第十五章 1対10000
全速力で飛行すると、あんなに遠かった聖哉の背中が近くなった。どうやら飛翔のスキルは私に分があるようだ。実際、以前見た聖哉の『飛翔』はそこまで高いレベルではなかった。対して私の飛翔スキルはLv14。時速に換算すれば六十から八十キロで飛行可能である。
私はすぐに聖哉に追いつき、
「捕まえたああああああ!!」
……背後から抱きつこうとして、かわされた。
チッ! 流石に、後ろに目が付いているような反応の良さね!
「何だ、付いてきたのか。いらないのに……」
「フン! なぁにが『いらない』よ! 言葉に気をつけなさいよ? 空中じゃ私の方が上なんだからね! あんまりふざけてるとコショコショして落下させちゃうわよ!」
余裕ぶる私を気にもせず、聖哉は独り言のように呟く。
「ならし運転は終わりだ。そろそろ本気で飛ぶか」
言うや、聖哉の姿が忽然と消えた。
「え……」
気付けば十数メートル先を悠々と飛翔している。
は、速っ!? いつの間に!? く、クソッ!!
私は翼を大きく、はためかせ、聖哉のあとを追う。飛翔に関しては負けたくなかった。だって私は美しい翼がある。対して聖哉は翼もなく、ただフワフワと浮遊しているだけ。これは何としても負けられない。
だが……速い! 私は既にMAXスピードなのに、差はどんどん開いていく!
ま、負けてたまるかあ!! ウッオォォォォ、弾けろ!! 私の『
背中も翼も痛めて頑張ったが、聖哉の姿は遂に私の視界から消えた。
精根尽き果てた私は、ゼェゼェと息を切らしながら、空中で前のめりになって停止した。
――せ、せっかく神界特別措置法まで施行したのに……。女神の力を出してもアイツには勝てないのね……。
落ち込みながら、ふと前を向くと、そこに聖哉がいた。
「だから、いらんと言ったのだ。まったく鬱陶しい。ホラ、行くぞ」
そして私の手首をギュッと掴み、聖哉は私を連れて飛行した。
……置いていかれて腹が立った。出会った時からの病的な慎重さにも嫌気がさしている。でも……気まぐれかも知れないが、待っていてくれた優しさと、私の手首を包むぬくもり、そして前髪を揺らせながら飛翔する引き締まった横顔を見て、私は何だか興奮してきた。
や、やっぱりコイツ、近くで見ると超かっけー!! ハァハァッ!! ってか手とか握ってくれちゃって、えっ、ちょっと、何コレ……デートみたい!!
すると聖哉が私を振り返る。
「おい、リスタ」
ええええっ!? せ、聖哉が私を名前で呼んだ!? いつも「お前」とか「おい」としか呼ばれなかったのに!?
「な、な、何よ?」
私の胸はドキドキしていた。
だって此処は空中!! つまり地上からは見えない!! ま、まさか聖哉、此処で私にエッチなことしようとしてるんじゃ!? だ、ダメよ、それはダメッ!! 女神と人間の恋愛は禁則事項なのよ!! うん……でも、まぁ、ちょっとくらいならいいとは思うけどね? ってか、キスくらいなら全然いいんじゃないかな? ってか、アリでしょ、そのくらい? ってか、むしろキスして欲しいけど? いや、もう私からキスしちゃおうかな?
妄想全開で唇をタコにように尖らせた私に聖哉は言う。
「もっとスピードを上げるぞ」
「……はい?」
途端、私の手首を持つ手に力が! 体ごと持って行かれる猛スピードで聖哉が飛翔する!
