第百三十二章 共存

「次弾、発射」


 聖哉の右腕の先に浮遊する数百の氷柱の一部がヒュドラルに向かった。炎の翼を持つヒュドラルは空中を素早く移動するが、拡散して放たれたフェンリル・ショット拡散式雹弾をかわしきることは出来ない。半分以上はヒュドラルの周りを虚しく通過するも、残りはヒュドラルに命中。苦しげにヒュドラルが呻いた。

 

 ――まるで散弾銃!! これなら狙いを定める必要はないわ!!


「メテオ・ストライクの時は油断したからな。今度は何度も繰り返し、全弾残さず叩き込む」


 あれは断じて油断などではなかったと思うが、聖哉は反省しているようだった。なので、右腕の先に数え切れないくらいの小さな氷柱を生成しているのだろう。今までに三度放ったのに氷柱はまだまだ残っている。しかし、


「そんな石つぶてでは致命傷になりませんよ!!」


 氷柱を浴びながら、ヒュドラルは猛然とこちらに降下してくる!


「う、嘘!! フェンリル・ショットが効いてないの!?」

「拡散させている分、当然ダメージは激減している」


 聖哉は他人事のように言いながら、更なるフェンリル・ショットをヒュドラルに放つ。ヒットの瞬間、動きは止まるが、フェンリル・ショットが終わればまた私達の居る場所に向けて降下を開始する。


「その氷柱が全て無くなった時がアナタの最後です!!」


 何度も放たれる氷柱の弾を、気にせずに向かってくるヒュドラル! 向かい風の中を進むようで遅々としているが、それでも私達との距離は縮まっていく!


「せ、聖哉さん!! アイツ、構わず突っ込んできますよ!?」

「だ、大丈夫よ、セルセウス!! 塵も積もればって言うでしょ!! たとえダメージは少なくても、このままフェンリル・ショットを浴び続ければきっと……って、えええっ!?」


 聖哉の方に目を移した私はとんでもない状況に気付いてしまう。あんなに生成していた氷柱が完全に無くなっていたからだ!


「た、弾切れ!?」


 上空から高笑いが聞こえる。


「ははははは!! どうやら自慢の石つぶてが無くなったようですねえ!!」


 もはや降下を妨げるものはない! 私達に向けて一直線に飛翔してくる!


「ヤベえ!! 来るぞっ!!」 


 セルセウスが慌てて逃げようとしていたその時。聖哉は今までかざしていた右腕を下ろし、代わりに左腕をヒュドラルに向けた。


「……装填完了」


 即座に聖哉の左腕の先に、小さな氷柱が無数に生成される!


フェンリル・ショット拡散式雹弾


 聖哉が呟いた時、ヒュドラルと聖哉との距離は既に残り十メートルを切っていた。もう数秒あればヒュドラルは私達に到達していただろう。しかしそれより速く新たに生成されたフェンリル・ショットがヒュドラルを襲った。


「がはっ!」


 至近距離のフェンリル・ショットを喰らったヒュドラルは弾かれるように地面を転がった。聖哉が吹き飛ばされたヒュドラルを見て満足げに呟く。


「うむ。今のは距離が縮まっていたお陰で、八割以上がヒットしたな」

「よ、よかった! 弾切れしたかと思って焦っちゃったよ!」

「弾切れなど起こらん。右腕のフェンリル・ショット発射と同時に、左腕に魔力を集中。右腕全弾連続射出に十秒、そして左腕装填に掛かる時間もまた十秒。片方のフェンリル・ショットが終わった瞬間、もう一方の装填が完了している」

「つまり永久に撃てるってこと!?」

「永久になど撃てるか。当然、魔力が切れるまでだ。ちなみに俺の魔力は約六万。そして一回のフェンリル・ショット装填に費やす魔力は2。つまりおよそ三万回のフェンリル・ショットが可能だ」


 いや、ほとんど永久みたいなもんじゃんか!! 心配して損したわ!! でも、これって敵にとっては絶望的よね!!


 私と喋りながらも聖哉は倒れたヒュドラルにフェンリル・ショットを放ち続けていた。体勢を調えようとしては弾かれ、起き上がろうとすれば、そこにまた新たなフェンリル・ショットが突き刺さる。


 か、完全にハマってる! こうなったらヒュドラルはもう何も出来ない! 後はダメージが蓄積されるのを待つだけね!


