第百九十四章 理外の対策
青白い閃光が聖哉を通過した――そんな風に私は感じた。今までのような連続した攻撃ではなく、レオンが放ったのは居合い斬りのような刹那の一撃。
私の胸は早鐘を打つ。聖哉はイグザシオンを持った右手の二の腕辺りを押さえていた。念入りにゴム手袋を嵌めた、その上の箇所だ。迷彩服が痛々しく焼き裂かれて、血が滲んでいる。
「聖哉ぁっ!?」
聖哉が敵からダメージを与えられることなど滅多にない。だが、私が驚いたのはそれだけではなかった。一瞬。ほんの僅かな瞬間。攻撃を食らった聖哉の右腕が、黒いオーラに包まれたのが見えたからだ。
――い、今のオーラは一体……?
レオンは離れた位置で、エレクトロ・ブレイドを再度構えている。もう一度『
「聖哉!! 腕は大丈夫!?」
そう叫ぶ。答えたのは聖哉ではなく、隣にいたセルセウスだった。
「大丈夫だって、リスタ! たいした傷じゃねえよ!」
実際、傍目にも右腕を少し斬られただけ。それでも、私は得も言われぬ不安を感じていた。
レオンをチラリと見る。エレクトロ・ブレイドを構えながら、聖哉の様子を窺っている。
――追撃してこない……? 何なの、あの自信は……!
聖哉はレオンがすぐに襲ってこないと分かると、攻撃に備えて構えていたイグザシオンを左手に持ち替え、自身の方に向けた。
「え? 何してんだ、聖哉さん?」
セルセウスと私が不思議に思った途端! 聖哉は躊躇いもなく、イグザシオンで自らの右腕を叩き切る! 鮮血と同時に聖哉の右腕がごとりと床に落ちた! セルセウスが金切り声を上げる。
「!! いや、何でェェェェェ!?」
「……リスタ。止血だ」
歯を食い縛りながらも、聖哉は冷静に言った。そして、レオンに注意を払いつつ、その場から後退して距離を取る。
私は聖哉の言葉を聞くより前に駆け出していた。聖哉に近付くと、すぐさま右腕に治癒魔法を施す。
無言で治癒に集中する私。背後からセルセウスが溜まりかねたように叫んだ。
「たいした怪我じゃなかったじゃん!! なのに、どうしてわざわざ自分で大怪我にしちゃうの!?」
腕の痛みにやや呼吸を荒げつつ、聖哉は言う。
「エレクトロ・ブレイドが掠った瞬間、俺の右腕を覆った黒いオーラ。破壊術式と同じ系統の技の可能性があった。もし仮に、腕からレオンの攻撃が伝播し、心臓に到達すれば俺は死ぬ。だから念の為、腕を落とした」
――あの黒いオーラ! 聖哉も気付いてたんだ!
私はそう思ったが、
「はああああああ!? そんな、あるかないか分かんない理由で腕を!?」
セルセウスが理解出来ないとばかりに大声で叫ぶ。更に、静観していたレオンが低い声で呟く。
「ソイツの言う通りだ。可能性だけで躊躇いもなく、てめえの腕一本切り落とすかよ。イカレてやがんなあ」
ちょうど、その時。切り落とされた聖哉の右腕が、音を立てて爆発する! 聖哉は既に後退し、充分に距離を取っているのに、それでも私の金髪が乱れる程の凄まじい爆風!
レオンが真剣な声を出す。
「だがまあ、そのお陰で助かった訳だが」
「え……ちょ……! ま、マジで……?」
セルセウスが絶句する中、レオンが言葉を続ける。
「てめえの推論に全てを賭けやがる。ククク。だから、お前は恐ろしい」
レオンの言葉を聞きつつ、私は一人、ごくりと生唾を飲み込んだ。
実際、聖哉の腕を覆った黒いオーラが見えた時、私も不気味に思った。『何らかの追尾ダメージがあるかも知れない』。そんな不安が僅かに脳裏を過った。でも……。
――普通なら『大丈夫』とか『気のせいだ』って、やり過ごすかも知れない! それでも聖哉は致死的な攻撃の可能性を信じて、片腕か命かを天秤に掛けた! そして、躊躇いもなく自分の腕を切り落とす!