「あばばばばばばば!?」
私の口にすっごい空気が入る。息すらまともに出来ない。自分では見れないけど、わかる。きっと私の顔は今、とんでもないことになっている。
ちなみに聖哉自身は自分の魔力で飛んでいるから大丈夫だが、引きずられている私はたまったものではない。分かりやすくたとえて言えば、聖哉がジェット機内部の快適な操縦席に座っているとすれば、私はジェット機の外側に縄でくくりつけられているような感じなのである。
凄まじい重力加速度に襲われつつ、やがて……私はとんでもないことに気付いた。愛用の白いドレスの胸元が大きく開き、そこから私の片方のオッパイが飛び出していた。
「ウッヒィィィィ!? もう止めてえええええ!! 服から片乳、ハミ出てっからあああああ!!」
だが止まってくれない。私は乳をハミ出したまま、腕を掴まれ、飛行し続けた。
……聖哉がようやくスピードを落としたのは何と数十分後であった。
どうにかハミ出た乳を服の中に収納した後、私は呟く。
「し、し、し、死ぬかと思った……!!」
「うん? 女神は死なないのだろう?」
そう言いつつ振り返った聖哉は、髪の毛ボサボサ、鼻水ヨダレで顔はグチャグチャ、服は乱れまくりの私に気付いた。
「お前……そんなヴィジュアルだったか?」
「!! アンタのせいで、私こんなズタボロになってんでしょうがあああああ!? 見てよ、コレ!! リスタウイングもボロボロなんですけど!? ところどころ地肌見えてるんですけど!?」
「得意の回復魔法で治したらいいだろう。それより静かにしろ。万が一、アイツらに聞こえたらどうする?」
怒り心頭のまま「はぁっ!?」と叫び、だが、指さされた方向を見て、私は口をつぐんだ。ゲアブランデの広大な平原を行進するアンデッドの大軍が視界に入ったからだ。
高度約二百メートル上空からは小さなアリがわんさか群れをなしているように見える。だが人間より視力の良い私が目を凝らすと、全貌がはっきりした。アンデッドの軍はその殆どがゾンビと骸骨騎士で構成されていた。彼らは歩みこそ遅いが緩やかに南に向かい、前進していた。
「そ、それでどうするつもりなの? ま、まさかあの大軍に突っ込むんじゃ……?」
聖哉は答えず、またも私の腕を引いた。
「もっと高くまで行くぞ」
「えええ!? また飛ぶの!?」
今度は上に向かい、上昇する。そっと下を見ると、小さかったアンデッドの大軍が更に小さくなり、それと同時に私は息苦しくなった。
一体、高度何百メートルまで来たのだろう。ようやく聖哉が空中停止した時には、アンデッドの大軍は逆三角形で動く黒い塊にしか見えなかった。
「魔王軍の威を知らしめる為の一斉行軍か。ある種、壮観だが間抜けだな。俺ならリスク回避の為、分散させて行軍させる。なぜならこんなところを爆撃でもされれば、ひとたまりもないからだ」
「た、確かに。でも爆撃って、それは聖哉の世界の話でしょ? この世界には戦闘機や爆弾なんかないのよ?」
「だがそれに代わる力なら手に入れた」
そして聖哉は天に両手をかざし、目を瞑った。
「……少し静かにしていろ」
そう言われ、待つこと一分間。ふと私の視界が陰で覆われた。
――え? か、陰? こんな空中で?
上空を見上げた時、私はビックリしすぎて飛翔を忘れ、落下するところだった。なぜならそこに発光する巨大な物体が飛来していたからだ。
「こ、こ、こ、コレは!?」
「
言った瞬間、『ゴオッ!!』と音を立て、私達の隣――と言っても百メートルは離れた場所――を通過する。
「わずか半径十数メートルの小型隕石だが、天空より高速度で飛来するそのエネルギーは凄まじい。多分、一気に殲滅出来る」
私が何かを言う前に、発光しつつ落下した隕石は逆三角形で行進するアンデッドの大軍に衝突した。
同時に鼓膜が破れる程の大轟音!! 炸裂するように巻き上がる爆炎!!
隕石の落下と言うより、それはまさしく爆撃だった。凄まじい火力を持って、着弾するや、アンデッドのいた平原一帯を地獄の業火に包んでいた。
「アンデッド用に隕石の速度を調節した。遅い速度だと衝撃でクレーターを作るのみだが、落下速度を上げれば地表と衝突の瞬間、超高温になって隕石は気化、大爆発を引き起こす。少なくとも一キロメートル四方は焼け野原だ」
「す、すごい……!!」
眼下に広がる火の海を眺め、それくらいしか言葉が出てこなかった。だって、この男は本当に一人で一万の大軍を殲滅してしまった! それも小隕石の軌道を変え、意のままに狙った場所に飛来させるというハイ・ウィザードしか使えない超上位天空魔法によって!
「まぁ、強力だが制限の多い魔法だ。人のいない広大な場所でしか使えんし、しかも発動の為、静かに集中する時間も必要。実際、あまり使えんな」
「で、でもこんな凄い魔法を一体どこで覚えたの?」
「天上界でセルセウスをマウントポジションでタコ殴りしていた時、ふとヴィジョンが浮かんだ。そしてそれがメテオ・ストライクになったのだ」
あ、あの時の……!! ってか、剣神と修行したのに剣の技じゃないんだ……!? い、いや、まぁ別にいいけど……!! そ、それにしても……
私は改めて焦土と化した平原を眺めて、思う。
マッシュやエルルには悪いけれど、確かにレベルが違いすぎる。正直、ゲアブランデ攻略はこの勇者一人で事足りるだろう。
「九割方全滅したと思うが、少し心配だ……念の為にもう一発いっておくか」
事も無げに呟いた後、両手を掲げ、新たなメテオ・ストライクの準備をする聖哉を見て、私の口角は人知れず上がる。
ふふ……ふふふ! すごい! すごすぎる! 四天王のデスマグラだか何だかいう奴もきっと今の爆発に巻き込まれて死んだ筈! 性格はアレだけど、流石は一億人に一人の逸材ね! てか、このメテオ・ストライクを魔王城なんかにブチ当てればゲアブランデなんか一気に攻略出来るんじゃ!? あははははっ! もう楽勝じゃん!!
その時。聖哉の神がかった能力に浮かれ、私はすっかり忘れていた。
そう。此処が救世難度Sの恐ろしい世界ゲアブランデだということを――。
この後すぐに私はそのことを思い知らされることになる。
……悲しい犠牲と共に。
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