第八十七章 秘密兵器

 聖哉は監視部屋で紅茶を飲みながら、絵画でも鑑賞するかのように土蛇カメラの映像を眺めていた。


「か、壁は敵に追い詰められるまで厚くしない……ゴーレムの大軍を地下に隠し、雨が弱点の振りをする……こんなことに一体、何の意味があるのよ?」


 この勇者ってば、生きるか死ぬかの状況を楽しみたい超ドMなんじゃ……なんて一瞬思ったのだが、ジョンデは私の隣で真剣な顔をしていた。


「まさか、お前……! 敵の大将と全戦力をターマインに誘き寄せる為に……?」


 その一言に聖哉は静かに頷く。


「そうだ。特にゴーレムに弱点があると思わせた点は大きかった。それが引き金となり、遂にオクセリオ自ら攻め込んできたのだからな」


 ええっ!? ちょっと待って!! それっておかしくない!?


「どうして敵にその情報が伝わっているの!? ターマインは壁に囲まれてるんだよ!?」


 瞬間。自分で言いながら、私は恐ろしい事実に気付いてしまう。


「ひょっとして……ターマインに内通者がいるってこと!?」


 戦慄しながら辺りを見回す。も、もしそうだとしたら、一体誰がどうやって敵に情報を漏らしたというの!?


 ふとジョンデと目があった。自信ありげな顔でアゴに手を当てている。


「とすれば、犯人はコイツしかいないな」


 ジョンデが指さした先にいたキリコがビクッと体を震わせた。


「わ、私? そんな……!」


 私はジョンデとキリコの間に入って、キリコをかばう。


「何言ってんの! キリちゃんはそんなことしないわよ! 偏見と憶測で物を言わないで、このゾンビ! ……ねっ、聖哉!」


 だが聖哉は首を横に振った。


「いや。このキリング・マシンの感覚器官は、俺の土蛇のようにオクセリオとリンクしているのだろう。つまり、キリコは奴の目と耳だ」

「う、嘘……!!」


 ジョンデは「それみたことか」と、ばかりに聖哉に頷いた。


「それで、お前はいつそれに気付いたんだよ?」

「コイツを発見した時、既にその可能性を考慮していた」


 流石に私は声を張り上げて叫んでしまう。


「キリちゃんを最初に見つけたのは私だよ!? 私が気付かなきゃ、聖哉はキリちゃんを壊してたじゃない!!」

「最初に発見したのは俺だ。そしてお前がコイツを見つけるまで、あえて時間を置いて待った。共有感覚器官を所有していた場合、俺が真っ先に見つければ、泳がせているのが敵にバレる恐れがあったからな。それ故、偶然の発見を装った」

「そ、そんなことって……!」

「キリコが内通者ということは、あの時点ではあくまで推測にすぎなかった。しかし、ある時をもって、それは確信に変わった」

「……ある時って?」

「ターマインをドームで覆った時だ。キリング・マシンを分析した際、プロトタイプの足には飛行用のシステムが構築してあった。つまり今後、充分に飛行タイプの製造は可能、もしくは既に完成していると見た。だが、それに対応するようターマインをドーム化した途端、敵は逆を突いて地下から攻めてきた。この時、キリコが盗聴している可能性は確信に変わった」


 私はどうしてもキリコが内通者だと信じたくない。それでも聖哉の話には説得力があった。私はキリコをじっと見詰める。


「キリちゃん……本当なの……?」

「ち、違います! 私、そんなつもりは、」


 キリコは両手をブンブンと振って否定したが、私の隣でジョンデが剣を抜いた。


「……ブッ壊してやる!」

「ひぃっ!」


 叫んで私の背後に隠れるキリコ。臆病そうにカタカタと震えている。やっぱり、キリコが悪いモンスターだとは思えない。


「や、やめてよ、ジョンデ!」

「ええい、なぜ敵をかばう!?」


 言い争っていたその時、


『ビシャッ』


 再びジョンデの頭から紅茶が流れる! ジョンデが鬼のような顔で聖哉を睨んだ!


「お前……何でまた俺に紅茶をブッかけた!?」

「時間が経過し、ゾンビ臭くなってきたからだ。それにしても紅茶がいくらあっても足りん。これからはお前が紅茶をポットに入れて携帯してくれないだろうか?」

「頭にかけられると分かってる紅茶を、どうして俺自身が持ち運ばなきゃならねえんだよ!!」


 聖哉は「ふぅ」と小さく息を吐いてから言う。


「とにかく少し落ち着け。キリコだけが感覚器官を共有出来るとは限らない。俺とリスタのどちらもが、キリコの存在に気付かなければキリコの目と耳は使えず、壊されて終わりだったのだからな。つまり、オクセリオはキリコのみならず全てのキリング・マシンと感覚器官を共有出来ると考えた方が良いだろう」


 私は真剣な表情でキリコの顔を眺める。


「キリちゃんは、このこと知らなかったんだよね?」

「はい! 私、盗聴なんかしているつもりはありませんでした! 信じてください!」


 それでもジョンデはキリコに剣を向けている。


「とにもかくにも、壊しておくに越したことはない!」

「何よ!! 悪気はないって言ってるじゃない!! どうしてモンスター同士、仲良く出来ないの!?」

「お、俺をモンスター側に入れんじゃねええええええ……って、はっ!?」


 聖哉が新たな紅茶入りカップを構えていることに気付いたジョンデは、渋々と剣を鞘に納めたのだった。


 ――ふう。キリちゃんが壊されなくてよかった。……あ、あれ? ひょっとして聖哉、キリちゃんをかばってくれたのかな?


