第九十一章 金神

 イシスター様の部屋からカフェ・ド・セルセウスに戻ると、まだ聖哉とアリアが立ち話をしていたので驚いてしまう。


 あれっ!? 聖哉のことだからとっくに修行を始めてると思ったのに!!


 おかしなことはまだあった。聖哉がアリアに対し、あからさまに不満な表情を浮かべていたのだ。


「本当にどうにもならないのか? 一日百時間、練習したとしてもダメなのか?」

「何度も言うけど、こればっかりはいくら聖哉でも無理よ……」


 押し黙る聖哉に、私は笑いながら近付いていく。


「ねえ、聖哉! 一日は二十四時間だよ!」


 聖哉は私を見て、短く溜め息を吐いた。「?」と思っていると、アリアが代わりに説明してくれる。


「リスタ。聖哉は呪いを防ぐ力を持つ神と修行したがっていたの。でもそれが出来ないから困っているのよ」

「呪いを防ぐ神?」


 するとジョンデが横から口を挟む。


「南の大陸クレスにいる怨皇セレモニクは『歩く災禍』と呼ばれ、強力な呪いをかけてくるという噂だ。どういう類の呪いか、詳しいことは分からんがな」


 ああ、つまり聖哉は次のセレモニク戦に備えた技を取得したがってる訳ね。


「でもアリア。聖哉が習得出来ないなんて、どうして?」

「いくら努力してもどうにもならない分野もあるわ。たとえば聖哉がどれだけ修行したとしてもリスタの持つ『治癒』の魔法は使えない。それは努力や才能とはまた違う『特性』の問題なの。そして呪いを防ぐ力は、リスタの治癒魔法と同じ系統の力なのよ」

「なるほど、そっかー。それは残念だったね……」


 呟きながら、私は気付く。


「待って!! だったらその技、私が習得すればいいんじゃないの!?」

「え、ええ。私もそれを聖哉に勧めたんだけど、嫌がるのよね」


 聖哉は、私と目も合わさず吐き捨てるように言う。


「やめておけ。どうせいつも通り、ろくな結果にならん」

「そんなの分かんないじゃない!!」

「分かる。お前がやったことで役に立ったことなど今までにない」

「それはまぁ……そうかも知れませんけれども……!」


 ぐうの音も出ない私を置いて、聖哉は踵を返す。 


「とにかくこうなった以上、プランを変更するしかあるまい」


 そう言って、とっとと歩き去ろうとする聖哉に私は叫ぶ。


「あっ、聖哉! イシスター様が呼んでらしたわ! 後でお部屋に行ってよね!」


 歩きながら面倒臭そうに無言で片手を上げる。素っ気ない態度だが、聖哉の性格からして必ず後でイシスター様のもとへ行く筈だ。


 しばらくしてアリアが苦笑いする。


「まぁ……聖哉のことだから、呪い封じに代わる新しい手段をすぐに見つけるでしょうけど」


 それでも私は腑に落ちない。だって私がその技を身に付ければ、万事解決するのに!


「アリア! やっぱり私、やりたいよ! その技、身に付けたい!」 

「えっ! でも聖哉が……」

「もしも、聖哉が代わりの技を身に付けられなかった時の為よ! 私が呪い封じを習得した後、それでも聖哉が自分で何とか出来そうだったら、私は何もしなければいいんだから! でしょ?」

「それはまぁ……そうね」

「紹介して、アリア! 呪い封じの神を!」


 私の真摯な訴えにアリアはやがてコクリと頷いた。瞬間、私の心は燃え始める。


 今まで聖哉の修行中、私は基本的に弁当を作っていただけ! 勇者のサポートというよりまかない担当だった私が、遂に日の目を見るチャンスがやってきたのだ!


 ようし、やってやるわ! 呪い封じの技を身に付ければ今度こそ本当に聖哉の役に立てるんだもの!


