第百三十一章 転換の妙

 超高速で飛来する隕石が地表と接触することで起きた大爆発により、焼け野原となったエドナの町を歩く。辺りからは未だに火煙が立ち上り、私の近くでかろうじてメテオ・ストライクの直撃を避けた家屋が音を立てて焼け落ちた。


「うわあ……酷い有様ね」

「ええええええええ……何コレ……! 人間技とは思えない……!」


 愕然として呟くセルセウスの気持ちが良く分かる。かつて、一万体ものアンデッド軍団を一網打尽にした天空魔法メテオ・ストライク。イクスフォリアの時に土魔法を駆使した聖哉も凄みがあったが、ゲアブランデの方が恵まれた才能をより一層、発揮できるのかも知れない。


 頼もしい気持ちになって聖哉を振り返ると、何故か両腕を天に掲げていた。


「……メテオ・ストライク」

「「は?」」


 セルセウスと同時に声を発する。恐る恐る空を見上げれば、巨大な隕石が数個、尾を引いて落ちてくる!


「「ぎゃあああああああああああ!?」」


 私とセルセウスは頭を低くして身を屈めた! 鼓膜が破れそうな轟音! とても立っていられない振動! つかまるものがないので仕方なく、セルセウスと一緒に体を支え合う。


 ……しばらく経ってから聖哉を見上げると、まるで喫茶店でお茶でも飲んでいる時のように平然とした顔付きだった。


「念の為、郊外にもストライクしておいた。これで、より安心だ」

「そんなボール投げるみたいに簡単に言わないでよ!! 人がいたらどーすんの!?」

「町内外半径1キロ四方に人間がいないことは、オートマティック・フェニックスで確認済みだ」


 聖哉が言うからにはそうなのだろうし、もし万が一、人がいて爆発に巻き込まれたとしても此処は捻曲世界。私達が捻れを戻せば、全ては無かったことになるらししい。それでも今さっき放ったメテオ・ストライクが無駄に思えて仕方ない。セルセウスも同じ気持ちだったようで小声で私に聞いてくる。


「な、なぁ。いつもこんな感じなのか?」

「うん。念には念を入れまくるのよね」

「さっきは頼もしいと思ったが……やっぱり不安になってきたなあ」


 そんなセルセウスが私の腕を強く掴んだ。


「リスタ……!」

「ちょっと何なの!? 女神の肌に気安く触んないでくれる!?」

「アレ!! アレ見ろよ!!」


 セルセウスが指さした先を見て、私は目を疑う。そこには体を炎に包まれつつも、こちらにゆっくり歩み寄ってくる竜人がいた。


「うわっ、竜人!? で、でも体が燃えてるわ!! メテオ・ストライクで満身創痍よ!!」

「そ、そうだよな! 心配いらないよな!」

「聖哉のことだし、きっとワザと一体だけ残したのよ。敵の情報を得る為にね」

「ああ、そうか! なるほど!」


 セルセウスは私の言葉に安堵した様子だった。だが聖哉は私の前に立ち塞がり、腰の鞘から剣を抜く。髪の毛も瞳の色も赤い。いつの間にか狂戦士と化している。


「えっ! 聖哉?」

「冒険開始直後は情報収集よりも、身の安全が最優先。故に中心部に一発、郊外に四発。町周辺にいる敵を全滅させるつもりでメテオ・ストライクを放った。それでも奴は生きている」

「そんな……!」


 聖哉に言われて竜人をよく見れば、体を炎に包まれながらもその歩みはしっかりとしている。赤く燃える体をまるで意に介さないように、こちらにまっすぐ歩いてくるのだ。


 聖哉がギリッと歯噛みした。


「何と言うことだ」


 ――ほ、本当に何てことなの! 数発のメテオ・ストライクを喰らって平気な竜人が存在するなんて!


