第百三十章 旅立たぬ勝利

「それで聖哉様は、どうなされたのですか?」

「ずっとセルセウスとトレーニングしてるわ」


 あれから五日が過ぎた。私は今、ポルタ邸の厨房で調理をしながらウノと喋っている。包丁で野菜をトントンと切りながら溜め息を吐く。


「あーあ。私だって、魔神化できるようになったのになあ」

「ひょっとしたらリスタ様には戦わせたくないのかも知れませんよ?」

「んー、どうだろ。そんな優しい感じでもないのよねえ」

 

 とにもかくにも暇なので、調理に専念する。此処にある食材は見慣れぬものが多いが、鑑定スキルがあるので問題はなかった。ウノやドゥエが振る舞ってくれる冥界料理も悪くはないのだが、なるべく聖哉には日本で食べていたようなものを作ってあげたくて、私はそれっぽい食材を探していた。


「今日はカレーにしようかな。えぇと、香辛料は何処だっけ?」

「それでしたら、あちらの棚に置いてあります」

「ありがと!」


 ウノに教えられた棚に行って、


「!! ヒィッ!?」


 私は吃驚する。一体いつから居たのか、セルセウスが棚の隣で縮こまっていた!


「な、な、何してんの、アンタ!?」


 セルセウスは魔神化しているが、体はアザだらけで頭の角が二本とも無かった。


「決まってるだろ!! あの勇者から隠れてるんだよ!!」


 私はセルセウスにジト目を向ける。


「アンタってホントにバカよね。こうなるって分かんなかったの?」

「きっと魔神化して、心に闇の部分が出来たんだ! だから、ほんのちょっとだけ調子に乗っちまったんだ!」

「あら。それはおかしいですね。下界で発動しない以上、魔神化の影響はない筈なのですが」

「ホラ、ウノちゃんも言ってんじゃん! 全部アンタが悪いのよ!」

「ううう……」


 しかしセルセウスは私の言葉などもう耳に入っていないように、頭を抱えてガタガタと震えていた。


「怖い……アイツが怖い……! 魔神化する度、必ずと言っていい程、角をへし折ってくるんだ……!」

「そ、そうなの?」

「リスタ様。セルセウス様はずいぶんお疲れのご様子です。しばらくそっとしておいてあげましょう」


 震えるセルセウスを放置して私は調理に戻ったのだが、しばらくして聖哉が厨房にやって来た。


「おい、リスタ。セルセウスを見なかったか?」


 少し迷ったが、私は黙って厨房の隅を指さした。聖哉が歩み寄り、猫の首を持つようにセルセウスを掴んで引きずって来る。


「うっわああああああん!! やだやだやだやだあああああああ!! 行きたくないよお”お”お”お”お”!! 誰かああああああああ!!」


 ギャン泣きする剣神。人さらいに連れ去られる子供のようで少し心が痛んだが……ま、まぁ身から出た錆! 頑張りなさい、セルセウス! 聖哉のレベルが上がるまでの辛抱よ!






 そして昼。出来たカレーをトレーニング場所である庭園に持って行くと、セルセウスが俯せになって失神していた。私はセルセウスに手を合わせた後、聖哉をガーデンテーブルに招いて、カレーを振る舞う。


「それで聖哉。レベル上げは順調?」

「うむ。ちょうど先程、限界まで達したところだ」

「早っ!! じゃあもう準備は良いのね!?」

「いや。あと一歩だな」


 カレーを食べると、聖哉が歩き出したので私は付いていく。


「ねえ、何処に行くの?」

「町だ」 


 冥界の者は私とセルセウスを見ると舌なめずりをしたり、ニヤニヤとした笑みを浮かべてくる。それが怖くて、私はウノ邸から遠く離れたことはなかった。しかし聖哉は一人、トレーニングの後や空き時間にちょくちょく町の様子を見に行っているようだ。私も意を決して聖哉の後に続く。


 ……冥王のいる六道宮の周辺では、ろくろ首のような者や、頭だけで転がる者など、今日も冥界の不気味な者達が彷徨いていた。だが聖哉を目にすると、


「やぁ、聖哉さん!」

「こんにちは!」

「ご機嫌はいかがですか?」


 何だか知らないが、フレンドリーに挨拶してきた!


 ――な、何コレ!! いつの間にか町の顔みたいになってるわ!!


