第百七十七章 本当に欲しいもの

 ドゥエが庭いじりに使う運搬用の一輪車に、鉄屑をいっぱい入れて運んできた。


「聖哉さん。頼まれた物、此処に置いておくよ」

「うむ。ご苦労」


 聖哉は上から目線でドゥエに礼を言う。


 冥界滞在一日目。ウノ邸の裏庭で、聖哉はバイクの合成を始めた。一輪車から降ろした鉄屑やアルミ、ゴム等は、聖哉がバイク合成の為にドゥエに依頼した物だった。


「む……。その一輪車も欲しい。素材として使えそうだ」

「ああ。構わないよ」


 ドゥエはそう言って微笑むが……えええ……その一輪車、ドゥエのじゃん……!


 私は聖哉の態度にハラハラするが、ウノの兄であるドゥエは、コルトと同じく優しい笑みを湛えていた。


「ありがとね、ドゥエ」


 聖哉の代わりに礼を言った――その時。謙遜して笑っていたドゥエは突然、足元をふらつかせた。私は慌てて、ドゥエの体を支える。


「ど、どしたの? 目眩?」

「ああ。最近……少し、頭が痛くてね……」


 苦しげに眉間を押さえている。ウノと同じで宝石の埋め込まれた眉間の辺りを。


「ドゥエ。手伝いはもう充分。休んでて」

「ごめん……」


 無理やりのような笑顔を繕うと、ドゥエはふらふらと家の中に入っていった。


 ――大丈夫かな。ドゥエ。


 冥界で私達は、ドゥエ、ウノ兄妹の家に居候させて貰っている。衣食住を提供してくれる二人に対して恩を感じている私は、心からドゥエの容体を心配した。


 しかし、ちらりと聖哉を見ると、まるで我関せず、バイク作り――もとい、バイク合成に夢中である。


 聖哉は、一旦バイクを分解して、各パーツを鉄屑を使いながら合成していく。つまり、ジョンデの愛車は現在バラバラ。ジョンデが見たら、悲鳴を上げて卒倒しそうな光景である。


 やがて、聖哉は鉄屑とアルミのようなものを用いて、燃料タンクの合成に成功した。私は膝を折りながら、その様子を眺めていた。


「銃と同じく、こちらも俺の世界のバイクとほぼ同じ。違うのは燃料系統だな」


 聖哉が珍しく自分から話し掛けてきた。昔から聖哉は合成が好きなので、テンションが上がっているのだろう。


「ガソリン代わりに、魔導エネルギーを液化させたものを使う。これは考えようによっては、便利だ。仮に燃料が無くなっても、俺の魔力さえあればいつでも補充ができる」

「なるほどー。ガソリン代も掛からないしね」

「エコだ」

「エコね」


 そんな取り留めもない話をしつつ、聖哉がパーツを合成していく。合成しながら、ジョンデのバイクのパーツを元通りにするのを忘れない。


「ジョンデのバイクを元に戻すのが一番面倒だ」


 文句を言いながらも、もくもくと作業に集中している。複製ではなく合成なので、聖哉のバイク用のパーツを合成した後で再び、ジョンデのバイクのパーツをなるべく本来の形に近付けて合成しなければならないのだ。確かに面倒な作業だと私も思うが、聖哉も「借りただけ」と言った手前、省くわけにはいかないのだろう。


 とは言っても、一から製造する訳ではなく合成である。製造に於けるチートのようなもので、ほんの一時間も経たないうちに、ジョンデのバイクの隣に、同じようなタイプのバイクを作ることに聖哉は成功していた。しかし……。


「タイヤが無いね」

「ゴムが足りんのだ。タイヤの合成素材の入手が一番厄介かも知れん」


 聖哉は唸る。骨組みは完成したが、タイヤが無くては走れない。


「ドゥエは部屋で休んでるし、私達で材料探しに行こっか?」

「いや、待て。タイムロスを防ぐには……」


 ふと、聖哉が中腰の私をジッと見ていることに気付く。せ、聖哉が私を見詰めて……? ああっ、もしかして!


