第六十三章 焦りと苛立ち

 モグラ生活四日目。


 悲惨極まる地下生活の一方、獣人狩りは予想以上にはかどっていた。私のカウントが正しければ、倒した総数は既に250体を超えている。


 土魔法のみならず愉快な笛吹きとしての熟練度も上がったようで、スキル『細やかな笛吹き』を身に付けた聖哉は、バースト・エア射出時の更なる消音にも成功していた。射程距離も伸び、吹き矢はもはやサイレンサー付きの狙撃銃。気配すら感づかせることなく、着実に獣人を掃討する所行は一流暗殺者の如しであった。


 そんな折、聖哉が新たなプランを打ち出した。


「そろそろ今回の最終目的であるブノゲオスの偵察に行こうと思う」


 ……狩りは順調とはいえ、まだ提示した目標の300体には達していない。この時点でのブノゲオス偵察は、慎重な聖哉にしては早急な気がしたが、


「聖哉。ひょっとして、呪縛の玉? ブノゲオスの住処に行って、玉を見つけに行く――そのつもりなんでしょ?」


 ブノゲオスが持っているという呪縛の玉を破壊すれば、神界に戻って修行することが出来る。聖哉はその為に危険を冒してまで、ブノゲオスを偵察しに行くのだろうと思った。


 しかし聖哉は「フン」と鼻を鳴らしたのみ。そのままツカツカと歩いて、地下洞窟を移動させようとする。


「ちょ、ちょっと待ってよ!?」

「とにかく行くぞ。着いてこい」


 深く語らず先を急ごうとする聖哉の背中を見て、ふと、心のなかにこんな考えが過った。


 ひょっとしたら聖哉……私みたいに、この地下生活にうんざりしてるんじゃ? だから一刻も早くブノゲオスを倒そうとして……?


 焦りや不安からきた行動は、往々にして良い結果を生まないものである。それでも私は心の中で首を横に振った。


 いや……聖哉を信じよう! もう、向こう見ずじゃないんだし、きっと何らかの考えがある筈よ!

 

 私だって出来ることなら、このモグラ生活から早く解放されたい。ブノゲオス偵察に強く反対する理由はなかった。




 今まで狩り場としていた廃屋周辺を離れ、奴隷市場に向かう。地中にて獣人達の会話に耳を澄ませてリサーチした結果、市場の近くにブノゲオスの屋敷があるのは分かっていた。ブノゲオスは貴族の豪邸をそのまま住処に使っているらしい。


 奴隷市場に着いた後は、地下からクリア・シーリング可視天井で、それらしき屋敷を探す。やがて、朽ちてはいるものの、この町で一番大きな屋敷を発見した。獣人達から盗み聞きした外観から、どうやら此処に間違いない。

 

 聖哉は迷わず、屋敷まで足を進める。


「だ、大丈夫かな? 地下だし、絶対見つからないよね?」


 聖哉のことだから安全面を重視しているとは思うが、もしも万が一、ブノゲオスに見つかれば、その時点でアウト。命の保証はない。ブノゲオスの能力値は他の獣人の比ではないのだ。


 しかし聖哉は自信ありげだ。


「心配ない。ケイブ・アロング移動式洞窟も進化している。内部の防音に加え、現在は地下3メートルの位置まで沈んで移動している」

「あっ。だから、クリア・シーリングで見える景色がいつもより遠い訳ね」

「うむ。いざとなれば、地下10メートルまで潜ることも可能だ。それだけ潜れば、通常の攻撃はまず届くまい」


 納得した後、聖哉に続くように歩き、屋敷の床下に進入する。クリア・シーリングで透過されているとはいえ、洞窟の天井には暗い床下が映っているだけだ。しかし、耳を澄ませると、ギシギシと床を歩く音。そして……


「糞がああああ!! コソコソと俺の部下達を闇討ちしやがって、あの腰抜け勇者めええええええ!!」


 ブノゲオスの怒声が聞こえた。


 聖哉は、洞窟の地面にどっかと腰を下ろし、ブノゲオスの動向に耳をそばだてている様子だった。


 ブノゲオスはゲアブランデの戦帝に匹敵するステータスを持つ強敵である。まともに戦えば今の聖哉に勝ち目はない。その為、ブノゲオスの屋敷の真下に位置するという危険を冒してでも、付けいる隙を探るべくリサーチしているのだろう。


 私も静かに耳を澄ませていると、ブノゲオスに動きがあった。


「こ、これはグランドレオン様!」


 ――!! グランドレオンですって!?


