第九十六章 慎重な指示書

 私は藁半紙から目を移し、すぐ傍でグッタリしている聖哉を見る。


 ――いや、あの……倒れてるのに『レディ・パーフェクトリー』って、おかしくない……?


 ふとそう感じたのだが、


「リスタさん!! アレを!!」


 キリコが指さしている方を見て、吃驚する。


 無数に置かれていた土蛇モニターである桶に移されていた要塞周りの映像が全て、地下迷宮内部の映像に変わっていく! 更に離れた場所にある石で出来たデッキに今まで無かったボタンのような突起物が現れる!


「地下迷宮用の司令室に変わったって訳ね……!」


 ジョンデが難しい顔で言う。


「俺達が迷宮の最下層、地下三十階にいて、すぐさま差し迫った危険がないのは分かった。だが、指示通り行動すればセレモニクを攻略出来ると書いてあったが、勇者は倒れている。どうやって指示に従うんだ?」


 すると、ジョンデの言葉を理解したかのように、手紙を持ってきた土蛇が地中に潜った。数秒経って、今度は体に巻物のような物を付けて出てくる。


「こ、コレが指示?」


 私が手に取ろうとした刹那、同じように巻物を付けた土蛇が地中から何十匹も湧いて出てきた!


「うわわわわわっ!!」


 驚いて尻餅をつく。その間に土蛇たちは持ってきた巻物を一カ所に集めていた。気付けば巻物の山が出来ている。


「嘘だろ!! コレ全部、指示書なのかよ!?」


 あまりの量にジョンデが叫ぶ。そして私も同感だ。というか、こんな大量な指示書、一体いつ書いたのよ!? 普段からこういうことしてっから、疲労と心労でブッ倒れるんじゃないの!?


 倒れている聖哉を白い目で見ながらも、一匹の土蛇が私に差し出してきた巻物を受け取る。 中にはこんな文章が書かれていた。



『俺がもし死んでいるなら108Pへ進め 死んでいないなら266Pへ進め』



「な、何よコレ!? ゲームブックみたいになってる!!」

「ゲームブック!? 女神!! 何だ、それは!?」

「聖哉のいる世界で一昔前に流行った本よ! 文章の途中で選択肢が現れ、その選択に合ったページに進んでいくの! テレビで出来るサウンドノベル系アドベンチャーゲームが登場してから、ゲームブックはすっかり廃れてしまったけれど!」

「!! いや何言ってんのか分かんねえよ!!」

「!? お前が聞いてきたんやろがい!!」

「ちょ、ちょっと二人共落ち着いてください! とにかく聖哉さんの指示通りのページに進んでみましょう!」

「聖哉が生きているから266Pだけど……ここから探すの?」


 ウンザリしつつ大量の巻物を見た時、一匹の土蛇が「シャー」と声を発し、巻物の山の中に突っ込んだ。しばらくして取り出した巻物を私に開いて見せる。ページの下部には『266』と書かれていた。


 あ。ページの数を口に出せば土蛇が持ってきて見せてくれるんだ。便利ね。


 納得しつつ、文章を読む。



 『俺が死んでいないからといって【意識を取り戻すまで待つ】などという甘い考えは捨てろ。最悪、寝たきりになっている可能性もある。怨皇セレモニクはお前達だけで倒すという意志をしっかり持て。まぁこれから猿以下でも分かるように指示するから安心するがいい』



 猿以下とか失礼なんだけど……!



『それではまずこの迷宮について簡単に説明する。地下一階から五階までは、トラップは存在せず、迷路のような構成で出来ている。これは時間稼ぎであり、この間にお前達に迷宮システムを熟知させる為だ。今から土蛇が持ってくるマニュアルをよく読み、更に質問に答えておくように』



 私とキリコは素直に土蛇が差し出してきた巻物を受け取ったが、ジョンデは桶の並べてあるモニターに向かった。


「ジョンデ?」

「いくらコイツが先見性のある勇者だろうが、全ての行動を予見出来る訳がない。そもそも、この書物は勇者がセレモニクと出会う以前に書かれていたんだろ? あてにならん。俺はセレモニクの動きを見張っておく」

