第八十八章 イレギュラー

 私達の居る場所から数十メートル離れたターマイン南方の壁付近。見上げる程に巨大な私とギガント・オクセリオが向かい合っていた。


「せ、聖哉……!! お、お、おおタルテって……!?」

「大タルテは、土魔法を駆使して作成した超巨大土人形だ」

「いや、だから何で私の格好なの!? ゴーレムの姿でいいじゃんか!!」

「全長50メートルを超える土人形を作るにあたり、魔力だけでは不可能だった。故に今回、これを使用したのだが……」


 聖哉が胸元から取り出した物体を見て、私は驚愕する。金色に輝く藁人形のようなそれは忘れもしない――


「リスタル人形!?」


 私がかつて聖哉の為に、自らの毛を抜いて作った合成用の恥ずかしい人形であった。


「この人形を触媒として使うことで、土人形の巨大化に成功した。ただそのせいで、ヴィジュアルがお前になってしまったのだ」


 私をそのままバカでかくしたような巨大な土人形『大タルテ』には勿論、ブッたまげた。しかし、この時、私は全く別のことに驚愕していた。


「あ、あの……私、そのリスタル毛人形、聖哉にあげた覚えないんだけど……!!」


 ゲアブランデ攻略の際、ヴァルキュレ様やマッシュ、エルルに「不気味」「ヤバい」「マジかよ」と気味悪がられた人形である。もう二度と作るつもりはなかったし、実際作ってなどいない。


 聖哉は、さも当然のように言う。


「うむ。例によってお前が寝ている間に髪の毛をむしって作った」

「お、お前……!! また、やったんか……!!」


 怒りよりも、激しい不安に襲われた。リスタル毛人形を作るのにどれだけ大量の髪の毛が必要か私は知っている。おそるおそる自分の頭を撫でてみた。


「あああっ!? つむじの辺りの毛が、かなり少なくなってる!!」


 叫ぶが、聖哉は普段通りの顔付きだ。


「不満や文句は一切聞かん。何度も言うが、全ては世界を救う為にしていることなのだからな」

「ぐぐぅーーーーっ!!」


 唸りながら歯を食い縛る。「このストーカー、髪の毛返せ」と罵ってやりたいが、聖哉の言う通り私の毛髪が無ければ、ギガント・オクセリオに対抗しうる巨大土人形は作成出来なかったのだ。


 深呼吸をして、憤りを堪えながら『大タルテ』を見詰める。この巨大な私が、ギガント・オクセリオを倒してくれるのだ、私の髪の毛は無駄じゃなかったんだ……そう信じながら。




 ギガント・オクセリオは突如、現れた巨大な私を警戒し、攻撃態勢をとったまま動かなかった。対する大タルテも、大きく長い腕を胸の前で構え、ファイティングポーズを取っている。


 そして……オクセリオが遂に動く。四本あるうちの一本の腕を大きく引くや、その巨体からは想像出来ない速度の拳を大タルテに向けて放った!


『ゴッ』


 オクセリオの強烈な拳が大タルテの顔にめり込む! 刹那、大タルテの口から、


『へぶっ!!』


 ターマイン周辺に響き渡る間抜けな声が発せられた!


「!? 聖哉!! 大タルテ、『へぶっ』って言ったよ!?」

「他の土人形と同じく、簡単な言葉は喋れる仕様だ」 

「そ、そうなんだ……ってか今、おもっくそ殴られたけど!?」

「安心しろ。耐久性はゴーレム以上。多少、殴られても全く平気だ」


 しかし、その後もオクセリオのラッシュが続く! 四本腕をフルに活かし、大タルテに殴りかかっている! 大タルテのガードの隙間を縫って、拳が体中にヒットする!


『へぶっ』


『おひっ』


『うげっ』


 殴られる度、大タルテは私の声で叫び続けた。


「聖哉!! メチャメチャしばかれてるけど、大丈夫!?」

「大丈夫だ」


 ほ、ホントに……!? だとしても、まるで私自身が殴られてるようで、心が痛いんだけど……!!


 ギガント・オクセリオにされるがままに思えた大タルテだったが、ラッシュの終わった隙を突き、オクセリオに抱きつくようにして四本腕ごと押さえ込んだ!


「おおっ!? 反撃したわ!!」


 オクセリオが羽交い締めから逃れようとするが、大タルテは離さず、締め上げる!


「す、凄い……! 力じゃあギガント・オクセリオに勝っているじゃない!」


 よっし、形勢逆転よ……そう思った刹那、私はとんでもないことに気付く。


 がっぷり四つの体勢でオクセリオと組み合う大タルテのドレスの裾が捲れ上がり、純白のパンティーが露わになっている!


「!? ウォォォイ!! パンツ、丸見えだけど!?」


 聖哉は面倒くさそうに言う。


「別にアレはお前自身ではない。気にする必要などあるまい」

「ぱ、パンツ見えてんのに気にするな、って言われても……!!」

 

 しかもあの下着! 普段、身に付けているのを、そのままおっきくしただけで変わらない! 何でこんな無駄にクオリティ高いのよ、大タルテはっ!


