第八十一章 襲来

 あれから三日が過ぎた今も、聖哉は昼夜を問わずゴーレムの生成を続けていた。


「……兵士からの報告によれば、ゴーレムの総数は遂に二万体を超えたらしい」


 ジョンデが苦笑しながら言った。私も眼下に広がる雲霞の如きゴーレムを見て、同じように苦笑いする。


 今、私とジョンデは見張り塔の天辺からターマインを見下ろしていた。王妃がグランドレオンに捕らえられていた例の塔だが、今は内部に兵士達も常駐しており、目の利く兵を配置して監視に当たらせている。塔の頂上からは聖哉が町境に張った五重の岩壁も俯瞰出来た。聖哉は一番外の岩壁の向こうにゴーレムをぐるりと二千体程、配置し、よりターマインの守りを強化していた。


 外壁に目を懲らしながらジョンデが呟く。


「最初は、やり過ぎかと思ったが……よくよく考えると、これもアイツなりの気持ちかも知れんな」

「気持ち、って?」

「世界を救えなかった……ターマインも滅ぼされた……だから今度こそは、このように慎重に準備をして世界を救おうとしている……」


 あれだけ聖哉に色々酷いことをされながらも冷静に分析しているジョンデに、私は少し驚いた。


「いや、まぁ俺自身そう思おうとしているだけかも知れん。そうとでも考えなければ、やってられんからな」

「あははは。確かに」


 私が笑うとジョンデは顔を引き締める。


「だがな、女神様。勘違いしないで欲しい。俺が心の底から奴を許せる日はきっと来ないだろう。ティアナ姫を救えなかった奴を……な」


 ジョンデは忠義ある将軍である。王女のことを思うのは当然かも知れないが、それでもティアナ姫に対して格別の思い入れがあるような気がした。


「ねえ、ジョンデ将軍。ティアナ姫とアナタはどういう関係だったの?」

「姫には小さい頃から剣術を教えた。剣の素質はなかったのだが、それでも一生懸命に稽古をするティアナ姫は本当に愛くるしかった」


 ――ふーん。じゃあ前世の私は、この人にお世話になってたのね……って、全然覚えてないけど……。


「それに幼い頃はよく肩車などして差し上げたものだ。姫はいつも明るく、まるで花のように可憐な存在だった……」


 昔を思い出すようにティアナ姫のことを喜々として語るジョンデ。その顔を見て、私はふと気付く。


「ジョンデ……アナタひょっとして……ティアナ姫のことを?」


 私の言葉にギョッとした顔を一瞬見せた後、ジョンデは辺りを見回した。近くに人のいないことを確認してから、


「女神様に隠し事は出来ませんなあ」


 土気色の頬を僅かに赤に染め、ぼそりと言う。


「ええ。愛していました。世界中の誰よりも」

「……ジョンデ」


 私はジョンデの肩に手を当ててから言う。


「あの……気持ち悪いよ? だってティアナ姫とアナタって、メチャメチャ年、離れてるよね? あとそれから……ごめん。ちょっとタイプじゃないかな。うん。気持ちはすごく嬉しいんだけど……」

「!? いや何で俺、気持ち悪いとか言われた挙げ句に振られてんの!? そもそもアンタにゃ告ってねえけど!?」


 その時、一人の兵士が血相を変えて私達に近寄ってきた。


「報告! 報告です!」

「うるせえな!! 何だよ、もう!!」


 不機嫌に返事したジョンデだが、


「北の方角に敵影を発見致しました!」

「……何だと?」


 咄嗟に私もジョンデも顔色を変えた。そして揃って北に目を向ける。


 人間より視力の良い私の目に映るのは、隊列を為し、こちらに向かって侵攻する人型魔導兵器の群れだった。


 頑強そうなメタルのボディが日光を反射している。頭部には赤い光源の一つ目が輝き、人間のように二足歩行。手にはサーベルのような剣を持っている。それらが大挙してこちらに押し寄せて来る。


「機皇兵団……! 遂に来たか……!」


 ジョンデが片腕を上げると、兵士が塔に備えられていた鐘を大きく打ち鳴らした。


「町の人間には家に篭もり、決して外に出ないように言っておけ!」


 兵士に指示するジョンデ。私も慌てて、ジョンデに言う。


「わ、私、聖哉のところに行ってくる! このことを教えなきゃ!」


 塔を下りようとした時、既に階段を上ってくる聖哉の姿が見えた。


「ああっ、聖哉! ちょうど良かった! 機皇兵団が現れたのよ!」

「土蛇からの情報で、とうに知っている。だからこそ此処に来た。塔の上からの方が状況を俯瞰しやすいからな」


 聖哉は全く慌てず、塔の頂上まで来ると目を細めて、外壁に迫る機皇兵団を見た。


 機皇兵団の数は思ったより少ない。千体もないのではないだろうか。しかもターマインをぐるりと取り囲もうとしている訳ではなく、北の方角にのみ固まって行進している。敵にしても、本当にグランドレオンが倒されたのか定かではないだろうし、ここは様子見の第一陣ということなのだろうか。


 ジョンデが聖哉に提案する。


「外側の壁を守っているゴーレム達を、全て北方に呼び寄せ、キリング・マシンを包囲してしまえばどうだ?」

「ダメだ。北からの攻撃は陽動かも知れん。ゴーレムは動かさず、そのまま待機。機皇兵団の攻撃には元々、配置していたゴーレムのみで対処する」

「むう……」


 聖哉の言い分にも一理あると思ったのか、ジョンデはそれ以上、何も言わなかった。


 機械らしく一糸乱れぬ編隊で機皇兵団は壁にと邁進する。そしてその壁の前に立ち塞がるのは聖哉が作ったゴーレム達。


 互いに人間ではないので、躊躇などない。呆気ないくらいに唐突に双方はぶつかり、戦いの火蓋が切って落とされた。聖哉の作ったゴーレムと魔導兵器『キリング・マシン』との初めての戦闘が開始されたのだ。


 ――だ、大丈夫よ!! きっとゴーレムが、あっという間に一網打尽にしてくれるわ!!