「で、でもジョンデさん! これを見てください! 『セレモニクが瞬間移動スキルを持っている場合は68Pに進め』と書いてあります!」

「ば、バカな!? 何で分かるんだ!?」

「きっとセレモニクに出会う前から色んな可能性を考えていたんですよ。先見性に富んだ聖哉さんらしいですね。あっ、他にこんなのもあります! セレモニクが獣人タイプの場合は2687P、吸血鬼タイプの場合は4743P それから……あった! 顔が二つあるタイプの場合は7878Pです!」

「!? だから何であるんだよ!! それはもう先見性とかいう問題じゃないだろ!!」

「もう! うるさいわね! だったらジョンデはそこでセレモニクを監視していればいいわよ!」


 その後、私とキリコはマニュアルを読んだり、聖哉の質問通り、選択を進めたりしていたのだが……しばらくしてジョンデが叫んだ。


「おい! セレモニクが地下六階への階段を下りてくる! 奴め、こんなに早く迷路をクリアしやがったぞ!」


 予想よりずいぶん早い。無論、瞬間移動能力を使ったのだろう。しかし、私もキリコもその時、既にマニュアルを読み終えていた。


 改めてジョンデの隣に行き、桶を眺める。俯瞰するようなモニターから見れば、地下六階は迷路のように複雑だった今までの階に比べ、次の地下に下りる階段まで曲がり角が二つあるだけの簡単な通路である。


 双頭のうち、乱れ髪のセレナが欠伸をしながら言う。


「長ったらしい迷路だったなー」


 隣の頭部、姉のモニカが返す。


「瞬間移動であっという間でしたけどね。……おや? 何でしょう、この音は?」


 曲がり角に差し掛かった瞬間、前方から転がってくる巨大な岩に気付くセレモニク! だが、全く動揺していない!


「ケッ、前から岩のトラップか。どうする? 転がってくる岩で塞がれて向こうが見えねー。前方へは瞬間移動出来ねーなー」


 セレナの話を聞いて、私は確信する。


 ってことは、セレモニクの瞬間移動は聖哉の推測通り『視界に映った場所にのみ可能』ってことか!


 とりあえず後方に逃げようと背後を振り向いたセレモニクだが、後ろからも巨石が迫って来ていることに気付く!


「よし! 二つの岩で前後から挟み撃ちだ! 潰されるぞ!」


 ジョンデが嬉々とした声を上げるが、


「上よ、セレナ。この岩の直径なら、かわせますわ」


 姿が消えたかと思えば……セレモニクは通路の天井にぴたりと張り付いていた。


「ぐっ! かわされたぞ!」

「く、蜘蛛みたいですね……!」


 二つの岩はセレモニクを潰せず、ただ互いにぶつかって動きを止めた。ジョンデが舌打ちし、セレモニクの双頭が笑う。だが、私はその瞬間、デッキのボタンを押した。


『ドッゴォォォォォォン』!!


 凄まじい轟音にジョンデが体を震わせる。桶に映るモニターも煙で真っ白だ。


「な、何だ、今のは一体!?」

「聖哉の指示よ。『転がる岩を避けられたらボタンを押すように』と書いてあったの。あの岩は遠隔操作可能のばくだんロックなのよ」

「避けられること前提で、ばくだんロックで爆破かよ……! えげつねえな……!」


 違う角度からの土蛇カメラには。爆発のせいで着ていたドレスが裂けたセレモニクが映っていた。セレナが絶叫する。


「痛え……背中が痛てええええええええ!!」

「落ち着いて、セレナ。ちょっと火傷しただけよ」

「ち、畜生が……!! 許さねえ……!! 勇者も、勇者の仲間も、この大陸の人間も、全て皆殺しにしてやる!!」


 セレナが呪詛を吐いているが、怖いのであまり聞かないようにしつつ、私はキリコに尋ねる。


「キリちゃん。次の指示は?」

「えっと、これですね。『物理攻撃が効いているなら8193Pへ』……」


 私は新しい土蛇の指示を眺めてみた。



『次の地下七階では無数の矢がセレモニク目掛けて発射されるトラップを仕掛けてある。曲がり角まで瞬間移動した時が頃合いだ。次の瞬間移動発動まで、おそらく少しはタイムラグがある筈。そこを狙い、ボタンを押して蜂の巣にしろ』



 セレモニクは悠々と地下八階への階段を下りていく。背中の火傷はさほど大きなダメージではないようだ。




 ……そして辿り着いた地下八階。セレモニクの眼前、明らかに罠と分かるように地面がボコボコと隆起していた。


 セレモニクはそれを瞬間移動でショートカット。視界に映る曲がり角で再び姿を現す。角を曲がり、数歩進んだ時、余裕の表情だったセレモニクの顔色が変わった。突如、通路の壁という壁に小さな穴が出現したからだ。


 私は聖哉の指示通り、ボタンを押す。その途端、無数の穴からセレモニク目掛けて矢が放たれる! 何処に逃げても無駄な程、前後左右から発射される雨のような矢!


