第二十九章 逆花火

「それではオルガの砦までご案内します!」


 兵士達は勢い勇んで、近くで待たせてある馬まで駆けようとしたが、


「その必要はない」


 聖哉は止めた後、私に視線を送る。


「非常事態だ。門を出せ。その砦までショートカットしよう」

「だ、ダメだって! そもそも私、オルガの砦の場所、知らないもん! イシスター様の許可がなきゃ、行ったことのない場所には出せないんだってば!」


 聖哉が日本の能面のような顔で私を見る。


 な、何よ! どうせまた『使えない』とか思ってるんでしょ! 顔にそう書いてあるわよ!


 だが聖哉が次に呟いた言葉は私の想像を遙かに超えていた。


「切れた電球……飲み終えたペットボトル……机の下のホコリ……。リスタ、お前はそんな感じだ」

「!? ゴミばっかじゃねーかよ!!」


 とにもかくにも、聖哉は諦めたようで、兵士に尋ねる。


「砦は北北東の方角だと言ったな。距離はどのくらいだ?」

「急いで馬を駆れば、半刻もあれば到着出来ます!」

「そこまで遠くはないな。飛んでいこう」


 言うなり、聖哉の体がふわりと宙に浮く。スキル『飛翔』を目の当たりにして、兵士達が歓声を上げた。


「何と! 勇者様は空を飛ぶことが出来るのか!」

「人の身ながら宙に浮くとは! 流石は勇者様!」

「これならベル=ブブを打ち破れる!」


「……ベル=ブブ? それって何だよ?」


 マッシュが聞くと兵士達は一様に険しい顔で歯を食い縛った。


「蝿の姿をした魔物です! ベル=ブブが率いる巨大蝿の大群は、オルガの砦を断続的に攻撃! 多数の死傷者が出ております!」

「……となると、空中戦か」


 浮遊しながらアゴに指を当て、考える素振りの聖哉だったが、


「とにかく敵情視察だな。マッシュは俺と来い。それから、リスタ。エルルはお前が連れて行け」

「わかったわ」


 私は『オーダー』神界特別措置法施行にてイシスター様に許可を貰い、白い翼を顕現した後、エルルの手を握った。聖哉もマッシュの手を握る。


「師匠!! いいのか!?」

「仕方あるまい。放すなよ」

「うわあ!! 師匠と一緒に空、飛べるのか!! 何だか俺、興奮しちゃうなあ!!」


 聖哉は無邪気に喜ぶマッシュを、私はエルルを連れ、兵士達より先に、オルガの砦に向かったのだった。





……凄まじいスピードで飛翔する聖哉とマッシュの後を追うように飛ぶこと十数分。私の隣でエルルが声を上げた。


「ねえっ! リスたん! アレ、何だろ?」


 言われてみれば、前方の上空に黒い固まりが見える。


「雨雲かしら?」


 遠目から一見して、そう思った。だが、近付くにつれ、徐々に全貌が明らかになる。それは沢山の黒い物体が寄せ集まって構成されていた。


「あ、雨雲なんかじゃない……! アレ……敵よ……! 蝿の群れだわ……!」


 人ほどの大きさのある黒い蝿が数百匹、透明の羽を振動させながら空中停止していた。大群が織りなす不快な羽音が、随分離れたこの位置まで届いてくる。


「ひぇぇぇぇ……! 気持ち悪いよぉ……!」


 私の腕を掴んでいるエルルの手が小さく震えていた。


 前方の聖哉が私達を振り返る。


「リスタ。此処で降りるぞ」

「う、うん!」


 聖哉は、眼下に広がる森に急降下。私もその後に続く。


 森に着いた後、聖哉は木々に身を隠すようにして、遠く離れた上空の様子を窺った。蝿の大群を見る目が、その色を変える。どうやら能力透視を発動しているようだ。


「……一匹一匹がレベル30を超えている。それが三、四百体、か。考えようによっては不死の軍一万より面倒かも知れんな」


 聖哉の分析はもっともだった。動きの遅いアンデッドの大軍より、空中を素早く自由に飛び回れる高レベルの敵数百の方が厄介かも知れない。


「とりあえず、しばらく此処で様子を窺うぞ」

「そうね」


 だが、神妙な顔で空に視線を送る私と聖哉の隣で、


「オエッ……グエッ……ウエェェェ……!」


 マッシュが傍らの木に手を付き、根本に食べた物を吐き出していた。エルルがマッシュの背中をさする。


「だ、大丈夫? マッシュ?」

「うう……! き、気持ち悪い……! ウプッ……!」


 どうやら聖哉の飛翔でこんな状態になってしまったらしい。私も以前、聖哉と空を飛んで目も当てられない有様となったので、マッシュの気持ちは痛いほどわかった。


 しかし、それをしでかした張本人は、


「うむ。蝿というやつは本当に気持ちが悪いな」


 マッシュの言葉を勘違いして受け止めていた。


『蝿見て吐いてんじゃなくて、アンタのせいなんですけど……!』


 皆、内心そう思っているだろうが、真剣な顔で敵を睨む勇者を前に、誰一人、言葉には出せなかった。


 やがて突如として、空から耳をつんざく大音声が轟く。


ひざまずけ、人間共! 我がフライ・アサルトフライ魔王軍急襲飛行部隊の圧倒的な戦力にな!」


 空を見上げた私は、千里まで届くような大声の主を見た。それは他の蝿とはまるで見た目が違っていた。人間より視力のある私の目に映るのは、浮遊する蝿の怪人だ。顔面は蝿だが二足で直立しているように見える。拳ほどもある大きな赤い複眼に、ハサミのように尖った手。あの異様のバケモノがこの部隊を率いていることは明らかだった。


