第七十一章 入隊試験

 再び、犬と魚の獣人に変化して、人気ひとけのないところで浮上した私達は、町の広場へと足を向けた。


 広場に近付くにつれ、獣人達の人山が見えた。皆、興奮している様子で拳を振り上げ、声を荒げている。


 獣人達の間をすり抜けるようにして中心に向かうと、全貌が見えてきた。彼らが囲んでいたのは、土の上に四本の杭を打ち込み、それを縄で繋いで仕切った空間だった。どうやら此処で試験を行っているらしい。周りにいる獣人達の多くは見物客のようで、入隊試験はまるでリング内で行う格闘技の様相だった。


 一本の杭のもと、カラス頭の獣人が叫んでいる。


「カカカッ! さぁさぁ、今日の挑戦者はどいつだ?」


 聖哉がカラスの獣人に向かい、手を挙げた。


「参加しよう。俺と、それから、この魚だ」

「よし、分かった! それじゃあ早速、入隊試験を始めるぜ!」


 すると向こうから大柄な虎の獣人が現れ、私と聖哉の対角線上の杭に向かい、のしのしと歩いてくる。アレが対戦相手なのだろうか。


 だが、どうも様子がおかしい。虎の獣人は背後に麻袋を被せられた何者かを鎖で繋ぎ、引き連れていた。麻袋のせいで顔は窺いしれないが、足には鉄球が付けられている。


 罪人のような者を、虎の獣人がリングの中に押し込む。そして麻袋を剥ぎ取った。


 ――ええっ!? そ、そんな!!


 私は驚愕する。それは『人間』だった。長身で短髪、年は三十代後半か四十代前半か。腕や足には筋肉が付いており、精悍な戦士のようにも見えるが、目は落ち窪み、肌の色は土気色。まとったボロから見える手足は、ツギハギだらけであり、更にその者から漂うのは……


 ――死臭!


「……アンデッドか」


 隣の聖哉がぼそりと呟くと、カラスの獣人は「カカカ」と笑った。


「ああなる前は、ターマインの名だたる将軍だったらしい。まぁ今となっては『死なない玩具』だがな」


 ――ひ、酷い! ターマインの将軍をゾンビにして……!


「人間は食料、もしくは玩具だ」


 またも楽しそうに笑うと、カラスは聖哉の背を押した。


「さぁ、アイツを倒してこい! そうすれば試験は合格! 獣皇隊に入れるぜ!」


 周りの獣人達がカラスの言葉で一斉に沸き立った。誰しもが犬の獣人に化けた聖哉がリングに上がるのを今か今かと待っていた。


 しかし。聖哉は首を横に振る。


「勘違いするな。『参加する』とは言ったが『今すぐ試験を受ける』とは言っていない。まずは見学だ」

「そ、そうか。なら、最初はそこの魚人が行くのか?」

「いいや。コイツも見学。俺達は後でやる」


 ……観衆から軽いブーイングが巻き起こったが、聖哉は気にする様子もない。どっかと杭の近くに腰を下ろし、見物の体勢を取る。私もおずおずと聖哉の隣に座った。


 その間に新しい挑戦者が申し込んできた。灰褐色でドブネズミのような獣人は、聖哉と違い、躊躇なくロープを潜り、勢い勇んでリング内に入る。


 私はドブネズミ獣人を能力透視してみた。何と攻撃力、防御力共に五万を超えている。ガルバノの町で見た獣人達の多くが三万台だったのに比べ、かなりの高ステータスである。


「それでは入隊試験、開始!」


 カラスの一言と同時に、


「ギギギギッ!」


 ドブネズミ獣人は余裕の表情で牙を剥き、アンデッドに襲い掛かった。そして喉元に食らいつく。首を半分以上、噛み切られ、ドス黒い血がアンデッドから噴出する。

 

 勝負あったと思いきや、


「……捕まえたぞ」


 生物なら致命傷間違いない傷を首に受けながらも、アンデッドは低い声でそう呟いた。いつの間にかアンデッドの右手がドブネズミ獣人の顔面を包んでいる。


 刹那、『グシャッ』――と。果実を果皮ごと握り潰したような音。顔を破壊されたドブネズミ獣人はその場にくずおれた。


 ――つ、強い! あのアンデッド……メチャクチャ強いじゃないの!