 聖哉の予測通り、続けて瞬間移動するにはもう少し時間が必要なのだろう。セレモニクは腕を交差させて頭部を守っていた。


 ……蜂の巣だと思った。だが、矢の雨が終わった後も、セレモニクはそこに仁王立ちしていた。足下には折れた矢が山のように積み重なっている。


 ――ううっ! 防御力が高いから、矢が体に刺さらないんだわ!


 セレナが地面に唾を吐きながら言う。


「フン。かすり傷だ」

「ダメよ、セレナ。丁寧に毒が塗ってあるわ。今から傷口を焼かなけば……」

「ぐっ! 勇者の野郎……!」




 しばらくして地下九階に現れたセレモニクは瞬間移動を使わず、ゆっくりと罠がないか確かめながら進んでいく。


 私は聖哉の指示書を眺める。



『これまでのこともあり、セレモニクは罠を警戒しながら進んでくるだろう。しかし、この階にはトラップは何もない』



 神経をすり減らすように遅々として進んでいたモニカの顔が、急に明るくなる。


「セレナ! 次の階段が見えたわ!」

「ああ! この階には何もなかったなー! ったく、ふざけやがっ、」


 しかし階段を下りようと一段目を踏んだ瞬間、


「ぎゃああああああああああ!!」


 セレモニクが悲鳴をあげる! いつの間にか階段から剣山のような針が突き出していた!


 ジョンデが戦慄したように呟く。


「八階から九階に通じる階段にトラップがあるのかよ……!」

「こ、これは確かに油断するわね!」

「ええっと、指示書の補足によると『プラチナソードの材料を使った威力のある針』だそうです……」


 足からどす黒い血を垂れ流しながら、憤怒の形相でセレモニクが叫ぶ。


「糞勇者があああああああああああ!!」





 次の地下十階にも様々なトラップが仕掛けられていた。落とし穴……壁から突き出る槍……それらを何とかかわしたセレモニクが辿り着いた場所は、しかし、行き止まりであった。土壁に額のような物が飾られており、そこにはこんな文が書かれている。



『朝は四本足……昼は二本足……夜は三本足……この生き物の答えを入力せよ』



 額の下にはペンが置かれていた。セレモニクの妹セレナが首を捻る。


「くだらねえことしやがって。この謎を解かねーと、次の階段は現れねえんだろうが……しかし、何だこりゃあ。意味が分かんねー」


 しかしモニカが少し口角を上げた。


「私には分かりましたわ」

「ホントかよ、モニカ姉様!」

「ええ。答えは、」


『ドッゴォォォォォォォン』!!


 突如、またもや桶から轟音が鳴り響いた! 土蛇カメラの映像も乱れている! 


「何事!?」と思っていると、土蛇が私に巻物のページを差し出してくる。



『十階の最後は【敵が問題を考えている最中に爆発するトラップ】だ。ちなみに答えは【人間】。以上』



 私は背筋に冷たいものを感じていた。


「な、何て非道なトラップなの!」

「う、うむ! 作った人間の性格の悪さが滲み出ているな!」


 しかし、ふざけたトラップだが、その効果は絶大。爆破のせいで、セレモニクの左手首より先が消えて無くなっている!


「わ、私の手がああああああああっ……!」


 よくよく見れば、セレモニクは背中に火傷、左手を無くし、足にも負傷! ボロボロの状態だ!


「いいぞ! このままいけば三十階に辿り着く前に難なく退治出来そうだ!」


 ジョンデの言葉に頷く。マニュアルにざっと目を通した私は地下十階以降、更にトラップが激しく、しかも陰険になっていくことを知っていた。


 ――流石は聖哉! 倒れてもレディ・パーフェクトリーって言うだけある! 本当に私達だけで攻略出来そうね! 


