第百二十八章 新たな修行
六道宮を出ると未だに赤い空の下、石を敷き詰めた道を冥界の者達が行き来している。来る時は異様なその姿にばかり目を取られていたが、よくよく周りを見ると煉瓦や石造りの建物など統一感はないが民家らしきものも散見された。看板を出した店もあるが、象形文字のような字体で書かれており、何と読むのか分からない。
「これから此処で暮らすのかよ。イヤだなあ。不安だなあ……」
溜め息混じりのセルセウスに、聖哉が冷たい視線を送る。
「お前は今後、別行動してくれても構わんぞ」
「そ、そんな!?」
「でも聖哉! セルセウスがいないと異世界ガルヴァオスに行けないよ!」
「というか、こんな不気味な所に一人にしないで! お願いだから!」
「剣神のくせに情けない奴だ」
聖哉の言う通り、セルセウスは情けなすぎるくらいに情けない。しかし、捻曲ゲアブランデ、捻曲イクスフォリアの後は、セルセウスが人間だった時の世界ガルヴァオスを攻略しなければならないのだ。まぁそれは随分、先の話になるだろうけど……。
「前にもちょっと話したけど、セルセウスの前世ってどんなに愚かな人間だったんだろうね?」
「!! 愚かさ前提かよ!? さっき冥王が、ガルヴァオスはとんでもない難度の世界だって言ってたろ!!」
「だから何?」
「つまり俺はそんな苦しい環境を乗り越えて生きてきた訳だ! 俺は確信した! やはり俺の前世は名だたる武将に違いない!」
「どう思う、聖哉?」
「万が一、武将だったとしても、尻に矢が刺さって死んだとかそんな感じだろう」
「うん、そうね」
「うんそうね、じゃねえよ!! 何だ、その悲しい最後の武将!!」
セルセウスは叫ぶが、聖哉は首を横に振る。
「とにかく今はそんなくだらない話をしている暇はない」
「じゃあ、聖哉! トレーニングを開始するのね!」
「いや。まずは寝床と食料の確保だ」
確かに此処は右も左も分からない冥界! まずは衣食住を何とかしないといけないんだわ!
「あの……」
声が聞こえて振り向く。ずっと私達の会話を聞いていたのだろうか。ウノポルタがおずおずと口を開く。
「もしよろしければ、私の家を使って頂いて構いませんが」
「ええっ、ホント!?」
「はい。それでは私に付いてきてください」
「ありがとう、ウノちゃん!」
――六道宮じゃあ様子がちょっとおかしかったけど……やっぱりこの子は冥界じゃあまともな方ね!
ウノポルタに続き、道を歩く私達の周囲には首のない者、身の丈十メートルはある巨人、ぶよぶよと蠢く人型のスライム――不気味な冥界の者達が何やらブツブツ呟きながら歩いている。たとえ吐血はしようが、それに比べるとウノポルタは全然普通だった。ちなみに、
「うえへへへ神。神だあ……」
「おおおおおお! 神気を感じるううううう!」
何人かは私達にちょっかいを出してこようとしていたが、ウノポルタが手をかざすと彼らはすぐに引き下がった。ウノポルタと初めて会った時、彼女は冥王の命令で私達のもとにやって来たと言っていた。冥王の信頼が厚く、他の者から一目置かれているのかも知れない。
冥王の宮殿から歩くこと十数分。私達は町を抜けて郊外に出た。冥界の者も辺りには殆どおらず、田園風景が広がっている。血のような空の下、生えている植物も見慣れないものだったが、それなりに穏やかな景色である。
「見えてきました。あれが私の家です」
ウノポルタが、遠くにぽつんと建つ大きな建物を指さした。ツタが絡まり、古びた洋館のような外観だ。
――な、何だかドラキュラでも住んでいそうな家ね……。
「随分と薄気味悪い家だな」
「ちょ、ちょっと聖哉!?」
だからそう思っても口に出して言わないでよ!
歯に衣着せぬ聖哉を窘めようとするが、ウノポルタは大して気にしていないようだ。笑顔を見せる。
「私は此処で兄さんと一緒に暮らしております」
「兄がいるのか?」
「はい。あっ、ちょうどあそこに……」
錆びた門を潜った後、ウノポルタが庭を指さす。そこには男がいて花壇に水を撒いていた。
「やあ、ウノ。おかえり」
男はウノポルタと私達を見て爽やかに笑う。短髪だが、ウノポルタと同じくピンク色の髪をしており、やはり眉間には宝石のような物が埋まっている。人間にたとえれば二十代後半くらいの好青年だ。
「聖哉さんとリスタルテさん、そしてセルセウスさんだね。俺はウノポルタの兄、ドゥエポルタだ。ドゥエと呼んでくれ」
ドゥエは三年来の友人のような笑顔で手を差し伸べてきた。聖哉が警戒して握手しなかったので、私が代わりに手を握る。
「ど、どうも! よろしくお願いします!」
「リスタルテさん……」
ドゥエにじっと見詰められて、私はドギマギしてしまう。えっ、えっ! ちょっと何?
