第百十一章 一気呵成

 門を潜れば、神界のほのぼのした陽光と空気が漂う。統一神界の雰囲気に触れただけで私の気分は少し明るくなった。


 門は神界の広場に出したのだが、ちょうどカフェ周りのゴミ掃除をしていたセルセウスと目が合った。


「うおっ!」


 私達に気付くと、セルセウスはホウキとチリ取りを放り出して、ササッと物陰に隠れる。ジョンデがそんなセルセウスに近付いていく。


「セルセウス。この間は済まなかったな。もう剣術の稽古を頼んだりしないから安心してくれ」

「な、何だ、そうか、よかった! と言うか……わはははは! この間はかなり久し振りで、すごく調子が悪かったからな! あの日は寝不足の風邪気味の下痢気味の死にかけ気味で……」


 セルセウスはジョンデとキリコに剣術の練習でボコられた言い訳をしていたが……もう格好悪すぎ! アレがアンタの本来の力でしょうが!


 聖哉だったら『ならば、今からお前の全力を見せてみろ』などと意地悪を言いそうだが、ジョンデは聖哉より大人だった。


「うん。いやそれより、この間のように部屋を貸してくれないか? キリコを休ませてやりたいんだ」

「ああ。それはお安いご用だが……」


 セルセウスもうなだれるキリコに気付いたらしい。膝を折って、話し掛ける。


「そうか。色々あったんだな、キリコ」

「……はい」

「世界を救うのに辛いことは付きものだ。……よし。少し待っていろ」


 そしてセルセウスはトレイにポットとティーカップをのせて持ってきた。


「ほら。暖かい紅茶だ」

「いえ、私は……」

「遠慮するな。おいしいぞ」

「でも……」

「100%神界の茶葉を使っている。飲めば絶対に元気になる。さぁ飲め」

「い、いやだから、あの……私、機械だから飲めないんです……!」


 居ても立ってもいられなくなって、私はセルセウスに詰め寄る。


「もうっ!! バッカじゃないの!? そんなもん流し込んだら、キリちゃんが錆びちゃうでしょうが!!」

「ば、バカとは何だ!! 俺はキリコの為を思って、」

「何が100%神界の茶葉よ!! 100%真実のバカよ、アンタは!!」

「!? 誰が100%真実のバカだ!!」


 言い争っていると、キリコが「くすくす」と笑っていることに気付く。そしてセルセウスが持ってきたティーカップに紅茶を淹れて、顔を近付ける。


「飲めませんけど……とっても良い香りです!!」


 弾んだ声を聞いて、私も嬉しくなる。


 よかった! キリちゃん、ちょっとは気分が明るくなったみたい! 


 セルセウスのバカもたまには役に立つんだわ、なんて思いながら辺りを見回すと聖哉の姿がない。


「あ、あれ? キリちゃん! 聖哉は?」

「聖哉さんなら向こうの方へ歩いていきましたが……」

「さっきから静かだと思ったら、また……! 私、ちょっと探してくる!」


 セルセウスのカフェにジョンデとキリコを残し、私は駆け出した。しばらく広場を走るとアリアに出会う。


「あ! お帰りなさい、リスタ!」

「ただいま! 聖哉、見なかった?」

「聖哉なら神殿よ。イシスター様に用がある、とか言ってたわ」

「ありがとう!」


 アリアに礼を言うと、私は神殿に向かった。




「……し、失礼しまーす」


 イシスター様の部屋の扉をノックする。大きな扉をゆっくり開くと、イシスター様と聖哉が机を挟んで向かい合って座っていた。二人の間には大きな水晶玉があり、聖哉はそれを眺めている。


「何も言わずに勝手にいなくならないでよ! ……ん? 何やってんの?」


 無言の聖哉に代わって、イシスター様が神妙な顔で私に話し掛ける。


「竜宮院聖哉の希望で、一年前のイクスフォリアの様子を見ているところです」

「そ、そうなんですか」


 私も聖哉の隣に腰掛け、水晶玉の映像を見る。聖哉が真剣な眼差しを向ける水晶玉には長閑のどかな村の様子が映し出されていた。小川で水車が回り、水辺には白髪の老人達が煙草を吹かしている。


「この村って……」


 私が呟いた時、不意に水車の前を流れる川の水が真っ赤に染まった!