 女の顔だが体はムカデの冥界の者が聖哉を見て、優しげに微笑んでいる。私も聖哉を真似て自然体で挨拶してみる。


「どうも、こんにちは!」


 するとムカデ女は顔を歪ませて、舌なめずりを始めた。


「うええへへひひひひひひ! 神だああああああああ! HPを寄越せええええええええ!」

「!! 急に態度が激変した!? 何でこんなに扱いが違うのよ!?」


 私はすぐに聖哉の背中に隠れる。ウノちゃんは『冥界の者は神を尊敬してる』みたいなこと言ってたけど……実際は『HPをくれる食べ物』みたいに思われてるんじゃないの!?


 しかし聖哉は気にもせずツカツカと歩き、ある店の前で立ち止まった。のれんを潜って木造建ての中に入れば、驚いたことに剣や盾、鎧が陳列されてある。


「ええっ!! 冥界って武器屋があるの!?」


 奥から触手をウネウネとさせた冥界の者が出てくる。地球で言うところのタコに似た感じのこの者が、きっと店主なのだろう。


「頼んでいた物は届いているか?」

「ああ、届いてますぜ。しかし旦那がスペアのスペアとか妙なこと言うから大変だったんでさあ」


 どうやら既に顔見知りらしい。タコのような店主は沢山の触手に、少しくすんだ朱色の鎧と、同じ色の刀身の剣を握り、フラフラと揺らして見せた。


「聖哉、もしかして武器の発注してたんだ?」

「うむ。本当はもっと頼んだのだが、無理だと言うので仕方なく少なめにしておいた」

「少なめってよく言うよ! そんだけありゃあ充分でさあ!」


 店主は呆れたような顔だが、私はふと気付いて叫んでしまう。


「てか、待って!! 冥界で買った武器って、異世界に持って行けるの!?」

「そりゃあ買った物は客の物さね。何処でどう使おうが、あちきの知ったこっちゃねえでさあ」


 そ、そーなんだ!? 神界じゃあ絶対に無理なのに!! 冥界って、ルールが緩いのね!!


 だが、どうせ捻れたゲアブランデにもろくな武器や防具がありそうにない。此処で良い装備が調えられるなら、それに越したことはなかった。


 ――聖哉ってば、修行しながら装備品の手回しまでしてたんだ!


 密かに感心するが、温厚そうだった店主は途端、顔色を変える。


「それじゃあこの武器に見合った対価を支払って貰いましょうかねえ……」


 う、嘘っ!! まさかまた私が辱めを!?


 怯えて後ずさるが、聖哉が言う。


「心配するな。既に対価は用意してある」

「え?」


 聖哉が袋からドサドサとある物を出した。


「これが対価――『剣神の恥ずかしい角』だ」

「こ、こ、これは凄いHPでさあ!!」


 ええええええ!? こんなのがお金の代わりになるんだ!? ってかセルセウス何本、角折られてんの!?


 結局セルセウスの角二十本と冥界の剣と鎧、十個とを引き替えた。部屋の奥で聖哉が剣と鎧を装着して出てくる。くすんだ朱色の装備品を私は鑑定スキルを使って品定めしてみる。



『冥界の剣と鎧――ヒヒイロカネで出来ている冥界の装備品ね。ダイヤやプラチナよりも耐久性に優れているわ。冥界でしか手に入らない超激レア装備よ!』



「へえー!! 凄い装備じゃない!!」

「うむ。プラチナソードやプラチナメイルよりも強力だ」

「良かったわね、聖哉!!」


 その後、聖哉は魔法戦士なので使わないにも拘わらず「念の為だ」と言って冥界の盾も購入していた。


「毎度ありい」と言われて武器屋を出た後、聖哉はすぐに隣の店に入る。そこには何だか珍妙なオブジェが沢山並べられていたが、見慣れた薬草のような物もあった。どうやら冥界の道具屋らしい。


「ソレとコレとアレと、更に向こうのも全て貰おう」


 今度は首のない鎧姿のデュラハンのような店主だったが、聖哉は気にもせず、いつものように商品を爆買いしていた。


「とんでもない量を買ってくれるのは嬉しいけどよゥ、代金は払えるのかよゥ?」


 訝しげに尋ねてくる店主に聖哉は、大量のセルセウスの角を見せる。


「『剣神の恥ずかしい角』だ」

「おおおっ!! 売ったァ!! いくらでも持っていってくれよゥ!!」


 !? いや全部それでいけるんかい!!  セルセウスの角、万能すぎるでしょ!!