 ……左手を無くし、息を乱すセレモニクの前にあった壁がガラガラと崩れ、地下十一階への階段が現れた。


 それを見た刹那、


「ふふふ……はははは……」


 セレモニク姉が突然、笑い出した。


「あはははははははははははははははははははははははは!!」

「ど、どうしたんだよ、モニカ姉様?」

「バカバカしい。バカバカしいわ。これ以上、勇者のお遊びに付き合う必要なんかない……」

「けど、この階段を下りなきゃ奴らのいるところには辿り着けねーよ? 奴らは最下層にいるんだろ?」

「平気よ、セレナ。もう階段は下りない。ただ……そうね。勇者の待つ最下層に行く為には新しい力が必要よ。末妹シャナクを惨殺することで新しい力を手に入れたように、ね」


 セレモニクの右手がセレナの顔を掴んだ。


「ま、まさか、嘘だろ、モニカ姉様!?」

「セレナ。今回はアナタが犠牲になってちょうだい」

「や、やめ……って、う、うわああああああああああああああああああ!!」


『ゴシャッ』。鈍い音がした。見ればセレナの顔面は潰されている! 鼻はひしゃげ、目玉が飛び出た無惨な姿となっていた。


「う、うわ……! 仲間割れ……?」


 潰された顔の隣でモニカが高らかに笑った。


「あははははははは! 妹セレナの怨みの念が! この怨皇セレモニクを更なる高みへと導く! 土蛇を通して、お前達が私を見ている以上! 私とお前達は点で繋がっている! その僅かな点の繋がりからお前達の居る最下層へと辿り着く!」


 そして私達が見ている土蛇モニターに、伸ばされたセレモニクの手がアップで映った。



「……な、何だか雲行きが怪しくないか?」


 私を振り返ったジョンデがそう呟いた瞬間、


「そ、そんな……!」


 キリコが震える声を出した。キリコの視線の先、何と今までセレモニクが映っていた桶から血塗れの手が突き出している!


 バチバチと放電しつつ、辺りの空間を歪ませながら、セレモニクが桶から強引に体を這い出す! 鬼気迫る形相を桶から出した後、にやりと笑う!


「空間を移動する瞬間移動……『ディメンション・ステップ次元間縮地』……!」


 キリコもジョンデも為す術もなく、その場に突っ立っていた。


「残念だったわねえ。これでもう仕掛けたトラップは通用しないわ」


 身構える間もなく、セレモニクの手が私の顔を掴んでいた。


「さぁ、私が味わった百倍、いや千倍の苦しみを味わいながら死ぬがいい……!」


 絶体絶命。だが……その瞬間、私の顔は砂となってサラサラと消え失せる! 顔のみではない! 私の体全部が土砂となり、その場に崩れ落ちた!


「な、何……!?」


 驚愕するセレモニク。傍にいた筈のジョンデとキリコも既に砂に変わっている。


 ……そして今。この様子を


 私の隣でジョンデがようやく言葉を発する。


「お、おい!! 何なんだ、あの部屋は!?」

「聖哉が用意したフェイクの司令室よ。私達そっくりの土人形も配置しているの」

「そ、それは分かるが……セレモニクは妹を殺したことで、土蛇の目から俺達が見ている桶に移動する能力を得たんだろ!? なのにどうして此処じゃなく、その偽の部屋に繋がったんだよ!?」

「これを見て」


 私はジョンデに巻物のページを見せた。



『土蛇の目を通じ、モニターから亡霊の如くセレモニクが這い出てくることもあるかも知れん。その時に備え、土蛇カメラと土蛇モニターとの間にもう一つの中継点を挟むことで繋がりを遮断しておく。ちなみに、お前達が今いるその場所は地下迷宮の最下層ではない。地下迷宮のある場所から数十メートル以上、隔離された場所に存在するのが、その司令室だ。そしてお前達が見ていた全ての桶の映像は、偽の部屋にある土蛇カメラを中継し、映像回線を一旦、遮断した後に再送されている』



 言葉を失うジョンデに私は得意げに告げる。


「これが地下迷宮最大のトラップ『プロクシー・ルーム怨念遮断部屋』よ!」

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