『ぎゃはははは! 死ね死ね死ね死ね!』


 怨嗟に満ちた怪物の声が響く! 水晶玉には汚れたドレスをまとった双頭の怪物が、手に老人の首を持っていた!


「!? せ、セレモニク!!」


 忘れようもない怪物を見てドキリとする。先日、執拗に呪われた私はセレモニクの姿はトラウマで、あまり凝視したくない……けど、そうも言っていられない。よくよく見れば、モニカとセレナの背後にもう一つの女性の頭部がある。


 ――シャナク! この時はまだ姉に殺されてなかったのね!


 水晶玉にはセレモニクの出現により阿鼻叫喚の巷と化した村が映っている。聖哉が抑揚のない声を出す。


「此処が前回スルーしたという賢者の村だ」

「こ、これが賢者の村……!」


 賢者の村と言うだけあって、村人の多くは悟りを開いていそうな老人達だった。だが、その老人達はセレモニクによって次々に虐殺されていく。


「向こう見ずだった俺を殺して力を得た魔王が、セレモニクを村に差し向けたのだろう。自らの秘密を知る賢者達を根絶やしにする為にな」

「ううっ……酷い……!」


 首を千切られ、或いは全身の血を抜かれて地を転がる死体に目を背けるが、聖哉は平然と言う。


「一応、どんな村なのか知っておきたかった。……それで、ばあさん。今現在の村の様子も映せるか?」

「アナタ達が魔王の幹部を全て倒したことにより、イクスフォリアを覆う靄も随分と晴れました。近未来は未だ見通せませんが、イクスフォリアの現況を覗く程度なら可能です」


 イシスター様が念じると、水晶玉に新たな風景が映し出される。水晶玉は聖哉の土蛇カメラのように俯瞰で、荒れ果てた村の様子を映していた。


「む。アレはなんだ?」


 聖哉が村の一角を指さしていた。イシスター様がそれをアップにしてくれる。


 そこには仮面を被り、マントをまとった異形の者達がいて、地面に描かれた赤い魔法陣を囲っていた。イシスター様も水晶玉を食い入るように見詰める。


「人間ではありませんね。悪魔の神官といったところでしょうか。何の儀式をしているかまでは分かりませんが……」

「なるほど」


 しばらく腕組みをしていた聖哉だったが、


「やはり一度直接、現地に行っておいた方が良さそうだな」

「そうですか。邪悪な気配が漂っている以外は、特にこの村には何も無さそうですが……」

「それでも念の為に行っておく」


 どうやら水晶玉で見るだけでは不満らしい。私はイシスター様に尋ねる。


「イシスター様。賢者の村に門を直接出しても大丈夫ですか?」

「ええ。許可致します」

「ありがとうございます! ……聖哉。どうする? 今からでも行けるけど?」

「いや、村には敵がいる。準備が必要だ」


 イシスター様が微笑みながら言う。


「悪魔神官が数体いるようですが、今のアナタの敵ではないと思いますよ?」

「奴らだけが敵とは限らん。一見、村は全滅しているようだが、もし賢者が生き残っていた場合、俺を逆恨みして襲い掛かってくるかも知れん」

「け、賢者が襲い掛かってくるとか、そんなことってあるかなあ……」

「どちらにせよ、アルテマイオス戦も近い。それを見越して準備をしたい」


 イシスター様が、こくりと頷く。


「分かりました。神界にはアナタの気の済むまで居てくれて構いません。難度SSイクスフォリアの攻略――こちらとしても出来るだけのサポートはするつもりです」

「ならば、ばあさん。重ねて頼みがある」

「はい、はい。何でしょう?」

「まずは、こういった属性の神をだな……」


 いちいち私と一緒に修行相手の神を探すより、イシスター様に頼んだ方が早いと思ったのだろう。聖哉は事細かに修行したい神について語っていた。


 蚊帳の外に置かれている感じがして、私は何だかソワソワしてくる。