 私は目線を下にする。中腰になっているせいで、私の胸の谷間が強調されていた。私は、さりげなく両腕を胸の前で組んでみる。聖哉は未だに食い入るように私を見詰めていた。私はその体勢のまま、聖哉ににじり寄る。


 ――ふふふ! 私の豊満な胸に釘付けになってるじゃない!


 そう思った刹那、私の頭部に激痛が走った!


「!! 痛ってえええええええ!?」


 頭を押さえつつ、聖哉を見る。その右手には私の金髪がごっそり! 聖哉は私の髪の毛を引きちぎっていた!


「バイク合成にも、女神の毛髪を使ってみよう」

「使ってみよう、じゃねえっ! いきなりむしんな!」

「笑顔で近付いてきたから『毛を毟って良いよ』ということだと思ったのだが?」

「何処の世界にいるの!? 笑いながら『毛を毟って良いよ』って言う女!!」


 しかし聖哉はいつも通り反省せず、私の髪の毛をバイクに近付けた。途端『バボン!』という音と共にモクモクと白煙が発生する。


 やがて、煙が晴れた時――私の目は驚愕で大きく開かれる。興奮して聖哉に言う。


「聖哉! すごい! タイヤ! タイヤが付いてるよ!」


 素材を使わずに、しっかりとしたタイヤが二輪、バイクに付いていた。


 ――プラチナソードの材料にもなるし、女神の毛髪ってホントにオールマイティだわ!


 私の髪ってすごい!と、心の中で自画自賛していたが、聖哉は難しい顔で合成したバイクを眺めていた。


「何だ……これは……」

「え?」


 私は気付く。タイヤにしか目が行っていなかったが、よく見ると、先程まで銀色だった燃料タンクや黒光りしていたフレームが、全てピンク色に染まっている。


 聖哉が苦虫を噛み潰したような顔で言う。


「俺は服装や持ち物の外見など、特に気にしない。だが、これは度を越している」

「そ、そうかな? 色鮮やかで格好良いよ? 何だっけ、えっと『ハーレー』みたいじゃない?」

「全然違う。どちらかと言えば、女児用の自転車みたいになってしまった。こんなものに乗れば目立ってしようがない。敵から襲われる危険が増す」


 聖哉は大きな溜め息を吐き出す。


「失敗した。女神の毛など入れなければ良かった」


 そして私を睨め付けながら言う。


「女神の毛は入れなければ良かった」

「二回言った!! 私のこと睨むの止めてくんない!?」


 毛を毟られた挙げ句に睨まれて、私は苛立った。聖哉も流石にそれ以上は文句を言わず、気分を変えるかのように頭を左右に振った。


「バイク合成は一旦、中止だ」




 冥界の赤い空の下、町の中心部から離れて二人で畦道を歩く。聖哉の後に続き、私は冥界の十番街に向かっていた。


 聖哉は今回の修行について既に目星を付けているらしく、お目当ての冥界の者は十番街に住んでいるようだった。ちなみに私達が行動している間、セルセウスはウノと一緒に夕飯を作ってくれている。もう剣神というより料理の神である。


「あ。待ってよ、聖哉」


 聖哉の歩幅が大きいので、考え事をしているとすぐに離されてしまう。私は小走りで聖哉に近付いた。


「ねえねえ。修行だけどさ。ターマインに行ってからでも良かったんじゃない? 前に、言ってなかった? その敵に合わせた修行をするって」


 聖哉は前を見据えたまま、歩きながら言う。


「ガルバノ公国のトップ・デューク・レオンは捻れた世界のグランドレオンだと推測される。更に保持しているアルテマは『雷獣のアルテマ』。雷撃中心の攻撃が予測できる」

「ああ、なるほど」


 つまり、今回に関して言えば、ターマインに行く前から既に対策や戦略は立てられるということなのだろう。私は納得したのだが、


「だが、お前の言う通り、本来ならば現地に赴き、レオンの情報をある程度集めてから、それに見合った冥界の者を見つけて修行をするのがベストだと俺も考える」

「なら、どうして?」

「冥界での修行はなるべく早めに済ませておかねばならん――そんな気がするのだ」


 以前、セルセウスと冥界を歩いていた時、リィ・ツフという樹木型モンスターに似た冥界の者が「此処は冥界ではない」と叫んでいた。更に聖哉は、冥界の地形が徐々に変化していると指摘している。


 ――冥界で一体、何が起きてるんだろ……?


