第三十章 オルガの砦
「皆の者!! 遂にこの地に、世界を救う勇者と女神が現れたぞ!!」
女戦士は剣を振りかざし、戦闘の疲労でグッタリとしている兵達に向かって叫ぶ。
「さぁ立ち上がれ!! 奴らの巣に攻め込むぞ!!」
しかし血気盛んなのは彼女だけだった。白髭を生やした老年の兵士が進言する。
「ロザリー様! 落ち着いてください! ここは一度、砦に戻り態勢を整えなければ!」
「何を言う! 時は満ちた! 今こそ死んでいった兵士達の仇を取るのだ!」
「ご覧下さい! 残った兵達も皆、疲労困憊! とても戦える状況ではございません!」
言われて、傷を負った兵士達を見渡す。現実を直視したのか、ロザリーと呼ばれた女戦士は低く唸った後、無言になった。
「沢山の兵を失い、逸るお気持ち、このカルロ、よく存じ上げております。しかし勇者様も今し方、到着されたばかり。すぐに連れ回すというのは礼を失する行為かと……」
ロザリーは私と聖哉に目を向けた。聖哉とはまた違う眼力のある瞳だ。やがてロザリーは落ち着いたのか、小さく頷く。
「確かにカルロの言う通りだ。砦に戻ろう。そして勇者殿を交え、蝿討伐の戦略会議を開こう」
安堵の表情を見せた老兵だったが、その後すぐにロザリーはキッパリと言い放つ。
「だが戦略会議後、敵地へと向かう!! 今日中だ!! いいな!!」
ロザリーは大きく身を翻すと、一人、砦へと大股で歩いた。
やれやれ、とでも言いたげな老兵カルロに私は尋ねる。
「あのー。あの人……ロザリーさん……って一体、どういう方なんです?」
「オルガの砦の守備隊長でございます」
エルルが途端、顔を輝かせる。
「守備隊長かぁー! 女の子なのにすごいなー! 蒼い髪も素敵だし、背も高いし、美人だしーっ!」
エルルが言う通り、ロザリーには凜とした魅力があった。
「確かに綺麗ね。外見もそうだけど、何ていうか、不思議な雰囲気があるというか……」
私達はカルロと話をしながら、また私達の後ろでは、やはり兵達が雑談しながらノロノロ歩いていると、
「何をしている!! 時間が勿体ない!! 急げ!!」
前方からロザリーが一喝。皆、無駄話を止め、歩調を早めて砦へと急いだのだった。
外壁に取り付けられた門から砦の内部に入ると、マッシュは感嘆の声を上げた。
「でっけえ砦だなあ……!」
オルガの砦はまるで、大きな城のようだった。見張り塔や、長期戦に備えた井戸、食物の貯蔵倉もあるようだ。
カルロがニコリと微笑む。
「元々、オルガの砦は帝国国境の要所ですからな。強固な外壁に加え、砦上部には弓矢隊も配置。また数百の兵が待機出来る宿舎も用意してあります」
自信ありげに語った老兵だったが、聖哉がフンと鼻を鳴らす。
「先程の様子では、簡単に敵に突破されそうだったがな」
「は、はい。確かに仰る通りです。ベル=ブブ率いる空からの敵部隊に対して、為す術ないのが現状です」
「カルロさん。それだと、もし蝿達に国境を突破されたら帝国自体が危ういんじゃ?」
「いえ。奴らの目的は勇者様を誘き寄せること。なのでこの砦より先には向かいません。また向かったところでロズガルド帝国には雷の国選上位魔術師フラシカ様がいらっしゃいます。空からの敵には雷の呪文が効果的ですからね」
「ああ、なるほど。帝国には強力な魔法使いが常駐しているのね。それで、その人は此処に呼べないの?」
「上位の雷魔法を扱えるのは帝都ではフラシカ様のみ。フラシカ様が砦に来れば、帝都は空からの攻撃に対して手薄になってしまいます。そういう訳でフラシカ様は帝都からは離れられないのです」
先導するカルロの後に続きながら、聖哉が尋ねる。
「いくら優秀な魔法使いがいるとしても、お前達の帝国など魔王軍が本気になればすぐにでも陥落しそうだが?」
う、うわ……言いにくいことをアッサリと言うわね……。
