第六十九章 戦神
迷彩服の女神が、頭をボリボリと掻くと、ただでさえ乱れていた髪が更に乱れた。
――せ、戦神ゼト……! この神がステータスを限界突破出来る方法を知って……あ、あれっ? いなくなった?
ふと気付くと、ゼトは地面を、ほふく前進していた。
「ふぅふぅ!
う、うーわ……! アデネラ様と同じ……いやそれ以上の異常性を感じるわ! これは気を付けて接しないと!
しかし聖哉は地を這うゼトを見下しながら言う。
「おい。そこの『異常者』」
「!! そんなにもハッキリ言う!?」
いや、どうして初対面でそんなこと言えるの!? こっちにも異常なの、いたよ!!
「俺のレベルはMAXでこれ以上、上がらない。お前は俺の能力値の限界を超える方法を知っているか?」
「……知っているであります」
ゼトは、すっくと立ち上がり、聖哉の眼前に顔をズイッと近付ける。
「人間の限界を超えるには、人間をやめてしまえばいいのであります! 人ならぬ存在『
す、ステータス倍加!? そんな夢みたいな方法が!? で、でもそれが本当だったとして、それ程の絶技、簡単に教えて貰える筈がない!!
しかし、ゼトは聖哉にニコリと微笑む。
「暇だから教えてあげるであります!」
「!! ウッソ、マジで!? そんな簡単に!?」
「ずっと井戸に閉じこめられて、退屈しているのであります。イシスターの結界のせいで、貴殿達は帰ることが出来ても、自分は井戸の外に出られないのであります」
「それでは始める前に質問だ。今までそれをマスターした人間はいるのか?」
「うーん。まぁ……一人だけ、いたのであります」
「習得に当たって危険は?」
「うーん。まぁ……死にはしないのであります」
あ、怪しい……!! 実際、うまい話すぎるわ!! 能力値が倍になるだなんて……!!
私は聖哉を呼んで、こっそり耳打ちする。
「ね、ねえ。何だか安全の保証はなさそうだよ? やっぱり止めた方がいいんじゃ……?」
「イシスターによれば、六芒星破邪は決めた標的に対して、一度しか使えないらしい。失敗した時、どうにかグランドレオンに対抗する手段が必要だ」
「だからって! 実際、教えて貰ったところでマスター出来るかどうかも分かんないし!」
「ヴァルキュレは暗黙の了解で俺にコイツを勧めてきた。つまり俺ならば習得可能と踏んだ訳だ。やる価値はある」
またヴァルキュレ様か……。慎重な聖哉が……すごい信頼感なのね……。
聖哉はゼトにハッキリと告げる。
「では、アデネラを倒せると言った『
アデネラ様の名を聞くや、ゼトは鼻をひくつかせた。今までの話の流れから、双方に確執があるのは間違いない。
「能力値を四倍にするフェイズサードはもちろん、三倍にするフェイズセカンドも人間には無理なのであります。貴殿は第一段階であるステイト・バーサークを習得するであります」
そしてゼトは暗いトンネルへと進み、聖哉に手招きする。
ゼトを追うようにトンネルに入った聖哉は途中、一度だけ私を振り返った。
「リスタ。俺が此処で修行をしていることは誰にも言うんじゃないぞ」
……夜の森を一人歩きながら、私は神殿へと戻っていた。
しかし、他ならぬ聖哉が決めたことである。それに修行はもう始まってしまったのだから、考えても仕方ないのかも知れない。
その時。不意に、
『こっちだよ……』
暗い夜の森で、誰かが私を呼ぶ声が聞こえた。
『こっち……こっちだよ……』
「ひえええええっ!?」
私は怖くなって、耳を塞ぎ、一目散に駆け出した。
神殿に戻ってから、よくよく考えれば、あれは聖哉にロープでグルグル巻きにされたミティス様の声だったのだろう。
……明日、ロープ解いてあげなくちゃ。
翌日。
ランチパックをこしらえ、私は帰らずの井戸に向かった。
縄ばしごを下りると、トンネルの前、ゼトが一人でほふく前進していた。
「あ、あの……聖哉は?」
「ああ、竜宮院殿でありますか。彼は今、『改造実験房』……もとい、『精神集中の間』にて頑張っているであります」
「!! 今なんかとんでもないこと言わなかった!?」
「全く言ってないであります」
気になってトンネルに向かおうとするが、ゼトが両手を広げ、通せんぼする。
「此処から先は、修行の妨げになるであります」
私は仕方なく、ランチパックをゼトに渡して帰ったのだった。
翌々日。
聖哉の昼食を作り、森へ行こうとカフェの前を通りかかるとアリアが声を掛けてきた。隣にはセルセウスとアデネラ様もいる。
「ねえ、リスタ。今回、聖哉はどんな神について修行しているの?」
「えっ! えぇと、そ、その、す、すごい神に、すごい技を教わっているわ!」
するとアデネラ様の目がギョロリと光った。
「な、何で、そ、そんなに、抽象的なんだ? せ、聖哉は、い、今、何処にいる?」
「そ、そうね! こもってるわ! 個室で一人!」
セルセウスが呆れた顔をする。
「何だそれは。トイレじゃあるまいし」
「うん、まぁトイレみたいな感じよ! とにかく忙しいから! それじゃあ、またね!」
私は冷や汗タラタラ。逃げるようにして走る。
――あ、危なっ! これからは出来るだけ、カフェの前は通らないようにしよう!
