第八十九章 大いなる希望
『単なる足場』という、しょっぱすぎる理由の為に髪の毛を大量にむしられたかと思うと、無性に殴りかかりたい衝動に襲われるが、それをしでかした犯人は今、私の近くにいない。
……遙か頭上。深紅のオーラに包まれた剣がオクセリオの頭部を連打し、おそらくは鋼鉄よりも固いだろう装甲を打ち砕いている。イクスフォリアでは浮遊のスキルは使えない筈なのに、身を翻しながら滞空するように体勢を保ち、攻撃を与え続ける。勇者の華麗な攻撃動作を目の当たりにしていると、私の怒りは薄れていくのだった。
攻撃を終えた聖哉が私の隣に降り立つと同時に激しい破砕音。まるで止まっていた時が動き出したかのようにオクセリオの頭部が損壊した。
「よ、よし! やったぞ! 致命傷だ!」
ジョンデの声に私も歓喜する。オクセリオの頭部は内部の導線まで露出、バチバチとショートして火花を散らしている。
もはや勝負あったかに思われた。だが、オクセリオは生物ではなく、機械。頭を半分失っているのに、動作に支障はない。次の瞬間、腹部の発射口から光が漏れる。
「聖哉!! レーザーが来るわ!!」
私と聖哉を殺しうる光線に焦って大声で叫ぶが、途端、耳をつんざく音と共にオクセリオの腹部が爆発する。そして巨体は激しい震動と一緒に崩れ落ちた。
「ええっ!?」
驚く私に聖哉が平然と言う。
「先程、奴に斬りかかる前、土蛇を射出口に侵入させておいた」
「ってことは、今の爆発は土蛇の仕業!? オクセリオのレーザーを暴発させたの!?」
「そうだ。すぐに攻撃に転ずる為とはいえ、腹部のハッチを開けたままだったのは悪手。ドアは開けたらきちんと閉めなければならない。ちなみに俺は外出時、玄関の鍵を掛けた後、本当に閉まっているか確かめる為にドアを三十回ほど引いてから出掛けることにしている」
「!! そんなに確かめるんだ!? ドア、壊れない!?」
一、二回で良いと思う。だが、それは今はどうでもいい。頭部半壊。腹部損傷。今度こそ、オクセリオを倒したと思ったのだが、慎重な勇者は首を横に振る。
「まだ終わってはいない。お前は大タルテの背後に隠れていろ」
「で、でも、流石にあれほどのダメージを受けたら、」
私の言葉の最中、くずおれたオクセリオが巨体を起こす。聖哉の言った通り、オクセリオは未だ動けるようだった。訥々ながらも言葉を発する。
「理論値……速度……先見性……」
「な、何を言ってるの?」
「おそらくは俺を分析しているのだろうな」
そしてオクセリオの目が輝く。
「対応……完了……」
次の瞬間、オクセリオの体に変化! 『ガシャン』という機械音を出して、手足が内部に吸い込まれるように消えた!
「ええっ!? 一体、何を!?」
亀のような姿になったオクセリオ。私は、その意図が掴めない。だが、すぐに気付く。オクセリオの背中に、腹部と同じレーザー発射口のようなものが、びっちりと現れているではないか!
――ま、まさか……!!
「……
全身を地に固定! 砲台のように変形させて、ギガント・オクセリオは背中からレーザーを乱射した! 目も眩む光と共に、無数のレーザーが誘導ミサイルのように、曲がりくねって聖哉に襲いかかる!