まぁ確かに、聖哉と戦った四天王達の強さを顧みると、私もそう思わずにはいられなかった。
しかし、カルロは平然と言葉を返す。
「帝国が陥落することはありません」
「何故だ?」
「ロズガルドには『戦帝』がいらっしゃるからです」
「戦帝?」
マッシュが突然声を出す。
「俺、聞いたことあるぜ! 戦帝はロズガルドの帝王にして、この世界ゲアブランデ最強の戦士なんだ! その剣は天を裂き、地を叩き割る、って!」
「眉唾ものだな。それが本当なら俺の代わりに世界を救えばいいではないか。それが出来ぬということは所詮、噂先行だろう。いや、そういう風な噂を流布して、自らの国が常に安泰だと民衆に錯覚させているとみるべきか」
聖哉の分析に、カルロは軽く首を振る。
「いいえ。戦帝様は勇者様を除けば間違いなく、この地上で最強の御方。ロズガルド帝国に戦帝ある限り、帝国は決して揺らぎません」
す、すごい自信……! よっぽどその戦帝って強いのね……!
「しかしながら戦帝様にもフラシカ様と同じく帝都から離れられない理由があるのです」
その理由とやらを尋ねてみたかったが、ちょうどカルロが砦中央の建物に入っていく。
「此処が戦略を練る為の会議場です。既にロザリー様は中にいらっしゃるかと」
そして老兵が扉を開いた瞬間、男女の言い争う声が私の耳に飛び込んできた。
「ロザリー様!! あれほど前線に行くのはお止め下さいと言ったでしょう!! アナタは次期帝位継承者なんですよ!!」
「帝位継承者だからこそ矢面に立つのだ! 真の戦士は臆さぬ! 父上のように兵士達より先立って戦闘し、士気を鼓舞するのだ!」
「ならばせめてアナタの右腕であるこのバトをお連れ下さい! アナタにもしものことがあっては戦帝に何と言えばよいか!」
筋骨隆々で屈強そうな戦士バトとロザリーの言い争いを聞いた時、私はロザリーが身にまとう雰囲気の理由が分かった。
ロザリーはロズガルド帝王である戦帝の子なのだ。そして戦帝亡き後は女帝としてロズガルド帝国を統べる選ばれた人間――道理でオーラがある筈である。それにしても強い父親に憧れているのだろうが、かなりのおてんば姫のようだ。
カルロが扉の近くで咳払いをすると、ロザリーを始め、円卓を囲んで座っていた十数人が皆、こちらに視線を向けた。
「皆様。勇者様御一行が到着されてございます」
カルロは私達に深く頭を下げる。
「それでは私は此処までです」
「カルロさん、ありがとう!」
エルルと私が礼を言うと、カルロは微笑み、扉を閉めた。
改めて前を向くと、
「おお……! これが世界を救う勇者の一行か……!」
「あれが勇者……! 何と神々しい……!」
部屋に居た者全てが感極まったように私達を見詰めていた。
聖哉も身にまとった雰囲気はロザリーに負けていない。長身かつ端正な顔立ちの勇者は、誰が見てもそれと分かるオーラを持っていた。
円卓の空いたスペースに案内されると、聖哉、私、マッシュ、エルルと横並びで椅子に腰掛けた。
私は卓に座っている面々を見回す。戦略会議というだけあって集まっているのは、位の高そうなメンバー達だ。先程、ロザリーと言い争っていた筋肉ムキムキのバトという戦士や、帝国の紋章が描かれたローブをまとった魔法使い、さらに杖をついた年配の者まで。帝位継承者のロザリーがいることもあって、オルガの砦には帝国上層部の者も集まっているのかも知れなかった。
ロザリーに肘で突かれ、ローブを着た魔術師らしい細身の女性が高い声を上げた。
「それでは早速ですが、これから勇者様を交え、蝿討伐の為の戦略会議を始めます!」
しかし、その刹那。勇者がよく通る声で宣言する。
「待て。その前に、まずは身の安全を確保したい」
「……何と?」
「この場は危険だ」
ざわざわっ……!