臆病さとは全く性質の異なる聖哉の慎重さ。今まで幾度が目の当たりにしたが、改めて私は心の中で戦慄していた。そして、レオンもまた真剣な様子で言葉を紡ぐ。
「すげえよ。てめえは驚嘆に値する。だが……どうする? 攻撃予知の『ヴォルト・プレディクション』に、掠めるだけで即死の『キラー・ヴォルト』。次の攻撃で、てめえは終わりだ」
脅しながら、レオンの体はバチバチと雷のオーラを放っていた。あ、あれって、もしかしたら、次の攻撃の準備をしてるんじゃ!?
「聖哉っ! 雷のオーラを溜めさせちゃダメ! 今のうちに連続攻撃を!」
「そ、そうだ! もう『キラー・ヴォルト』を撃たせるな!」
セルセウスと二人で叫ぶが、聖哉は静かに首を振る。
「俺から攻撃を仕掛けたところで、
「だ、だからって、このままじゃ!」
私の治癒魔法で、とりあえず止血は済んだ。聖哉は片腕のまま、私から離れつつ、レオンを見据える。
「分かっていたことだ。デューク・レオンは難敵だと。ある意味、今回の最終破壊目標であるアルテマ・メナス以上に、捻曲イクスフォリアに於ける大いなる障壁。それに対して、入念に準備をしてきた……」
レオンが爆ぜるオーラを溜めながら、聖哉を睥睨する。
「準備? ヴォルト・プレディクションは第六感に等しい。人間の理解の外――言うなら『理外の攻撃』だ。準備なんぞ出来やしねえ。てめえの予想や推察の範疇を超えてんだろう」
片腕になって、レオンに追い込まれながらも、聖哉はレオンを見据えて、言う。
「
いつもの台詞を言った聖哉に、レオンが不思議そうに問う。
「何だ、そりゃあ?」
「ヴォルト・プレディクションの発動直前、お前は俺を見て『
「ハッ。ご推察の通り、攻撃予知はてめえ限定だ。で、何の問題がある? 俺が脅威に感じているのは、てめえだけだ」
「ヴォルト・プレディクションは強力無比であるが故、狙った者一名だけにしか作用しない対象限定スキル。そこに打開策はある」
「ドカスが。いくら用心深い奴でも、理外の攻撃に対応出来る筈がねえ」
レオンが吐き捨てるように言う。聖哉は不意に構えを解いて、聖剣イグザシオンを下ろした。
「理外の攻撃に対する準備も出来ている」
「ああ?」
聞き返すレオン。私の隣でセルセウスが声を震わせた。
「そ、それって、もしかして、また仁王立てを発動して俺を盾にするつもりじゃ……!?」
セルセウスが不安げなのも分かる。冥界の者から教わったこの世ならざる絶技『仁王立て』。それでも、キラー・ヴォルトを100%防げるか、私には定かではない。
「大言壮語しやがって、結局は防御かよ。エレクトロ・ビットを防いだ時と同じようにいくと思ってんのか?」
余裕ぶるレオン。だが、聖哉はセルセウスではなく、私へと視線を向けた。
「……リスタ。出番だ」
途端、私の心臓はドクンと大きく鼓動した。
――ほ、本当に……きた……! いや、遂にきたんだ! この時が……!
私はターマインで聖哉に言われたことを思い出す。
『お前の銃は最後の手段――いや最後の最後の手段だ。使いたくはないが、レオン対策に於ける崖っぷち瀬戸際の1ピース。そのつもりで練習をしておけ』
――聖哉はこんな窮地も想像していた! 自分の攻撃が何らかの手段でレオンに封じられる時のことを! そして、聖哉の代わりに第三者がレオンに攻撃をする対策を!
無論、第三者とは私のことだ。レオンが私を睨み付ける。
「そいつの出番はさっきの治癒魔法じゃねえのか?」
激しく鼓動を打つ胸元に私は手を入れる。そして、コルトから渡された銃を取り出した。レオンがピクリと反応する。
「ほう。銃も使えるのか」
レオンのドスの利いた声で、私はより一層緊張する。聖哉が私をかばうように、私とレオンの間に入った。そして、防御するように左手でイグザシオンを中段に構える。
「リスタ。俺が気を引く。その間にレオンを撃て」
「わ、わ、分かった!」
震える両手で銃を構えながら、私は照準をレオンに向けた。
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