 ブノゲオスより格上かつ、このラドラル大陸全土を統べると言われる魔物の名が聞こえ、動転するが、どうも部屋にはブノゲオスしかいない。「ええ、はい、ええ……」と独り言のように喋っている。どうやら水晶玉を用い、遠隔で会話しているようだった。ちなみにグランドレオンと思しき相手の声はくぐもっていて全く聞こえない。


「いやあ、勇者のせいで獣人がずいぶんやられちまいまして……えっ、やられた数ですかあ? えぇと、それは、その、沢山で……はぁ……今度までには必ず正確な数を……」


 倒された獣人の数を聞かれて戸惑っていたようだが、突然、ブノゲオスの声が弾んだ。


「……おおっ! 奴を送って下さるのですかあ! そうか、そうかあ! そうなりゃ勇者など恐るるに足らずだあ! ほうほう、更に……! ブヘヘヘへ! それは助かりますなあ!」


 私は聖哉に小声で話しかける。


「な、何だかすっごく気になること言ってるけど……?」

「うるさい。今、俺に話しかけるな」

「ご、ごめん……」


 集中してブノゲオスの情報を集めているのだろうと、口をつぐんだその時であった。


「……ブゥ」


 私の隣から豚の鳴き声がした。当然だが隣には聖哉しかいない。聞き間違いかと思った瞬間、


「ブゥ。ブブゥ」


 やはり聖哉だった。聖哉は、いつもの凛々しい顔のまま、豚のように鳴いていた。


「ブゥブ、ブゥ。ブゥブ、ブゥ、ブゥ」


 ――いや、ちょっと、何コレェ!? この人、何でいきなり鳴き出したの!?


 またしても『状態』がおかしくなっているのでは……と能力透視を発動してみたが、偽装のスキルを発動しているのか、聖哉の能力値は見えなかった。


 ――せ、せっかく『向こう見ず』から『慎重』に戻ったと思いきや、今度は『豚』ですか……!? やっぱり過酷な地下生活が精神に影響を……!!


 私もずいぶん鬱になっていたが、もはや自分のことなど気にしていられない。それよりも、むしばまれていく聖哉の精神の方が心配であった……。





 モグラ生活五日目。


 狩りを早々に終えた私達は、またもブノゲオスの屋敷下にて聞き耳を立てていた。


「ねえ、聖哉。どう、調子は? ブノゲオスの弱点とか分かった?」


 耳元で囁くが、聖哉は無言だ。ブノゲオス攻略の糸口が掴めず、イライラしているのかも知れない。


 私はデスミミズを半分千切って聖哉に差し出してみた。


「あんまり根を詰めると良くないよ? デスミミズでも食べたら? 慣れると、そこそこおいしいよ?」

「いらん」

「そう……」


 寂しく一人でクッチャクッチャとデスミミズを咀嚼していると、突然、


「ブヘヘヘへヘヘヘヘ」


 聖哉が豚のような下品な声で笑った!


「!! ど、ど、ど、どうしたの!? いきなり変な声で笑ったりして!?」

「いや。何でもない」


 だ、ダメだ!! これはもう本格的にマズい!! かなり精神に異常をきたしてる!!


『獣人達の隙をつき、一旦、廃屋から希望の灯火に戻ってはどうか?』と提案したが、すぐさま却下された。こんな精神状態では、気持ちを逆撫ですると何をしでかすか分からない。私はそれ以上、強く言うのを止めた……。






 モグラ生活六日目。


 今日も今日とて屋敷の下で、ブノゲオスの動向に聞き耳を立てる聖哉。


 するとブノゲオス以外に新たな足音がした。どうやら屋敷に別の獣人がやって来たようだ。ブノゲオスの声が弾む。


「おおっ! ようやく来てくれたのかあ!」

「キキッ! グランドレオン様の言いつけだからね! 遙々、飛んできたよ!」

「それじゃあ早速、お前の力を使って勇者を探しに行くかあ!」

「いやぁ、案外、この近くにいるかもよ!」


 その刹那、


『キィィィィィン』


 人間より可聴かちょう領域が優れている私の耳に微かな高音が聞こえた。どうやら聖哉にも聞こえたらしい。


「飛んできた、と言っていたな。コウモリ型の獣人か……分からんが、超音波を出した。ケイブ・アロングの位置を掴まれたかも知れん」

「ええっ!? 土の中にいるのに!?」

「超音波によるエコーロケーション反響定位は水中、土中を問わず有効だ」

「や、ヤバいじゃんか!! もっと深くまで潜ろう!?」

「ダメだ。ブノゲオスの膂力りょりょくなら、ケイブ・アロングの限界10メートルまで潜ったところで攻撃が到達し、そのまま生き埋めにされる危険性がある」

「!! この前『心配ない』って言ってたのに!?」

「あくまで『通常の獣人の攻撃ならば』だ。それより行くぞ。モタモタしていては、先手を取られる」


 聖哉はすぐさまケイブ・アロングを解除。私達の体は地中から、せり上がる。


 屋敷の床下と地面との狭い空間に達し、屈みながら床下から抜けだそうとした時、頭上の床が音を立てて砕け散った!


