第二十八章 ガナビー・オーケー

 たいまつを照らしながら聖哉を先頭に、早足で谷を下っていると後ろから声を掛けられた。振り返ると、私達をこの竜の里に導いた竜人ラゴスだった。


「あちらの建物へ急いでください。アナタ達を竜の洞窟へと帰します」


 ラゴスは何だか焦っているようだった。理由を聞くまでもなく、歩きながらラゴス自ら話してくれる。


「イグザシオンが出来たとはいえ、『エルル様が剣にならず生き残った』……竜人の中にはこの結果に納得していない者も多くいるでしょう。暴動などが起こる前に皆さん、早く元いた大陸にお帰りになられた方がよろしいかと思います」

「ぼ、暴動!?」


 ビックリするが、聖哉は白い目を私に向ける。


「驚く程のことか。無論、その可能性はある。何せ里の長を殺されているのだからな」

「いや、アンタがソレ言う!? ウィンウィンとか言ってたくせに!!」

「誰がアレで心底、納得などするものか。大きな音と強い言葉で一時的な催眠状態に陥らせただけだ」

「さ、催眠術とか、そんなことまで出来るんだ……?」


 私が勇者の能力に畏れを抱いている時、ラゴスはマッシュとエルルに申し訳なさそうな顔をしていた。


「騙していたことをどうかお許し下さい。ご両親が病気で死んだと伝えるように竜王母様からきつく言われていたもので」

「ああ、もういいよ。それは」


 マッシュが言うと、ラゴスは頭を下げた。


「今更ですが、エルル様が剣にならなくて本当によかった。私は心からそう思っています……」



 しばらく歩くと辺りに殆ど竜人はいなくなった。そして小さな白い家屋が見えてきた。それは私達が竜の洞窟から魔法陣を抜けて出てきた建物に間違いなかった。


 中に入るとラゴスは扉を閉めた。部屋中央の魔法陣まで私達を誘導した後、ようやく笑顔を見せる。


「マッシュ様、エルル様。もはや二度とお会いすることはないでしょうが、アナタ方の前途に平和と栄光があるよう、私は此処で祈っております」


 二人も笑顔をラゴスに返す。


「ああ、ありがとうな!」

「ありがとう! ラゴスさん!」

「……そして勇者様、女神様。イグザシオンを使って何卒、世界をお救いください。お願い致します」


 無言の聖哉に代わり、私はラゴスに礼を言った。


 ……この竜の里で竜人達に出会い、私はその誰しもが感情に乏しい印象を受けていた。だが中にはラゴスのように、まともな竜人もいるようだ。エルルとマッシュの親もきっとこのような竜人だったのだろう。


 やがてラゴスが呪文を唱えようとした時だった。


「……待て」


 勇者が口を開く。聖哉は何故か手に小さな竜人――いや、トカゲを持っていた。


「此処に来る間に拾った。これを先に転送しろ」


 ラゴスが顔を引きつらせた。


「ま、またですか……」

「一度無事だったからといって、二度目も無事とは限らん。それに、実はお前こそエルルが生き残ったことに憤慨している第一人者かも知れんからな」

「せ、聖哉!? 失礼でしょ!! アンタ、ちょっとは人を信じなさいよ!!」


 私が責めるもラゴスは真剣な表情で首を横に振った。


「いえ、いいのです。きっとその慎重さが勇者様の長所なのでしょう。そして、それがエルル様を救ったように、やがては、この世界を救うのかも知れません」

「はぁ……。『慎重さが世界を救う』……ですか……?」


 それにしても、こんなことを言われて怒らないなんて、ラゴスは大人だと思う。見た目から、年は全然わからないけど。


「ホント、すいません。じゃあ、とりあえず最初はこのトカゲから……」


 一旦、トカゲを送り、また戻す――この意味のない二度手間をした後で、ようやく私達は竜の洞窟に転送されたのだった……。





 魔法陣から出ると、辺りは薄暗がり。岩肌の露出した狭い空間である。


「ふう。ようやく帰ってきたわね」


 私がそう独りごちた刹那、


「聖哉くーーーんっ!!」


いきなりエルルが聖哉に抱きつき、泣き始めた。


「ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとうっ!! 怖かった!! ホントはメチャクチャ怖かったんだよーっ!!」


