第百八十一章 交換条件

 ジョンデ行き付けのモーテルに泊まったりしながら、バイクで二日の距離を経て、私達はターマイン王国に辿り着いた。


 ターマインの市街地を徐行運転しながら、聖哉のバイクがゆっくりと進む。往来を車が行き来しており、近代的な雰囲気である。舗装された道路脇に街路樹が植えてあり、景観にも気を遣っているようだ。公園を親子連れが歩いているのが見えた。


「ガルバノとは、えらい違いだなあ」


 サイドカーに乗るセルセウスが呟いた。


「アンタ、起きてたの」


 セルセウスは基本的にサイドカーでずっと寝ている。検問の時すら熟睡していて存在が空気だった。検問官とのゴタゴタを後で知って「へぇー、そんなことあったんだ」と呑気に言っていた。何なの、この神……。


「此処に車とバイクを停めておけ」


 ジョンデがバイクに乗ったまま近付いてきて言った。聖哉はバイクを停め、コルトも隣に横付けするように車を停める。


 今、私の目の前には城門――その向こうには立派なお城がそびえている。城は中世らしき佇まいで、何だか街の様子とアンバランスな感じがした。コルトもそう思ったようで、独りごちるように呟く。


「懐古主義ってやつかな。王族なんかは昔ながらの城で暮らしてたりするからね」


 簡単に言えばアンティーク趣味ということだろう。確かに文明が進んでも、格式を重んじた暮らしをする貴族などはいる。コルトの話によると、しかし、ガルバノ公国を治めるデューク・レオンは近代的な設備の屋敷に住んでいるらしい。人それぞれ、国それぞれである。


 ジョンデにも私とコルトの会話が聞こえたようで、コホンと咳払いする。


「ターマインの魔導技術は、ガルバノよりずっと発展しているんだからな」


 ジョンデが勘違いするなよ、とばかりに言った。確かに、ガルバノには無いドローンの技術などから、ターマインの魔導技術はかなりのレベルに達していることが窺える。


 そんなことを話しながら、私達は城門を潜った。衛兵達は、ジョンデを見ると敬礼しつつ、道を開けた。


 城に通じる庭園を歩きながら、私は懐かしい感覚を味わっていた。久し振りの中世っぽい世界観に加え、前回イクスフォリア攻略で逗留したターマインの雰囲気に似ていたからである。


 前を歩くジョンデが、聖哉と私を振り返った。


「まずは王妃の間にて、カーミラ王妃に謁見して貰う。ティアナ姫も同座されるとのことだ」


 ――お、お母さんと前世の私!! いきなり会っちゃうの!?


 のほほんとしていた私は急激に緊張し始めたのだった。





 一階にある王妃の間は、赤絨毯の敷き詰められた大広間だった。


 絨毯の先、ドレスを着て気品を漂わせる老女にジョンデが跪く。


「こちらが、イクスフォリアに現れた勇者と女神とその仲間です」


 カーミラ王妃は、ジョンデの背後にいた私と聖哉に視線を向けた後で「俺も神なんだけど……」と愚痴るセルセウス、それからコルトとアイヒを見て、優しく微笑んだ。


「よく来たね」


 ――お母さん……!


 一見、厳しげな顔付きだが、優しい声。表情や声は、私の知っているカーミラ王妃に変わりない。だが、カーミラ王妃の半身を眺めつつ、私は絶句していた。


 カーミラ王妃の左腕は機械の義手だった。同じく、ドレスの下から覗く左脚も機械である。私の視線に気付いて、王妃が笑う。


「驚いたかい。先のガルバノとの大戦で、体の左半分は機械になっちまったんだ」


 私は直視出来ずに目を逸らす。カーミラ王妃は何事でもないようにカラカラと笑い続けていた。


「まぁ、あの人よりかはマシだよ。戦で死んじまったんだから」


 そう言って視線を壁の肖像画に向ける。軍服を着た王の絵が飾られていた。


 元のイクスフォリアでも私の――ティアナ姫の父はいなかった。


 ――お父さん……グランドレオンに殺されたんだっけ。


 ガルバノとの戦で死んだのなら、この捻曲世界でもグランドレオンに殺されたようなものかも知れない。


 ふと、聖哉が私に耳打ちする。


「リスタ。精神に動揺は無いだろうな?」

「あ……うん。父さん死んでるのは寂しいけど、記憶は無いし。あんま考えないようにする」

「なら良い」


 一瞬、私のことを考えてくれたのかと思った――が、聖哉のことだから、きっと私が感傷的になれば、前回イクスフォリアのように想定外のトラブルが起こると危惧しているのだろう。


 カーミラ王妃はきょろきょろと辺りを窺った後、近くの衛兵に尋ねる。


「ティアナはまだかい?」

「はっ! 例の作業に忙しいらしく……」

「バカな子だよ、まったく。じゃあ、先に話を進めるとしよう」


 ――例の作業?