「ステイトバーサーク・フェイズ2.6……!」
聖哉は咄嗟に狂戦士状態をグランドレオンに打ち勝った段階まで引き上げる。瞬間、聖哉の動きは赤い軌道になった。降り注ぐ豪雨の如きレーザー光線は、紅の稲妻を捉えきれず、ただ地を焼くのみ。
それでもオクセリオは途切れることなくレーザーを射出する。持てる全エネルギーをレーザーにのみ注いだような容赦ない連続攻撃だ。
「全方位より飛来するレーザーをかわし続けることは……限りある身の生物には不可能……」
オクセリオの不吉な言葉が響く。やがてジグザグと動き回り、レーザーをかわしていた赤い軌道が止まった。聖哉の姿が私の目にしっかり視認出来た時には、既に全方位から来るレーザーに囲まれていた。
「せ、聖哉っ!!」
まるで聖哉が止まる場所を計算し、その位置に追い込んだかのよう。今、聖哉の頭上、側面、背面、全ての方向からレーザーが迫っている。
しかし聖哉は前方へとダッシュ。無謀にも前から迫るレーザーに向け、剣を薙ぎ払った。
……光線が剣で切れる筈がない。追い込まれた挙げ句の、破れかぶれな攻撃に思えた。だが聖哉の剣に当たった瞬間、レーザーは軌道を変えた! 弾かれたレーザーがオクセリオ自身に向かうと、爆発音と共にヒットする!
私同様、オクセリオも理解が追いつかないようだった。
「跳ね返すだと……今見たばかりの
「初見とはいえ、汎用型キリング・マシンの特技イヴル・レーザーの改良型。そしてイヴル・レーザーがプラチナソードの正反射により跳ね返すことが出来るのは既に分析済みだ」
――は、反射……!! もしかして、それも、あの長ったらしいキリング・マシン分析の時に!?
またしても聖哉の姿は紅の軌道と化した。目で追えない速度で縦横無尽に動き回りながら、どうしてこうも正確なカウンター攻撃が繰り出せるのか。聖哉に放たれるレーザーのほぼ全てが、オクセリオ自身へと返っていく。オクセリオは自らの破壊光線を体中に浴び続け、火炎と黒煙を噴出した。
「解析不能……解析不能……解析……不……能……」
そして、オクセリオの目の光は、ゆっくりフェイドアウトするように消えていく。
完全に動作を停止したオクセリオ。私は体力にフォーカスした能力透視を発動する。
ギガント・オクセリオ
Lv99(MAX)
HP 28671/3487570
「よっし! 聖哉! あと、ほんのひと押しよ!」
声を弾ませるが、聖哉の顔は依然、厳しい。静止したまま、オクセリオをジッと見据えている。
「いや。ここからは尚、慎重にいく。オクセリオが俺を巻き込んで爆発する恐れがある」
「ええっ!! オクセリオが自爆するっていうの!?」
「うむ。元の世界にいた時、テレビで見たことがある。追い詰められたロボはドクロマークのスイッチをポチッと押して自爆することがあるのだ」
「い、いやあの、それ……テレビの知識なんだよね……?」
「根拠はまだある。奴のステータスにある技『
「ああ……それは確かに、そうかも……」
「奴が自爆装置を作動させる前に、
聖哉が足下の地面を、つま先で軽く叩くと、土蛇が鞘を二本持って現れた。聖哉はそれを腰に装着する。
「オクセリオの体内に自爆装置があると仮定した時、心配なのはクリムゾン・ブームの爆炎によって引火しないかということだが、そういう仕様なら敵から攻撃を受けた際、誤爆してしまう危険性がある。故に自爆装置はオクセリオの意思でのみ作動すると考えられる。そしてもしも万が一、誘爆したとしてクリムゾン・ブームの爆発で相殺は可能……」
ブツブツ言いながら、あるかどうかも分からない自爆装置に考えを巡らせつつ、聖哉はオクセリオに近付いていく。遠目には、よもや残骸と成り果てたオクセリオだったが、聖哉の接近に気付くと、光を失っていた目が赤く点灯した。
「……発動準備……完了」
――!! 聖哉の思惑通り、何かやろうとしてるわ!! ほ、ホントに自爆するつもり!?
だが、
「ポチッとは、させん」
狂戦士状態の勇者は既に両手を腰の二本の鞘に当て、オクセリオに至近している! 鞘から同時に引き抜かれた双剣が巨大なオクセリオの眼前、交差する!