 興奮している私にアリアは真剣な眼差しを向けてきた。


「なら、リスタ。部屋から、ありったけのお小遣いを持ってきて」

「お小遣いね!! うん、分かったわ……って、何で!?」





『いい、リスタ。呪い封じは光の神に教えて貰うのが本来、一番適切なんだけど、光の神は今、異世界救済中。加えて、第二候補の輝明神ダズマ様もお留守。だから第三候補の金神こんじんバルドゥルを紹介するわ。実は、私もあまりよく知らない神なんだけど……』


 私は今、広い神緑の森の中を歩いていた。アリアに教えられた通り、弓の女神ミティス様や、戦神ゼトのいる帰らずの井戸とは逆方向に進んでいく。


 やがて森が開けて、私の目の前に現れたのは、瓦屋根の屋敷だった。 


 統一神界の建物の多くは、聖哉の世界で言うところの中世の西洋建築に近い。しかし、この屋敷はまるで日本にあるお寺のような外観で、少し場違いな感じの建物だった。


 錦鯉のいる池を横切り、木で出来た扉をカラカラと開く。


「すいませーん……」


 目の前に広がるのは一面の畳。一体、何十畳あるのだろう。稽古場のような場所の奥には東洋の祭壇らしきものがあり、そこで誰かが座禅を組んでいる。


「あのう、失礼します。えぇと、金神こんじんバルドゥル様ですか?」


 私が呼びかけると、閉じていた目をうっすらと開く。


「……いかにも、私がバルドゥルでませ」


 そして、立ち上がって私の方にゆっくりと歩いてくる。妙な語尾のバルドゥル様は小太りで、中年のおばさんのような女神だった。金色に輝く派手な着物を羽織い、首や手には数珠や飾り物を沢山付けている。そのせいで、歩く度にチャリチャリと音を立てていた。 


「さぁさ、汝の悩みを打ち明けるのでませ」

「な、悩みというか、私、今、異世界救済中でして……それで、バルドゥル様に呪い封じの技を習得させて頂きたくて来たんです」


 するとバルドゥル様はニコリと微笑む。


「我が呪い封じの秘儀を持ってすれば、相手が呪いを使ってくる魔物なら、その呪いが発動しないように封じられるのでませ。また、相手が呪われし存在そのものなら、即座に消滅させることも可能なのでませ」

「ほ、本当ですか! すごい! 是非ともその秘儀を教えてください!」

「勿論でませ! 我が門下生となり、宇宙の力を得てくださいでませ!」


 ああ、よかった! 案外すんなり修行させて貰えそうだわ!


「それで、バルドゥル様。呪い封じの秘儀を身に付けるには、一体どのくらいの期間が必要なんですか?」

「それは、汝のお気持ち次第でませ。気持ちを見せてくださいませ」

「私、やる気だけは誰にも負けませんっ!!」


 今度こそ聖哉の役に立ってやる! そう思いながら、両の拳を胸の前でギュッと握りしめるが――途端、バルドゥル様の顔が曇ってしまった。

 

「いやだから、そうじゃなくて……『お気持ち』を表すでませ。まずはこのバルドゥルへの入門金として1000ゴッドン、お支払いくださいませ」


 人差し指と親指を合わせてお金のジェスチャーをしたバルドゥル様を見て、私は叫ぶ。


「えええっ!? 気持ちって、そういうこと!?」


 するとバルドゥル様はより一層、表情を固くした。


「汝は世界を救いたいのでませ!?」

「そ、そうですけど……! でも入門金とか、そんな……!」


 ちなみにゴッドンとは、この統一神界内で使える神貨のことである。私達神は基本、生活に必要なものは最高神ブラーフマ様の創造の力を借りて作ることが出来る。しかし、芸術の神が生み出したセンスの良い服、建築の神が作った豪奢な住処などを手に入れるにはそれなりに対価が必要となる。そこで神貨であるゴッドンで買い物をするという訳だ。


「入門金が支払えないなら、この話は無かったことにするでませ」


 バルドゥル様はそっぽを向いてしまった。


 ……私は財布の中を眺める。毎月イシスター様から貰えるのに加え、以前、異世界を救った時のご褒美として貰った金額、全て合わせて30000ゴッドン。


 私は財布から1000ゴッドン紙幣を抜いた。


「わ、分かりました。じゃあ、これ……」

「おおっ! お気持ち、ありがたく受け取るでませ!」


 引ったくるようにバルドゥル様は私から紙幣を受け取った。


 ま、まぁ1000ゴッドンくらいならいいや! さぁ、気を取り直して修行するわよ!


