第百八十章 検問

 聖哉のバイクが、舗装された大きな道をゆっくり走る。背後から来たトラックのような大型車が、クラクションを鳴らしながら私のサイドカーの隣を追い抜いていった。


 先頭を走っていたジョンデがスピードを落とし、私達のバイクに近付いてくる。


「遅っせえなあ、お前。もうちょっと速く走れねえのか」


 ジョンデが愚痴るのも無理はない。私達が走行しているのは、大平原に敷かれた幅のある道路。なのに、聖哉は時速30キロ程で運転していた。


「スピードを出しすぎて事故に遭えば、より一層のタイムロスが考えられる」

「ったく。ブノス殺害がおおやけになる前に、ガルバノを出たいのによ」


 溜め息を吐きながら、ジョンデが定位置に戻った。確かにバイクの速度は遅いのだが、聖哉の言うことはまぁ間違ってはないし、ドライブだと思えば私的に全然平気だった。私と逆側のサイドカーに乗っているセルセウスも気持ち良く眠っている。


 二時間程度、安全運転を続けただろうか。先頭を走るジョンデが片手を上げて、私達を脇道に誘導する。


 ジョンデが案内したのはモーテルのような休憩所で、古びた宿や簡易的なトイレがあった。聖哉のバイクが停車し、コルトとアイヒも車から出てくる。聖哉はフルフェイスを外しながらジョンデに言う。


「急いでいるのではなかったのか」

「小休憩も兼ねて、お前らに言っておきたいことがある。もうじきガルバノを抜けるが、その際の検問が厄介でな」

「検問だと? 迂回できないのか?」


 聖哉が眉間に皺を寄せた。コルトがジョンデに代わって口を開く。


「こんなご時世だからね。レオンは、ガルバノからターマインに通じる全ての道の境に検問所を設置してる。特別な事情がない限り、基本的に僕らはガルバノから出られないんだよ」

「そういうことだ。俺は外交官パスがあるが、お前らはそうはいくまい」


 そう言って、ジョンデは懐から地図をおもむろに取り出した。地図の道路を指でなぞる。


「このまま道なりに行けば、十五分ほどでエルカラル検問所に着く」


 エルカラル検問所と聞いて、アイヒが顔色を変えた。


「待てよ! もっと人目に付かない検問を通った方が良いんじゃねえか?」

「アイヒの言う通りだよ。エルカラル検問所は往来の多い場所にある」


 コルトの言葉に、ジョンデは頷きながら言う。


「お前らの言う通り、エルカラルの検問所は規模が大きい。だがその分、一人一人の検査がおざなりになる。俺が今回ガルバノに来る際もこの検問所を通ったが、若い検問官が雑誌を読みながら、やっつけ仕事だった」

「ああ、なるほど。そういうことなんだね」

「ふーん。ちゃんと下調べしてんだな。やるじゃねえか、オッサン」


「誰がオッサンだ。とにかく、お前らは俺の付き添いというていで行こう。分かったな」


 私同様、聖哉も異論無かったようで、ジョンデの提案に小さく頷いたのだった。




 休憩の後、私達はターマインに向けて再び走り出した。しばらくすると、ほとんど渋滞などなかった大きな道が狭まっていき、車やバイクが頻繁に見られるようになった。前の車との車間距離が詰まり始める。


 前を走るジョンデがスピードを緩め、聖哉のバイクに近付いてきた。


「そろそろ検問だ。念の為、アイヒの土魔法で顔を変えていくか?」

「そうだな。顔を変えた上、バイクごと透明化しても良いかも知れん。……どうした?」


 聖哉が、より慎重なアイデアを出している途中、50メートル程先の検問所に目を凝らしていたジョンデの顔色が急変した。こめかみを汗が伝っている。


「畜生! マジかよ!」

「な、何!? どうしたの!?」


 私が尋ねると、ジョンデは歯ぎしりして言う。


「あそこにいる検問官……レイヴンだ!」

「レイヴン?」


 私はサイドカーから目を細める。若い検問官に交じって、帽子に制服、そしてサングラスをかけた老年の男がいた。聖哉の世界で言えば、西部劇に出てくる保安官のような出で立ちだ。


「何てこった! どうしてアイツが此処にいるんだよ!」

「ジョンデ! あの検問官が一体何なのよ?」

「レイヴンは、敵の変装を見破ることに特化した『鴉のスペリアル』を持つ検問官だ!」


 ――ええっ!! つ、つまり、それって……メッチャ、ヤバいってことじゃない!!