「……か……がぐがっ……!」


 唸るヒュドラル! 氷柱が当たって変色している箇所に、新たな氷柱の雨が降りかかる! するとヒュドラルの体に異変が起きた! 炎に覆われた皮膚に霜が張って、凍り付いていく!


「か、体が凍る……? こんな……!」

「せ、聖哉!! コレって!?」

「元々、着弾によるダメージは狙っていない。ヒットが一定数を超えれば、氷結魔法が発動して対象を凍り付かせる――それがフェンリル・ショットだ」


 ヒュドラルが最後の力を振り絞るように、迫るフェンリル・ショットを右腕で打ち払う。漆黒の火力で氷柱が蒸発するが、既に別方向から放たれている第二波を喰らい、その右腕すらも氷結する。


「おのれ……!」


 悔しげに唸ったその言葉がヒュドラルの最後の言葉となった。次弾が胸元に命中するや、霜が拡散し顔面にまで広がる。更なるフェンリル・ショットで胴体、四肢までも氷で覆われた。止め処ないフェンリル・ショットの連発により、やがてヒュドラルは全身、氷の彫像と化してしまった。


「やった!! ヒュドラルが凍り付いたわ!!」


 もはや完全に動作を停止したヒュドラルを見て、私は胸を撫で下ろすが聖哉は攻撃の手を緩めない。凍り付いたヒュドラルに向けて、聖哉はしつこくフェンリル・ショットを撃ち続ける! 体表を覆う氷の厚みがどんどんと増していく!


「せ、聖哉!! もう充分、凍ってるよ!?」

「奴の炎の威力を軽んじてはならん。俺の氷を融解し、再度、襲ってくる可能性がある。もっともっとカッチカチにせねば」

「そ、そう……? ま、まぁ此処は万全を期した方がいいわよね!」


 とは言っても、延々と続けられるフェンリル・ショットにより、辺りには白い冷気がもうもうと立ち込め、温度も急降下していく。


 ――さ、寒っ!? 私まで凍っちゃいそう!!


 吐く息も真っ白、体中に鳥肌が出て、足がガクガクと震え始める。そしてその頃には、私の眼前に巨大な氷の塊が出来上がっていた。


「!! 何かもう氷山みたいになってっけど!? 流石にやり過ぎじゃね!?」

「ここまでやれば容易に抜け出すことはできまい。だが、ここからが本番だ。氷結魔法といっても永遠に敵を凍らせることは出来ない。故に今から速攻でトドメを刺す」


 そして聖哉は剣を抜き、


「ステイト・バーサークフェイズ2・8……!」


 大きく息を吸い込んだ後、現在出来る最大の狂戦士のパワーで氷山を滅多打ち! 激しい破砕音と共に氷山が細かい氷の結晶になって辺りに砕け散る! 一体、何と戦っているのか分からない状況の中、かき氷のような細かい氷の結晶が足下に散らばっていく。


 ……一分後。氷山――いやヒュドラルはキラキラと輝く雪のような多量の粉末になっていた。


「よ、よっし! これで完全勝利ね!」


 ここまでやれば、いくら聖哉でも満足だろう。つーか、いつもやり過ぎなのよ! まぁ復活なんかされたら大変だし、気持ちは分からなくはないけど!


 苦笑いしつつ、私はセルセウスが先程からずっと静かなことに気付く。聖哉の慎重さに呆気に取られているのか、それとも難度Sのバトルに怯えてしまったのだろうか。私はセルセウスの方を振り向き……吃驚する。


 何と、セルセウスの体も先刻のヒュドラル同様、厚い氷に覆われていた!


「!! 聖哉ぁっ!? 余波でセルセウスまで凍ってるわ!!」

「ふむ。広範囲すぎて巻き込まれたようだな。手間のかかる奴だ」


 ダンと足を踏み鳴らすとセルセウスの体を覆っていた氷は音を立てて崩れ、中から唇を紫色にしてプルプル震えるセルセウスが生まれた。


「さ、さ、寒い……! 凍え死にそう……!」

「安心しろ。寒かろうが暑かろうが神は死なない」

「いや、でもあの……すごく辛いんですけども……!」


 そんなセルセウスを無視し、聖哉はヒュドラルがいた雪面に向かう。


「粉状にはしたが、まだ少し不安だ。焼き払っておこう」


 またも属性転換し、炎の魔法戦士に戻った後、ヘルズ・ファイアで辺りに火炎を撒き散らし始めた。


 し、しつけえ……! まだやんのかい! 