 どうやら竜の里にいる間は我慢していた感情が、戻って来た途端、爆発したらしい。


「剣になんかなりたくなかったよーっ! 死にたくなんかなかったんだよーっ!! だって死んじゃったら、みんなと喋れなくなるしーっ!!」


 エルルは聖哉の腹に顔を埋めて号泣していた。その姿に私も何だか貰い泣きしてしまう。


「ううっ!! ごめん、ごめんね、エルルちゃん!! 本当は私が真っ先に止めるべきだったのに!!」

「いいの!! リスたんは悪くないの!! 女神様が世界のことを考えるのは当然だもんっ!!」


 お互い泣きじゃくる私達に勇者は冷たい視線を向けていた。


「やめろ。うるさい。そして鬱陶しい」


 片手でグイとエルルの頭を掴み、引き離す。そして「ふええ……?」と泣き顔のエルルを代わりにマッシュの胸に、あてがった。


 聖哉と違い、マッシュはエルルを無言で優しく抱き締める。やがてエルルが恥ずかしそうに呟く。


「あのね……私ね。剣になる時、何が一番辛かったかって、やっぱりマッシュと喋れなくなることだったんだよ……」

「お、俺だって、お前と二度と会えなくなるかと思ったら、胸が張り裂けそうだったよ……」


 そして竜族の少年少女は頬を染めて、潤んだ目で互いを見つめ合った。


 ええっ!! ち、ちょっと何、この二人!? ひょっとして、これからそういう関係になっちゃう訳!?


 冒険に恋はつきものである。いきすぎた恋愛は咎めなくてはならないが、この二人ならそんな心配もなさそうだった。


 女神として、というより大人の女性として、私は二人に気を遣ってやった。


「マッシュ。エルルちゃん。先に行って洞窟の入り口で待っててくれる?」

「え? ど、どうしてだよ?」

「二人で積もる話もあるでしょ? それに私も聖哉と少し話があるから……」

「そ、そうか。わかった」

「じゃあ、入り口で待ってるね! 後でね、リスたん!」


 マッシュとエルルは仲良く手を繋いで洞窟を出て行った。二人の背中を見詰めながら私は聖哉に微笑みかける。


「いやぁー! 何だか初々しいわねー!」

「そういう理由で二人にしてやりたかったのか。バカバカしい」

「あら。私が聖哉に話があるって言ったのは本当よ?」

「俺はお前と話すことなど特にないが」


 二人きりになった狭い空間で、私は笑顔を180度転換。眉根を思いっきり寄せて聖哉にメンチを切る。


「ドラゴンキラー合成のことだけど……アンタ、私のあの毛、直接むしったって言ったわよねえ?」

「むしったが、それがどうした?」

「いや『むしったがどうした』じゃねーじゃん!! どうしたもこうしたもない程、大変なことやらかしたの、わかってないの!? コレ、もう完全に性犯罪だかんね!?」

「お前の陰毛がなければドラゴンキラーの合成が出来なかった。咎められるようなことはしていない」


 相変わらずの正論。だが、私が論じたいのはそこではない。


「……見たの?」

「何をだ?」

「いやだから、その……毛をむしる時に私の……を見たか、って言ってんのよ!!」

「だから何をだ。モジョモジョ言わずにハッキリ言え」

「ハッキリ言えないから、モジョモジョ言ってるんでしょうが!! だから、その……毛の下にあるものよ!!」

「毛根か?」

「!? 毛根じゃねえわ!! 毛根は確かに毛の下部分にあるけど、毛根じゃねえわ!!」

「俺はお前の陰毛をむしっただけだ。他はなにもしていない」


 ほ、本当でしょうね……!? ってか『お前の陰毛をむしっただけ』って、その日本語おかしくない……!? それだけで即刻、逮捕レベルなんですけど……!!