 聖哉同様、私も能力透視で敵の能力を計る。



 ベル=ブブ

 Lv76

 HP18963 MP8751

 攻撃力7877 防御力5969 素早さ487562 魔力883

 耐性 火・水・氷・雷・毒・麻痺・眠り・状態異常

 特殊スキル 攻撃回避(LvMAX) 飛翔(LvMAX)

 特技 アシッド・スピット強硫酸吐出

    ローリング・ドッヂ旋回傾倒回避

 性格 非情



 四天王でもないようだし、能力値は大したことないわね……そう思いかけた私はベル=ブブの素早さを二度見した。見間違いではない。


「な、何よ、あの素早さは!? 桁違いじゃないの!!」

「何という奴だ……」


 聖哉も珍しく息を呑んでいた。


「一体どうしてあの顔面で言葉を喋れる? どういう発声器官をしているのだろう?」

「いや、ソレ今、どうでもいいじゃん!! それよか素早さを見なさいよ、素早さを!!」

「ね、ねえ! リスたん、聖哉くん! あそこ見て! ロズガルドの人達が攻撃しようとしてるみたいだよっ!」


 目を細めたエルルが指さしたのは空ではなく地上。遠くの平原に立つ弓矢隊が上空の敵を攻撃しようとしていた。


 ベル=ブブも気付いたらしい。だが逃げるどころか蝿の大群は高度を下げた。


「オラオラ! 弓矢で狙える位置まで来てやったぜ? しっかり狙えよ?」


 舐めた口を叩くベル=ブブ率いる蝿の群団に雨のような矢が放たれる。壮観なる一斉射撃。しかし、敵の編隊に乱れはない。遠目に見ても、弓矢隊の攻撃は敵の戦力を削っていないように思えた。


 聖哉が呟く。


「ベル=ブブ以外の巨大蝿もそれなりの回避能力を備えている。あれだけの矢がまるで当たっていない」


 一斉射撃が終わった後の空白の時を突いて、蝿達は急降下。兵士達を襲った。逃げ遅れた十数人の兵士を六本足で獲物のように抱え、蝿は再び高度を上げて飛翔する。 


 上空およそ50メートル。兵士を捕らえた蝿達を一時停止させると、ベル=ブブは大声を出した。


「さぁ今日もリバース・ファイアワークス逆花火の時間だぜ!!」


――り、リバース……!? まさか……!!


 私の感じたイヤな予想は的中した。ベル=ブブの指示で巨大な蝿達は同時に捕らえた兵士達の体を離す。重力の法則により、兵士達は凄まじい勢いで地面へと叩き付けられた。


 エルルが目を背け、マッシュが歯を食い縛る。そしてベル=ブブは楽しげな声を出す。


「うーん! 空から見ると絶景かな絶景かな……なんだけど、まぁ、お前らからは見えないか! 脳漿と臓物をさらけ出して地上に咲く、この美しい血の花火が!」


 残虐なショーの後、ベル=ブブは、より一層その大声を張り上げた。


「この大陸に現れたという勇者はまだ来ねーのか!! さっさと勇者を連れて来い!! それまで殺戮は終わらねーぞ!!」


 聖哉は私の隣で平然と呟く。


「砦を一気に陥落させる力があるのに何故そうしないかを考えていたが……なるほどこういう理由か」

「全ては私達を誘い出す為だったのね……」

「師匠!! 俺もう我慢出来ねえ!! やってやろうぜ!!」


 剣を構え、逸るマッシュの肩を聖哉は押さえる。


「焦るな、マッシュ。蝿を舐めてはいかん。蝿は人間が瞬きするより速く動くことが出来るのだ。しかもそれがこの世界の魔物ともなると、更に想像を絶する速度で移動が可能と推測出来る。その証拠に先程、偵察にと奴らに近づけたオートマティック・フェニックス鳳凰自動追撃がほぼ三基、同時にやられている」

「あ、あの強力な火の鳥が、か!?」

「そうだ。そして、俺が四天王二人を葬ったことを知っているにも関わらず『連れて来い』と誘っている。つまり奴は空中での戦いに絶対的な自信を持っているのだ。わかったら容易に近付かず、今は敵状視察に徹しろ」


 だが人間花火を見て満足したのか、『ジジジジジジ!!』と雑音のような声を出して笑うと、ベル=ブブは蝿の大群を引き連れ、北の空へと消えて行った……。




 敵がいなくなってから、私達は森を出た。ゆっくり歩きながら前方に見える巨大な砦へと近付いていく。煉瓦を積み上げて作られた堅牢な外観のオルガの砦は、だが、敵の襲来により所々が破損しているようだった。


 そして砦周辺の平原には、目を覆いたくなるような惨状が広がっている。


「エルルちゃん。私の後ろにおいで」

「うん……」


 私はエルルを気遣った。足下に転がるのは少女に見せるにはあまりに残酷な死体だった。数十メートル上空から地面に叩き付けられ、血の華を咲かせた兵士達の体は、つい先程までそれが人間だったと思えないくらいに激しく損傷していた。他にも蝿が口から出したとみられる酸によって溶かされたような遺体が視界に入る。


 女神の私ですら、目を背けたくなる地獄絵図の中――一人、血溜まりに膝を付き、祈りを捧げる兵士がいた。


 近寄る私達に気付いたのか、兵士はこちらを一瞥した。金色の鎧をまとった兵士は、やがて私の背にある白い翼に大きく目を開く。


「遂に……来てくださったのか……!」


 兜を取るや現れたのは長い蒼髪。その下には美しいが勝ち気そうな女性の顔があった。

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