第百九十三章 攻撃パターン
「大丈夫!? 聖哉!!」
離れた場所から私は、レオンと対峙する聖哉に叫ぶ。レオンの攻撃で聖哉の体が一瞬、黒く染まったのを見たからだ。
「さして異常はない」
聖哉はレオンに注意を払いながら、簡潔に言った。回避不能な対象直撃スキルの多くは恐るべき威力を持っているが故に、術者の四肢や命を代償とする。だが、レオンは見た感じ、何の代償も払っていない。
――つまり直接、聖哉の命に関わるような、超強力なスキルじゃなかったということ!
それは安堵すべき事案だが、聖哉は続けて呟く。
「異常はないが、嫌な感じだ。レオンの目が俺の体に張り付いたような感覚とでも言うべきか」
「レオンの目が……?」
するとレオンが、くぐもった声で笑った。
「そうだ。さっきのは、ただの下準備だ」
「下準備!? 聖哉みたいなこと言って!! 何なのよ、ソレ!!」
「今に分かる。こっからだ。戦いは、よ」
『ぶぅん』と鈍い音。レオンが再び、エレクトロ・ブレイドの刀身を発現させた。私の全身が不安と緊張で強ばる。
「せ、聖哉……!」
「神速の勇者と戦う時まで温存したかったが、そうも言ってはいられんな」
聖哉は軽い溜め息を吐きながら言う。
「
「!! 捻曲世界のマッシュが使ってた
聖哉は前回のマッシュ戦でギガヘイスタを使ったが、あれはジョーカの物真似スキルで模倣していただけ。しかし、
「マッシュに出来て、俺に出来ない道理があるまい」
イグザシオンの刀身から出た光が聖哉の体を包む! こ、これが、ギガヘイスタ! いつの間にか、こっそりマスターしてたんだわ! 流石、聖哉!
私の隣でセルセウスが、ごくりと唾を呑んだ。
「極限まで高めたステイト・バーサークに加えて、聖剣イグザシオンの最大スキル――聖哉さん、マジに全力だな」
セルセウスは珍しく真剣な眼差しだった。そう。これはフェイク無しの聖哉の全力。これで太刀打ちできなければ打つ手がない。セルセウスも、聖哉の窮地は自分の窮地と同じ事だと分かっている。だからこその真剣さだろう。
赤黒いオーラと聖剣の発する光のオーラが混じり合い、聖哉の全身はオーロラのような幻想的な色合いを見せていた。レオンと聖哉は互いに剣を構えたまま、ぴくりとも動かない。しかし、一瞬の沈黙の後――両者の姿が忽然と、私の視界から消えた!
普段の剣戟ではない鈍い音が連続して響き、私は聖哉とレオンの戦いの開始を知る。人間より動体視力が優れている私の目にも、その全貌は把握しきれない。赤黒い影が放つイグザシオンの光の軌道と、エレクトロ・ブレイドの雷光の軌道が、空間を幾度も交差するのだけが見えた。
「な、何だか……押されてないか?」
セルセウスに言われて、ハッとする。赤黒い影が、雷光の斬撃に打ち負けるように後退している。
やがて激しい剣戟が終わり、両者の姿が露わになった。互いに数メートルの距離を取っている。私は聖哉の様子を窺って、一安心した。何処にも斬られた箇所はない。同じようにレオンにも聖哉の攻撃は当たっていなかったのだろう。黒光りするボディアーマーは健在だ。
互いに傷はないが、再び聖哉の様子をじっくりと見て――私はドキリとした。聖哉のこめかみを汗が伝っていたからだ。戦帝戦や、グランドレオン戦。危険な戦闘でしか見せない、聖哉の表情である。
焦りが腹の内から込み上げてきて、私はセルセウスの肩を揺する。
「ね、ねえ! レオンは『
「特段パワーアップした風には見えなかったけどな」
「じゃあどうして、狂戦士化して、イグザシオンの力も加わった聖哉が押されたのよ!?」
「多分だが、自分の回避能力を上げたんだと思う」
「回避能力……!」
セルセウスの一言が腑に落ちた。そうか! ヴォルト・プレディクションは回避能力を上げるスキル! だから、聖哉の攻撃をかわして、自分も攻撃できるんだ!
