第七十章 旧ターマイン王国

 イクスフォリアへの門を出す前に、聖哉が向こうに着いてからの簡単な説明をする。


「まずはターマイン王国の偵察を行う。ケイブ・アロング移動式洞窟は安全だが、地下だと情報収集には限界がある。よって少し危険だが獣人に変化して、散策する」


 獣人は犬の比率が高く、目立ちにくいということから、聖哉は犬の獣人に。私は相変わらずの魚人にされた。ドーベルマンのようなシュッとした外見の聖哉に比べ、私は金魚のような全身真っ赤な魚人。まぁ以前のマグロ頭より多少はマシ……なのかも知れない。


「ちなみにガルバノの町に寝かしてあるブノゲオス人形は、誰かに話しかけられたら『ブッ殺すぞお』と一言だけ喋る仕様にしてある。しばらくは大丈夫だろうが、出来ればバレる前にグランドレオンを倒したい。三、四日以内がベストだ」


 そこまで言って私に門を出現させた後、いつものように土蛇を挿入。移動先の安全を確保した後でようやく私達は門を潜った。





 イシスター様の許可を経て、ターマイン王国周辺の荒れ地に出た私達は、遠くに見える城に向かって歩を進める。


 近付くにつれ、全貌が目に入ってきた。巨大な城を含む町をぐるりと城壁が囲んでいる。しかし城壁はところどころが崩れ去っており、もはやその意味を成していない。


 町の中に足を踏み入れた途端、嫌な感覚が襲った。おそらくこれは邪神の力。今この瞬間からターマインにいる限り、神界に戻ることは出来なくなったのだろう。


 犬の獣人に化けた聖哉がちらりと私に目配せする。「これから先は絶対に人語を喋るな」という意味だ。私は無言でこくりと頷いた。


 私と聖哉は荒れ果て、汚れた通りを歩く。周りの景色は廃墟のような有様だが、その中で獣人達は生活していた。ガルバノの町のように人間の作った建物を利用して商売をしている者もいるようだ。


 ふと吐き気を催す異臭に気付き、そちらを見て、


 ――うっ……!


 私は思わず声を発しそうになった。頭部のない人間の黒焦げ死体が、建物の軒先から鎖で繋がれ、ぶら下がっていた。


「焼き人間、焼き人間は如何かね~」


 トカゲの獣人がうちわでパタパタと死体を扇いでいる。更にその隣では、干からびた人間の腕、足、臓器などが並べられていた。


 まるで地獄絵図。奴隷で溢れたガルバノの町の方が全然マシな状況だった。ターマインでは人間は完全なる食料として扱われていた。


 私が目を背けていると、聖哉はその店へと近付いていく。


「いくらだ?」


 !! いや嘘でしょ!? 焼き人間、買うの!?


 私は驚愕するが、実際、本当に買う気はなく、情報収集だったらしい。値段を聞きつつ、聖哉は自然に、ターマイン内では以前人間が使っていた通貨をそのまま使用していることを聞き出していた。会話は更に進む。


「へえ。そしたらアンタら、ガルバノから来たのかい」

「ああ。此処では人間を好きに食えると聞いたからな。だが、思ったよりも値が張るんだな」

「人間は高価さ。獣皇隊にでも入らねえ限り、食べ放題って訳にはいかねえ」

「獣皇隊とは?」

「選ばれた強い獣人だけが入れるグランドレオン様直属兵の集まりさ。隊に入れば、豊かな暮らしが約束されるし、王宮の中にだって入れる。王宮内の邪神殿じゃしんでんを拝めば邪神の加護が得られるって噂だぜ」

「ほう。それでその獣皇隊には、どうすれば入隊出来る?」

「毎日、広場で入隊試験をやってるよ。そこで相手を倒し、自分の強さをアピールすりゃあいい」


 早速、様子を見に、広場に向かうのかと思いきや、聖哉は横並びの店へと足を運んだ。


 店内に入ると、熊の店主が頭蓋骨などのおどろおどろしい品物を並べている。獣人が経営している道具屋らしい。店主が犬の獣人姿の聖哉を見て、口角を上げた。


「よう。アンタ、これを買っていかねえか? 当店オススメ『邪神のお守り』だ。持っていると、ほんの少し、邪神の加護が受けられるぜ」


 奇妙な文字が掘られている黒い石版を聖哉は興味深く見詰めていたが、やがてお金の入った小袋を出した。


「少し貰おう」

「へへっ! 毎度あり! いくつにするね?」


 私はごくりと生唾を飲む。


 せ、聖哉! 分かってるよね! 此処は敵地! いつもみたいに爆買いしたら怪しまれるんだからね!


