第六十一章 愉快な笛吹き

 魔光石にほのかに照らされた長い階段を上ると、頭上に木の板が見えてきた。そこを開けば、廃屋の床へと繋がっている筈である。


 だが、出口を目前にして、聖哉は階段の途中で左手を土の壁に当てていた。


「え? 何してるの?」


 すると突然、音もなく、土の壁にポッカリと大きな空洞が出現する! 


 私が驚いている間に聖哉はその中へ足を踏み入れた。


「せ、聖哉!? 待ってよ!!」


 私も続いて、空洞に入る。聖哉は道具袋から取り出した魔光石で、空洞内を照らしていた。


 それは不思議な光景だった。空洞自体は私達二人いるのが精一杯な狭い空間なのに、聖哉が空洞の壁に向かって歩くと、壁は新たな空洞を形成する。そして歩いた後は、さっきまでいた場所が閉じて無くなっている。穴を掘って進むのと違い、まるで土壌の方が私達の歩みに合わせて、どいてくれているようだ。


「凄い……! これが土魔法なの?」

「『ケイブ・アロング移動式洞窟』。土の中を徒歩で自由に移動することが出来る」


 小声で話しながら、聖哉は地中を進んでいたが、やがて歩みを遅くする。


「現在、俺達は廃屋の周り、その地下1メートルの場所に位置している」

「へ、へえ……」


 どうして、いきなりこんな技を?――そう聞こうとした時、聖哉が立ち止まり、無言で首を横に振った。人差し指で頭上を指している。


 魔光石に薄く照らされた頭上の土壁を眺めていると、くぐもった声が聞こえた。


「……本当にこの廃屋から勇者達が出てくるのか?」

「……ああ。これまでにも廃屋の近くで消えた人間の目撃情報があるからな」


 考えるまでもなく、獣人達だ。私達は息を潜め、会話に耳を澄ます。


「けどよ。その時、廃屋をくまなく調べても人間はいなかったんだろ?」

「ブノゲオス様が言うには、土属性の魔法を使える人間がいて、少なくない数の人間共が地下に身を潜めているということだ。入口は魔法により、人間が近付いた時しか開かなくなっているらしい」

「そして、そこに勇者もいる、と?」

「これだけ地上を探してもいなかったんだからな。間違いない」


 そして獣人達は下卑た声で笑った。


「見つけたらブッ殺してやるぜ!」

「ああ、勇者狩りだ!」


 会話を聞き終わると、聖哉は黙ったまま忍び足で土の中を進んだ。やがて私の方を見て、無言で頷く。どうやらもう喋っても良さそうだ。


「ね、ねえ! 私達、狙われちゃってんじゃん!」 

「さほど驚くことではない。戦いの途中で逃げられ、ブノゲオスは憤慨している。血眼になって俺達を捜すのは当然だ」

「さっき獣人達も言ってたけど……アイヒちゃんの土魔法って、人間が廃屋の床下を開けて、初めて希望の灯火へと繋がる階段が現れる仕組みらしいのよ……」

「それがどうした?」

「いや、だから! こんなに廃屋をマークされてたら帰れなくない?」

「無論、想定内だ。その為に魔光石も食料も用意したのだからな」

「ええっ!? じゃあ私達、これから聖哉の作った洞窟で過ごすの!?」

「基本、そういうことだ。改めて言っておくが、地下とはいえ、奴らは獣人。中には聴覚が人間よりずっと優れている奴もいるだろう。極力、物音は立てないようにしろ」

「わ、わかったわ」 


 緊張感を持ちつつ、小声で返事をしたが、その時、私は全く違う意味でドキドキしていた。


 ってことは、何!? こんな狭い空間で薄明かりの下、ずっと二人っきり……!? こ、これは好感度を回復させるチャンスどころか、もっとずっと大人の展開が待っているのではっ!? はぁはぁはぁはぁ!!


 私が興奮している最中、聖哉は壁の土に手を当てていた。


「……何してるの?」

「周りに獣人の気配がないか確かめているのだ」


 そして聖哉は私の顔をじっと見詰めた。


「リスタ。俺の役に立ちたいと言っていたな?」

「う、うん! そうだけど……」


 突然、聖哉は屈んで私の両足首を握った! 聖哉の顔が私の下半身に近付く!


 や、やだ!! 何よ、コレ!? 一体、何をする気!? まさか……だ、ダメッ、ダメよ、いくら何でもそんなエッチなこと!! いやまぁ……ぶっちゃけ別にダメじゃないけど!! むしろ、全然いいけど!! はい、どうぞ、脱がしてください!! よろしくお願いします!!