そうならば、打開策はある筈。私が聖哉にアドバイスしようとした時、既に聖哉はイグザシオンを上段に構えていた。
「
そして、聖剣に狂戦士の力を加えた強烈な土系魔法剣をレオンに向けて叩き付ける!
「かわされないように、範囲攻撃って訳ね! アドバイスの必要なかったわ!」
「いや、分かるけど……この場所でそれはぁっ!!」
セルセウスが叫ぶ。同時に大地震のような衝撃! 轟音に、巻き起こる土煙!
私は本能的に手で頭をかばっていた。すぐにどうなったか様子を窺うと、先程まで両者がいた場所――大理石の床が陥没している。どうにか広間の一部分の損傷で済んだのは、聖哉が床に叩き付ける力を直前でセーブしたからだろう。でなければ、底が抜けている。
「れ、レオンは……?」
私は土煙に目を凝らす。直撃を喰らったなら、そこに倒れていなければおかしい。私は聖哉の視線の先を追った。離れた位置で、レオンが含み笑っている。全くの無傷だ。
「クソっ! 範囲攻撃でも無理か!」
セルセウスが悔しげに叫んだ。レオンにダメージを与えられなかった落胆は私にもあったが、そこまでの悲壮感はない。
――大丈夫! 回避スキルなら、たいして怖くはない! スピードとパワーで上回る聖哉が攻撃を続ければ、いずれレオンは被弾する!
それに向こうの攻撃だって、聖哉には当たらないんだから……そう思いつつ、聖哉を見て、私は気付く。聖哉の胸のプロテクターが雷撃を喰らったように焼き焦げている!
「ええっ!?」
「聖哉さん、攻撃を食らってたのか!? いつの間に!?」
額を伝う汗もそのままに聖哉が呟く。
「アトミック・スプリットスラッシュをかわされた、その一瞬の隙に、エレクトロ・ブレイドの斬撃を受けた」
いつもように淡々と分析しているが、呼吸が少し荒い。私は動揺しつつ、叫ぶ。
「どうして!? ヴォルト・プレディクションって、回避スキルじゃないの!?」
「違う。おそらくレオンは、俺の攻撃を読んでいる」
「こ、攻撃を……」
「読んでる……?」
セルセウスと交互に、呆気に取られたように呟いた。レオンが声高らかに笑う。
「流石だ。強者は技を見抜くことにも長けている」
――ってことは、レオンはホントに聖哉の攻撃を読んでるってこと!?
「攻撃予知!? そんなの不可能だろ!! きっと何か、種があるって!!」
セルセウスの声にレオンが応える。
「種も仕掛けもねえよ。俺の脳内に奴の攻撃パターンが映る。それだけだ」
「せ、聖哉の攻撃パターンが映像化されて、レオンの脳内に……!?」
「さあ。次はこっちから行くぜ」
対策も何も出来ないまま、レオンの追撃が始まった。レオンの姿が私の視界から消えると同時に、聖哉の姿もまた消える。イグザシオンの光の軌道と、エレクトロ・ブレイドの雷光が幾度も交差する。
数秒後、両者が攻撃を中断した時には、互いの位置が開始した時とは逆になっていた。聖哉は今度は攻撃を食らっていなかったが、肩で息をしていた。そして、レオンはやはり余裕ぶって笑う。
「俺が放ってるのは、てめえの動きを予知しつつのカウンターだ。全てが必殺の斬撃。かわせる筈がねえ。だが、てめえは恐るべき速度で対応して、何度も俺のカウンターを外しやがった」
――奥の手のギガヘイスタを発動してる聖哉が、スピードとパワーで勝ってるのは明らか! 動きを予知されながらも、瞬間の対応でレオンのカウンター攻撃から逃れてるんだ!
レオンのスキルも異常なら、聖哉の反射速度も異常である。だが、レオンに対して、聖哉は焦燥とした顔付き。無論、私はその理由が分かっている。
――聖哉は極度に集中した状態で、レオンの攻撃予知によるカウンターをかろうじてかわしている! こんな状態、いつまでも続けられる訳がない!