 私の視線を感じたのか、聖哉はこくりと頷いた。


 よかった! どうやら理解してくれたみたいね!


「主人。少なくて悪いが……」


 そして聖哉は申し訳なさげに言う。


「たった三十個だけ、くれ」


 !? いや、充分多いわ!! 聖哉なりに頑張って減らしたのかも知れないけど……それでも多いっての!! ……け、けど、どうなの!? 獣人の感覚は人間とは違う筈!! 案外、大丈夫だったり!?


 しかし。熊の獣人は顔を引きつらせていた。


「少なかねえよ!! 多いよ!! それからあと『たった三十個だけ』って表現おかしいだろ!!」


 ダメだあああああ!! やっぱり獣人的にも多かったあああああ!!


 店主の叫びは店外にも木霊し、道行く獣人達が足を止め、店内の私達を窺った。


 ああ、もうっ!! メッチャ注目されてるし!!


「ならば仕方ない。五個にしよう」


 辺りが少しざわついたが、聖哉は『邪神のお守り』を五個購入。更に隣の武器屋へと向かう。


 入った途端、今度はカエル頭の獣人が、不気味な赤黒い刀身の剣を勧めてきた。


「やあ、お客さん。これは人間の生気を吸い取る剣だケロ。人間をカラッカラの干物にするのに便利だケロ」


 な、何よ、その怪しい剣は!? 使い道が全く見当たらない!! 流石にこんな物、買う必要は……


 だが聖哉は小袋を取り出す。


「貰おう」


 いや、また買うのかよ!! 何でそんなのが欲しいのよ!?


「店主。ものすごく少なくて本当に心苦しいのだが……五本だけくれ」

「ケローーッ!? ど、どこが少ないんだケロ!? それに、どうして同じ剣が五本もいるんだケロ!?」


 ざわざわざわ……。またも店内、店外を含め、辺りにいた獣人全てが聖哉と私に注目した……。





 私は聖哉の腕を引いて、人気のない所まで連れて行き、無言で地面を指さした。聖哉は私の意図を察したようで、念の為に土蛇を出し、周囲に獣人がいないことを確認した後、ケイブ・アロングで地下に潜った。


 魔光石の薄明かりの中、ようやく私は溜まった鬱憤を聖哉にぶつける。


「怪しまれちゃったじゃん!! 顔、覚えられたかも知れないわよ!!」

「案ずるな。問題はない」


 聖哉は変化の術を発動。そしてドーベルマンからシベリアンハスキーのような犬種の獣人へと姿を変える。そして私も赤い金魚から、くすんだ色の金魚にされた。


「い、いくら変化の術で姿を変えられるからって……大体、そんな物、どうして必要なのよ!?」


 邪気を発散しているお守りと、傍に置いているだけで気分の悪くなる剣を見ながら私は叫ぶ。


「町で売っている道具や武器はなるべく全部手に入れておきたい。いずれ何かの役に立つかも知れんからな」

「それは普通の冒険の場合でしょ!? 此処は獣人の町!! そんな不気味な道具に武器なんか使えないわよ!! あとそれから、地下にいる時は変化の術かけないでくれる!? イヤなのよね、この格好!!」

「誰に見られている訳でもないというのに。女というのは面倒くさいな」


 ブツブツ言いながらも聖哉は変化を解く。すると眩い光と共に私は美しい女神のヴィジュアルに戻った。ドレスの胸元から手鏡を出し、自らの顔を映してみる。


 フフッ! ああ……魚に比べて、何て美しいのかしら、私! ……いやまぁ、魚と比べるのは卑屈すぎるけど!


