうことなのよ!?」


 しかし聖哉は黙ったまま土壁にもたれ、腕を組んでいる。代わりにジョンデが口を開く。


「単純に考えて、やはりあの勇者が一番怪しいと思うぞ。死皇が化けているんじゃないのか?」

「そ、そうよね! それしか考えられないわ!」


 しかしキリコがぼそりと呟く。


「私……あの聖哉さんが嘘を言っているような気がしないのです」

「ええっ? キリちゃん! どうしてそう思うの?」

「な、何となく……なんですけど……」


 押し黙っていた聖哉も小さく頷いた。


「確かに奴は嘘を吐いていない。俺の能力透視及び鑑定スキルで得た回答は『奴は偽装をしていない』だ」

「そ、そんなのきっと巧妙な変化へんげのスキルを使ってるのよ!」

「無論その可能性はある。だが、俺は神界でラスティから変化の術をマスターした。奴が俺の目をかいくぐって変化しているとすれば、ラスティを超えたレベルで変化していることになる」


 変化の神を超える変化!? そ、そんなのって流石に不可能なんじゃ……!?


「俺は常日頃から、あらゆる可能性を考慮するようにしている。その中の一つとして、このような仮説を考えている」


 少し沈黙した後、聖哉は言う。


「奴が言っていることは全て本当のことで、この町では俺は一年前、魔王アルテマイオスを倒して世界を救っている。つまり此処は『俺が魔王を無事に倒した後の世界が具現している町』なのだ」

「ば、バカな……!」


 ジョンデが絶句するが……私だって、とてもじゃないけどそんなの信じられない! 私達の住んでいる世界とは別にある世界の一部――それを具現化したというの!? そんなのもう創造神レベルじゃない!! いくら、死皇の力と邪神の力が合わさったからって、こんなことが起こり得るの!?


「あくまでも仮説だ。依然、死皇が俺達を欺き、巧みに偽装している可能性は残っている」


 私とジョンデが押し黙る中、キリコが聖哉に尋ねる。


「本当に此処が私達の世界とは違う世界だとして、そんな所に招き入れて、死皇は何を考えているのでしょうか?」

「現時点では、はっきりとは分からん。土蛇を使い、町の人間全てを調査したが、その中に死皇らしき者や魔物の気配はなかった。此処で俺達を足止めさせるつもりかとも思い、ターマインとガルバノに設置してある土蛇カメラを確認したが、そちらも今のところ異常はない」

「意味が分からん!! 死皇は何を企んでるんだ!?」


 ジョンデが舌打ちした。敵の姿も思惑も不明なのは、ただただ不気味だった。それでも聖哉は普段通り、冷静な態度を崩さない。


「既に町にはゴーレムと土蛇を多数配置している。警戒レベルを最大に保ちつつ、敵の出方を窺う」


 そして聖哉は地面に体を横たえた。


「長期戦になるかも知れん。洞窟内に各々の部屋を用意しておいた。今は体を休めておけ」


 聖哉が考えてもハッキリ分からないものを、私が分かる筈がない。素直に割り当てられた部屋に向かい、私は聖哉の洞窟で夜を過ごすことにしたのであった。





 次の日の早朝。


 いまいちよく眠れなかった私は部屋から出ると、洞窟の入口からコッソリと外を窺った。まだ仄暗い空の下、土で出来た建物やテントが乱立するフルワアナの町並みが広がっている。


 ――この町が私達のいるのとは違う世界? うーん。やっぱり信じられないなあ……。


 そんなことを思っていると、いつの間にか私の横に聖哉が立っていた。


「あ、おはよう。聖哉」

「うむ」


 そして籠に入ったパンを差し出してくる。


「朝食のパンだ。皆で分けてくれ」

「ありがとう」


 あら、今日は何だか機嫌がいいのね。


 私はパンを受け取る。聖哉は目を細めて、地平線の彼方を見ていた。町外れの上空はどんよりと曇っている。


「見ろ。砂嵐だ」

「砂嵐……そっか。だから曇って見えるんだね」

「うむ。アレが出ると二、三日はフルワアナから出られない」

「へえ、詳しいんだ」


 目線を聖哉に戻した時。私は不意に、隣の聖哉が鎧を着ていないことに気付いてしまう!