……帰らずの井戸では、その日も聖哉の姿はなかった。ゼトだけがトンネルの前で鉢巻きをして、竹槍を突いている。
「来たれよ、革命! 夜明けは近いのでありまーーーす!」
そんなゼトを見て限りなく不安になるが、トンネルの前には昨日持ってきたランチパックが空になって置かれていた。
聖哉はどうやらご飯は食べているらしい。私は少しだけ安心した。
更に次の日。
またしても聖哉の姿は見えない。トンネルの前でしばらく待ったが出てきそうにないので仕方なく帰ることにした。
しかし、井戸を出た後、ランチパックに付ける箸を持ってきてしまったことに気付く。
慌てて再度、井戸に入り……そこで私は信じられないものを見た。
「もぐもぐ、もぐぐ! この配給はなかなかうまいのであります!」
何とゼトが手づかみで、聖哉のご飯を食べているではないか!
「ちょ、ちょっと!! 何してるの!?」
「おっとと!! これは失敬!! しかし竜宮院殿は修行中! 腐ってはいけないと思い、自分が平らげていたのであります!」
「!? ま、待って!! ひょっとしてずっとアナタが食べてたの!? 聖哉は三日間、トンネルから出てきてないの!?」
居てもたってもいられなくなって、私はトンネルへと駆け出した。
暗いトンネルを奥へと進むと、突き当たりにガラス張りの扉があり『改造実験房』と書かれたプレートが張り付けられている。
その扉に近付くや、
「グオオオオオオ!!」
「きゃあっ!?」
猛獣のような叫び声と共に何かが扉にぶつかってきた!
扉の向こうには、牙を剥き、髪の毛を真っ赤に染めた魔物がいた。いや……魔物ではない。着ている服、背格好は間違いなく……
「聖哉っ!?」
「……ほうほう。そろそろ頃合いでありますな。立派なバーサーカーに育ったであります」
背後からゼトの声。私は振り向いて、ゼトを思い切り睨む。
「な、何よ、これ!! アンタ、聖哉に一体何をしたの!?」
「無論、望んだ通りの狂戦士化であります。竜宮院殿の能力値を見てみるであります……」
職業・魔法剣士(土属性) 状態・狂戦士
Lv99(MAX)
HP643920 MP88155
攻撃力586824 防御力575288 素早さ537750 魔力58751 成長度999(MAX)……
「ほうら。ステータスが倍加しているでありましょう?」
「だ、だからって、こんな!! 聖哉に意識はあるの!?」
「それはもちろん、意識も理性も無いのであります。今の竜宮院殿は、自分の従順な操り人形であります」
「な……何ですって!?」
ゼトは持っていた鍵を扉に刺し込みつつ、にやりと笑った。
「貴女は愚かな女神であります。簡単に能力値が二倍になるのに、どうしてイシスターがこの方法を会得させないか、考えなかったでありますか? 誰もが狂戦士化の精神汚染には耐えられないのであります。どうにか耐えた者も、脳が完全にイカレてしまうであります。まぁそれでも死にはしないので、自分は嘘は言っていないのであります」
言葉を失う私。そして、扉は開かれる。
「グルルルル……!」
そこからゆっくりと狂戦士と化した聖哉が現れる! 体から発散されるオーラは邪気とは別種の――『狂気』!