 聖哉は何事もないように踵を返そうとしたが、


「待ちなさい、聖哉!! 話はもう一つあるのよ!!」

「全く。今度は何だ」


 私は面倒くさそうに呟く聖哉の腰の鞘を指さして、真面目な顔で言う。


「その剣、?」


 途端、


「……何だと?」


 聖哉は恐ろしいまでに鋭い眼差しを私に向けた。その迫力に息を呑む。


「わ、わ、私だって女神よ! その剣は確かに強力な威力のある武器! だけど魔王を倒す程の聖なる気をそれからは感じないのよ!」


 怖い顔でしばらく私を睨んだ後、聖哉は普段通りの平坦な表情に戻った。


「どうやらお前のことを見くびっていた。ただの薬草女ではなかったようだな」

「それはいくら何でも見くびりすぎでしょ……」

「お前の言う通りだ。これはイグザシオンではない。合成で作った『プラチナソード改』だ」

「やっぱり。それを使って竜人達をペテンにかけたのね? エルルちゃんを救う為に……」

「言ったろう。アイツは俺の荷物持ちだ、と。自分の決断を他人に覆されるのが気に入らなかった――ただ、それだけだ」


 聖哉は歩き始めながら言う。


「いいか。このことは他言無用だ。ちんちくりんが知ると、また泣き出して、うるさいだろうからな」

「う、うん。そうね。わかった」


 聖哉の背中を追いながら私は話しかける。


「ねえ、聖哉。竜王母が言った通り、イグザシオンだけが魔王を倒せる武器だったとしたら……どうする?」

「違う手段を見つければいいだけだろう。確か、お前自身が竜王母にそう言っていなかったか?」

「あ、あの時は勢いで言っちゃったけど……本当にそんな方法があるのかなって……」


 しばらく無言だった聖哉はボソリと呟く。


ガナビー・オーケー何とかなる

「えっ?」


 聖哉のその一言に私は強烈な違和感を覚えた。理由も言わず、根拠もなく、ただ『何とかなる』――ものすごく聖哉らしくない台詞だと思ったのだ。


「……どうした、リスタ?」


 立ち止まった私の顔を、訝しげに覗き込んでいる聖哉に気付いて、ハッとする。


「べ、別に! 聖哉が、らしくないこと言うからちょっと頭がフワッとしただけよ!」

「ただでさえ緩んでいるのに、それ以上フワッとしたら入院レベルだな。この、ゆるふわ頭」

「誰が、ゆるふわ頭よ!! 殴るわよ!!」

「さっさと行くぞ。アイツらが待っている」


 聖哉は洞窟の出口を見て、目を細めた。短い洞窟の出口からは眩しい光が差し込んでいる。


 私達はその光に向けて、ゆっくりと歩き出した。


 ……イグザシオンを入手出来なかったことは、難度Sのゲアブランデを攻略する上で、途轍もない大きなハンデになるかも知れない。だけど、この勇者なら……聖哉なら……きっと何とかしてくれるに違いない。今はそう信じよう。


 前を向いて進もうと決めた時、不意にドッと疲れが押し寄せてきた。竜の里では本当に色々あった。マッシュもエルルも、そして聖哉も口には出さないけど随分疲れていることだろう。


 洞窟を出たら、来る時寄ったイザレの村の宿屋で丸一日ゆっくり休もうかな? ……うん、そうだ! そうしよう! たまには世界を救うことを忘れて、皆でまったり、ゆっくりしよう! 寝ている間にあそこの毛をむしったことは到底許せないけど、その前に聖哉は嬉しいことを言ってくれたじゃない!『俺はこの女の作ったものしか食わん』だなんて! 村に着いたら材料を買って、腕を振るって料理を作ってあげよう! もちろんマッシュやエルルちゃんにも振る舞って……


 だが、意気揚々と洞窟を抜けた私を待ち受けていたのは、のっぴきならない状況だった。


 出口付近の岩場では、マッシュとエルルが甲冑をまとった十数人の兵士達に囲まれていた。


「し、師匠!」

「リスたんっ!」


 二人が説明するより早く、私と聖哉に駆け寄って来た兵士達は、揃って地に膝を付いた。


 よく見れば誰しもが傷だらけ。甲冑も汚れや痛みが目立つ。まるで先程まで戦場にいたかのような風貌である。


 疲れ切った体にムチを入れるように、一人の兵士が腹の底から声を出す。


「我々はロズガルド帝国騎士団です! 勇者様が、この洞窟に向かったとの報せを受けて、オルガの砦より、やって参りました!」

「は、はぁ。それで、その帝国騎士団の方々が一体、私達に何の用でしょう?」


 薄々、用件は分かっているのだが、私が尋ねると兵士は苦渋に満ちた表情を見せた。


「現在、ロザリー様指揮下の帝国騎士団は、此処より北北東、オルガの砦にて魔王軍特殊部隊と交戦中! 戦況は思わしくありません! 勇者様、何卒、我らにご同行下さい!」


『ちょっと休みたいんですけど……』そうとも言えない私は、宙に視線を泳がせた後、


「じゃあまぁ……とりあえず……行ってみますか……」


 緩くてフワッとした返事を兵士に返したのだった。

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