自分のことのように焦りながら、私は何とか打開策を見つけようと頭を働かせる。
「そ、そうだわ、聖哉!! ジョーカの物真似スキルよ!!」
「それだ! マッシュとやった時みたいに、レオンの攻撃予知スキルを真似すれば、」
セルセウスが同意するが、聖哉は首を横に振った。
「ダメだ。
「!? じゃあ、死んじゃうじゃねえか!! おい、リスタ!! 他に手は!?」
セルセウスも焦って叫び、私も同じく焦って返す。
「わ、分かんないわよ!! 攻撃予知なんかにどうやって対抗したら!?」
当の聖哉は、てんやわんやの私達より遥かに冷静だった。
「落ち着け。妖怪サトリのように、心を読んでくるモンスターがいつか現れるかも知れんという予感はあった。対応策も考えてある」
「!! 聖哉、そんなモンスターも予測してたんだ!?」
私は叫びつつ、聖哉の用心深さに感嘆していた。この勇者ってば、心の中を読まれるような苦境も想定してたんだ! 流石、ありえないくらい慎重!
「で、聖哉さん!! 対応策って!?」
「ターマインでの瞑想で得た利点だ。ティアナ姫に心を乱されないように瞑想すると同時に、違う心の運用方法も考えていた」
私は言っている意味がよく分からなかったが、いちおう剣神であるセルセウスは、ハタと膝を打った。
「つまり……『無心』!! 無心の境地を体得したみたいなことっすか!」
「無心!? どういうことよ、セルセウス!?」
「だから! 心を無にして攻撃すれば、敵に攻撃が読まれないだろ! そのくらい言われなくても分かれ、バカ女神!」
「ああ、なるほど! 心を無にするのね! あと、バカって言うな、筋肉ケーキバカ!」
やかましい私達とは対照的に聖哉が静かに語る。
「無心とは違う。普段、俺は十数通りの攻撃パターンを考えながら攻撃している。だが、瞑想で得たのは、更に数百通りの攻撃方法を瞬時に考えることだ。脳が爆発する程の集中を必要とするがな」
の、脳が爆発するまで集中したら危ないんじゃ……で、でも、つまり、そうすれば攻撃パターンが多すぎて、レオンが読み切れないってことね!?
「……行くぞ」
今度は聖哉が攻撃を仕掛けた。先程のような光景が再び私の眼前に展開する。
赤黒い光と雷の交錯を眺めつつ、私は両手を握り締めた。
――きっと、レオンの脳内には、数百パターンの聖哉の攻撃パターンが映っている! その中から、どれを選ぶかは読み切れない筈!
私の動体視力では捉えられない両者の攻防が終わった。そして――私の希望は打ち砕かれる。
何の変哲もないレオン。対して、聖哉の迷彩服が数カ所、薄く斬られて焼き焦げたようになっている!
「聖哉っ!?」
「攻撃は俺の装備を掠めただけ。直接、体には当たっていない。だが……ダメだった。またしても攻撃を読まれてしまった」
「そんな!! 数百通りの攻撃を考えたのに!!」
すると、レオンは事もなげに言う。
「いくら様々な攻撃パターンを瞬時に想像しようが、最終的な結論は一つじゃねえか。
レオンの言葉に私も、セルセウスも戦慄する。
「な、何て、チートスキルなんだよ!」
セルセウスが歯噛みしていた。私は、ちらりと聖哉を見る。普通の人が見れば、落ち着いているように思えるだろうが、付き合いの長い私は、聖哉がかなり追い込まれていることを悟った。
――聖哉だって、レオン戦は普段以上に用心していた! でも、こんなスキルを使ってくるなんて一体、誰が予想できるの! いや! 予想できたとして、どうやって防ぐってのよ!
そんな私の心すらも予知したように、レオンが笑った。
「悪夢を終わらせる為に、圧倒的に勝ちたかった。だが……もう充分だ。俺はお前という恐怖を完全に超えた」
レオンがエレクトロ・ブレイドを大きく後方に引いた。レオンの体を覆う雷のオーラが全てエレクトロ・ブレイドに集約される様子を見て、私はぞくりとする。レオンが本当に、獲物を狙う獅子のように思えたからだ。
「喰らえ……『
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。