 聖哉に尋ねてみようとした時、


「着いたぞ」


 言われて私は周囲を見渡す。十番街と言いつつ、全く街らしくない。野っ原の真ん中にぽつんと一軒家が建っていた。いや……建っていると表現して良いのだろうか。ビニールのような素材で出来たカラフルで、こんもりとした家は、風にゆらゆらと揺られていた。


 聖哉と一緒にその家に近付く。私はちょんちょんと壁を突いてみた。柔らかい感触だった。透明の窓から覗くと、部屋の中に沢山の風船が見える。


「何か『バルーン・ハウス』みたいだね」


 私は風船いっぱいの子供の遊技場を思い浮かべた。ものまねスキルを教えてくれた道化師ジョーカは遊園地に住んでいたが、この家はまた、より一層子供っぽい感じだ。聖哉も同じように家の壁を突いていた。


「良い素材だ。この家を丸ごと貰って合成の材料にしたい」

「物騒なこと言わないでよ……」

「まぁいい。とにかく入るぞ」


 聖哉が、絵のようなドアを音も無く開いた。家の中は、私の想像以上に広かった。橙色の壁と床。そして、床の至る所には色とりどりの風船。歩くとふわふわしていて、トランポリンのようである。


 どことなく童心に戻って、私は飛び跳ねてみる。


「ふふふ! 聖哉! 楽しいよ!」


 聖哉は冷めた目をしていたが、私はどれだけ高く飛び上がれるか試してみた。ジャンプする度に部屋の中にある風船が跳ねる。そして――その風船の中から何かが飛び出して、私に体当たりしてきた!


「ぐっへえっ!?」


 女神らしからぬ声を上げ、私はパンツ丸出しで倒れ伏す。一体何事かと倒れたまま振り返ると、全身毛むくじゃらで、ぬいぐるみのようなモフモフした者が私を見下ろしていた。


 毛は部屋の壁と同じ橙色。更に風船に埋もれていたので、私はこの部屋の主に気付かなかったのだ。


「ひとん家で勝手に飛び跳ねてるんじゃないっちち!」


 甲高い声で叫ぶや、太い腕を私の頭に振り下ろす! 「ひゃっ」と私が声を上げると同時に大きな手が私の頭を打った! だが……まるで痛くはない。


「ご、ごめんなさい!」


 私はそのまま頭を下げる。


「まったく。『お邪魔します』も言えないっちち? 常識がないっちち」


 妙な語尾で舌打ちする。外見はゆるキャラのようだが、性格は案外厳しいようだ。


 聖哉が巨大なぬいぐるみに話し掛ける。


「邪魔するぞ。ポルーン」


 聖哉は毛むくじゃらのゆるキャラを『ポルーン』と呼んだ。ポルーンが小さな溜め息を吐く。


「挨拶が遅いっちち。けど、冥王様から聞いてるっちち。お前、僕のスキルが欲しいっちちね?」

「そうだ」


 聖哉が頷く。一体、今回はどんなスキルなんだろ……私が思ったその時だった。不意に私の頭頂部がズキッと痛くなる!


「あたたた!? な、何コレ!? 何で急に!?」


 頭を押さえ、慌てふためく私をポルーンが笑う。


「さっき殴った痛みが、今やってきたっちち!」

「えええ!?」


 ほんの少し前、私はポルーンに頭をぶたれた。その痛みが今やってきたということだろうか。だとしたら。


「これって、もしかして時間操作!?」

「難しいことは分からないっちち。僕はただスキルを遅らせることが出来るだけっちち」

「そ、そうなんだ……」


 時間操作なら、とんでもなく凄いと単純に思った。だが、単にスキルの発動を遅らせるというだけなら……。


 私は聖哉に近寄り、小声で耳打ちする。


「ね、ねえ。こんな技、身に付けて意味あるの?」

「使い方によっては化ける。たとえば、俺の魔法を一定時間経過後に発動させる。すると、時限爆弾に近い効果が期待できるだろう。『時限式魔法』と言ったところだ」

「時限式魔法……!」


 聖哉は会得する前から、ポルーンのスキルを自らの魔法に応用することを考えていた。そして、そう言われてみれば、確かに使い道はありそうである。時限式魔法を仕掛けておき、敵をその場に誘導。やがて、時間差で魔法が発動する。結果、敵と対峙しなくても片付けられる。聖哉の得意な、不意打ちやだまし討ちに適していると思った。