 ジョンデはコルト達の車に寄って、事情を説明する。聖哉もバイクで車に近付いた。運転席でハンドルを握ったまま窓を開けてジョンデの話を聞いていたコルトは、眉を寄せて困った顔をした。


「うーん。そんなに手強い検問官なのかい」

「一番避けたかった相手だ。クソッ! 想定外だ!」


 歯を食い縛るジョンデを見て、聖哉が「フン」と鼻を鳴らした。私の予想だけど『もっと色々と熟考しておかないからだ』と呆れてるんだと思う。


「配置換えがあったのかも知れないね」

「他の検察官の様子を見に来たとかじゃね? 上官として」


 コルトとアイヒが各々に語る。遂に、聖哉が苛立った様子で口を開いた。


「今はそんな話をしている場合ではあるまい」


 聖哉が顎をしゃくった先にある検問所に、私達は目をやった。渋滞している車の群れは徐々に前方に進んでいる。あと数分もあれば私達も検問所に到達するだろう。


 私は背後を振り返る。背後には他の車の長い行列が出来ていた。


 ――これじゃあ、もう引き返すことも出来ない!! ど、ど、どうすれば!?


 ジョンデも焦って言う。


「と、とにかく検問官との戦闘は避けたい! 今後の計画に支障が出る!」


 ターマインはガルバノと同盟を結びたがっている。外交官であるジョンデが不審な人物を連れて検問を強行突破したとなれば、計画は大きく崩れてしまうことだろう。


「とりあえず予定通り、アタシの土魔法で整形を……」

「レイヴンに対して、それはダメだ! 奴は土魔法の微かな気配も敏感に感じ取る!」

「ま、マジか! そんなことできんのかよ!」


 ジョンデの言葉に驚くアイヒ。聖哉がバイクをゆっくり進めながら言う。


「確かに、看破に特化した能力を持つ敵に対し、変装や透明化はすべきではないだろうな」

「じゃあ、聖哉! このまま何もせず検問に行くってこと?」


 私の質問に答えず、聖哉はコルトの車に近付いた。


「コルト。お前とアイヒは指名手配されていると言ったが、顔もバレているのか?」

「まだ顔写真までは出回ってない――と思うよ。確証はないけど」


 苦笑いしながらコルトは言う。だが、ブノスは上空から私やコルト達を偵察していた。既に顔が知られている恐れはあると思う。聖哉が深く息を吐き出した。


「仕方あるまい。早速、時限式魔法を使うしかないようだ」

「ええっ!! 此処で時限式魔法!?」


 時限爆弾のようなものだと聖哉は言っていた。そう。ポルーンとの修行で得たのは『スキル発動を遅らせる能力』。今、それを発動することに一体どんな意味があるのか、私には分からない。聖哉が検問所を指さす。


「ジョンデがこの検問所を選んだこと、それ自体は悪くない。見ろ。多くの者が通過する為、検査を簡略化している」


 検問所の直前には白線が引かれ、道を二つに分けていた。若い検問官二人が、各々の道の先で検問をしている。レイヴンはその真ん中で総括するように監視していた。


「ほぼ、二箇所同時に検問を行っている。そこで、だ。俺達の検問中、隣で検査を受けている奴の荷物を時限式魔法で発火させる。レイヴンの注意はそちらに向かうだろう」


 アイヒが聖哉の言葉にハタと膝を打った。


「そうなりゃアタシらの検査はおざなりになる! その間にササッと検問を抜けるって訳か!」

「うん。悪くない作戦だね」


 コルトも聖哉の案に同意したが、


「えええ……! 隣の人が可哀想な気が……!」


 荷物を発火させるだけでも悲惨なのに、そのせいで罪人扱いされるかも知れない。しかし、アイヒが私を叱るように言う。


「言ってる場合か! 別に怪我させる訳じゃねえ! ほんのちっと泥を被って貰うだけだ!」

「そ、そうよね。仕方ないのよね、この場合」


 ジョンデは躊躇う私をスルーして、聖哉に言う。


「問題はそこじゃないだろ。……おい、勇者。時限式魔法とか言っていたが、それは本当に信用できるのか? その発動の気配すらレイヴンが読み取ったとしたら?」

「時限式魔法は、魔力発動気配を99%消すことができる。見破るのは、ほぼ不可能だ」


 ジョンデの疑問に聖哉が自信満々に答えた。ジョンデも聖哉の性格を知り始めている。用心深い聖哉が『見破るのは、ほぼ不可能』と言い切ったことで、ジョンデも納得したようだ。