「
グランドレオンを倒した大技が、二刀流により更なる威力と衝撃波を発生させる! オクセリオの体に大きな
オクセリオは数十メートル先で地響きと共に大爆発するが、その爆風は私達には届かない。クリムゾンブームを放った後、即座に狂戦士状態を解いて土属性魔法戦士に戻ったのか……或いは既に地中に仕込んでいたのか……突如、高い岩壁が私達を守るように現れたのだ。
しばらくして聖哉は岩壁を解除する。
「攻撃後、念の為に岩壁でガードしたが……さほど大きな爆発は起こらなかったようだな」
本当にオクセリオの体内に自爆装置があったのか、なかったのか、今となっては分からない。ただ一つだけはっきりしていることは、ダブル・クリムゾンブームによりオクセリオは完全に大破。用心深い聖哉でさえ勝利を疑わない程、あちこちに残骸をばら撒いていた。
聖哉はバラバラのパーツになったギガント・オクセリオに近付くと、一つ一つ丁寧にエンドレス・フォールで地下に落とし始めた。
途中から黙って様子を見守っていたジョンデが、震える唇を聖哉に開いた。
「か、かすり傷一つ負わず、機皇オクセリオに圧勝……!? お前……信じられないくらい強いじゃないか!! それだけ強ければ最初から前線で戦っても問題なく勝てそうなのに……!!」
「戦わずに勝てる戦いなら戦わないのは当然だ。欲を言えば、オクセリオへのトドメもゴーレム達と大タルテに任せたかった。だがゴーレムはともかく、大タルテは足場としてしか使えんからな」
何だか自分が、けなされているような気分になる。しかし、見上げれば当の大タルテはニコニコと微笑んでいた。そう……依然、胸をさらけ出したままで……。
「ちょ、ちょっと大タルテ!! アンタ、胸を手で隠すとかしなさいよ!?」
『別にイイヨー! 減るモンじゃナイシ!』
「!? 私が良くないんだよ!!」
叫んだ後で私はジョンデを睨む。
「な、何だよ!! 見てないって言ってるだろ!!」
そう言って、そっぽを向いた後、しばらくして将軍の凛々しい顔に戻り、苦笑いする。
「それにしても、この巨大土人形も頑張ってターマインを守ってくれたな」
感慨深く呟いたジョンデに私も同意する。
「……そうね」
実際のところ、大タルテは単なる足場どころではない働きをしてくれた。勇者が大タルテの髪から出てきて一撃喰らわせるなんてオクセリオは勿論、一体、誰が想像出来るだろう。大タルテがオクセリオ討伐に欠かせなかったのは明らかだ。
遙か頭上で、胸に手を当て、ニコニコと微笑む無邪気な大タルテの顔を見ると、何だか私も釣られて笑ってしまう。
――本当に、よく頑張ったね、大タルテ!
心の中で大タルテをねぎらっていると、聖哉が何故か剣を抜いたまま、大タルテを見据えていた。
「よし。大きくて邪魔だし、そろそろ破壊するとしよう」
「!? いや、ちょっと待てや、オイィィィィィィィィ!!」
私は絶叫するが、聖哉はきょとんとした顔を向けてきた。
「何だ? 用は済んだ。大タルテは、もういらん」
「だからって壊すことないじゃん!! あまりにも不憫すぎるでしょ!!」
「不憫なものか。コイツは意志を持たない土人形だ」
聖哉は冷たい視線を大タルテに向けつつ、問いかける。
「破壊するが構わないだろう?」
『あい、あーい!』
「!? お前も『あいあーい』じゃねえわ!! とにかく止めてよ、聖哉!! 自分そっくりな人形が壊されるのって、何だかメチャクチャ嫌だから!!」
……その後、聖哉を説得し、大タルテはターマインの壁の外に見張り役として配置することになった。放し飼いの犬のような扱いだが、壊されるよりはマシだろう。
私が聖哉に大タルテの破れたドレスと、チリチリの髪の毛を修復して貰っている時も、聖哉はブツブツ言っていた。
「全く面倒臭いな。俺にはやることが沢山あるというのに」
「やることって何よ?」
「まずは、キリング・マシン達の残骸をゴーレム達に集めさせ、エンドレス・フォールで地下深くに落とさねばならん」