 元将軍のアンデッドは空を見上げ、呟く。


「ターマイン王国の為に……そして、あの御方の為に……一体でも多くの獣人を殺してやる……!」


 死人ながらも、その目は決意に満ちていた。私はリングに佇む、アンデッドに能力透視を発動する。




 将軍ジョンデ  状態・アンデッド

 Lv59

 HP172234 MP0

 攻撃力119874 防御力98111 素早さ82 魔力0 成長度698

 耐性 毒・闇

 特殊スキル 腐敗体再生(Lv3)

 特技 デス・スクイーズ死絞殺

 性格 実直




 ……な、何て能力値! 勝てない筈だわ!


 私の戦慄を見通したように傍らでカラスが言う。


「玩具とはいえ、舐めちゃいけねえ。獣皇隊は精鋭中の精鋭。無論、その試験も簡単なものじゃない。試験の落第――それは死を意味する」


 リングを見ると先程、ネズミ獣人に噛まれたアンデッドの首が修復されている。能力の高いアンデッドに賦与される特殊スキル『腐敗体再生』の力だ。戦闘中は無理だろうが、こうして時間が経てば徐々に肉体は治っていくのだ。


 カラスが聖哉の顔を覗き込む。


「どうした? 怖じ気づいたか?」

「いや。試験を受ける決断に変わりはない」

「カカカ! 良い根性だ! さぁ行ってこい!」


 そしてカラスは聖哉が潜れるようにロープを上げるが、聖哉は微動だにしない。


「……おい。何をしている? やるんだろ?」

「いや。もう少し様子を見る」

「ま、まだ見学するのか! 話の流れからてっきり、やるのかと思ってたぜ……!」

「それはお前が勝手に思ったことだろう。まだ、やらん」


 わ、私もてっきりやるのかと……! で、でも、まぁいいわ! ここはもう少し見学するのが得策よね!


 聖哉と私はまたも見学した。二番目の挑戦者は蛇の獣人。首が自在に伸長し、アンデッド将軍に巻き付き、絞め殺そうとしたが、ネズミ獣人と同じように頭部を掴まれ、潰された。


 カラスの獣人が言う。


「元々、アンデッドは動きは鈍い。しかもコイツの場合、足の鉄球のせいで素早さは皆無だ。それでも捕まると、ああやって潰される。それをどう攻略するかがこの試験の鍵だぜ」

「うむ。そうだな」


 そしてカラスの獣人がロープを上げて、聖哉をリングに上げようとしたが、聖哉はまたも首を横に振った。


「もう少し、見学する」

「!! どれだけ様子見るんだよ!? やる気あんの、お前!?」


 流石にカラスが声を乱して叫んだが、それでも聖哉は動かなかった。


 い、いくら強いっていっても聖哉のステータスなら問題なく勝てそうなのに……! 相変わらずね、この勇者は……!


 ……三番手の羊頭の獣人が将軍に首を引き千切られた後、聖哉はようやく重い腰を上げた。


「よし。ではそろそろ行くとしよう」

「ほ、本当か? 遂にやるんだな? 俺は何だかもう、お前にからかわれてるのかと思い始めていたぜ……」


 満を持して、犬の獣人に扮した聖哉がアンデッドの将軍が待つリング内に足を踏み入れる。


「よし! では、試験開始!」


 カラスの宣言と共に素早く間を詰めた聖哉は、右腕を振りかぶり、爪でアンデッドに斬り付けた。触れた瞬間、アンデッドの胸元が引き裂かれる。実際、この攻撃は変化したプラチナソードによるものなのだろう。


 動きの鈍いアンデッドに対して、そのままもう二、三撃いけそうなところだが、聖哉はたった一撃与えたのみで、すぐに距離を取った。掴みかかろうとしていたアンデッドが翻弄されたように体勢を崩す。


 その後も聖哉は近付いて、一撃を加えると、すぐ離れて……を繰り返す。徐々に体が切り刻まれ、消耗していくのに焦ったのか、


「こ、この犬畜生が……!」


 将軍は悔しそうに言葉を発した。聖哉はフンと鼻を鳴らす。


「お前のような敵には、攻撃した後、すぐに距離を取る――ヒットアンドアウェイ戦法が最も有効だ」

「ぬうっ! バカにしやがって……!」


 どうにかして聖哉を掴もうする将軍。だが、まるで大人と赤子。相手にならない。


「無駄だ。お前の動きはもはや完全に見切っている」


 聖哉は自信満々にそう呟くが、私はさほど驚かない。


 ――そりゃまぁ、あれだけ長いこと、見学すればねえ……。


 やがて体力を削られたアンデッドは、がくりと膝を付いた。戦闘不能状態になったことを確認した後、聖哉はゆっくりと近付いていく。


「先程『ターマイン王国の為に』などと、ほざいていたな? お前如きアンデッドが獣人を数体倒したところで現状は何も変わりはしない」


 そして何と…… 


『ベッ』


 聖哉は将軍に対し、唾を吐いた!