 ふと気付くと、ジョンデがアゴに手を当てて、大タルテを見上げていた。


「ふむふむ……ほほう……」

「どこ見てんのよ、このエロゾンビ!!」

「ど、どうして俺にキレるんだよ!? 俺は戦況を見守っているだけだ!!」

「嘘!! 私のパンツ、ジーーーッと見てたじゃない!!」


 ジョンデとワチャワチャ言い争っていると、力を溜め、どうにか大タルテの羽交い締めから逃れたオクセリオが、大タルテから離れて距離を取った。


 そして『ガシャン』と機械音を上げ、オクセリオの腹部が開く。中から射出口のようなものが数基、見えた。


「あ、あれは……?」


 私が呟いた瞬間、そこから幾状もの光線が大タルテに放たれる!


 ……眩い光に一瞬、私は目を閉じてしまう。次にまぶたを開いた瞬間、私はブッ倒れそうになった。


 光線を喰らっても大タルテは立っていた。聖哉の言った通り、耐久性は尋常ではない。だが……光線により、大タルテの髪の毛はチリチリ! 服もところどころが焼け落ちていた!


「聖哉ああああああ!! 髪の毛チリッチリで、服も破けてるよおおおおお!!」


 しかし、私の思っていることと聖哉の考えていることは根本的に違った。


「案ずるな。まだまだ大タルテには余力がある」

「だから、そういう話じゃなくて!! わ、私の胸が!!」


 破けたドレスからオッパイが飛び出している! 先っちょに申し訳程度にドレスの切れ端が付いているだけで、ほぼ全開だ!


「……気にするな」

「!? 気にするわ!! オッパイ、飛び出てんだぞ!!」

「しつこいな。アレはお前ではないと言っているだろうが」


『だから、形も何もかも私のオッパイそのまんまなんだよ』――とは恥ずかしくて言えない。


 羞恥のあまり、体が火照ってくる。気付くと、私の隣でジョンデが鼻を伸ばしていた。


「はぁはぁはぁ……! こ、これはなかなか……!」

「!? テメーッ、やっぱり見てんじゃねえか!! 目、潰したろか、オラァー!!」

「く、口が悪すぎる!! アンタ、本当に女神!?」


 またしても私とジョンデが言い争っている最中、防戦一方の大タルテを見て、聖哉がぼそりと呟いた。


「姿形はあんなだが、能力はパワーアップした巨大ゴーレム――なのに予想よりもスペックが低く感じる。外見に影響されて、劣化したのだろうか?」

「どういう意味だよ!!」


 辱しめに加え、失礼な言いぐさに激怒するが、ふと戦況を窺えば、しばかれている大タルテもまた同じようにその顔を紅潮させている。口をへの字に曲げ、怒りの表情の大タルテは何と、次の瞬間、地鳴りのような声を辺りに轟かせた。


『もう……怒ったぞォ……!!』


 ソレを聞き、私は驚いて叫んでしまう。


「せ、聖哉!! 今、大タルテ『怒った』って言ったわよ!?」

「ああ、言ったな」


 その後、真剣な表情で拳を構え、睨むようにオクセリオを見据える大タルテ。


 ――まさか……必殺技でも繰り出すというの!?


 期待した瞬間、


『ゴッ』


 大タルテの頬にまたもオクセリオの拳がヒットした!


『へぶっ!!』


 先程のように大タルテが叫ぶ! 同時に私も聖哉に叫ぶ!


「いや必殺技、出すんじゃないの!? 思わせ振りに『もう怒ったぞォ』とか言ったのに!?」

「言っただけだ。大タルテに必殺技などない」

「!! じゃあその台詞、意味なくない!?」

「俺の意志とは別に、勝手にそういう仕様になったのだから仕方あるまい」


 聖哉も何やら不満らしく、小さな溜め息を吐き出す。


「自分の思い通りのモンスターを生み出すのは難しいものだ。時にはイレギュラーも発生する。言葉を話す、あのキリング・マシン――キリコのようにな」


 聖哉が示した指先を見て、私は驚く。


 いつの間にかキリコがオクセリオと大タルテが戦っている場所へと駆けていた。


「き、キリちゃん!?」


 咄嗟に私は後を追いかける。キリコは大タルテの足下で止まり、そこからオクセリオを見上げながら、少女のような声を張り上げた。


「お父様! もう争いはおやめください!」


 気付いたオクセリオの目がキリコに向く。


「言語を解するキリング・マシンか。魔王様は会話可能なタイプは私だけだと仰っていたが……」


 感情の伴わない、赤い光源のような機械の視線がキリコを射抜くように輝いた。


「お前など製造過程で発生した、ただのイレギュラー。つまり私にとって数万ある内の目と耳に過ぎない」

「そ、そんな……!! お父様……!!」


 キリコにとっては辛い台詞だろう。だけど、私はその言葉に安堵する。


 ――ってことは、やっぱり聖哉の推測通り、オクセリオはキリちゃんだけじゃなく、全てのキリング・マシンの感覚器官を共有出来たんだ!