 使い道が分からない冥界の道具を大量に買い込み、店を出ようとすると、店主が聖哉の傍に来てぼやくように言う。


「お客さんのせいで店の在庫が全部無くなっちまったよゥ。出来たらもう一声、欲しいナァ……」

「仕方のない奴だ」


 途端、聖哉は私の髪の毛を掴むと、ブチブチと引き抜いた!


「!! あ痛たぁっ!?」


 そして私の髪を店主に投げ付ける。


「取っておけ」

「おおっ! ありがとうございますゥ!」

「私の髪はチップか!? 『取っておけ』じゃないでしょうが!!」


 叫ぶが、聖哉は何食わぬ顔で道具屋を出て、歩き出す。


「こ、今度は何処に行くのよ?」

「シュル・ルシュのところだ」

「え! だって、もう彼女に用はないでしょ?」

「相談したいことがある。奴の技はかなり興味深い」

「ま、まさか聖哉も魔神化するつもりなの!?」

「それは流石に無理だろうな。だがこの間、お前達が受けた辱めを見て、インスピレーションが湧いた」


 あ、あれで一体何の……?


 気にはなったが、シュル・ルシュと聞くと強制逆立ちのトラウマが蘇る。また逆立ちさせられてはイヤなのと、聖哉の『リスタお前いつまで俺に付いてくるんだオーラ』を感じ、私は同行を諦めた。






 ……それから更に三日が経過した。


「じゃあセルセウスさん。そこに水やりを頼む」

「ああ、分かった」


 聖哉のレベルMAXと同時にお払い箱となったセルセウスは、ドゥエの庭の手伝いをしていた。トレーニングから解放されて、本人は憑き物が取れたように幸せそうだ。うーん。剣神らしくないけど、セルセウスは料理を作ったり雑用させてた方が本人的にも良いみたいね。


 そんな幸福そうだったセルセウスの顔が恐怖に歪む。見ると、向こうから聖哉が逆立ちしながら歩いてくる!


「せ、聖哉!! 何してんの!?」

「見れば分かるだろう。逆立ちだ」

「だからどうして逆立ちを!?」


 しかし聖哉は私の問いに応えず、逆立ちしたまま何処か一点を眺め始める。ま、まさか、ひょっとしてこれは……!


 聖哉が静かに口を開く。


レディ・パーフェクトリー準備は完全に整った


 ――!? いや逆立ちしてるから、何か格好悪っ!! で、でも遂に準備が出来たのね!!


「ようし! それじゃあ捻れたゲアブランデを救いに行きましょう!」


 私が叫ぶと、セルセウスは気まずそうに頭を掻いた。


「あっと、その、何て言うか、俺は此処に残ろうかな? ど、どうせ行ってもお役に立てないだろうし」


 私も聖哉も白い目を向ける。だが確かに本人の言う通り、たいして役には立ちそうにない。私としては、それでも構わなかったのだが、


「ダメです」


 話を傍で聞いていたウノが、笑顔ながらに断言した。


「な、何でだよ!?」

「セルセウス様も一緒に行くように、冥王様からの言づてです。それが後々、セルセウス様ご自身の為になるであろう、と」

「そんな、マジかよ……! イヤすぎる……! 死ぬほど行きたくない……!」


 半泣きのセルセウス。詳しい理由は冥王に聞かないと分からないが、とにかく同行しなければならないらしい。聖哉も深い溜め息を吐く。うーん、分かるわ、その気持ち!


「セルセウス! アンタ、私達の足、引っ張んないでよね!」


 私はセルセウスに叫んだ後、「ねーっ!」と聖哉を笑顔で振り返った。


「全く。今回は面倒なのが二人もいるな」

「ホントホント……って、ちょっと!? 私も含まれてんのォ!?」

「それより、リスタ。門の場所指定は出来るのか?」

「い、いえ。前回出した所にしか出せないみたい。イシスター様の許可も得られないから、今までみたいに行ったことのない場所にはもう出せないの……」

「より一層、使えなくなっているではないか」

「仕方ないじゃん!! 私のせいじゃないもん!!」

「とにかく、さっさと門を出せ」


 聖哉は急かしてくるが、エドナの町は殺意のある竜人達で溢れていた。冥界で数日過ごしたが時の流れが遅いので、ゲアブランデではたいして時間は経っていない筈。竜人が私達をまだ捜している可能性は充分にある。