「それじゃあ、バルドゥル様! よろしくお願いします!」


 しかし、バルドゥル様は次に大きめの壺を私の前に持ってきた。


「この壺があれば更に呪い封じの神力が増大するのでませ! 今なら4000ゴッドンでご奉仕するでませ!」


 ――つ、壺……!?


 絶句していると、今度は小箱を取り出し、そこから沢山の小物を見せてくる。


「他にも呪い封じの数珠、指輪等々、呪い封じに役立つ神具を品揃え豊富にご用意しているのでませ!」


 ――こ、こ、この神って……!!


「あっ、他にも呪いでお困りの神々を知らないでませ? お友達の神に入門を勧めれば、汝自身も紹介料を得ることが可能! そうすれば芋づる式に神力が増大するのでませ!」


 無理矢理渡されたスタンプカードのようなものを見ながら私は思う。


 ――ダメだあああああああ!! このオバサン女神、うさんくさすぎる!!


 それに思っていた修行と全然違う。私は意を決して、スタンプカードを押し返した。


「いや神具の紹介とか、友人の斡旋とか、そんなの結構ですよ!! ってか、そもそも神界で得た物は人間の世界に持って行けないってルールありませんでしたっけ!?」

「購入した後、装着したり近くに置いておくだけで、壺や数珠の持つ呪い封じの力が汝に順応するのでませ! 神具を外して下界に行っても、その効果は三日ほど持続するでませ!」


 ほ、ホント……? 何だか全然信用出来ないんですけど……!


 訝しむ私に、オバサン女神は語気を強めた。


「とにかく神具の購入は呪い封じに絶対に必要でませ! それが無ければ修行には、ならないのでませ!」


 普段なら買わずに帰るところだが、グランドレオン戦で聖哉に多大な迷惑を掛けたことが私を踏みとどまらせた。


 ――これで聖哉の役に立てるなら……!!


 結局、総額29000ゴッドンを支払い、紹介された神具を購入する。お小遣いはほとんど無くなってしまった。


 買った指輪や数珠を装着し、壺を片手に持ってから私はバルドゥル様に言う。


「じゃあ今から修行ですね! よろしくお願いします!」


 しかし、バルドゥル様は私ではなく、私の差し出したゴッドンをうっとりと眺めていた。


「いや、修行はここまででませ」

「えっ……! そ、そんな……! だって……」

「購入と同時に修行は完了でませ。もう帰っていいでませ。毎度ありでませ」


 鼻歌交じりに、ゴッドンの勘定を始めた小太り女神を見て……私の怒りは遂に頂点に達した。


「ふざけんなテメーッ!! 何が『修行は完了でませ』だああああああ!! わたしゃ、数珠と壺、買わされただけじゃねーか!!」

「ヒイッ!?」


 胸ぐらを掴んで迫ると、オバサン女神が呻いた。


「ま、まるでヤカラのような口調……! 汝……結構ヤバい女神だったでませね……!」

「ヤバいとかアンタにゃ言われたかねえわ!! とにかくゴッドン返せ、インチキ女神!!」

「待つでませ! インチキとは流石に聞き捨てならないでませ!」


 そしてバルドゥルは駆け足で祭壇に近付き、供えられていた木箱を持ってくる。木箱から出てきたのは、着物を着た人形。聖哉の世界の市松人形に似ているかも知れないが、その髪は全長より長く、何だか不気味だった。


