第六十二章 過酷なモグラ生活

 バースト・エア圧縮空土砲で更に二体の獣人を退治した後、聖哉は半径1.5メートル程の狭い地下空間の真ん中に魔光石を置き、地面に腰を下ろした。どうやら小休止らしい。


「目標は300体。残りあと296体だ。リスタ。お前が続きを数えておけ」

「う、うん。分かった」


 私にはガルバノの町を占拠している獣人達の正確な総数は分からない。だが300という数字は他ならぬ聖哉が示した数である。それだけ倒せば、きっと町を解放出来るという確信があるのだろう。


「一日50体を目標にする。水や食料などを考えると一週間以内に片付けたいからな。……それでは続きを始めよう。準備はいいか?」


 私が頷くと、聖哉は土壁に手を当てて集中。敵が辺りにいないのを確かめた後、立ち上がって、私の足首を持つ。高く掲げられ、顔面を地上に出した後、獣人達を捜す。発見後は距離を取り、聖哉が吹き矢で狙撃。全く危なげなく、獣人達を倒していった。


 最初は潜望鏡としての扱いに憤ったのだが、よくよく考えれば、これは聖哉との初めての共同作業だった。『仲間として役に立っている』――そんな充実感を感じながら私は敵の発見と報告に努めたのだった……。



 その日の夕刻。狭い洞窟内で勇者が吹き矢を地面に置いた。


「よし。MP等まだまだ余力はあるが、相手は獣人。夜行性の者もいるだろうし、日が落ちてはバースト・エアの命中率も下がる。大事だいじを取って、今日の狩りはこれで終了としよう」


 聖哉らしい慎重さで一日目のハンティングは終わった。それでも今日、倒した獣人は目標より一体多い51体。上出来である。


 ケイブ・アロングで作った地下洞窟で、聖哉は道具屋で買った保存食を食べた後で言う。


「では明日に備え、休むとしよう」


 ――つ、遂に、これから二人っきりで夜を過ごすのね……! この狭い空間で寄り添い合って……!


 心臓の鼓動を早めていると、聖哉が立ち上がり、土壁に手を当てる。


「流石にこの狭さでは体の疲れが癒えない。少し洞窟内を広くする」


 狭かった洞窟は、音もなく拡張。半径三メートル程の円形の空間になる。魔光石を天井に数個セットし、ほの明るくした洞窟の地面に、聖哉は剣の鞘で線を引いた。


「俺とお前の境界線だ。許可無く、この線よりこちらに入るんじゃない」

「な、何よ、それ!! 失礼ね!! 私が聖哉を襲うとでも言うの!?」

「その可能性はある。何せ、お前は急に抱きついてきたりするからな」


 チッ! バレてやがる!


「いいか。勝手にこの線より入ったら、お前を置いたままケイブ・アロングを解除する」

「そしたら私、生き埋めになっちゃうじゃん……! わ、分かったわよ……!」


 聖哉は横になったが、私はどうしても聞かなければならないことがあった。


「ねえ、聖哉。あの、その……トイレは?」


 私には入るなと言っていたくせに自分は線を越え、私のテリトリーに入ってくると、聖哉は壁近くの地面に土魔法で深い穴を作った。


「此処で済ませろ。大きいのには土を掛けておけ」

「マジですか……! 私……女神なんですけど……!」

「世界を救う為だ。我慢しろ」


 ……想像した甘い生活とは、遠くかけ離れた陰惨なモグラ生活がこうして始まったのだった。





 モグラ生活二日目。


 朝が来たのも分からない常時同じような、ほの明かりのもと、勇者は私の体を乱暴に揺すって起こした。


「いつまで寝ている。行くぞ」


 昨日と同じ手筈で私が潜望鏡になり敵を発見、その後はケイブ・アロングで移動して、遠くから狙い撃つ。


「三時の方向に一体発見!」


 頭部を地下に戻した後、私は聖哉に素早く指示を送る。何度も繰り返しているだけあって、もはや慣れたものである。昼を過ぎた時点で、倒した獣人の数は100体に近付いていた。


 既に、私は潜望鏡としての役割に誇りを持っていた。風呂もない、トイレもない悲惨な状況下だったが、やりがいと充実感はあった。


 聖哉も真面目に頑張る私を少しは認めてくれたのだろう。地中にいる時の道具袋の管理を任されるようになった。



 だが……その日の狩りの後、衝撃的な一言が勇者の口から告げられた。


「土魔法の熟練度が上がった。もう潜望鏡はいらん」

「ええっ!?」

「これを見ろ。新土魔法『クリア・シーリング可視天井』……!」


 聖哉が洞窟の天井に手をかざすと、何と天井がガラス張りのように透明になった。


「向こうからは見えないマジックミラーのようなものだ。地上の様子がよく見えるだろう。更に『グラウンド・スルー土中貫通』という技も覚えた。これで天井の土壁をスルーしてバースト・エアの弾丸を撃ち込むことが出来る。つまり地下にいながらにして敵を捕捉、そのまま狙撃も可能になったのだ」