 だが、次の瞬間、私の体は宙に浮いた! 


「……へ?」


 勇者の腕力で両足首をしっかりと握られ、そのまま『高い高い』でもするように、持ち上げられる! 必然、頭上の土壁が私の顔面に迫る!


 ――げええええええええ!?


 だが……想像したような衝撃はなかった。意外にも、水中に顔を突っ込んだような柔らかな感覚。そして……


 360度、開けた視界に映るのは、紫の空! 荒涼とした町の光景! 更に向こうの方には犬、猫の獣人の姿も見える!


 何と……私の頭部だけが、地上に出ていた!


 はわわわわわわ!? な、何じゃ、こりゃあああああああああ!?


 動転してパニックになる寸前、『ズルンッ!』と私の頭部は地中に引きずり込まれた!


「ひいいいいい……!」


 狭い洞窟の中、恐怖で小刻みに震える私に聖哉は事も無げに聞く。

 

「おい、どうだ? 辺りに獣人はいなかったか?」

「え、ええ……近くにはいなかったけど、あっちの方に二体いたわ……って、ちょっと待てええええ!! 私は『潜望鏡』じゃねええええ!! 見つかったらどうすんだよおおおお!!」

「協力すると言ったろう? 事前に安全は確保してあるし、それにすぐ引っ込めただろうが。……よし。では、気を付けながら、浮上するとしよう」


 聖哉がケイブ・アロング移動式洞窟を解除すると、私達の体はせり上がり、ゆっくりと地上に浮上した。


 聖哉はすぐさま辺りを窺うと、物陰を見つけ、小走りで進んだ。そしてそこから獣人の様子を窺う。私の耳に獣人達の話し声が聞こえる。


「勇者狩りとか、面倒くさいし、イライラするにゃ。帰ったら、腹いせに家の奴隷でも食べてやるにゃ」


 猫の獣人の言葉に犬の獣人は眉をひそめた。


「おいおい、この町じゃあ食人は御法度だろ?」

「ブノゲオス様だって、こっそり食ってるって噂にゃ。気にすることはないにゃ。しかも今は勇者狩りの真っ最中。こんな時に奴隷の一人や二人いなくなっても誰も気にしねえにゃ」

「それもそうだな。な、ならよ、俺にも半分くれねえか?」

「仕方ないにゃ。そうと決まれば今から行くにゃ」


 私は小声で聖哉に囁く。


「せ、聖哉! 奴隷が殺されちゃうわ!」

「慌てるな」


 聖哉は胸元から白銀に輝く細長い物体を取り出した。


「今から、笛を吹く」

「!? いや、笛なんか吹いてる場合じゃないでしょ!? 人が殺されそうなんだよ!?」


 だが私は気付く。聖哉の持っている笛は、普通の構造ではなかった。先端部と末端部に穴があるだけで、側面には穴が開いていない。


 聖哉はしゃがむと、足下の土をひとつまみした。粘土をこねるように土を指で転がす。


「な、何やってんの……?」

「土を魔法で固めている。更に空気抵抗を無くす為に流線型にする」


 今、聖哉の指先には、細長くて先端の尖った物体があった。


 ――ま、まるで聖哉の世界にある、拳銃の弾……それもライフル弾みたい……!


 聖哉は、それを笛の先端に付ける。そして十数メートル先の獣人達を鋭い目で見据えていた。


「魔法剣士をやめて、無くしたスキルは多い。だが、それに代わる新たなスキルも手に入れた。スキル『強靱な肺』に、スキル『連続笛吹き』等……愉快な笛吹きとしてのスキルを全て、この一吹きに集約する……」


 そして白銀の笛を口元へと運ぶ。


「喰らえ……『バースト・エア圧縮空土砲』……!」


 瞬間、


『パンッ!』


 乾いたような音が響いた。


 ……何が起こったのか分からなかった。だが聖哉が口にくわえた笛の先、その前方を見た私は絶句する。


 今まで楽しげに喋っていた猫の獣人の頭部は、跡形もなく砕け散っていた!


「……あ?」


 仲間の首から上が無くなっていることに気付いた犬の獣人が、間抜けな声を出す。


「あ、あれ? お前の頭、一体どうなって、」


 だが、状況を飲み込む前に、


『パンッ!』


 またしても乾いた音が響き、犬の獣人の首から上が消失する! 首から黒い血液を溢れさせ、二体同時にくずおれる首無し死体! 