 今回は地下に落とすのではなく、基本の燃やし尽くす方向で聖哉は後片付けをしているようだ……ってか、基本も糞もないけどね!


 私は軽く引いていたが、この状況を喜んでいる者がいた。


「ああ、暖かい! すごく良い感じです!」


 セルセウスが聖哉の火炎に両手を当てて、暖を取っていた。シュールな光景だったが、不意に聖哉の炎が止まる。


「ああっ、聖哉さん! 寒くなりました!! もっと炎を!!」

「うるさい、黙れ。今、何か物音が聞こえた」 


 聖哉に言われて私は耳を澄ます。人間より聴力の優れている私の耳に微かな足音が聞こえた。崩れた家屋の物陰から灰色のローブを羽織った男性が現れたのだ。途端、聖哉の表情がヒュドラルと対峙した時より強張った。


「人間だと? バカな。半径1キロ以内に人的反応は無かった筈だ」


 珍しく聖哉は驚いていたが、フードの優男もまた驚いているようだった。


「信じられない。人の身であの炎天竜を倒すとは……」


 聖哉の戦いを隠れて見ていたのだろうか。フードを取って感嘆した表情を浮かべる。聖哉は剣を抜いて身構えているが、私はその男の顔に見覚えがある気がした。


「竜人達が、勇者と女神が現れたと言っていたのは、どうやら本当だったようですね」


 男は敵意がないように両手を掲げて見せる。


「申し遅れました。私は旧ロズガルド帝国選定魔術師のフラシカと申します」


 ロズガルド……ってロザリーの国! そっか! フラシカさんって、ロザリーや戦帝と一緒にいた人だわ!


「ええっと。確か、雷の魔法使いの?」

「おお! 一介の魔術師である私を知っておいでとは! 女神様の神通力ですか?」

「いやまぁ、あはは……と言うか、フラシカさん! ロザリーは? ロザリーは無事なの?」

「はい! 姫はご健在です!」


 良かった! マッシュやエルルちゃんも元気だといいんだけど……。


「我らのことをご存じだとは話が早い。それでは今から姫に会って頂きたく思います」

「それは勿論! ねっ、聖哉!」


 ロザリーに会えば、もっと詳しくこの捻曲世界のことを知ることが出来るに違いない。私は二つ返事で了承したが、聖哉は警戒を怠らなかった。


「その前に一つ聞きたい。お前は何処から現れた? まるで気配を感じなかった」

「我らの町イグルより魔法陣を使って移動してきました。私や姫を含め、残された人類はそこで生き残っております」


 フラシカは杖を使って、地面に魔法陣を描き始める。


「この移動魔法陣は元々、竜人達の秘儀。かつては、これを使って人間が住む大陸とユーレア大陸にある竜人の故郷とを行き来できるようにしていたのです」


 私は竜王母戦を思い出す。捻れる前のゲアブランデで、私と聖哉、そしてマッシュとエルルは竜の洞窟からこの魔法陣を通じて竜の里にテレポートしたのだ。


 フラシカの言っていることに嘘はない。それでもフラシカが魔法陣を描いている最中、聖哉はコンタクトレンズでも拾うように這いつくばってゴソゴソと何かを捜していた。


「おい、リスタ。聖哉さんは何をしてるんだ?」


 私はフラシカに聞こえないようにセルセウスの耳元で呟く。


「ホラ、聖哉ってば異常なくらい用心深いでしょ。フラシカさんの移動魔法陣が安全かどうか疑ってるのよ。昔もトカゲを捕まえて先に魔法陣を潜らせたの」

「な、何ソレ? じゃあトカゲを探してるのか……!」


 しかし、しばらくして聖哉は首を横に振った。


「ダメだ。めぼしい生物がいない。……セルセウス。お前が先に行け」

「!! 俺、トカゲ扱い!?」


 セルセウスが抵抗したが、聖哉は氷のような目を向けてぼそりと尋ねる。


「セルセウス。神は?」

「え? それって、どういう意味……」

「神は?」

「か、神は……神は……えっと……し、死にません……?」

「そうだ。行け」

「……はい」


 うわあ、自分で言わされてるよ! 悲惨!