 実際のところは分からなかったが、とにかくこの場が治まってから、聖哉は独り言のようにぼそりと呟く。


「それにしても、作戦が上手くいかずに落ち込んだ振りをする時が一番難しかった。落ち込んだことなど、人生でほとんど経験したことがないからな」


 わ、私なんて、しょっちゅう落ち込んでるのに……! 動揺していたように見せたのも、全部キリちゃんを通してオクセリオを騙す為だったってことか! 全くなんて勇者なのよ……!


 それでも全てが聖哉の策略だったと知った今、私の心は俄然明るくなった。事実、壁を厚く深くしたことで新型キリング・マシンがターマインに侵入する可能性はなくなり、また南方にいるオクセリオを含めて壁をぐるり囲んでいたキリング・マシン達は逆にゴーレム達に囲まれている。形勢はピンチから一転、優勢に転じたのだ。


 しかし、その時。オクセリオに照準を合わせていた土蛇カメラが、音声を捉えた。


「イレギュラーに対する対処方法の確立完了……」


 オクセリオの抑揚のない呟きが聞こえる。しばらくして、何かが激しく鳴動するような音が私の耳朶を振るわせた。


「な、何の音?」

「外から聞こえるぞ!」


 私達が監視部屋から出た途端、音は更に大きくなった。音のする方に目を向けると、壁の向こう――北方の上空が赤く染まっている。


 まるで赤い雲が浮遊しているよう。だが……違う。徐々に近付いてくるそれは、敵のキリングマシンの群れだった。地中を掘る青いボディの新型とは対極の真っ赤なメタルボディが数百体、隊列を組んで空を飛行している!


「飛行タイプだと!? 本当に存在したのか!!」


 聖哉の推測通り、足からロケット噴射をしてターマインに接近するキリング・マシンを見て、ジョンデがそう叫んだ。


 ――ぐっ! 敵も用心深い! 遠方に飛行部隊を待機させていたんだ!


 こんな時の為に聖哉はターマインをドーム状に出来るようしていた! だけど、流石に壁をあんなに補強した後で、もうドームにする魔力は残っていない筈!


 だが、私の不安を軽く裏切るように、聖哉が事も無げに呟く。


アイアン・ドーム鋼鉄円蓋


 地鳴りと共に厚みを増した壁が天へと伸び、飛行タイプがターマイン上空に飛来するよりも早く、ドームを形成する!


 円蓋に閉ざされた薄暗い視界の中、私は聖哉に叫ぶ。


「ま、まだ、それ程の魔力が残ってたの!?」

「うむ。残っている。ちなみに先程、壁を補強したことでMPは10しか消費していない。今、ドーム状にしたのも5くらいのMP消費だ」

「!! そんなにエコなんだ!?」


 超高度な土魔法を使っているのに、土を岩に変えたくらいのMPしか消費していない。土魔法使いとしての驚くべき資質に感嘆していると、聖哉は黙って監視部屋に移動。私達も慌てて後を追う。


 監視部屋に入った聖哉がパチンと指を鳴らす。すると土蛇カメラに映るターマイン周辺の地面がボコボコと隆起。そこから見たことのあるモンスターが出現した。


「あ、あれは、ばくだんロック!!」


 ゴーレム達は地中から湧いたばくだんロックを掴むと、まるでボールを投げるように上空に投げ飛ばした! 狙う先は勿論、飛行タイプのキリング・マシンである!


 きっとそれなりの強度を持っていたのだろうが、ゴーレムの膂力によって投げ飛ばされたばくだんロックが着弾するや、飛行タイプは空中で大爆発を起こした!


 ゴーレム達のばくだんロック投擲とうてきは、まるで火力ある地上部隊の一斉砲撃。おそらく、あの時より改良したのだろう。ばくだんロックの爆発力は凄まじく、一発当たるだけでその周りを飛んでいるキリング・マシン達も巻き込んで吹き飛ばしてしまう。

 

 たった数分で、空中のキリング・マシンは全滅。また新型を含めた地上のキリング・マシン達も三万を超えるゴーレムに囲まれ、撃破されつつあった。




 その後もしばらく、上空を映す土蛇カメラに目を光らせていた聖哉だったが、


「よし。飛行タイプは完全に片付けたようだ。それでは一旦、ドームを解除しよう」


 ドームが収縮し、本来の壁の高さに戻った後、私達は監視部屋から出て、塔の頂上から360度、辺りを見渡す。聖哉の言った通り、もはや空を飛んでいたキリング・マシンは一体も見当たらず、また地上では三万ものゴーレム達がキリング・マシンを殲滅していた。