いつものお片付け。それも今回はハンパ無い数の大掃除だ。だが、私はその労力よりも気に掛かることがあった。
「ね、ねえ……あの……ホントに大丈夫? 聖哉」
聖哉の顔色を窺う。私達はオクセリオに、キリング・マシン達が元は人間だったと聞かされた。あの時、聖哉は平静を装っていたが、実際は強がっていたのではないだろうか。
だが。聖哉はいつものように平淡な表情だった。
「残骸は軽く一万体を超えるだろう。なかなか大変な作業だ。しかし、それでもやっておかねばならん。動けるキリング・マシンを残せば、また人間を襲うからな。まぁゴーレムを総動員させれば、そこまで時間は掛からない筈だ」
片付けのことしか考えていない。「よかった」とホッとしたような、「いや人としてどうなのよ」と思うような、何だか複雑な気分がした。
……とにもかくにも、勇者はキリング・マシンの残骸処理に行ってしまった。私はジョンデに近付く。
「時間が掛かりそうだし、私達はターマインに戻りましょ」
見張り塔への門を出したが、ジョンデは動かず、遠くでうずくまるキリコを見詰めていた。
「……なあ。アレはどうする?」
「キリちゃんのこと? もちろん連れて行くわよ」
言った後、私はジョンデにジト目を向ける。
「もしかして、ジョンデ! アンタ、まだキリちゃんのこと、壊そうと思ってるんじゃないでしょうね!」
「い、いや。アイツの魂は人間なんだろ? なら、もう壊したりするのは間違っている」
「じゃあ何でそんな神妙な顔してるのよ?」
「アイツの行く末を考えてたんだよ。キリコがこのままターマインに戻ったとして、キリング・マシンとして生きていくのは、とても辛いことだと思う……」
言われてキリコを眺める。花が好きで小心者で優しいキリング・マシン。人間だった時は、幼い少女だったのかも知れない。そして、ある日突然、魔王によってその命を奪われて……
「キリちゃん……」
キリコが人間だった時を想像した私は、ある決心をした。キリコの方へ足を向けると、小さくうずくまるキリング・マシンに声を掛ける。
「キリちゃん。とりあえず一旦、ターマインに戻ろう?」
「で、でも私……」
私はキリコの背中に手を当て、精一杯明るい声を出す。
「ねえ、キリちゃん! 私達と一緒に冒険に行かない?」
「ええっ!! リスタさんと聖哉さんと一緒に、ですか!?」
キリコが驚き、ジョンデが呆れたような声を出した。
「おいおい、本気かよ……!」
「もちろん本気よ! 私達といれば、きっとキリちゃんは傷つかないで済むもの!」
「だ、だが、あの勇者が何と言うか、俺でも大体、想像がつくぞ?」
「何とか言いくるめるわよ! 大丈夫! 最悪『号泣して土下座』という手もあるから!」
「!? アンタに女神としてのプライドは無いの!?」
叫ぶジョンデをスルーして、私はキリコに話し掛ける。
「あのね。実はね。私も女神になる前は人間だったんだ」
「り、リスタさんが……人間?」
「そうよ。だから私達って、何だかちょっと似てると思うの」
そして私はキリコの手を取った。
「行こう、キリちゃん!」
ほんの少し、躊躇った後、
「はいっ!」
キリコは元気な返事を私にくれたのだった。
私達は門を潜り、ターマインの見張り塔に戻った。塔の兵士達に戦勝報告をすると、皆、手を取り合って歓喜していた。聖哉の指示もあって、それまで王宮で身の安全を確保していた王妃も塔に来て、私達をねぎらってくれた。
そして……二時間程すると聖哉が帰って来た。
私は胸の鼓動を抑える為に、大きく深呼吸をする。
キリング・マシン達が元は人間であったと知っても顔色一つ変えず、また用が済んだらすぐに大タルテを始末しようとした冷血勇者に対して、
「ね、ねえ、聖哉……あのさ……キリちゃんを一緒に冒険に連れて行っちゃあダメかな?」
私はおそるおそる、そう切り出したのだった。
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