 しかし聖哉の考えていることと、私の考えていることは同じではなかった。


「メテオ・ストライクの回数が圧倒的に足りなかった。百発くらいストライクしておけば良かった……」

「!? いやそんな落としたら、町どころかゲアブランデが崩壊しちゃうでしょ!! それ完全にアウトだから!! ストライクでなしに!!」


 そうこう言っているうちに竜人は私達から数メートルの位置まで辿り着いた。聖哉がシッシッと手で合図する。私とセルセウスは邪魔にならないように聖哉の背後から様子を窺うことにした。竜人が小さな牙が並ぶ口腔を開く。


「アナタ達が先日、このエドナに現れたという『勇者と神を騙る者』ですか。私の部下は偽者だと言っていましたが、町を一瞬で崩壊させるその力――間違いなく本物でしょうね」


 丁寧な口調。だが、機械が喋っているようで感情が感じられない。同時に私は気付く。鱗の体を覆う炎の量が先程よりも増している! 


 ――こ、これってメテオ・ストライクの爆発でやられたんじゃなくて、自分で発火してるんじゃ?


 私の想像は当たっていた。溢れる炎が竜人の背後で翼を形作る。炎の翼をはためかせ、竜人はふわりと宙に浮いた。


「本物ならなおのこと、殺さなくてはなりません。それもまた聖天使教の教えです」

「せ、聖天使教って一体、何なのよ!?」

「ドラゴナイト様を宗祖とし、ゲアブランデに降臨された聖天使様を崇め奉る、深遠かつ安らかなる導きです」


 そして竜人は胸の前で十字を切った。


我らに聖天使の加護がありますようにオーラ・エル・ラルラ


 セルセウスが震え声で叫ぶ。


「な、何かいきなりヤバそうな奴が出てきたぞ!! 異世界の序盤の敵って、スライムとかゴブリンじゃないのかよ!?」


 セルセウスの言うように始まって早々、こんな展開は通常の異世界ではありえない。それでも私と聖哉にとっては珍しくはなかった。


「大丈夫! こんなことも想定して、聖哉は冥界でずっと修行してたんだから!」


 自分に言い聞かせるように叫びながら、私は能力透視を発動。目の前の竜人のステータスを確かめる。




 炎天竜ヒュドラル

 Lv85

 HP245051 MP15234

 攻撃力152444 防御力443512 素早さ126549

 耐性 火・風・水・雷・土・聖・闇・毒・麻痺・眠り・呪い・即死・状態異常

 特殊スキル 全武器攻撃無効化(LvMAX) 火炎系魔法吸収(LvMAX) 風系魔法無効化(LvMAX) 水系魔法無効化(LvMAX) 土系魔法無効化(LvMAX) 雷系魔法無効化(LvMAX) 光系魔法無効化(LvMAX) 闇系魔法無効化(LvMAX)

 特技 ダーク・カタストロフィ闇炎黙示録

    デスパレイト・スフィア終焉黒球体

 性格 狂信




 狂戦士化した聖哉に能力値は遠く及ばない……けど、特筆すべきはスキル! 火炎魔法吸収に加えて全魔法無効化……武器のよる攻撃もダメで防御力も高い! 効くのはおそらく氷結魔法のみ――ってこんなステータス、何処かで見たような……?


 聖哉も敵のステータスを見たのだろう。ぽつりと呟く。


「以前、ゲアブランデで戦った炎の魔物に似ているな」


 炎の魔物……そ、そうよ! 魔王軍四天王デスマグラが作ったダークファイラス! アイツも全ての魔法を無効化したわ! 確かあの時、聖哉は振動波と氷の腕輪を使って敵の防御を崩したけど……


 炎の竜人ヒュドラルは何処から取り出したのか分厚い本を手に持っていた。それは前回会った竜人が『教典』と言っていたものだ。


「聖哉、気を付けて! その本の中からチェイン・ディストラクションを宿した剣が出てくるわ!」


 するとヒュドラルは牙を剥いて「くっくっ」と笑う仕草を見せた。


「いいえ。私のは特注製でして。剣ではありません」


 そして巨大な口を開くと、一口で教典を丸呑みする! 途端、体を覆う炎は赤から漆黒に変化、背の翼も黒き炎に包まれる! ヒュドラルは口から威嚇のように黒色の火炎を吐き出した!


「これで我が炎はアナタ達の魂をも焼き尽くす業火となりました」


 !! チェイン・ディストラクションを宿した炎!? あんなの喰らったら、私も聖哉もただじゃあ済まない!!


 闇の火炎攻撃に備える私。だが、目の前からヒュドラルが消える! いつの間にか素早く浮遊して聖哉に至近している!