 大きく腕を引いてキリング・マシンに殴りかかろうとするゴーレム。対して、サーベルを抜き、ゴーレムに飛び掛かるキリング・マシン。そして……


「ええっ!?」


 私の目に映ったのは予想外の光景!


 ゴーレムの攻撃をひらりとかわしたキリング・マシン達は、ハイエナが動きの鈍い草食動物を捕食するように、一体のゴーレムに対し、三体以上で襲いかかる!


 体力のあるゴーレムだが、流石に前後左右から攻撃されてはたまらない。サーベルで手足を斬り付けられ、ゴーレムは地面に倒れ伏す。やがて心臓のコアを破壊されたのだろう。ゴーレムは土塊に還った。


「お、おい! やられちまったぞ!」


 ジョンデも私も愕然とする。そして、このような光景は至る所で目撃された。勿論、ゴーレムの攻撃がヒットし、キリング・マシンを倒すこともあるが、それより多対一の攻撃戦法でやられていくゴーレムの方が圧倒的に多い。


 更に目を覆いたくなるような現実が押し寄せる。


 遠く離れたこの見張り塔まで響く振動と轟音! 見張り塔にいる兵が悲鳴のような声で報告する!


「北方の壁の一部が破損! キリング・マシン達に突破されました!」

「う、嘘でしょ!? こんなに早く!?」

「ゴーレム達も押されるように退却しています!」


 ――グレイト・アイアンウォール万里鉄壁が簡単に破壊されるなんて!!


 ジョンデが歯を食い縛る。


「何と言うことだ……! これが機皇兵団……!」


 こ、このままじゃ、第二の壁、第三の壁も突破される! そして、機皇兵団はターマインに到達! 民衆が虐殺される!


 私は狼狽える。だが……損壊した穴を抜け、キリング・マシン達が第二の壁に向かい、雪崩れ込もうとした刹那、


『ズウゥゥゥゥゥン!!』


 地を揺るがす凄まじい音がした! 見ると、音のあった方向から土煙が上がっている!


「ええっ!?」


 私もジョンデも、また見張り塔の兵士達も何が起きたのか分からない。そんな中、勇者がぼそりと呟く。


「……落とし穴だ。第一の壁と第二の壁の間に仕掛けていた」


 聖哉を振り返ると、片手を北方に伸ばしていた。


リペア・アイアンウォール鉄壁再生……」


 言うや否や、遠く離れた町境で、キリング・マシンに突破された壁の穴が瞬時に修復する!


「き、機皇兵団が修復された壁によって分断されました!」


 兵士の言う通り、落とし穴に落とされたキリング・マシン数百体と、第一の壁の修復によって後続の部隊とが別たれていた。いつの間にか落とし穴は塞がり、平地と化している。聖哉の仕掛けたトラップにより、ほぼ三分の一のキリング・マシンを生き埋めに出来た訳だが、それでもジョンデの顔は厳しい。


「壁を再生しても、一時凌ぎにしかならん! 奴らまた、修復された壁を破壊して突入してくるぞ!」


 ジョンデの言うように、外壁の向こうにいるキリング・マシン達は再度、壁を壊そうと攻撃を続けている。だが……今度は壁はビクともしない!


「ど、どうして? さっきは簡単に突破されたのに?」


 私は狐に摘まれたようになって聖哉に尋ねる。


「先程、突破された壁はあえてもろくしてあった。そして現在、本来の硬度に戻したという訳だ」

「はあっ!? 一体何の為に!?」


 聖哉は答えず、踵を返して、塔から下りようとした。


「聖哉!? 待って!! 何処に行くの!?」

「今日はここまでだ」

「ここまで、って!? 壁の向こうにはまだキリング・マシン達がいるわ!! どうすんのよ!?」

「問題ない」


 修復された壁に穴を開けるのは無理と考えたキリング・マシン達が、互いに山のように積み重なり、壁の頂上を目指そうとしている……が、第一の壁は外側に向かい反らされた形状の為、上ることが出来ない。そして土台を作ることに夢中になっているキリング・マシン達を横からゴーレムが追撃する。


「ええっ……!!」


 その様子を見て、私はまたも喫驚する。今まで能力で劣ると思われていたゴーレム達がキリング・マシンを圧倒していた! ゴーレムにまとわりつこうとするが両腕を軽く振るうだけでキリング・マシンが吹き飛び、ひしゃげ、地面にくずおれる!


「これがゴーレム本来の力だ。十分もあれば掃討する」


 ジョンデも私同様、困惑していたのだろう。塔から去ろうとする聖哉の肩を掴み、詰め寄った。


「お、おい! 説明しろ! 全く意味が分からんぞ!」


 ……ゴーレムの実力を隠した上で、壁を脆くし、キリング・マシンにあえて突破させ、落とし穴に入れた後で壁を再生する――た、確かに全く意味が分からない!


「説明しろというのに! 今さっき、お前が取った行動は一体何なんだ?」


 しつこくジョンデに聞かれ、聖哉は面倒くさそうに言う。


「より確実なる勝利の為、落とし穴によって捕獲したキリング・マシンをこれから分析、研究する。以上だ」

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