「分かった。それに賭けてみよう」


 作戦は決まった。私にバイクを押し進めるように言った後、聖哉は渋滞の様子を窺うような自然な素振りで、私達の前方の車に近付いた。軽トラックのような車の荷台部分に聖哉は、こつんと軽く右手を当てる。そして、聖哉が戻って来た。


「仕掛けた。五分後、あの車の荷台から発火する」

「す、すごいわね。アレでもう仕掛けたんだ……」


 ふと指が車のボディに触れたような一瞬の出来事である。聖哉が今から時限式魔法を発動する、と元々分かっている者でなければ絶対に気付かないだろう。


 しかも、五分後と言った聖哉の読みも的確であった。私達一行と、前方の軽トラックは、ほぼ同時に右と左のレーンに進んでいた。聖哉はずっと検問所を眺めて、一台あたりに掛かる大体の所要時間を推測していたのかも知れない。


 聖哉とジョンデのバイクを先頭に、コルトの車が徐行するような速度で検問に向かう。


 ――うう……緊張するなあ……!


「うううっ」


 そんな声が聞こえて、私はふと逆サイドのセルセウスを見る。セルセウスも狼狽えているのかと思ったら、「アデネラ様~。連撃剣はやっぱ無理ですゥ~」と寝言を言っていた。この一大事にコイツ……!


「聖哉。起こそうか?」

「放っておけ。眠っていてもスタンド・アローンに支障はない」


 聖哉的に盾としての価値しか無いらしい。私はセルセウスを放置した。


 そして遂に、聖哉のバイクが検問所で停止する――まさにその時だった。


「待てェい!」


 先程から静かに検問を見ていたレイヴンが、突然声を張り上げて聖哉を睨んだ! 慌ててジョンデがフォローに回る。


「ターマイン外交官のジョンデだ。コイツらは俺の付き人だ」


 そう言ってジョンデは外交官パスを見せた。若い検問官の代わりに、レイヴンがパスを手に取った。私の心臓はバクバクと音を立てる。ま、まさか、聖哉の時限式魔法を見破った!? ほんの微かな魔力の気配を感じ取ったというの!? 


 聖哉が真剣な顔で私の耳元、小声で囁く。


「凄まじい察知能力だ。時限式魔法の発動は中止。いざとなれば戦闘に入る」


 私は生唾を飲みながら頷く。体が小刻みに震えていた。


 ――聖哉があんなに自信満々だった時限式魔法を見破るなんて!


 そのレイヴンがパスをジョンデに返す。


「パスは本物。お前はターマインの特使に間違いはない。問題は……」


 そしてレイヴンはもう一度、ギロリと聖哉を睨んだ。


「貴様だッ!」


 言うや、レイヴンが聖哉のバイクに近付いてくる! 


 聖哉はバイクを降りて、レイヴンと向かい合った。私もサイドカーを降りて戦闘に備える。ジョンデやコルト達も緊迫した面持ちで、対峙する聖哉とレイヴンを見詰めていた。


 レイヴンが大声を出す。


「見ていたぞッ!! 貴様ァ……手信号による停止サインをしたなッ!!」


 ――!! あれえ!?


 私は口をあんぐり開けてしまう。レイヴンが聖哉に問う。


「貴様はいつも手信号を使って停止しているのか?」

「当然だ。方向転換の際も、ウインカーを出した後で手信号を行う」


 即答する聖哉。レイヴンはにやりと笑う。


「クク……情勢も交通法規も乱れきったこのイクスフォリアで、手信号を使う奴がいるとはな! 素晴らしい交通マナーだッ!」


 若い検問官が手に藁半紙のような物を持って、おずおずとレイヴンに話し掛ける。


「レイヴン上官。念の為、公国から送られてきた、この最新不審者リストを……」


 だがレイヴンは手を振り上げて一蹴する。


「必要なァし! こんなに交通マナーを遵守するドライバーが、悪党の筈がないッ!」

「は、はぁ。まぁ……ターマイン外交官のお連れの方ですしね……」


 レイヴン検問官はにっこり笑顔で私達に叫ぶ。


「通って良ォし!」


 ……聖哉の交通マナーのお陰で、私達は争いもなく無事に検問を通過できたのでした。

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