ハッと気付いたようにドゥエが手を離した。
「いや、すまない。少し感動してしまって。君達には随分世話になっているからね」
世話? ウノちゃんもさっき同じ事言ってたよね?
少し疑問に思ってウノに尋ねようとした、その刹那、
「オゴフッ!!」
「!! うわっ!? この子、また吐血したわ!!」
ウノは口から鮮血を吐き出すも、平然と手で口の血を拭う!
「失礼いたしました。くしゃみのようなものだと思ってくだされば結構です」
「お、思えないよ……! くしゃみと吐血は全然違うもん……!」
そして何事も無かったかのように、ウノは兄のドゥエに申し出る。
「それで兄さん。リスタルテ様達はこれからしばらく冥界に滞在するの。だから家の空き部屋を貸して差し上げたいのだけれど」
「なるほど、そうか。本来なら取引が必要だが……」
「え? 取引って?」
ドゥエは目を閉じてしばらく思案していたが、私をちらりと見た後、明るい顔になった。
「いいだろう。各々一部屋ずつ割り当てるから、好きなように使ってくれ」
うん? 取引とか言ってたけど承諾してくれたわ? もしかして……私の魅力にやられちゃったのかしら!
先程からドゥエが私を見る目が熱を帯びているような気がする。単なる思い過ごしかも知れないが、快活そうなイケメンなので悪い気はしない。どちらにせよ、やはりこの兄妹は冥界で一番信用できそうだ――そう思った途端、
「ゴビュウッ!!」
爽やかなドゥエの口元から鮮血が霧状にほとばしった!
「!! ヒイッ!! 兄まで血ィ吐いたァ!?」
私とセルセウスが震え上がる中、ドゥエは涼しい顔で口元の血を袖で拭う。
「おっと、失礼。俺としたことが喋っている最中に吐血してしまうとは。はっはっは」
な、何だかゲップしちゃったくらいの軽い感じだけど……吐血だかんね!? やっぱ、この人達もおかしいような気がしてきたわ!!
しかし血を拭ったドゥエは既に好青年に戻っていた。
「よかったら夕飯を食べるかい? 神様と人間の口に合うかどうかは分からないが」
「は、はぁ。ご飯ですか……」
「行きましょう皆様。キッチンはこちらです」
兄妹に案内されたのは、長いテーブルの上に燭台が灯された豪華な食卓だった。真ん中にはスープを煮込んだ大きな鍋が置いてあり、皿の上にはパンが載せられている。
「さぁ、お好きなだけ召し上がってください」
見た感じパンを付けて食べる料理らしい。冥界のゲテモノ料理でも出てきたら、どうしようかと思ったが、これなら食べられそうだ。
「聖哉! パンだって! 普通においしそうよ!」
しかし聖哉は隣のセルセウスの肩を突いた。
「まずはセルセウス。お前が食ってみろ」
「ええーーーっ……」
私は怖じ気づくセルセウスにこっそり耳打ちする。
「大丈夫! 鑑定スキルを使ったの! 安全で無害よ!」
「信じて良いんだな? じゃ、じゃあ食べるぞ」
パンを鍋の中のどろりとした液体に付け、そろりと口に運んだセルセウスだったが、
「あっ、ホントだ! 全然食える! ってか、うまい!」
その後はバクバクと食べ出した。私も食べてみたが、なかなかおいしい。チーズフォンデュのような味わいだ。
聖哉は私と同じく鑑定スキルを使える筈なのに、匂いを嗅いだり、ありえないくらいの小さな欠片にパンを千切ったりして毒見していた。私達が皿の上のパンを平らげた頃、ようやく聖哉もまともに食べ始める。
腹ごしらえが済んだ後、聖哉はこう切り出した。
「よし。安全面に不安はあるが、とりあえず最低限の食事と住む場所は確保できたな」
「せ、聖哉っ!? ドゥエさんの前でそんな!!」
しかしドゥエはにこにこと笑っており、聖哉は聖哉で気にする素振りもない。すっくと椅子から立ち上がる。
「それでは外に出て、体を鍛えるとしよう。竜人くらいは片手で捻れるようにしておかねばならん」
「えっ!! い、今からやるんすか!?」
セルセウスがあからさまにイヤな顔をする。いつものようにトレーニング相手を頼まれると思ったのだろう。その時ちょうど、お代わりの水を運んできたウノが提案する。
「今日は部屋で休まれて、明日からにしてはどうでしょう?」
「ダメだ。一刻も早くレベルを上げたい。出来れば近日中にレベルをMAXにしたいのだ」