「!! あ、アンタって、ひょっとして……偽者聖哉っ!?」

「別に偽者ではないが。まぁ女神様の連れではないな」

「ひいっ!!」


 私は腰を抜かして後ずさる! や、ヤバい!! 襲われる!?


 だが、怯える私に気付いた偽者聖哉は優しく語りかけてくる。


「恐れることはない。双方の意見は違うが、アナタ達が邪悪な者でないことは分かっている。ならば、魔王を倒していようが倒していまいが、特に問題はないではないか」

「い、いや問題ありまくりだと思うけど……!」


 ってか、この聖哉、私達の話を完全に信じてるんだ!? それって、ガチで向こう見ずの時の聖哉っぽいかも!!


 どちらにせよ、私に危害を加えるつもりはないようだった。安心すると同時に、私の足下の土に亀裂が入り、何かが地上にせり上がってくる!


「ええっ!? これは!?」


 地面から浮上したのは、鎧に身を包んだ聖哉だった!


「!! アンタは毎回毎回、どっから出てくんのよ!?」

「地中に隠れて様子を窺っていた。ややもすれば偽物がお前を襲う現場を押さえてやろうと思っていたのだが……」

「俺はそんなことはしない」

「ふむ」


 聖哉は砂埃を払いつつ、偽者聖哉に近付いていく。


「一つ聞こう。お前は俺が知らない技を身に付けているな。『ドレイン・チャージムーブ吸収動力解放』――それが賢者の村で会得したという技か?」

「その通りだ。敵の攻撃を防御しつつ、相手の力を吸収する。その間、こちらからの攻撃は一切出来ないが、完全に力を充填出来れば、敵の攻撃力と合わさった強力な反撃が可能となる」

「それで甦った魔王を倒したという訳か」


 偽者聖哉は真剣な眼差しを聖哉に向けた。


「興味があるのか? よければこの技を教えるが?」

「そうだな。念の為、習得しておいてやろう」


 ええっ!? マジで!?


 私は聖哉を呼んで耳打ちする。


「偽者に技を教わるとか大丈夫なの、聖哉!?」

「案ずるな。常に警戒はしている。それにこれは奴と対話しつつ、手の内を探る目的も兼ねている」

「そ、そうなんだ……! とにかく気を付けてね……!」


 そして二人は剣を構えた。偽者聖哉が剣を引くような体勢を聖哉に指導している。最初は普通の練習に思えたのだが、


「グッと構えて、ホッと頑張るような感じで集中するのだ」

「ふむ」


 ……は?

 

「ここは小学生の時、組体操のピラミッドで下になった時のような気持ちで踏ん張る」

「ほう」

「リラックスしつつ、ガムを噛むようにして敵の攻撃を噛みしめるのだ」

「なるほどな」


 ――いやもう全然、意味不明なんですけど!!


 偽者聖哉の教え方は、私にはまるで分からなかった。だがそういう特殊な指導を見ていても、あれが本当の聖哉のような気がしてくる。しばらくすると、ジョンデもキリコも洞窟住居から出てきて、二人の聖哉を眺め始める。


「け、剣の練習ですか?」

「しかし……妙な光景だな」


 ジョンデの言う通り、不思議だった。聖哉が聖哉に剣を教わっている。瓜二つの聖哉達の練習は絶え間なく続いた。


 ……一時間は過ぎたろうか。私は「そろそろ休憩したら?」と聖哉に語りかけたのだが、


「「何だ?」」


 二人が同時に振り向いた。


「いや、あの、私が呼んだのは、こっちの聖哉で、」

「「どっちだ?」」

「!? ああ、もうっ!! 面倒臭いわね!!」


 私は鎧を着ている聖哉を指さす。


「私と一緒に来た方を『慎重聖哉』って呼ぶわ!」


 すると、もう一人の聖哉が声を上げて笑った。


「慎重聖哉か。はははは」

「アンタは『向こう見ず聖哉』だかんね!! 分かった!?」

「む。どうして俺が向こう見ずなのだ? ……いやまぁ別にどうだって良いか。練習を続けよう」

「そういうところだよ!!」


 私は叫ぶが、向こう見ず聖哉は純真無垢な笑顔を見せていた。慎重聖哉が普段見せない朗らかな笑顔を眺めていると、私の警戒はどんどん薄まっていくのだった。

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