「今や、竜宮院殿は戦いにしか興味のない戦闘マシーンになったのであります!! さぁ、その力でイシスターの結界を破壊し、自分を井戸より出すのであります!! 現刻を持ちまして、
な、な、なんてこと!! 戦神ゼト……井戸に閉じこめられている訳だわ!! こんなのに頼むなんて失敗だった!!
悲嘆に暮れる私! 哄笑するゼト!
だが狂戦士は、
「グルルルル……」
唸っているのみで全く動かない。
「あ、あれ? 結界を破壊してくるであります! さぁ早く!」
「グルルルル……断る」
一瞬の沈黙の後。ゼトが大声で叫ぶ。
「!! 唸りながら断ったァ!? 未だに理性が残っているのでありますか!?」
「グルルルル……狂戦士化解除……」
またも唸りながら言葉を発する。やがて、聖哉の髪の色は元に戻った。牙も消え去り、発散された狂気も無くなっている。
私は呆気に取られ、そしてゼトは震える指で聖哉を指す。
「お、おかしいであります!! 『戦いにしか興味のない狂戦士』になった筈なのに!?」
ゼトの言葉を聞きながら、私は頬をポリポリと掻く。
「ま、まぁ……聖哉は元々、そういう人間だからね……」
出会った時から修行、修行、修行、修行。昔、セルセウスに人間の身ながら『スーパー・バーサーカー』と呼ばれていた事実を私は思い返していた。
「た、戦いにしか興味がない? そ、そんな人間、いないのであります! 異性、遊戯、食べ物、睡眠――人間には色々あるであります! 貴殿は他に楽しいこと、ないのでありますか?」
「……何の話だ」
「ええええぇぇぇぇ!?」
放心状態のゼトを無視し、聖哉は私に目を向けた。
「行くぞ、リスタ。もう此処に用はない」
「う、うんっ!」
トンネルを出て、井戸の縄ばしごを上ろうとした時、ゼトが追いかけてきた。
「何よ、アンタ!! まだ何かあるの!?」
「ち、違うであります! 戦いこそが生き甲斐の同志、竜宮院に忠告をしに来たのであります!」
そしてゼトは真剣な顔で言う。
「同志、竜宮院。覚えておくであります。バーサーク中は魔法や特技は一切使えなくなるであります。そして段階は上げてはダメであります。特にフェイズ・サードは確実に脳が崩壊するのであります。これが出来るのは戦神たる自分だけであります」
聖哉が「フン」と鼻を鳴らすと、ゼトは血相を変えた。
「『俺なら出来る』と思っているでありますね? 人間には『超えられない壁』というものが存在するのであります! 人間がフェイズ・サードを発現させれば、確実に廃人! バーサークの傷跡は魂にも刻まれ、元いた世界に戻れたとしても、後遺症は残るのであります! これは同志と認めた貴殿だからこそ伝えているのであります!」
「……覚えておこう」
「絶対に絶対にダメでありますよ?」
そうして、ゼトは両の口角を上げた。
「それでは、同志、竜宮院! ステイト・バーサークで、その何たらとかいう世界、完膚無きまでにブッ潰してくるのであります!」
「うむ。無論そのつもりだ。ブッ潰す」
「いや……潰しちゃダメでしょ……。救わなきゃ……」
井戸から出て、森を進んでも、背後からゼトの意味不明な言葉が響いていた。
「嗚呼! 貴殿と再び出会う日が楽しみであります! その時こそ『捻じ曲がった時空』で互いの健闘を讃えあうのであります! どうかどうか、それまではお元気で……」
神殿の食堂にて、三個目のパンを囓る聖哉に私は微笑む。
「こんなことならゲアブランデの時から、ゼトに会っておけばよかったね? そしたらもうちょっと楽に攻略出来たかも!」
「いや。あのトンネルの中では狂気が渦巻いていて、何度か意識を失いかけた。破壊のオーラを身に付け、天獄門の代償を二度経験したからこそ、精神汚染に耐えられたのだ。ヴァルキュレはそれが分かっていたから、このタイミングで戦神ゼトを俺に示唆したのだと思う」
「そ、そっか。やっぱり大変だったんだね……」
聖哉はコップの水を飲み干した。腹ごしらえは出来たようだが、
「もう少し修行して、ステイト・バーサークを完全に使いこなせるようになりたい」
そう言って聖哉はカフェに向かった。そして座ってコーヒーを飲んでいたアデネラ様を猫の首を持つようにして引きずった。
「アデネラ。修行するぞ」
「う、うん! す、する! 修行する!」