 今、起きた恐るべき光景に恐れおののきつつ、私は思う。


 いやコレ、全然『愉快な笛吹き』じゃねええええええええええええ!!


「せ、聖哉!! 何なの、ソレ!? 笛じゃないの!?」

「笛と言うより吹き矢だな。プラチナソードの要領で、お前の髪の毛を用いて昨晩、合成した。耐久性を増し、更に発射時の消音も兼ねた『プラチナム吹き矢』だ」

「プラチナム吹き矢……!!」


 私にツッコませる暇も与えず、聖哉は物陰を出ると、辺りに気を配りつつ、倒した獣人の元へと向かった。


「何してんの? 見つかっちゃうよ?」

「確かに長居は無用。それでも後片付けはきっちり、しておかなければならん」

「で、出た……! いや、けど、もう絶対に死んでると思うけど……!」

「ダメだ。獣人というからには人間の想像を絶する回復力で復活するかも知れん。頭部を破壊しただけでは不安極まりない。もっと完膚無きまでに破壊しておかなくては」

「でも、ヘルズファイアはもう使えないよ?」

「分かっている。新たな魔法で安全かつ迅速に消滅させる」

「今度は一体何をするつもり?」

「聞きたいか。ならば教えてやろう」


 不意に聖哉は私の頭に手を載せた。その途端、


 ボッコーン!!


「ひいいいっ!?」


 私の体は地面に沈む! 気付けば目の前には聖哉の足首! 何とまたしても、私の頭部だけしか、地上に出ていない!


「!? 何すんのよおおおおおおっ!!」


 身動きすら取れない状況に怒って叫ぶが、聖哉は冷静だ。


「今、俺はお前を完全に生き埋めにするつもりで土魔法を発動した。だがこの通り、お前の頭部は地上に出ている。俺がまだ土魔法に熟達していないせいもあるが、残念ながら現在、このくらいまでしかお前を沈められないのだ」

「メチャクチャひどいこと言ってない!? 私を沈めることに一体何の意味があるんだよっ!?」

「いいから聞け。お前は特に『土魔法の耐性』を持っている訳ではない。だが、生物として存在している以上、多少の魔法耐性を持っている。だから完全には地中に沈まなかったのだ」


 そして聖哉は首無し獣人二体の体に触れる。


「『エンドレス・フォール無限落下』……!」


 途端、二体の獣人が土の中に吸い込まれるように消えた!


 わ、私の時と違って完全に沈んじゃった!? あ……そうか!! 死んだ獣人なら魔法耐性はゼロ!! だから土魔法が最大限にその威力を発揮したんだわ!!


「どのくらいの深さまで落としたの? 十メートルとか?」

「いや、もっとだ。この惑星の中心核まで何千キロあるか知らんが、とにかく落とせるところまで落とす。上手くいけば中心核に近付くことで生じる超高温と超高圧で完全消滅する筈だ」

「!! 何千キロも死体を落とすの!? 落としすぎじゃない!?」

「欲を言えば気化するところをこの目で見て、より確実に安心したいが残念ながらそれは出来ない。なぜなら俺まで気化してしまうからだ」


 あ、当たり前じゃんか……! 真面目な顔で何言ってんの、この人……!


 ある意味、ヘルズファイアで焼き尽くすよりも恐ろしい所行に戦慄していると、


「おい! 何か音がしたぜ!」

「こっちだ!」


 新たな獣人達の声が!


「マズイよ、聖哉! 逃げなきゃ……って、待って!! 私の顔から下、まだ埋まってんだけどォォォ!?」

「構わん。このまま潜る」


 聖哉はすぐにケイブ・アロングを発動! 地上に出ていた私の顔も『ズポンッ!』と地中に潜る!


「……ぷはぁっ!?」


 落ちた先は狭い洞窟。突然、水中に放り込まれたような感覚に戸惑うが、聖哉はすぐさま魔光石を取り出し、空洞内を照らしていた。


「よし。安全な場所まで移動開始だ。そして、そこから再度、獣人達を狙い撃つ」


 私は聖哉の後に付いていきながら、恐る恐る尋ねる。


「ね、ねえ、聖哉……。一体アナタはこれから何をしようとしているの?」

「この町をブノゲオスの支配下から解放すると言ったろう。ケイブ・アロング移動式洞窟で目標を捕捉した後、安全な位置からバースト・エア圧縮空土砲による中距離射撃を行い、敵戦力を削減する。つまり、」


 暗がりの中、勇者の目が鋭く尖った。


「獣人狩りだ」

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