 だが、もしセルセウスがいなかったら、私がこの酷い待遇を受けていたかも知れない。そう思って、心の中でちょっとだけセルセウスに感謝した。


 ……フラシカとセルセウスが一旦、魔法陣を潜ってまた一緒になって帰って来るという到底、意味があるとは思えない往復の後、


「うむ。それでは出発しよう」


 ようやく聖哉は魔法陣を潜ったのだった。





 光り輝く魔法陣から出るとすぐに肌寒さを感じた。どんより曇った空からはパラパラと雪が舞い降り、辺りに点在する木造家屋の屋根にしんしんと降り積もっている。


「此処がイグルの町です」

「うう……寒い所だなあ。せっかく氷結魔法から解放されたと思ったのに」


 セルセウスがぼやく気持ちは分かる。今度は魔法の寒さではなく、自然の寒さである。フラシカがローブのフードを頭に被った。


「気温差が激しくてすみません。魔法陣を使って、エドナの町から遠く離れた北の寒地アルフォレイスに移動したのです」

「アルフォレイス……ま、待って!! それってもしかして魔王がいた場所じゃないの!?」

「仰る通りです。魔王亡き今も、未だに覇気が残るこの大陸に強力な結界を張り巡らせることによって、人類は竜人の手から逃れ、どうにか生き残っているのです」


 かつて聖哉と私が魔王と決戦した地で人類が生き延びている……何だか不思議な気分だった。


「それにしても人がいる町に辿り着けてよかったよ。これでようやく落ち着けるな」


 セルセウスの言葉に頷き、改めて辺りを見渡す。雪の積もった木々の傍から、ボロをまとった老若男女が遠巻きに私達を眺めている。どうにか寒さを凌げれば良いといった貧相な身なりである。イクスフォリアの地下で暮らしていた『希望の灯火』の民ももう少しマシな服を着ていたように思う。


「何だかこの町も多くの問題を抱えてそうね、聖哉……って、げえっ!?」


 聖哉に話し掛けて驚いてしまう! 聖哉の体からはオーラが溢れ、髪の色は朱に染まっていた!


「な、何でいきなりステイト・バーサーク状態狂戦士!?」

「アレを見ろ」


 聖哉の視線の先を見れば、耳まで口が裂けた悪魔達が人間に交じって闊歩している!


「嘘!? 悪魔!! 悪魔がいるわ!!」

「な、何なんだよ、この町は!?」


 私とセルセウスは叫ぶが、フラシカは穏やかに微笑む。


「ご安心を。彼らに敵意はありません。私達が此処で安全に暮らせるのは、彼らのお陰なのです。人と悪魔が互いに力を合わせることによって、神竜王すら手が出せぬ強力な結界を張っているのです」

「じゃあ悪魔と一緒に暮らしてるってのかよ!?」

「はい。それが人魔共存の町イグルです」


 な、何てこと!! 一体、どれだけ世界が捻れればこんなことになるのよ!?


 神竜王が支配するという捻曲世界。此処はもう私と聖哉が知っているゲアブランデとは大きくかけ離れた世界になってしまっているらしい。


 その時、私は不意に背筋に冷たいものを感じた。気温の低下によるものではない。怖気の走るようなその感覚は、強力なモンスターが発する邪気によるものだ。案の定、雪を踏み鳴らして一体の悪魔が私達に近付いてきた。それは艶のある声を投げかけてくる。


「フラシカ。それがくだんの勇者と女神様なのねー」


 辺りを跋扈している悪魔とは明らかに出で立ちが違う。この寒さだというのに水着のような衣装。カラスのような漆黒の髪。そして妖艶な顔立ち。


 ――そ、そんな、まさか……!


 聖哉が腰の鞘に手を当て、戦闘態勢を取った。こちらの一触即発な状況とは裏腹に、目前の悪魔は優しげに微笑み、何処かで聞き覚えのある台詞を語る。


「他次元からいらっしゃった女神様に選ばれし勇者様ー。初めましてー。私、魔王軍直属四天王が一人、ケオス=マキナですわー」

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