「それで聖哉。これからのプランは立ててあるんでしょうね?」 

「当然だ。グランドレオンを倒す為、六芒星破邪の秘儀を行う。その為のシュミレーションも既に考えてある」


 聖哉は真剣な顔で淡々と語り始める。


「まずは入隊試験に合格して獣皇隊に入り、王宮へと侵入する。そこで邪神の力の発信元である邪神殿じゃしんでんの周りにもイシスターより授かった六個の結界石を設置。更に受信元であるグランドレオンの体の一部を手に入れる。まぁ体毛が一番、手頃だろう。その準備が終わってから、グランドレオンの半径500メートル以内にて『破邪の剣舞』を三時間行う。これには制約があり、剣舞の最中は決して誰にも見られてはいけない。剣舞が終われば六芒星破邪の秘儀は完了。グランドレオンは弱体化する」


 聖哉は事も無げに言うが、やることも多く、なかなか厄介そうである。特に最後の……


「えぇと『破邪の剣舞』だっけ? それって大変じゃない? グランドレオンの近くで、誰にも見られず長時間だなんて……」

「イシスターも最難関だと言っていた。見られた時点で秘儀は失敗、もはやグランドレオンに対し、二度と使うことは出来ないのだからな。だが、俺にはケイブ・アロングがある。王宮の地下に潜み、密かに剣舞を行えば問題ない」

「あ、そっか! なるほどね!」

「……問題なのはお前だ」


 そして聖哉は冷めた目で私を見る。


「本来なら冷凍睡眠でも施して、何処かでずっと寝ていて欲しいところなのだが……アリアやイシスターに、イクスフォリア攻略はお前の罰も兼ねている、と言われている。故に嫌で嫌で仕方ないが連れて行かねばならん」

「嫌で仕方なくて悪かったわね!!」


 叫んだ刹那、急に聖哉が私に片手を向けた。


「わわっ!?」

 

 殴られるのかと身構えたが、違った。聖哉は何もしなかった。代わりに、洞窟内の土壁から発生した何かが、目にも止まらぬ速さで地を這い、私の脚を伝ってドレスの中に入っていく!


「いっやあああああああああ!?」


 体中を撫で回されるような、おぞましい感覚に私は絶叫した。


「な、な、な、何をしたの!?」

「お前の体に強力な土蛇を数匹、忍ばせておいた。今から向かう入隊試験で、お前はただ突っ立っていればいい。そうすれば土蛇が勝手に相手を倒してくれるだろう」

「へ、へえ……そ、そうなんだ……」


 ドレスの胸元から覗くと、何匹もの土蛇が私の胸部と腹部でとぐろを巻いている。ゾッとして私は見るのをやめた。


「入隊試験以後、俺とお前が別行動になる可能性もある。だがその時も土蛇がお前を守ってくれる筈だ」

 

 ふ、ふぅん……な、何よ、私のこと、結構考えてくれてるんだ? やっぱり聖哉ってば……


 そう思った瞬間、厳しい目を向けられる。


「ちなみに監視も兼ねている。魚人のまま人語を喋ると喉元に食らいつく仕様だ」

「!? ひっでえ仕様だな!! そんなことしなくても喋らないわよ!!」


 聖哉は憤る私に構わず、平然と宣う。 


「お前のことなど、二の次、三の次だ。六芒星破邪はグランドレオンを安全かつ確実に倒す唯一の手段。全てに於いて、それを優先する」

「フン!! 上等よ!! アンタこそ、ヘタこくんじゃないわよ!!」

「……誰に対して言っている」


 腕組みをした聖哉から、みなぎるような自信が溢れている。毒づきながらもそんな聖哉を見て、私は内心、安堵していた。


 ――相変わらず準備は万端のようね。それもそっか。潜入に隠密行動。こういうことをさせたら、きっとこの勇者は天下一よね。私ったら一体、何を心配してたのかしら……。


 神界で感じた私の不安は、いつの間にか消し飛んでいたのだった。

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