「せ、聖哉っ!」

「くくく……! 『ダーク・カタストロフィ闇炎黙示録』!」


 宙に浮かぶ体から発散する黒い火炎が蛇のようにうねりながら広がり、聖哉を襲う。しかし、


マキシマム・インフェルノ爆殺紅蓮獄


 私は不意を突かれたが、狂戦士状態の聖哉は既に反応していた。聖哉がかざした手からは赤い炎が幾状も発現し、赤い炎と黒い炎がぶつかり合った。


 チェイン・ディストラクションを内包する炎を防げたことにホッとする。しかし、信じられないことに黒い炎が徐々に聖哉の赤い炎を押し返していく!


「どうして!? 聖哉のマキシマム・インフェルノが押し負けてる!?」


 能力値は聖哉の方が大幅に上回っている筈なのに! ヒュドラルは二つに裂けた長い舌をちろりと出す。


「聖天使様より授かりしダーク・カタストロフィ闇炎黙示録は、全てを呑み込む闇の炎なのです」

「そ、そうか! スキルの『火炎魔法吸収』! アイツ、聖哉の炎を吸収してるんだわ!」


 魔法、物理、あらゆる攻撃を無効化するのみならず、聖哉得意の火炎魔法も吸い取ってしまう! ま、マズい! これって聖哉にとって最悪の相性の敵かも!


 空中で吸収されていく聖哉の炎を見て、私の心に不安が重くのしかかる。しかし聖哉の表情に変化はない。「フン」と鼻を鳴らす。


「炎がダメなら、対極の魔法で仕留めるだけだ」

「対極――ってことは、聖哉!! 今回も氷の腕輪を用意してるのね!?」


 炎属性の聖哉に氷結魔法を扱うことは不可能。故にダークファイラス戦では氷の魔力を宿したアイテムを使ったのだが、


「いや。もうその必要はない。シュル・ルシュとの修行で、これまで不可能だった技も身に付けることが出来た」

「そ、それって?」

「俺の魔法属性を火から氷に転換する」

「!! 嘘でしょ!? そんなこと出来るの!?」


 炎属性の者が、対極である氷属性の魔法を使うなんて本来絶対にありえない!! な、なのにシュル・ルシュの転換法を使って、それを可能にしたというの!?


「ウノポルタが言っていたように冥界には戦闘向けの技を持つ者は少ない。それでも場合によっては神界の神との修行より有益だ」


 そして聖哉は指をぱちんと鳴らす。


「……『コンヴァージョン属性転換』」


 その刹那、聖哉の体から白銀のオーラが溢れ出す。傍にいる私にひんやりとした冷気が漂ってくる。ま、間違いない! 本当に属性を変えたんだ……ってか、


「ちょっと待って!! 属性変える時って、私達みたいに逆立ちして名前を逆に読んだりしないの!?」

「属性転換法に高度に熟達すれば、そんな無様なことをする必要はない」

「!? 無様、言うな!!」


 ぐうっ! 何で私やセルセウスがやると三流芸人みたいになって、聖哉がやると一流俳優みたいにクールに決まるの!? 不公平すぎる!!


 だが、そんなことよりもっと重大なことに私は気付く。


「せ、聖哉!! 私とセルセウスが異世界で魔神化したら暴走する、ってウノちゃんが言ってたわ!! 魔法の属性転換は大丈夫なの!?」

「いや。無論、魔神化と同じで魔力が暴走してしまう」

「それってヤバくない!?」


 私は叫ぶが、それでも聖哉は腕を宙に浮かぶヒュドラルに向けていた。聖哉の腕の先に冷気が集まり、それはすぐさま巨大な氷柱となって具現化される。聖哉が腕を振ると同時に凄まじいスピードで氷柱が射出されるが……


「ふはははは! 一体、何処を狙っているのですかあ?」


 ヒュドラルが声を上げて笑う。聖哉の放った氷柱は、ヒュドラルから体三つは離れた位置を通過しただけだった。


「……これが魔力暴走状態だ。魔法攻撃力が数倍になる代わりに、狙いが上手く定まらん」

「ええええええっ!? 狙いが定まらない!?」


 私と喋りながら聖哉は次の氷柱を放つが、それもヒュドラルにかすりもしない! 明後日の方向に飛んでいく!