 気になったが、カーミラ王妃は話を続ける。


「勇者様と女神様がこの地に降臨されたのは、もちろん世界を救う為だと思う。けどね、私はもう争い事は疲れたんだ。ジョンデから聞いてると思うが、私はガルバノ公国と同盟を結ぼうと考えている」

「王を殺され、自らもそんな体にされたのに、か?」


 聞きにくいことをズバッと聞く聖哉。私はハラハラするが、王妃は笑みを崩さない。


「ターマインに住む民がこれ以上、苦しむのを見ていられない。多少、不平等な条約になろうが、同盟を結ぶよ。そうすりゃもう、人が死ぬのを見ずに済むからね」


 聖哉も、コルト達も皆一様に黙りこくった。私は沈黙を破るような、大きな声で言う。


「素晴らしい考えだと思います!」


 王妃が笑った。聖哉がまた私に耳打ちする。


「急に、どうした?」

「私と深い縁のある人達が、この捻れた世界でもまともで嬉しいんだよ……」


 捻曲イクスフォリアに来て以来、人の心を持たないような人々と多く接してきた。だが、コルト達やカーミラ王妃は、この世界でもまともで優しい心を持っている。私はそれが嬉しかったのだ。


 しかし、聖哉は小声で喋る。


「強国に屈し、下手したてに出て不平等条約を結ばされれば、ターマインは更なる苦境に立たされる。良い策とは言えん」

「もう! いっつも、そういうこと言う!」


 だが、アイヒもまた聖哉と似たような感想を抱いたようだった。


「同盟ねえ。好戦的なレオンのことだ。疑ってかかるに決まってるぜ。交渉の場に来るかどうかも、怪しいんじゃねえか?」


 アイヒの声を聞いて、カーミラ王妃がドレスの胸元に手を入れた。


「勿論、土産は用意してるさ」


 胸元から取り出されたペンダントを見て、コルトが目を大きく見開く。


「そ、それは……!」

「『復活のアルテマ』だ。私は絶えず、こうして身に付けてる」


 それは大きなルビーのような赤い宝石で、怪しい輝きを周囲に放っていた。


「このアルテマはハズレみたいなもんでね。他の国が持っているアルテマと違って、これ自体じゃ、戦闘能力の助けにならないんだ。それどころか人間が使えば、アンデッドになってしまう。諸刃の剣のようなアルテマなのさ」


 カーミラ王妃は肩をすくめた後、顔を引き締める。


「ただ、これを所持していることに価値があった。四種アルテマのうち、一つでも欠けりゃあ復活するアルテマ・メナスを止められないからね」


 ペンダントを胸に仕舞い、王妃が言う。


「この復活のアルテマを、ターマインから手放そうと思う」

「何だって!」


 普段、飄々としているコルトが血相をを変えて叫んだ。身を乗り出すようにして、カーミラ王妃に言う。


「レオンに復活のアルテマを渡すって言うのかい!? それはあまりに、」

「渡すってよりかは共同で保持する、って感じかね」

「し、しかし……」


 コルトが言葉に詰まるが、アイヒは呑気そうに言う。


「でもよ、それなら確かに交渉に値するぜ。復活のアルテマが手に入るとなれば、レオンも足を向けるだろうな」

「ターマイン王国とガルバノ公国の境に、スワインの砦がある。大昔はこの砦の円卓で、両国が平和的な話し合いをしたこともあったそうだ……」


 カーミラ王妃の言葉を継ぐように、ジョンデが改まった凜々しい声を出す。


「我々は、この交渉の場を『恒久平和の円卓』と名付けた。スワイン砦にて、今日より五日後――勇者と女神にも参加して欲しい。第三者として、立会人になって貰いたいのだ。それと合わせて、カーミラ王妃とティアナ姫の当日の護衛を頼みたい」


「無論、俺も護衛の任に就く」と言って、ジョンデは言葉を締めた。私は戸惑いつつ、聖哉の顔をちらりと見る。聖哉が口を開くより先にアイヒが呟く。


「うーん。とりあえず交渉が成功したとして、その後が怖かねえか? レオンは自国民のことも考えない暴君だぜ。約束なんて簡単に破りそうだ」


 アイヒが言うと、カーミラ王妃は何故か少し寂しげに笑った。


「交渉は成立するよ。締結後も問題なく、事は運ぶ。アルテマの共同保持に加えて、レオンが裏切れない約束を取り付けるからね」

「……なるほど」


 聖哉が意味深げに頷く。「えっえっ! どういうこと?」と私が不思議がっているうちに、


「いいだろう。俺達も参加しよう」


 聖哉が『恒久平和の円卓』への参加を決めたちょうど、その時――王妃の間の扉が大きく開かれる。その途端、隣にいた聖哉が珍しく「はっ」と息を呑んだように思えた。


 セミロングで茶髪。ドレスの裾をたくし上げて、快活そうな女性が赤絨毯の上を走ってくる。神官服が王族のドレスになっているだけで、以前、私がイシスター様に水晶玉で見せて貰った時と全く同じ外見だ。


「お、遅れてすいませーん!!」


 私達の直前でそう叫ぶと脚をもつれさせ、ズベッとこけて赤絨毯に顔から突っ込む。


 前世の私――ティアナ姫は、顔面スライディングしながら私達の元へやってきた。

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