「ね、ねえ、聖哉! 何か私にも出来ること、あるかな?」


 すると聖哉は鋭い目を私に向ける。


「そうだな。まず神殿内にあるお前の部屋に行け」

「私の部屋に行くのね! それから?」

「いつも寝ているベッドがあるだろう。そこに体を横たえろ」

「うんうん、それで?」

「あとは静かに目を閉じるのだ。出来れば永遠に。以上だ」

「オーケー、分かったわ……って、わたしゃ、部屋で『スヤァ』してるだけやんけ!!」

「うるさい奴だな。なら、キリコとでも遊んでいろ」

「いやだから、そういうことじゃなくて!! もうっ、イシスター様も何とか言ってやってくださいよ!!」


 だがイシスター様はにこやかに笑う。


「そうですね。リスタは遊んでいてください」

「!? そ、そんなあっ!!」

「仲間と共に時を過ごすのも大事な仕事ですよ」

「えええええええ……」


 や、やっぱり私、イシスター様にもダメな女神だと思われてんのかしら。きっとそうよね。この間だって呪われてみんなに迷惑かけたばっかだし。はぁぁぁぁ……。





 結局、私は一人トボトボとセルセウスのカフェに戻った。カフェにはアリアもアデネラ様もいて、キリコもジョンデと楽しそうに語らっている。ジョンデが私に気付いた。


「女神。勇者はどうした?」

「今からまた修行するみたい。それが終わったら賢者の村に行くって言ってたけど」


 するとジョンデは真剣な表情になって、アゴに手を当てる。


「なるほど。もしかすると、これが最後の修行なのかもな」

「え?」

「死皇を倒し、もう挟撃の危険はなくなっただろ? 元々、アイツは力を蓄えている魔王の隙を突きたいと言っていたからな」

「た、確かに……!」

「なら、魔王アルテマイオス戦に向けての最終調整に入ったのだろう。修行後、賢者の村に立ち寄った後、そのまま魔王戦に行くのではないか?」


 ジョンデに言われて、どくんと心臓が大きく跳ねた。


 そ、そっか! 次はもう魔王戦なのよね! 急に緊張してきたわ……! 


 様々な苦難はあったが、難度SSイクスフォリアの攻略も気付けば、あと少し。そう思えば、私の鼓動は早くなる。


 ――難度Sゲアブランデの魔王戦では聖哉は自ら命を掛けて魔王を倒した! 今回の魔王戦もきっと前回以上に苦しい戦いになる筈!


 私達の話を聞いていたアデネラ様が神殿の方を見ながら呟く。


「う、噂をすれば、せ、聖哉が、き、来たぞ」


 そちらの方に目を向けて驚く。私だけでなくアリアも驚いたようで声を上げる。


「せ、聖哉ったら、凄い沢山の神様を引き連れてるわ!」


 そう。歩く聖哉の背後には、私が知っているだけでも風神フラーラ様、雷神オランド様……他にも見たことのない神々がいた。


 私は聖哉に駆け寄る。


「聖哉!! これって一体何なの!?」

「イシスターに頼み、色んな属性の神を一挙に集めた。イクスフォリアはゲアブランデと違い、魔法などスキルが細分化された世界。故に俺の適職である職業を重点的に極めていく」


 聖哉は私にズイッとメモを突き出す。



『武闘家』

『槍使い』

『魔法使い(風、雷、火、土)』

『商人』

『占い師』

『愉快な笛吹き』



 そこには以前、希望の灯火のエンゾに教えて貰ったイクスフォリアでの聖哉の適職が書かれてあった。


「つ、つまり魔王戦に向けて、コレ全部をマスターするってこと!?」 

「そうだ。だが、素手での戦いが得意な拳神アルクスは今いないらしく、更に火炎魔法に土魔法、愉快な笛吹きは極めているから省くことにする……」


 言いながら聖哉は抱えていた長い包みを解く。すると中から古びた槍が現れた。聖哉は槍を構え、振り回す。


 おおっ? 聖哉の槍なんて初めて見たけど……何だかもう既にサマになってるじゃない!