「キキキッ!! ほうら、居たよ!!」


 砕けた床から顔を覗かせたのは、口元を歪めたコウモリの獣人だった!


 私は「見つかった!」と絶望するが、聖哉は既に吹き矢を口元に運んでいる! 不用意に床下を覗き見たコウモリ男にバースト・エアが至近距離で炸裂! コウモリ男の頭部が破壊、体ごと崩れ落ちる!


 頭部の無くなった死体を弾き飛ばすように床下から出るや否や、聖哉は間髪入れず、ブノゲオスにもバースト・エアを発射する! 床下に居る時、既にブノゲオスの位置を把握していたのだろう。突如現れ、照準を定めた聖哉の攻撃をかわす反射神経はブノゲオスにはなかった。


 バースト・エアの弾丸がブノゲオスの頭部を揺らす! だが……


「痛ってえなあ、この野郎……!!」


 ブノゲオスは撃たれた頭部を押さえつつ、聖哉を睨んでいた。見れば、血が滲む程度の軽傷だ。


「糞があああああ!! 今まで俺の家の地下に隠れてやがったのかあああああ!!」


 ――ま、マズい、マズい、マズすぎる!! バースト・エアは『愉快な笛吹き』である聖哉の唯一無二の攻撃技! なのに、それがブノゲオスには通じない!!


 荒れ果てた、だだっ広い室内で、ブノゲオスは背中の斧を手に取った。チェイン・ディストラクションを内包する凶器を私達に向ける。


「今度は絶対に逃がさねえぞお……!!」


 もう目眩ましの火炎魔法は使えないし、ケイブ・アロングで潜ったところで地盤を破壊され、生き埋めにされる!


「ど、どうしよう、聖哉!」


 ちらりと聖哉を見ると、何とプラチナム吹き矢を胸元に仕舞っている!


 あ、諦めて、戦闘放棄した!? ダメだあああああああ!! もう終わったああああああ!!


 だが次の瞬間。聖哉は自分の顔前に手をかざし、呟く。


ジョブ・チェンジ職業転換……! 『愉快な笛吹き兼土魔法使い』から、『土属性の魔法剣士』へ……!」


 眩い光に包まれた聖哉を見ながら、私は愕然とする。


「そ、そんな……嘘でしょ!? 希望の灯火のエンゾさんに頼まなくても、自分で職業転換出来るの!?」

「あんな歯抜けのジジィに出来て、この俺に出来ない道理がなかろう。一度見ただけで習得済みだ」


 ものすごく失礼なことを言っているが、この勇者はエルルちゃんのファイアアローも、私の鑑定スキルもアッという間に習得した前例がある。


 ほ、本当に職業転換したの? ……そうだ!! 能力透視で確かめてみよう!! 職業が変わったばかりなら、偽装スキルを使う暇はなかった筈!!


 職業を見極めることに重点をおき、私は能力透視を発動してみた……。



 竜宮院聖哉りゅうぐういん せいや 

 職業・魔法剣士(土属性)

 Lv99(MAX)

 HP321960 MP88155

 攻撃力293412 防御力287644 素早さ268875 魔力58751 成長度999(MAX)……



 み、見えた!! 本当に魔法剣士になってるわ!! って……ええええっ!?


「む。見るな」


 私の能力透視に気付いた聖哉が、すぐさま偽装のスキルを発動。ステータスが砂嵐のようになって見えなくなった。


 とにかく、聖哉の言ったことは本当だった。聖哉は自力で職業転換していた。


 だが……それよりもっと驚くことがあった。


 ――れ、レベルMAX!? 一体いつの間に!? い、いや……待って!! そりゃあそうよ!! だってあれだけの数の獣人を倒しまくったんだ!! 聖哉がデフォルトで持ってるスキル『獲得経験値増加』の効果も相まって、レベルは跳ね上がるに決まってるじゃない!!


 敵を倒せばレベルが上がるのは当然。だが、この勇者は、そういう普通のレベル上げなど今まで一度もしてこなかったから、すっかり失念していたのだ。


 そんな私の気持ちなど知らず、聖哉は平然と艶やかな黒髪をかき上げる。


「コウモリ男を倒したことで、目標の300体討伐を達成。同時にブノゲオスの偵察も完了。もはや此処にいる意味はない」


 聖哉の言葉にブノゲオスは顔を歪める。


「何をゴチャゴチャ言ってんだあ!? そんなことより俺と戦う準備は出来たのかよお!?」

「準備か。ああ、そうだな……」


 勇者が鞘からプラチナソードを抜いた。久し振りに握った剣を腕に馴染ませるように、ヒュンヒュンと華麗に振り回した後、剣先をピタリとブノゲオスに向ける。


レディ・パーフェクトリー準備は完全に整った

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