召喚の間に連れて行くようだ。二人の後を追おうとするが、アリアが私の肩を叩く。
「リスタ。イシスター様がお呼びよ」
「ええっ?」
ま、まさかゼトの技を身に付けたことがバレたんじゃ? だ、大丈夫よね? だって森の奥はイシスター様の力も及ばない場所って言ってたし……
「……ゼトに教えを乞いましたね」
開口一番、大女神の言葉に心臓が止まりかけた私だが、
「六芒星破邪の成否に関わりなく、グランドレオンに対抗する力を身に付ける――相変わらずの慎重さですね」
どうやら怒ってはいないようだった。
「でもリスタルテ。覚えておいてください。ゼトの禁じ手を使って、それでもなお、グランドレオンには及ばないでしょう。もう一度言います。グランドレオンとの直接戦闘は絶対に避けてください」
「は、はいっ!」
「しかし六芒星破邪で弱体化したグランドレオンを葬るのに、ゼトの技を使えば確実。成功の確率は跳ね上がりました」
微笑んだ後、イシスター様は少し、表情を引き締めた。
「前回、呪縛の玉の力で神界に戻れなかったように、グランドレオンの本拠地であるターマインにいる限り、また此処へは帰れなくなるでしょう。門によるターマイン内での移動は可能でしょうが、使えばアナタの気配を察知されるかも知れません。なるべく使わないように」
「分かりました!」
「最後に。ターマイン王国はアナタが人間だった時の故郷。辛い思い出もあるでしょう。それでも女神としての規律ある振る舞いを期待します……」
イシスター様に頭を下げて、私は部屋を退出した。
――辛い思い出かぁ。アリアも心配してたけど実際、ティアナ姫だった時の記憶はもうないし、そんなに心配ないと思うけどな……。
召喚の間に向かうと、扉は開かれており、部屋の外では汗を掻いた聖哉が佇んでいた。
「あれ? 聖哉、もう終わったの?」
「うむ。本気のアデネラと戦ってみた。そして、手応えはあった。もう充分だ」
「えっ!! ひょっとしてアデネラ様に
「修行中は誰かに邪魔されるのがイヤだっただけだ。今となってはバレても問題はない」
するとアデネラ様が、扉からひょっこりと顔を覗かせる。
「お、おい。リスタ。こ、こっちに来い」
扉がしっかりと閉められ、召喚の間で二人きりになった後、アデネラ様はジト目を私に向けた。
「ぜ、ゼトの技、狂戦士化を、せ、聖哉に、み、身に付けさせたな?」
「す、す、すいませんっ!!」
頭を下げるが、アデネラ様は大きな溜め息を吐いただけだった。
「えっと……それでどうでした? 聖哉、強くなってました?」
「ああ。と、とんでもなく、強い。あんな人間は、こ、これから、先も後も、あ、現れないだろう」
「!! ってことは『双極・連撃剣』も凌いだんですか!? うわあっ!! やっぱり聖哉ってば、すごいなあ!!」
感嘆して叫ぶが、アデネラ様は浮かない顔をしていた。
「い、いや。せ、聖哉は、し、神剣・
「え……」
「り、リスタ。聖哉は強い。それでも、に、人間だ。もし本当に、ぐ、グランドレオンという奴が、ぜ、全力の私に近い能力値なら……き、狂戦士化を仮に、も、もう一段階、進めたところで……」
そして。アデネラ様は残酷な言葉を私に告げる。
「せ、聖哉は、か、勝てないだろう」
「……話は済んだか?」
扉の外に出ると聖哉は私にそう聞いてきた。
「う、うん」
「それでは出発するとしよう」
「聖哉。もう準備はいいの?」
しばらく黙った後、いつものように自信ありげに言う。
「
……アデネラ様の言葉を聞いた後では、今まで頼もしかった台詞が少しだけ儚く思えた。
聖哉はアデネラ様に手加減されたことを知っているのだろうか。いや……聖哉のことだ。ひょっとしたら分かっているのかも知れない。『レディ・パーフェクトリー』と言ったのは、あくまで『六芒星破邪を確実に成功させる』といった意味なのだろう。
――だけど……もしも万が一、六芒星破邪が失敗すれば、その時は……? う、うぅん!! 何を考えてるの!! 成功するに決まってるじゃない!!
ネガティブな思いがこれ以上広がっていく前に、私はイクスフォリアへの門を出現させたのだった。
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