「まるで時限爆弾ね。何かより一層、テロリストっぽくなっちゃう気がするけど……」

「確実にレオンを倒す方法の一つだ」


 そう言われては何も言い返せない。ポルーンが、のしのしと私に近付いてくる。


「それじゃあ教える代わりにHPをくれ、っちち!」


 ああああ……そうだった……! 久しぶりなんで忘れてた……!


 私は肩を落としながら言う。


「恥ずかしみポイントよね」


 冥界の者は、聖哉にオーラを付与してスキルを習得させるのと引き換えに『HP』を代償として欲しがるのだ。


 しかし。ポルーンは大きな目を天井へと向けた。


「恥ずかしみポイント……? 僕には、もっと欲しいものがあったような気がするっちち……」

「へ? どうゆうこと?」


 今までと違う展開に私は戸惑う。そんな私に向けて、ポルーンは大きな腕をぬっと伸ばしてきた。そして――『ムギュ』! 私の胸を両手で鷲掴みにする!


「ひゃあああああああっ!?」


 突然の痴漢行為に絶叫する私! や、やっぱり女神を辱めたいんじゃないの!!


 だが、ゆるキャラのようだったポルーンの口は大きく裂けていた。口腔内に針のような無数の牙が見える。


「ひひ! ひひひひひ!」

「ちょ、ちょ、ちょっと!?」


 最初はいつものように辱められるだけかと思った。しかしポルーンは私の胸を引きちぎるくらいに力を強く込めていた!


「い、痛い! 痛いってば! やめて! やめてよ!」

「そうそう! ひひひ! それだっちち!」


 涙目で叫ぶ私を見て、ポルーンは邪悪な笑みを見せる。


「僕らは、神や人間のHPを削り取るのが楽しいっちち!」

「け、削り取る!? どういうこと!? HPって、恥ずかしみポイントじゃないの!?」

「何を言ってるっちち! HPは体力のことに決まってるっちち!」

「は、話が違……」

「ひひひひひひひひひ!」


 胸の痛みもさることながら、私はポルーンを見て、怖気を感じていた。異世界のモンスターとはまた違った得体の知れないものが目前にいる――そんな感覚。冥界に来て、こんな思いをしたのは初めてかも知れない。


 しかし、「ぐへぇ」とポルーンが叫んで、ふわふわの床を跳ねるように転がった。私が振り返ると、聖哉が上げた片足をゆっくりと下ろしていた。どうやらポルーンを蹴ったらしい。


「あ、ありがと……聖哉」


 聖哉は無言で倒れたポルーンに近寄り、話し掛ける。


「冥王にも確認している。お前達は『恥ずかしみポイント』を代償にスキルを付与する、と。そのことに偽りは無い筈だ」

「あれ? あれれれれ?」


 聖哉の言葉に、ポルーンは我に返ったように目を大きく見開く。


「ああ……そうだったっちち! 思い出したっちち! HPは体力じゃなくて、恥ずかしみポイント! 僕らは、神々の恥ずかしがる姿を見るのが嬉しいんだったっちち!」


 ポルーンは立ち上がると私に頭を下げて謝ってきた。


「酷いことして、ごめんっちち」


 いつの間にか、細かい牙が消えている。先程の変貌が夢だったかのように、ポルーンは優しげなゆるキャラに戻っていた。


「おっぱいに触れて、充分な恥ずかしみポイントは頂いたっちち! それじゃあオーラを与える準備をするっちち! 待ってるっちち!」


 そう言ってポルーンは私達から離れて、風船の密集している部屋隅へと歩いて行った。


 私は呆然として聖哉に尋ねる。


「恥ずかしみポイントのことを忘れるなんて……。こんなことってあるの?」

「忘れる、か。むしろ、思い出しつつあるのだろうな」


 聖哉は、ぽつりとそう呟いた。

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