「物事が計画通りに進むと気分が良い」


 聖哉は塔の頂上で紅茶を飲みながら、文字通り、高みの見物をしていた。ジョンデが戦慄したように言葉を発する。


「こ、紅茶飲みながら機皇兵団に勝っちまうぞ!? これが勇者の戦闘なのかよ!?」

「いいのよ!! 勝てば!!」


 私はジョンデに明るく言い放った。ジョンデだって、ゴチャゴチャ言いつつも表情は朗らかだ。それはそうだろう。もはや、こちらの勝利は揺るぎない状況になったのだから。


 それでも聖哉は、ぼそりと呟く。


「まぁ、いくら何でもこれで終わりということはあるまい」

「えっ? それってどういうこと?」


 すると、塔にいた兵士達が叫ぶような声を上げた。


「な、南方に巨大キリング・マシンが出現しました!!」


 振り返った刹那、私の全身は固まってしまう! 


「何よ、アレ……!!」


 壁の高さ程もあるキリング・マシンが視界に入ったからだ!


「いつの間にあんな巨大モンスターが!?」


 音も立てずに急に現れた超巨大モンスターを見て、キリコが驚愕している。


「お、お父様……!!」


 言われてみれば、機械蜘蛛のようなヴィジュアルは確かにオクセリオ! だが、その全長は50メートルはある!


「キリちゃん!! オクセリオって巨大化するの!?」

「わ、私、それも全然、知りませんでした!!」

「まずい!! 南方の壁を破壊しようとしているぞ!!」


 厚みも深さも増した壁だったが、巨大化したオクセリオの拳が当たるや、地震のような震動がターマインを激しく揺さぶる!


 激しい地震に耐えながら、ジョンデが聖哉に叫ぶ。


「どうするんだよ!! 流石にあんなのが出てくるなんて想定外だろ!!」

「いや、ロボと言えば巨大化は当然。無論、想定内だ」

「そ、そうなのか!?」

「安心しろ。敵の巨大ロボに対抗する秘密兵器は既に用意してある」


 そして聖哉は私に目を向ける。


「リスタ。門を出せ。オクセリオの近くまで行こう。秘密兵器で最後の仕上げだ」

「う、うん! 分かったわ!」


 頷きながら私は思う。

 

 ――今まで壁の中に閉じこもっていた聖哉が、自ら前線に飛び出そうとするなんて……!! よっぽどその秘密兵器とやらに自信があるのね……!?





 勇者に言われるままに門をターマイン南方の壁の外に出し、私と聖哉、ジョンデにキリコは門の外に出た。


 キリング・マシン達の残骸がそこかしこに溢れている。そして数十メートル先には巨大化したオクセリオが拳で壁を打ち付けている。ゴーレム達がどうにか足下から攻撃しようとしているが、蟻のように踏み潰されていた。

 

 私は巨大化したオクセリオの背中を眺めつつ、能力透視を発動してみる。




 ギガント・オクセリオ

 Lv99(MAX)

 HP3487570 MP42475

 攻撃力794525 防御力788965 素早さ587544 魔力85754 成長度999(MAX)

 耐性 火・水・風・雷・氷・土・光・闇・毒・麻痺・呪い・即死・眠り・状態異常

 特殊スキル 邪神の加護(LvMAX) 遠隔器官(LvMAX) 変形(LvMAX)

 特技 CH・レーザー魂魄破壊光線

    オール・ディストラクション完全誘爆破壊    

 性格 無情



 ――な、何て体力!! 300万を超えてるわ!! 他の能力値もクロノア様に見せて貰ったアルテマイオスのデータ程、あるじゃない!!


 ステータスもさることながら、近くで見ると、その大きさに圧倒される。まるで巨大な建物が動いているようだ。


「デカすぎる……! あれじゃあ普通の攻撃など当たらんぞ! 本当に勝てるのか……?」

「案ずるな。今から秘密兵器を出す」


 聖哉は『ダン!』と地面に片足を踏みつけた。

 

 途端、地鳴りがして、私達より数十メートル離れたオクセリオの背後の地面から、巨大な手が現れる!


「あ、あれが秘密兵器……!?」


 驚愕した後、私は笑顔で聖哉に叫ぶ。


「分かったわ、聖哉!! こっちも超巨大ゴーレムを出してギガント・オクセリオに対抗する――それがアンタの言う秘密兵器なのね!!」

「いや。少し違う」

「……へ?」


 やがて地面から完全に全貌を表した巨大な物体を見て、聖哉の言葉の意味がすぐに理解出来た。


 ……土に汚れているが、馴染みのある白いドレス。


 ……同じく土まみれだが、見覚えのある金髪に、毎朝見ている顔。


 それはギガント・オクセリオをも上回る『超巨大な私』だった。


 絶句する私の隣、聖哉が真剣な顔で呟く。


「アレが秘密兵器――『おおタルテ』だ」

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