「くくく。どんなに威力があろうが、当たらなければ意味がありませんねえ」


 聖哉の攻撃が脅威ではないと悟ったのか、ヒュドラルは浮遊したまま両腕に魔力を集め始めた。やがて黒い炎が球状となって膨れ上がる!


「さあ! それでは聖天使様にアナタ達の命を捧げましょう!」


 ――ま、マズい!! アレを私達にぶつける気だわ!!


 まるで黒い太陽! あんなのが命中すれば、どうなるか容易に想像が付く! 直撃を避けたとして、果たして無事でいられるかどうか!


 私は思わず後ずさってしまう。しかし聖哉は、相変わらず空中に浮かぶヒュドラルに右腕を向けている。またしても腕の先に冷気が集まっていく。


 だ、ダメ!! 魔法攻撃力が上がった氷柱が当たれば相殺できるかも知れない……けど、さっきまでの攻撃を見れば、まず無理!! きっと外してしまう!!


 しかし聖哉はまだ氷柱を放つ気配はない。ヒュドラルと同じように右腕に魔力を集中し続けている。


 ――渾身の魔力を込めた氷柱を作ってる!? そうか!! ギリギリまで黒い球体を引きつけてから放つ気なんだ!! それなら確かに相殺の確率は上がる!!


 強力な敵の技に命中率の悪い氷柱をぶつけるのは、一か八かの賭けのように思えた。だが呼吸を荒くして聖哉を見た瞬間、私は自分の推測が間違っていたことに気付く。


 聖哉が右腕の周りに発生させていた氷柱は、先程までの巨大な氷柱とは違った。人差し指ほどの小さな氷柱――それが腕の前方に凄まじい速さで何個も形作られていく! 百、二百……い、いや……もっと!


 瞬く間に数え切れない程の氷柱が聖哉の右腕の前に生成された。ヒュドラルも空から聖哉の様子を窺っているが、己の技に圧倒的な自信があるのだろう。歯牙にも掛けない様子で、ほくそ笑む。


「小細工などこの技の前では無駄ですよ!! さぁ跡形もなく焼失してしまいなさい!! 『デスパレイト・スフィア終焉黒球体』!!」

「や、ヤバい!! 来るぞ!!」


 セルセウスが悲鳴のような声を上げた。あのヒュドラルの自信! ひょっとしたらメテオ・ストライク並の威力があるのかも知れない!


 恐ろしくて一瞬目を背けてしまったその刹那。聖哉のいる方向から風を切るような音が響いた。


 ――な、何!?


 ……空を見上げると、ヒュドラルが黒炎の球を未だにかかげたまま、ぐらりと体勢を崩している! 


「ぐっ! 貴様……!」


 い、一体何が起こったの!? もしかして聖哉の攻撃が当たった!?

 

 聖哉を見ると、ヒュドラルに右腕を向けて、先程と同じような状態。しかし、私はある変化に気付く。右腕の先にあった沢山の氷柱がさっきより少なくなっている。


 ヒュドラルが唸りながら体勢を調えようとしているが、今度は私は聖哉に視線を向けていた。そして私は、先程何があったのかを目の当たりにする。


 聖哉が右腕を振るうと、百を超える氷柱が扇状に広がり、目にも止まらぬ速さでヒュドラルに向かった! 半数は当たらずヒュドラルの傍を通過するが、残りはヒュドラルの頭部、腹部、手足にヒットする!


「がっ!」


 またしてもヒュドラルが唸る。見れば、当たった箇所が青白く変色している。ダメージを受けて、魔力集中が途切れたのだろう。掲げていた黒い炎の球体が小さくなって消失した。


「よ、よくも……!」


 必殺技を放つ前に消されたヒュドラルが、宙から聖哉を鬼気迫る形相で睨んでいた。しかし聖哉もヒュドラルに鋭い視線を向けている。


エイム照準固定が困難なら、攻撃範囲を存分に広げてから放てば良い」

「聖哉!! その技は!?」


 聖哉は依然、右腕をヒュドラルに向けたまま、静かに呟く。


「散開発射の氷柱連撃――『フェンリル・ショット拡散式雹弾』」

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