れ、レベルMAX! まぁ……今回は時間制限がある訳じゃないし、それに難度S+とか言ってたもんね。冥界に長く居るのはイヤだけど、聖哉にはゆっくり準備させてやるべきよね。
聖哉がセルセウスに視線を投げていた。ばつが悪そうなセルセウスだったが、聖哉がぼやくように言う。
「トレーニング相手がセルセウスでは効率が悪いな。もっと使える奴が欲しい」
セルセウスはホッとしたような悲しいような微妙な表情をした。聖哉がウノに尋ねる。
「冥界に強い奴はいないのか?」
「肉体的な強さを持つ者は殆どおりません。不可思議な技を扱う者は多いのですが」
「ほう」
聖哉の目がキラリと光った。
「せ、聖哉! ちょっとこっち来て!」
私は聖哉を呼ぶと、ウノやドゥエに聞こえないように耳元で囁く。
「まさか冥界の者に技を教えて貰うの!? 神界にいる神じゃないのよ!? 危険じゃない!?」
「いきなり捻曲世界に行く方が危険だ。それに冥王と会った時に言ったろう。後々の為、冥界でメルサイスと奴の勇者に対抗する何かを見つけなければならん」
「そ、そうかも知れないけど!」
聖哉は私からウノとドゥエに視線を移す。
「ちなみにお前達兄妹は特技を持っていないのか?」
すると二人は顔を見合わせて、にこりと微笑んだ。ウノは頭を下げた後、聖哉に優しい眼差しを送る。
「私達の技は聖哉様には、必要のないものです」
「そうか」
ウノもドゥエもそれがどんな技かは言わなかったが、聖哉は深く問い詰めなかった。本人達が必要ないと言った以上、戦闘向きの技ではないのかも知れない。
「それで聖哉様。ご提案なのですが……始めは、セルセウス様とリスタルテ様に冥界の技を覚えて貰うのは如何でしょう?」
「「えええっ!?」」
突然の申し出にセルセウスと一緒に驚く! 急に話の矛先が自分達に向いたからだ!
聖哉は頷くと独りごちるように言う。
「そうだな。まずは不死身の神を使って様子を見るか……」
「!! 私達、実験台なの!?」
狼狽える私とセルセウスを放置し、ウノとドゥエも話を進める。
「兄さん。三番街のシュル・ルシュはどうでしょう?」
「ああ。シュル・ルシュなら神の力を大きく向上させてくれるだろう」
「お、おい。それってもしかして
セルセウスがおずおずとドゥエに尋ねる。神界が無くなったことで、オーダーは出来なくなってしまった。もう危急の際に、私が本来持つ治癒の力を全解放することも、背中の翼を出すことも出来ない。無論、それはセルセウスも同じだ。
「セルセウス様が仰るのは『制限を掛けられている神の力を解放する』ということですね? シュル・ルシュの技はそれとは少し違います。セルセウス様とリスタルテ様の『潜在する力を引き出す』といった方が正しいかも知れません」
「私達の潜在する力……?」
「はい。シュル・ルシュの技を会得して潜在能力を引き出せば、今の能力値が何倍にもなるでしょう」
「ま、マジかよ!?」
セルセウスが少しだけ嬉しそうな顔をした。私も何だか興奮してくる。
「神にとっての
ステイト・バーサークは段階を上げすぎると、精神が崩壊してしまう。私は能力アップの代償を心配したが、
「外見は多少変化しますが、精神及び肉体に危険は全くございません。少なくとも此処、冥界では」
「め、冥界では? どういう意味?」
「冥界には冥王様の特殊な力が働いているのです。下界に下りた時にその技を使えば力が暴走していまう怖れがあるので、あまりお勧め出来ません。でも此処でなら平気です」
「うーん? 要は冥界にいる間限定で強くなれるってこと?」
「はい。少し回りくどいやり方かも知れませんが、セルセウス様とリスタルテ様の能力値を上げれば、聖哉様の練習相手は十二分に務まりましょう。結果として聖哉様の修行が早く進むことになるのです」
聖哉はしばらく考えてから、私とセルセウスを指さした。
「話はよく分かった。だがお前はコイツらの力を過大評価している。0を何倍にしたところで0のままだ」
「い、いや0て……!」
私は悲しい気分になるが、ウノは聖哉に優しく微笑む。
「たとえどんな者でも能力が0ということはありません。失礼ながら、もしも仮にリスタ様とセルセウス様の能力がたったの1だったとしましょう。それでもシュル・ルシュの技を会得すれば10になるのです」
「じゅ、十倍ってこと!?」
すごい!! そんなのステイト・バーサーク以上じゃない!!