ロザリーを始め、砦に派遣された帝国の重鎮一同に緊張が走るのがわかった。髭を生やした賢者のような老人が尋ねる。
「勇者様……それは一体どういう意味でございましょう?」
「この中に魔王の手先が変装して混じっているかも知れん」
「ほ、本当ですか!」
勇者の一言で騒然とする円卓。しかし、
「まぁ……そういう可能性もあるという話だ」
「な、なんだ……可能性の話ですか……」
聖哉がそう言うと皆、一様に安堵した。私は聖哉の腕を突く。
「ねえ、聖哉。此処にモンスターの気配は感じないわ。大丈夫よ」
「うむ。そうか。魔王軍はいないか。だが、」
聖哉はやはり難しい顔のまま、言う。
「この部屋には爆発物が仕掛けられているかも知れん」
「ほ、本当ですか!」
安心したのも束の間。またぞろ騒ぎ出す重鎮達。しかし、
「まぁ……そういう可能性もあるという話だ」
聖哉が呟くと、皆、ホッとする。だが次に聖哉は鋭い目で部屋の隅を見上げる。
「今の二つは単なる憶測にすぎん。だが本命は……この上だ。何者かが戦略会議をコッソリと聞いている」
「ほ、本当ですか!」
三度目の正直にロザリーの顔色が変わる。
「急げ! 誰か天井を調べろ!」
ロザリーの指示で数十人の兵が偵察に向かう。
……十分後。
「報告します!! 兵士二十三名、くまなく総出で探しましたが、会議場の上には全然、全く、何一つ、塵さえもありませんでした!!」
兵士が出て行った後。ロザリーを始め、重鎮達は固唾を呑んで聖哉を見守る。
「まぁ……そういう可能性もあるという話だ」
途端、『バンッ!!』と、ロザリーが激しく円卓を叩いた。
「いや、もういいわ!! 可能性、可能性って、そんなことイチイチ気にしてたら夜も眠れんわっ!!」
私の代わりにロザリーは顔を真っ赤にして聖哉にツッコんでくれた。
……うん。今のはちょっと女の子っぽかったわね。この子、普段はわざと低い声出してキャラ作ってるんだわ。まぁ実際、見た目、二十歳いってるかいってないか分からないくらいだしね。
少し微笑ましい目でロザリーを見ている私に気付いたのか、口調を戻し、取り繕うように叫ぶ。
「や、やはりこのような戦略会議など必要ない! 勇者殿と私を先頭に奴らの巣に突っ込む! それだけだ!」
「いやロザリー様! それはあまりに、」
横暴な意見に重鎮達が諫めるが、聖哉もコクリと頷いた。
「賛成だ」
ロザリーが見直したように聖哉に熱い視線を送る。
「勇者殿も私と同じ考えか! よし! それでは早速、攻め込むとしよう!」
「勘違いするな。賛成と言ったのは『会議など必要ない』という部分だ。俺の取るべき行動は既に決まっているのだからな」
「そ、それは一体?」
会議場が静まり返る。皆、息を呑んで勇者の言葉を待った。
やがて聖哉が明瞭に告げる。
「帰る」
「「「は?」」」
「一旦、天上界に帰り、あの敵に対抗しうる特技を習得する為に修行をしてくる。以上だ」
私とマッシュやエルルにとっては、もはや見慣れた聖哉の行動パターンだったが、
「「「はあああああああああああああ!?」」」
ロザリーや重鎮達は血相を変え、大声でそう叫んだ。
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