 すると、引き連れた神々の中から、戦国武将のような格好をした男神が歩み出た。


「ほう。まずは槍神そうしんの俺との修行からやるという訳だな」


 代わって他の神々は一歩退く。


「なら、私達は此処で待機ね。番が回ってきたら呼んでちょうだい」

「……何を言っている?」


 聖哉は残りの神々を睨んでいた。


「時間の無駄だ。お前達、まとめてかかってこい」

「どういう意味でしょう?」

「言葉通りの意味だ。俺が槍神と練習している間、お前達は魔法で攻めてこいと言っている」

「ま、魔法の修行も同時にやるというのですか!?」

「その方が効率が良い。全ての技は実戦にて会得する」


 風神フラーラ様は苦笑いしていたが、雷神オランド様は顔を紅潮させる。


「何という傲慢さよ。今の言葉、後悔するなよ、人間……!」


 私はドキドキするが、その時、少し間の抜けた声が響く。


「あ、あのー。ワシらは一体どうすればいいですかいの?」


 着物を着て片手にそろばんを持った恰幅の良い男神と、灰色のフードを被り、マスクをしたミステリアスな感じの女神が佇んでいる。見た目からきっと『商売の神』と『占いの神』なのだろう。


 聖哉は面倒臭そうに言う。


「言ったろう。まとめてかかってこい、と。お前達もまとめて商談したり、占ってこい」

「「「!! どういうこと!?」」」


 聖哉の言葉に集まった神々が叫ぶ!


 い、いや、マジで!? 自然魔法の神と武芸の神、更に占いと商売の神との修行も一緒にやるっていうの!?


 凄まじい形相で槍神が槍を大きく引いた! 風神フラーラ様も雷神オランド様も杖を天に掲げる! 神々が聖哉を囲った!


「その天狗の鼻っ柱……へし折ってくれるわ!」


 槍神が先陣を切って聖哉に飛び掛かる! だが、


「……ステイトバーサーク・フェイズセカンド状態狂戦士・第二段階


 狂戦士化した聖哉は、乱れ狂うような槍神の突きを、持っていた槍で全て弾く! そして左方向から放たれた雷神オランド様の雷撃を紙一重でかわし、背後から迫る風神フラーラ様の鎌鼬の如き疾風もノールックで振るった槍の衝撃波で相殺! 間髪入れず、占いの神と商談の神が聖哉に近寄り、そろばんと六角形のおみくじ箱を渡す! 聖哉がそろばんを弾き、おみくじを振った!


「本日の天経平均株価は前日比マイナス3.22%で反落。そして……今日のラッキーカラーは青色だ」 


 平然と呟く聖哉に神々が後ずさる!


「ぐっ! こ、コイツ……!」

「我々の攻撃を弾きながら、」

「そろばんさえも弾くなんて……!」


 神々は戦慄していたが、


「いや、一体何なの、この修行はあああああああああああ!?」


 私はツッコまざるを得ない。『攻撃を弾きながら、そろばん弾く』――って何よ、ソレ!? 意味不明すぎるでしょ!!


 ジョンデもキリコも目を丸くして驚愕している。


「い、意味は分からんが……とにかく凄い!!」

「はいっ!! 言葉が見当たりませんっ!!」


 神々も聖哉に対して畏怖の念を感じたのか、攻撃を躊躇している。そろばんと槍を持った聖哉がジリジリと近付いていく。


「どうした? 来ないならこちらから行くぞ?」


 そんな中、私の背後から集団に一歩、歩み寄る者がいた。


「ひひひひひひひひひ……!」

「あ、アデネラ様!?」

「ち、ち、血が、さ、騒ぐ……!」


 軍神アデネラ様は血走った目で楽しそうに笑うと、腰の剣を抜いて突進していった! 集団が巻き起こす土煙の中、魔法の閃光に加え、剣戟の音も鳴り響く!


 更に、


「おっ。何の騒ぎだこりゃあ。祭りか?」


 ハスキーな声に振り返れば半裸の女神! 神界ナンバー2のヴァルキュレ様が佇んでいた!


「面白そうじゃねーか。アタシも混ぜろ」


 鎖を振り回しながら、破壊神も集団に向けて突っ込んでいく!


 魔法の爆裂音と、武器の金属音が怒号のように鳴り響く! 不意に、揉みくちゃになった集団から弾かれた稲光がカフェ・ド・セルセウスのガーデンテーブルを直撃した!


「うっわああああああ!? 俺の店が壊れるうううう!! アンタら、あっちでやってくれええええええええ!!」


 ――も、もう滅茶苦茶だわ!!


 アリアと私は、どうにかキリコとジョンデを連れて、安全な場所に避難する。


 こうして前代未聞の合同修行が始まったのだった。

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