第九十章 新しい仲間

『ダメだ』と断られることもなく、さりとて『いいぞ』とも言われず、聖哉は黙ったまま私の顔に目を向けていた。喜怒哀楽が読み取れない表情で見詰められていると、何だか背中にイヤな汗が滲み出てくる。


 ――いやちょっと、何でもいいから喋ってよ!! メチャメチャ気まずいんですけど!?


 その時、私の陰に隠れていたキリコが一歩、前に出た。


「な、何とかお願い出来ないでしょうか!? 邪魔にならないように頑張りますから!! えっと、私、お二人と一緒に冒険して、それからあの……リスタさんみたいな素敵な女性になりたいんです!!」

「キリちゃん……!」


 キリコはカタカタと小刻みに震えていた。もう聖哉の恐ろしさは充分、分かっている筈。なのに少女の魂を持ったキリング・マシンは勇気を振り絞ってそう叫んだのだ。それを目の当たりにして、私の覚悟は定まった。


 フフッ。こんなの見せつけられたら、私も本気を出すしかないじゃない。……いいでしょう! さぁ、やるわよ! 摩擦熱で発火する程にオデコを地面にこすりつける『リスタルテ・スーパー土下座L・S・D』を!


「聖哉様ぁっ!! 何卒、何卒、よろしくお願い申し上げたく、」


 だが、私が四つんばいになった瞬間、


「……いいだろう」


 耳に聞こえた聖哉の返答に私の時間は停止した。しばらくして、ようやく状況を飲み込む。


「えええええええっ!! そんな簡単に!? ゲアブランデの時は、エルルちゃんとマッシュを連れて行くのをあんなに拒んだのに!?」

「以前は人間だったかも知れんが、コイツはもはやモンスター。そしてモンスターならいつ何処で、くたばっても安心だ。それが同行を許した理由だ」


 血も涙もない理由に私は愕然とするが、それでもキリコは手足をバタバタさせて喜んでいた。


「嬉しいです!! 私、一生懸命、頑張ります!!」

「とりあえず荷物を持て」

「はいっ! 喜んで!」


 嬉しそうに荷物を担ぐキリコ。そして私は、つまらなそうな顔の勇者を見ながら思う。


 ……何だかんだ言いつつ、聖哉だってキリコの置かれた状況が分かっているのかも知れない。イクスフォリアで自分達の元を離れれば、キリコがどんな目に遭うか分からない。だから聖哉はきっとキリコを連れて行くことにした――いや、実際のところ、よく分からないけど。私自身がそう信じたいだけなのかも知れないけど。


 やがて、傍で成り行きを見守っていたジョンデが私達に近付いてきた。


「それで、お前達はこれからどうする? 南の怨皇セレモニクを倒しに行くのか?」


 だが聖哉は首を横に振る。


「いや。その前にやりたいことがある」

「やりたいこと?」


 聖哉に代わり、私は笑顔でジョンデに告げる。


「聖哉はね。今から神界に修行に行くのよ」

「ええっ!! 神界で修行!? このタイミングでか!? だ、だって普通、」


 私は、まくしたてるジョンデの肩を軽く叩いた。


「いやもう、そのくだりいいから。正直、飽きたから」

「!! 飽きたって何だよ!? 『くだり』とか俺、知らないけど!?」

「とにかく、まぁそういう訳だから、ちょっとだけ待っててね」


 神界への門を出し、聖哉とキリコと一緒に潜ろうとした時、ジョンデが私の前に立ち塞がった。


「だから大丈夫だって。たいして時間は掛からないから。一時間以内に帰ってくるわ」

「……そうじゃない」


 ジョンデは真面目な顔で言う。


「神界なら俺を一瞬で昇天させられる神もいるだろう。俺も連れて行ってくれないだろうか?」

「いや、もういいじゃん。ジョンデはそのままで」

「いいことあるか! いつ人間としての意識を失うか分からない半死人のままなんてイヤなんだよ!」


 元はといえば、私の力不足で昇天させられない訳だし、それに加えて、いつになく真剣な表情のジョンデを見て、


「……分かったわよ」


 私は頷かざるを得なかった。






 門を潜って出たのは、神界の広場。イクスフォリアの陰鬱とした空気とは打って変わった新鮮かつ爽やかな神界の空気に、私は大きく深呼吸する。


「どう? キリちゃん、ジョンデ! 素敵な所でしょ!」


 しかし振り返ると、キリコは頭を押さえ、ジョンデは見るからに苦しげな表情を浮かべていた。


「ど、どうしたの、二人共!?」

「急に気分が悪くなって……!」

「お、俺もだ……!」


 ――これってまさか、神界に満ちている神気にやられて!?