「この人形は毎晩髪の毛が少しずつ伸びるという、いわくつきの呪われた人形なんでませ」

「た、確かに禍々しい気配が漂っている気がするけど……何でこんなのが神界にあるのよ?」

「呪い封じの練習用にわざわざ取り寄せたものでませ。神具の力を得た後で、この呪われし人形に対し、このように呪文を唱えるのでませ……」


 そしてバルドゥルは数珠を人形に振りかざした。


「呪いよ! お去りくださいませ! ヘイヘーイ! ヘイヘイへーイ!」


 私は息を呑んで見守るが、何も起きない。はっちゃけたオバサンが声を張り上げているようにしか見えなかった。


 しばらくして、私はまたもバルドゥルの胸ぐらを掴んだ。


「ヘイヘイ言ってるだけじゃねーかよ!!」

「お、落ち着くでませ! 見るでませ!」


 やがて『バサバサバサ』という軽快な音と共に人形の黒髪が全て抜け落ちた。


「に、人形の……か、髪の毛が……!?」


 ツルツルのスキンヘッドになった人形を指さしながら、バルドゥルは満足げに言う。


「ほうら、呪いが解けたでませ! これぞ我が御技! 呪い封じの秘儀でませ!」

「ってか、人形ハゲただけじゃない!?」


 スキンヘッドになってしまった人形は、より一層、怨念を強くしているようにも思えた。


「人形はもう一体あるでませ! 汝も練習するでませ!」

「ええーーーっ……」


 似たような髪の毛の長い人形を前に置かれ、私は見よう見まねでやってみる。


「の、呪いよ、お去りください……へ、ヘイヘーイ……」

「もっと強く念じるでませ!! 気分をもっとアゲにアゲて!! ライブ会場でタオルをやたら振り回す観客のように!! あるいはステージからダイブして警備員に怒られる観客のようにノリノリで叫ぶでませ!!」


 !? 突然そんなマナーの悪い客になれと言われても!!


 私はやけくそ気味で数珠を振りながら、全力で叫んでみた。

 

「ヘイヘーイ!! ヘイヘイヘイヘへーイ!! ヘイヘヘへーイ!!」


 すると、『バサバサバサ』! 音を立てて、髪の毛が落ち、人形はスキンヘッドになった!


「やった、ハゲた! ハゲたわ!」

「はい、ハゲたでませ! おめでとうでませ!」

「い、いや、ちょっと待って!! 私、人形をハゲさせる技、身に付けただけじゃない!?」

「光の神力が発動した結果でませ! 汝はもう免許皆伝! これにて修行は終了! お疲れ様でませ! お帰りはあちら!」

「!! もう修行、終わりなの!? こんなのでホントに大丈夫!?」


 期間の短いのもさることながら、聖哉の修行と比べてクオリティがあまりにも低すぎる気がする。あと免許皆伝と言われても何の免許か分からない。


 失敗すること前提のフラグのような修行に納得出来ないまま、ちらりとバルドゥルを振り返ると、祭壇に跪き、真摯な表情で独りごちていた。


「ああ、ゴッドン。もっともっとゴッドンがいるのでませ。何がなんでも、どんなことをしてでも、とにかくゴッドンが必要なのでませ……」


 その様子を見て、流石に違和感を感じた。


 バルドゥルも神界に暮らす神の筈。なのに、このゴッドンに対する異常な執着は何なのだろう?


 気付けばバルドゥルは祭壇に置かれていた写真を眺めている。そこには息子のように若々しい男神が写っていた。


 ――ま、まさかこの男神って……バルドゥルの……?


 私はバルドゥルに尋ねてみる。


「ねえ、バルドゥル。どうしてアナタはそこまでしてゴッドンが欲しいの?」

「それは……」


 するとバルドゥルはニヤリと顔を歪めた。


「それは勿論、ゴッドンをいっぱい貯めて、バルドゥル御殿を更に増築する為でませ!! そしていつかこの写真のイケメン男神『アッポロン様』と此処で一緒に暮らすのでませ!!」

「!! 何だ、そのしょーもない理由!? 欲に塗れてんな、このオバハン!!」

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