「そ、そう……。よ、よかったね……」


 時代の変化と共に需要が少なくなり、消えていく職業がある。聖哉の世界で言えば、牛乳配達やエレベーターガールのようなものだろうか。


 土魔法の熟達と共に私の仕事は無くなってしまったのだ。





 モグラ生活三日目。


 聖哉は新しい土魔法クリア・シーリングとグラウンド・スルーの併用で、地中に居ながらにして敵を殲滅していた。潜望鏡として私を使う方法より、より安全かつ時間効率も良く、獣人狩りはサクサクと進んだ。


 そして、その一方。私はボーッとした時間を過ごしていた。職を無くし、やりがいを失った私を襲ってきたのは虚無感であった。


 聖哉は必要な時以外、一切、私に話しかけてくれない。こちらから話しても、大事なことでない場合、基本的にスルーされる。更に、お風呂にも入れず、用を足す時は音を立てないようにコッソリと……。


 いつしか私のストレスは限界に達していた。

 



 ……その日の夜。急に聖哉が境界線より、私のテリトリーに入ってきた。


 道具袋を覗いた後、難しい顔で私を睨む。


「おい、リスタ。食料が予定より減っているのは何故だ?」

「あ……ゴメン。食べちゃった……」


 そう。ストレスのせいもあって、私はコッソリ、食料を食べていたのだ。


「何故だ? 女神は死なないのだろう? なのに、どうしてお前は俺より食べている?」

「いや、だって! 死ななくても、お腹はすくんだもん!」


「テヘッ」と愛想笑いしたが、聖哉は全くと言って良いほど笑ってはいなかった。


「だ、大丈夫よ! まだまだ余裕はあるわ! 少なく見積もっても、あと四日は平気だから!」

「ふざけるな。一週間というのは、あくまで目安。戦況は常に変化する。場合によっては更なる期間、地中に潜ることも考えられる。この目減りした食料では不安だ」


 そして聖哉はぼそりと呟く。


「此処で新たな食材を見つけるしかあるまい」


 土壁に近付き、目を凝らす。やがて土の中にズボッと手を突っ込んだ後、


「キシャーッ!」


 聖哉の手の中には、体長10センチ程で、細かい牙を大きく剥くミミズがあった。それを私の顔前に突き出す。


「おい。食べられるかどうか鑑定しろ」

「こ、こんなの食べられる訳ないじゃんか!!」

「いいから鑑定しろ」


 ブツクサ言いながら私は鑑定スキルを発動する。



『デスミミズ――イクスフォリアの地中に住む生物ね。ちょっかいを出さなければ無害よ。あと、食べられるか食べられないかで言ったら――ギリ食べられます』



 う、うわ……ギリ食べられるんだ、コレ……! でもこんなの絶対食べたくないし……!


 私は残念そうに肩をすくめて見せた。


「ダメね。これは完全に無理。食用ではないわ」


 すると聖哉は氷のような目で私を睨み付けた。


「この嘘つき女神め……。『食べられる』と鑑定結果が出ているだろうが」

「なっ!? ど、どうして分かるの!? ま、まさかひょっとしてアンタも鑑定スキルを持ってるの!?」

「お前に出来て俺に出来ない筈があるまい」

「騙したのね!! ひどいっ!! ひどいわっ!!」

「ひどいのはお前だ。もう勘弁ならん。……食え」


 恐ろしい形相でデミミミズを持った聖哉が迫る!


「い、イヤよ!! 私は女神!! デスミミズなんか死んでも食べるもんですか!!」


 だが聖哉は私の口に、生きたままのデスミミズを無理矢理、突っ込んだ!


「!! もがががががががが!?」


 両手でアゴを上下に動かされ、デスミミズを咀嚼させられる! お口いっぱいに形容しがたい苦みが広がってゆく!


「うっぇぇぇ……!! おっげぇぇぇ……!!」


 涙目の私に、勇者が吐き捨てるように言う。


「今日からお前の主食はデスミミズだ」




 ……就寝時。目を閉じても、沢山のデスミミズがまぶたの下でウネウネとうごめいていた。


「うえへへへ……! デスミミズが一匹、デスミミズが二匹、デスミミズが……」


 過酷な環境下、私の精神はかなりおかしくなってきていた。

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