 邪気が無くても、二人がモンスターという事実に変わりはない。おそらく私の推測は当たっている。


 なら……解決策は一つしかない。


「着いてきて!!」


 私はキリコの手を取って駆け出した。





 カフェ・ド・セルセウスのテーブルに腰掛けながら、店主である剣神セルセウスを見上げながら、キリコもジョンデも楽しげに言う。


「すっかり気分が良くなりました! この人の周りからは神気が全く感じられませんね!」

「ああ、確かに落ち着くな! 人間の傍にいるのと全く変わらん!」

「!! 一体どういう意味だああああああ!?」


 セルセウスは激しく憤っていたが、私の予想通り、この場には神気がほとんどないのであった。


 神様なのに神気を全く発散していないセルセウスに、私はニヤリと笑う。


「まぁまぁ、良かったじゃない! 『落ち着く場所』なんて言われて! 喫茶店の店長冥利に尽きるじゃないの!」

「嬉しくないわ!! それとこれとは意味が違うだろ!! 大体、リスタ!! お前だって全然、神気が出ていないからな!!」

「へっ!?」


 キリコがコクコクと頷く。


「確かにリスタさんの近くにいても全然苦しくありませんね……」

「う、嘘でしょ、キリちゃん!?」


 私が叫んだその瞬間。キリコもジョンデもまるで太陽を見た時のように「うっ!」と呟き、同時に手で顔を覆った。


「……まぁ、リスタもセルセウスも元々、人間から転生してそんなに時間が経っていないもの。仕方ないわよ」


 聞き慣れた声に振り返ると、先輩女神のアリアが佇んでいる。そしてキリコとジョンデはアリアが発する神気が眩しくて直視出来ないようだった。


 そ、そっか。私達、前世が人間だから神気が少ないんだ。でもセルセウスと同じって何かヤダなあ……。


 私が凹んでいるのに気付いたキリコが励ますように言う。


「でも、リスタさんと一緒にいると、私、楽しくて幸せな気分になりますっ!」

「ああ……! キリちゃん……!」

 

 愛おしくなって、キリコを抱きしめていると、ジョンデがアリアに話し掛けていた。溢れる神気からアリアが高位の女神だと悟ったのだろう。


「見ての通り、俺はアンデッド状態だ。それで自分を昇天させてくれる神を探しているのだが……アナタには可能だろうか?」


 アリアは申し訳なさそうに首を振る。


「アンデッドを安らかに昇天させるには、治癒の力――もしくは光の力が必要よ。リスタは現在、本来持っている治癒の力を解放出来ない。そして光の神は今、他の異世界救済中でいないのよ」