 少し緊張しながら聖哉に確認する。


「いいのね、聖哉? 門を出すよ?」

「うむ」


 呪文を唱えて捻曲ゲアブランデへの門を出すと、聖哉はツカツカと前に躍り出た。遂に新しい冒険の始まりである。ウノとドゥエが笑顔で頭を下げてきた。


「それでは皆様。旅の無事を祈っております」

「またいつでも帰って来ると良い。君達の部屋はそのままにしておくよ」

「うん! 色々とありがとう、ウノちゃん! ドゥエさん!」


 私は二人に手を振った。笑顔で旅立つ筈が、聖哉は未だ門の前で動いていない。


「あ、あれ? まだ行かないの?」


 やがて聖哉はそろりと扉を開くと、片手だけを門の向こうに入れる。


「……オートマティック・フェニックス鳳凰自動追撃


 聖哉の手からバサバサと偵察の火の鳥が飛び立つのが見えた。


 救う異世界に合わせて、勇者の使える魔法や特技は変化する。前回イクスフォリアでは聖哉は土魔法をメインにし、偵察にはゴーレムを使うのが常だった。しかしゲアブランデでは土魔法は使えない。なので代わりにオートマティック・フェニックスを飛ばしたのだろう。


 聖哉は門の扉を開けたまま、無防備に目を瞑っていた。


「ふむ……竜人達がざっと百体。町には人間は一人もいないようだ」


 火の鳥と自身の目をリンクさせてエドナの町を俯瞰しているようだ。聖哉らしい用心深さである。しかし、一つだけ気になることがあった。門の扉が大きく開きっぱなしなのだ。


 ――偵察するにしても、とりあえず門を潜ってからの方がいいんじゃないかしら……。


 ドゥエもウノも見守る中、遂に私の恐れていたことが起こってしまう。門の向こうで一人の竜人がこちらを指さしたのだ!


「何だ!? あんな所に門があるぞ!?」

「この間の奴らだ!! 門の中に邪教徒がいる!!」


 わらわらと門の向こうで竜人が集まる! セルセウスが叫ぶ!


「うおっ! 見つかっちまったぞ!」

「せ、聖哉!! マズいよ!! 竜人が来るわ!!」


 こ、ここは一旦門を閉じて……そう思った途端、私は吃驚する! 聖哉が門に向けて腕を伸ばしていた!


「慌てるな。照準は既に絞ってある」

「しょ、照準!?」


 チェイン・ディストラクションの宿った武器を持つ竜人達が門に向かって殺到してくる! 殺気だった竜人に焦る私とセルセウス! しかし聖哉は慌てず、門に向けた手の拳を強く握りしめた。


「……メテオ・ストライク小隕石飛来衝


 唱えると同時に身を翻し、捻曲ゲアブランデへの門を回し蹴りして閉じる! 一瞬の沈黙後、凄まじい轟音が響き、扉が内側からの超爆発で軋む!


「うわあっ!?」


 激しい音と振動で、私もセルセウスも倒れてしまう。しばらくして聖哉は衝撃で歪んだ門に手を当て、ゆっくりと扉を開く。


 門の向こうを見渡せば、そこは一転して焦土と化している! 巨大な隕石落下跡からは、もうもうと煙が立ち上り、廃墟のようだった町は更に見る影もなくなっていた! 家々が倒壊し、竜人達がそこかしこに焼き焦げた死体となって倒れている!


クリアー掃討完了


 ぽつりと呟く聖哉を見て、私は口をパクパクさせてしまう。


 こ、こ、こんな攻撃の仕方ってある!? 門も潜らず、冥界に居たままでエドナの町にいた竜人達を一掃しちゃった!!


「で、でもこれで俺達の身の安全は保証されたな! やっぱり聖哉さんって、味方にすると頼もしいのかも……!」


 ホッとした表情のセルセウス。そして、


「ふふふ……! 思いも付かないことをなさいますね……!」


 興奮したのかウノポルタが少し口から吐血している。聖哉が首をこきりと鳴らした。


「それでは行くぞ。現況より改めて、捻曲ゲアブランデ攻略を開始する」


 そしてザッと土を踏み鳴らすと、颯爽と門の中に消える。


「せ、聖哉!?」

「ま、待ってくれよ!!」

「じゃ、じゃあね、ウノちゃん! 今度こそ行ってくるわ!」


 私とセルセウスは慌てて後を追う。そんな私の背後で、


「くくく。流石は聖哉さんだな」

「ええ。それでこそ私達の……」


 ――えっ?


 ドゥエ達の台詞が気になって振り返ろうとした。しかし扉は静かに音を立てて、閉じられたのだった。

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