しかし聖哉は首を振る。
「1はまだ多い。コイツらは0.1くらいだ」
「それでもシュル・ルシュの技を会得すれば1になります」
「0.01なら?」
「0.1になります」
「!! あのさぁ、小数の話やめてくんない!?」
私は叫ぶ。普通、能力を比較する時に少数は使わないでしょ!! いくら私とセルセウスでもそこまで低くないわよ!!
「ならば早速、そいつがいる場所に向かおう」
「かしこまりました。私が案内いたします」
兄に会釈すると、ウノは先頭を切って歩き出す。私はドゥエに食事の礼を言ってから、ウノと聖哉の後に続いたのだった。
家を出ると、赤かった空は灰色になっている。星や月は見えないが、微かに明るく、どうにか前が見渡せる。これが冥界の夜らしい。
ウノと共に冥王のいる六道宮とは逆方向にしばらく歩く。木で出来た大きな橋を渡ると、集落のようなものが見えてきた。所々に吊された提灯に瓦屋根の家々が照らされている。扉や壁、そして柱に赤と黄色の塗料を塗った家々は、聖哉の世界で言えば中華の様式に似ているだろうか。
私達はキョロキョロと物見しながら進む。夜に突然、不気味な冥界の者が現れれば絶叫してしまうだろうが、幸い辺りに人影はなかった。
「……着きました。シュル・ルシュは此処に住んでいます」
ウノが足を止めた先には同じく瓦屋根の家があった。しかし他の家に比べてボロボロ。誰も住んでいないお化け屋敷のような外観だ。
木で出来た扉をギギギと開くと、中は真っ暗だった。
「シュル・ルシュ。いますか? ウノポルタです」
ウノが声を出すも、返事はない。もしかして留守なのかと思っていると、がたんと音がした。
……ぺたぺたぺたぺた。妙な音を出しながら、暗闇から現れた者を見た途端、私は心臓が止まりそうになる!
――な、何なの、この人!?
逆立ちをして、長い髪の毛を床に垂らした女がこちらを見て、にやにやと笑っていた! 床に付けた手を素早く動かして、ぺたぺたぺたと私達の方に近寄ってくる!
「うおっ!?」
「ぎゃあっ!!」
セルセウスと私は思わず叫んでしまう! ギョロリとした大きな目が私達を見上げるように向けられている!
「彼女がシュル・ルシュです」
ウノは笑っているが、私は危うく漏らしてしまうところだった。な、な、何で逆立ちしてるの、この女の人!?
「シュル・ルシュ。アナタの技を神様であるセルセウス様とリスタルテ様に授けて頂きたいのです」
「……ウノポルタが言うなら引き受けないでもないぎゃあ」
逆立ちしたまま、なまった言葉を発する。その後、腰にぶら下げてある
「あ、あの、どうしてずっと逆立ちしてるんですか?」
するとシュル・ルシュは酒臭い口を開き、けたたましい声で笑った。
「きけけけけけ! 万物は一つにして、常に二面性を持つ! 逆立ちこそ真理! 表裏一体は冥界の有様そのものなのだぎゃあ!」
「あっ、はい! そうですか! 分かりました!」
とは言ったものの、さっぱり意味が分からない。怖かったのでとりあえず同意しただけだ。聖哉が私を押しのけて前に出る。
「それでお前の技とは具体的には、どういうものだ?」
「その者が持っている性質を一時的に逆にするだぎゃ。神が魔神になれば、能力値は跳ね上がるぎゃ」
「「ま、ま、魔神!?」」
セルセウスと一緒に声を上げて叫ぶ! ちょ、ちょっと!! 聞いてないわよ、そんな話!!
シュル・ルシュは徳利を口に当て、一口飲んだ後でにやりと笑う。
「さぁ、教えてやる代わりに取引ぎゃ。お前達のHPをありったけ寄越すだぎゃ」
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