 無論、私と聖哉だけでなく、神界にいる神々も勇者召喚して異世界を救っている。光の神はその最中らしかった。


 難しい顔で押し黙るジョンデに、アリアが微笑む。


「そんなに急いで昇天しなくても、良いんじゃないかしら?」

「しかし、いつ何時、人間としての意識が無くなるかと思うと……」

「私が見る限り、アナタの脳はアンデッドに浸食されていない。少なくともあと数年間は大丈夫よ。保証するわ」

「ほ、本当ですか!」


 アリアの言葉にジョンデは顔を綻ばせた。


「よかったじゃない、ジョンデ!」

「あ、ああ、そうだな! ならば、しばらくこの状態のまま、ターマインの復興に専念しても良いかも知れん!」


 ジョンデが消えずに傍にいればカーミラ王妃も喜ぶだろう。そして、王妃が喜ぶのは私としても嬉しいことだ。


「ってことで、決まりね! キリちゃんもジョンデも、聖哉の修行が終わるまで、しばらくセルセウスのカフェで待っていてちょうだい!」


 ジョンデもキリコも頷いたが、セルセウスは不満をこぼす。


「おいおい。勝手に決めるなよ。何で俺がモンスターの面倒なんか見なきゃならないんだ? こっちは一人で店を切り盛りしてるんだぞ?」


 今日はアデネラ様の姿すらなく、より一層閑散として見えるが、それはあえて言わないことにして、私はセルセウスに提案する。


「だったら、キリちゃんとジョンデに店を手伝って貰ったらどう?」

「手伝うって、コイツらはモンスターだろ」

「あら、知らないの? 今、巷じゃあ異世界の可愛いモンスターが流行ってるのよ? 冒険をそっちのけでモンスターと『もふもふ』したりする勇者だって、いるんだから!」

「確かにお前の言うような『もふもふ』出来る可愛いモンスターなら、店のマスコットキャラに良いかも知れん。だがな、」


 セルセウスはプルプル震えながら、キリコとジョンデを指さした。


「コイツらを見ろ! フルメタルボディの魔導兵器に、無駄に筋肉の付いたアンデッド! 『もふもふ』どころか『カッチカチ』じゃねえかよ!!」


 叫んだセルセウスに聖哉が厳しい目線を向けた。


「セルセウス。俺は忙しい。グダグダ言わずに、さっさとこいつらを預かるがいい。というか、預かれ」

「い、いや、でもだって、いくら聖哉さんのお願いでも、それはちょっと、」


 よほどイヤなのだろう。セルセウスは珍しく反論していた。すると聖哉は面倒臭そうな顔で地面をつま先でコンコンと突く。足下の土が隆起した。


「仕方のない奴だ。ならば、この『ばくだんロック』もセットで付けてやろう」


 地中から現れた後、ニヤニヤと不気味に笑うばくだんロックを見て、セルセウスが絶叫する。


「コレに至っては『もふもふ』どころか、もう完全に岩だよね!? それからあと名前からして絶対、爆発するよね!?」

「そうだ、セルセウス。爆発が良いか、コイツらを預かるのが良いか、どちらか一つ選べ」

「!! 急に脅迫してきた!? この勇者、相変わらず酷すぎる!!」


 脅されたセルセウスは渋々、二人を預かることを承諾した。その後、ようやく聖哉はアリアに本来の用件を切り出す。


「それではアリア。次の敵に対抗する為の修行を開始したいのだが」

「ええ。私の知っている神ならすぐに紹介するわ。だけど、」


 不意に、アリアは言葉をつぐんだ。しばらく黙った後、私を見て微笑む。


「その前にリスタ。今、イシスター様から連絡があったの。神殿でアナタを待っていらっしゃるそうよ」




 

 ……アリアに聖哉を任せた後、私は一人、神殿内を歩く。そして扉をノックして、イシスター様の部屋に入った。


 千里眼を持つ、統一神界最高位の大女神は、今日も椅子に腰掛けて穏やかな笑みを浮かべつつ、


「竜宮院聖哉は獣皇グランドレオンに続き、機皇オクセリオも倒したようですね」


 私が報告する前に、そう言った。


「そ、そうなんです! ちょっと危なげに思えましたけど、実はそれも聖哉の演技で……結局、オクセリオには圧勝でした!」


 興奮して話すとイシスター様は「ほほほ」と笑った。


「一年前の魔王のステータスを超えたグランドレオンを直接戦闘で倒したのでしょう? ならばもうイクスフォリアで、あの勇者に敵う敵はそうそういない筈です」


 イシスター様に言われて、ハッと気付く。冷静に考えれば当然のことを私は今の今まで気付かなかったのだ。


 そうよ! 機皇戦で焦ったりする必要なんてなかったんだ! グランドレオンを倒したってことは、今のままの状態でも魔王戦までは余裕ってことじゃない!