 キリコのスパイ容疑はこれで完全に晴れた。だが、オクセリオは次に驚愕の事実をキリコに告げる。


「何が『お父様』だ。お前の本当の親など、とうに死んでいる。お前のような汎用型キリング・マシンは魔王様によって作られた。そして、その根源となる核は、殺した人間の魂を動力としているのだ」


 キリコが体を大きく震わせた。


「つ、つまり、私は元は人間……!? 本当のお父様もお母様も人間で……そして、もう、な、亡くなって……!?」


 私もキリコと同じように激しく狼狽する。


 ――何てこと!! それじゃあ、今まで聖哉が倒したキリング・マシンは……!!


 いつの間にかジョンデも聖哉も私の傍にいる。オクセリオの巨大な赤い目がキリコから聖哉の方に移った。


「そうだ。勇者よ。ゴミクズのようにお前が破壊した一万を超えるキリング・マシン達は、元はこの世界で暮らしていた人間だ」


 驚愕の事実に私もジョンデも凍り付く。


「う、嘘だろ……!」

「せ、聖哉……!」


 聖哉のメンタルが心配で振り返る……だが、勇者は顔色一つ変えてはいなかった。


「世界を救う為に多少の犠牲は当然。俺は全く責任など感じていない」


 オクセリオが抑揚のない声を発する。


「感情を揺さぶろうとしたのだが……どうやらお前は我々、機械に近いようだ」


 逆に機械である筈のキリコが耐えきれなくなったかのように「ううっ」と、地面に手をついて、うずくまった。


「キリちゃん!! 大丈夫!?」


 私はキリコに駆け寄り、背中をさする。キリコの鉄の背中は冷たかったが、ある意味、聖哉よりも人間らしいと思えた。


 オクセリオが遙か頭上から、何の動揺もなくプラチナソードを構える聖哉を見下ろしている。


「それにしてもお前の方から出てくるとは。我が軍は壊滅したが、お前さえ倒せば問題はない。魔王様は喜ばれるだろう」


 聖哉が「フン」と鼻を鳴らした。


「俺が此処にいるということは、こちらの勝利は最早120%動かないということだ」

「私の計算ではそうでもない」


 そしてオクセリオの腹部が開き、射出口を覗かせる。


CH・レーザー魂魄破壊光線


 先程とは色の違う、黒き光線が聖哉に向けて発射される。禍々しいその光が、私と聖哉の魂を消滅させるチェイン・ディストラクションを孕んでいることは明らかだった。


「聖哉っ!!」


 私は叫ぶが、聖哉は冷静に呟く。


「盾となれ。大タルテ」


『あい、あーい!』


 途端、間抜けな声を響かせて、大タルテが聖哉と私達の前で、両手を開いて立ち塞がる。大タルテが巨大な壁となり、私達を守ったのだ。


「だ、大丈夫? 大タルテ……?」


 心配になって自然とそんな言葉が漏れた。すると、何と私の言葉に反応するように大タルテが返事した。


『平気平気! 全然平気ダヨーーー!』


 親指を立てて振り向いた大タルテを見て、私は気絶しそうになる。


 今の攻撃のせいで、胸にかろうじて残っていたドレスの切れ端が完全に無くなり、オッパイ全開! 上半身、素っ裸であった!


「!? 一体、どこが平気だああああああああああああああああああああ!!」


 私は咄嗟にジョンデに近付き、両手で頭部を掴むと、首を捻った。


「な、な、な、何すんだ!? 首が取れるだろ!!」

「見ぃるなああああああ!! 見たらブッ殺すぞ!!」


 アンデッドの首を引き千切るくらいの力を込めると、ジョンデは苦しそうに叫ぶ。


「み、見ない!! 見ないからやめてくれ!! そ、それより大変だ!! 勇者が、勇者が消えたぞ!!」

「……ええっ!?」


 その言葉で私は正気に戻る。振り向けば確かに聖哉がいない。


「嘘!? 今の今まで此処にいたじゃない!! 一体何処に!?」


 大タルテの陰からオクセリオを窺う。次の光線を発射しようと射出口が輝いている。


 ――ま、まさか聖哉……大タルテのガードの外に行ったの!? だ、ダメよ!! 危険すぎる!! あの光線を浴びたら、私も聖哉も死んじゃうんだよ!?


 だが。オクセリオの腹部から光線が出るより早く、私の耳に聞き慣れた声が届いた。


「……ステイトバーサーク・フェイズセカンド状態狂戦士・第二段階


 声のした方は、私の遙か頭上。視線を空に向ければ、チリチリでアフロのようになった大タルテの頭部から何かが飛び出した。


 それは赤きオーラをまとった勇者だった。


「!! いやアンタ、どっから出てくんの!?」

「『巨大な敵に俺の攻撃を届かせる為の足場』――これこそが大タルテの本当の使い道だ」


 そう言いながら宙を舞い、聖哉はオクセリオの頭にプラチナソードを叩き付けた。

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