「く、糞があああああああああ!!」


 激怒するが、もはや体の自由は全く失われていた。再生スキルがあるとはいえ、回復にはしばらく時間が掛かるだろう。


 聖哉はそんな将軍を蹴り上げた後、氷のような目で見下しながら吐き捨てる。


「この死に損ないが」


 もはや誰の目にも勝者は明らかだった。沸き起こる歓声! 親の敵のような目で聖哉を睨む将軍! そして……内心、震える私!


 よ、容赦ねええええええええ!! 完全な獣人の振りをするには、このくらい非情にやらないといけないんだろうけど……それにしてもエグいわっ!!


 聖哉の戦い振りを見て、カラスの獣人は興奮し、肩を叩いた。


「すげえな、お前! 圧勝に加え、凶悪さも申し分ねえ! ようし、俺がお前をグランドレオン様の直近に推挙してやろう!」


 おおっ! グランドレオンに近付けば六芒星破邪に使う体毛も入手しやすい! まさに聖哉の想定通りの展開ね!


 私の胸は躍るが、その後、カラスが私に目を向ける。


「それじゃあ次は、この魚人の番だな」

「う……ウオ……」


 聖哉と入れ替わりに私はリングに立つ。数メートル先には体から煙りを出しつつ、聖哉にやられた傷を自動再生する将軍がいた。


「獣人め……! 獣人めええええええええええ!!」


 !? 聖哉のせいでメチャメチャ怒っていらっしゃる!!


 怯える私だが、


「カカカ! それじゃあ、試験開始だ!」


 将軍の再生は完了! 入隊試験は始まってしまった!


「この魚野郎がァァァ……!」


 アンデッドの将軍は鬼神の如き顔で私を睨んでいる!


 だ、大丈夫よね!? 聖哉の土蛇が何とかしてくれるんだよね!? 私、立ってるだけでいいんだよね!?


 回復した将軍は、憤怒の形相で私に突っ込んできた!


「魚のたたきにしてやるわあああああああああ!!」


 ヒィィィィィィ!? あんなこと言ってっけど!? 突っ立ってろって言ったけど、このまま立ってたら、やられちゃうよおおおおお!!


 将軍が私に近付こうとした、まさにその時だった。


 ……ボトン。


 私の足下で音がした。


 ――へ?


 見ると大きな魚が、足下でピチピチと跳ねている。


 !! こ、これはまさか、聖哉が私の体に巻き付けていた土蛇!? それが変化の術で、魚の姿になって!?


 ボトボト、ボトボト。


 更に、私の股から魚がどんどんと落ちる! その様子に観客の獣人達が叫ぶ!


「な、何だ、アイツ!? 股から子供、産みやがったぞ!!」

「魚の出産って、卵じゃねえのか!?」

「それより入隊試験でどうして出産しやがった!?」

「気持ち悪りぃな、あの魚人!!」


 !? いや何コレ、メッチャ恥ずかしいんですけどおおおおおおおお!!


 だが、私の感情とは別に、股から落ちた数匹の魚が地を這うようにアンデッドに向かう! そして将軍の脚に食らい付くや、ガジガジと囓り始めた!


「ぐおおおおおおっ!?」 


 アンデッドなので痛みはないかも知れない。それでもピラニアの池に放り込まれた肉塊のように、凄まじいスピードで脚が削り取られていく。将軍がたまらず叫んだ。


「お、おのれ……おのれえええええ!! 魚めええええええええ!!」


 やがて両脚が完全に食い千切られた将軍は地面に倒れ伏した。

 

「戦闘不能! 戦闘不能だ!」

「あの魚人、すげえな! 全く自らの手を汚してないぜ!」

「ああ! 産み落とした魚だけで勝っちまいやがった!」


 そして観客達は何かを期待する眼差しを私に向けている。


 ――え……えーと。


 聖哉の方を見ると、無言で小さく頷いていた。


 なので……


「ウォォォォォォォォォッ!!」


 私は両手を振り上げ、勝利の雄叫びを上げた。私の声に同調するように、辺りは割れんばかりの拍手と歓声に包まれる。


 ……ぶっちゃけ、ほんのちょっと気持ちよかったです。

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