「もはや竜宮院聖哉は、人間としての能力を遙かに超えていますね」


 イシスター様はニコニコと微笑んでいる。何だか自分が褒められている気がして、私も嬉しくなった。だが、


「本当に、数ある勇者の中でも確実に五本の指に入る強さです」

「……え」


 イシスター様の言い回しに違和感を覚えて、おずおずと尋ねてみる。


「あ、あのう……聖哉より強い勇者っているんですか?」

「統一神界の歴史は長く、そして深い。竜宮院聖哉を上回る勇者も存在しますよ。まぁ強ければ良い、というものでもありませんが……」


 女神として私よりずっと経験豊富なアリアもアデネラ様も、聖哉のような勇者はこれから先も後も現れないと口を揃えて言っている。 


 ――なのに、聖哉を超える勇者がいるっていうの!?


 私としては、凄く興味があったのだが、


「今はその話は置いておきましょう」


 イシスター様はやんわりと話題を変えた。


「獣皇グランドレオンと機皇オクセリオ。強大な魔力を持つ二体を倒したことで、イクスフォリアを覆う靄はずいぶん晴れました。そこでアナタに伝えておきたいことがあります。我々、統一神界の神が勇者に加護を与えるように、魔の者に邪悪な加護を与える存在がいるのは知っていますね?」

「それって……邪神のことですか?」

「その通りです。そして統一神界の神々にルールがあるように、邪神にもルールがあります。我々が直接、異世界に君臨する魔王を倒せないように、邪神も勇者に手を出すことは出来ないのです」


 ――私達が勇者を召喚し、サポートして間接的に魔王を倒して貰うように、邪神は魔王にパワーを与えて勇者を倒すってことね。イクスフォリアにいる邪神が直接、聖哉に危害を及ぼすことはないってことか……。


「それでも気を付けてください。私の予知や千里眼を阻んでいることから、イクスフォリアに巣くう邪神は、大変恐ろしい力を持っていると考えられます。そして、その邪神の加護を受け続ける魔王アルテマイオスが一体どのような変化を遂げるのか……正直、私にも想像がつきません」


 近未来を見通せるイシスター様すら想像出来ないと聞いて戦慄してしまう。


「リスタ。もしも、その邪神の名や特徴などが得られれば、私に教えて欲しいのです。どんな邪神が分かれば対策も立てられますからね。まぁ邪神が自ら名乗ったり、姿を見せることは稀でしょうし、難しいとは思いますが……」

「は、はい! 何か分かったら必ず連絡します!」

「頼みましたよ」


 その話が終わった後で、イシスター様がぽつりと呟く。


「それから……アナタが神界に帰ってきたと同時に、モンスターの気配も入ってきました。アンデッドにされた兵士と、人間の魂を持った魔導機械のようですね」

「あ! す、すいません! モンスターを神界に入れてしまって!」


 怒られるかと思って、咄嗟に頭を下げるが、イシスター様は静かに首を振る。

 

「いいのですよ。両者共、悪しき気配は全く感じませんから」

「はい! キリちゃんは凄く良い子で、ジョンデも比較的まともなアンデッドなので……あ、ちょっとエロいけど!」

「袖触れ合うも多生の縁と言います。縁を大事にするのは人間にとっても、また我々、神にとっても必要なことだと思います」


 ――うん。実際、ジョンデは私が人間だった時、お世話になってたみたいだしね。そういう人とまた一緒にいるってのは確かに不思議な縁を感じるなあ……。


 なんて妙に感慨深く思っていると、イシスター様が机に置いてあった毛糸玉を手に取った。どうやら趣味の編み物を始めるらしい。


「話は以上です。それではアナタ方の旅の無事を祈っております」

「ありがとうございます! 失礼します!」


 一礼して部屋を出て行こうとすると、


「……リスタルテ」


 不意にイシスター様が私を呼び止めた。振り返ってみて驚く。イシスター様の顔が珍しく憂いを帯びているように感じたからだ。


「後で竜宮院聖哉に一人で此処にくるよう、伝えてくれませんか?」

「聖哉一人で、ですか? はぁ……分かりました。伝えておきます」


 少し不思議に思いながら、そう返事を返した時。イシスター様は普段通りの柔らかな微笑を顔に湛えながら、編み物を再開していた。


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