第百七十六章 盗んだバイクで
「我が主君、カーミラ様はお前達に希望を見出しておられる。勇者と女神の出現が、この乱れた世界に変革をもたらすのではないか、と」
「カーミラ王妃が……」
ジョンデの言葉を聞いて、私は呟く。カーミラ王妃は私がティアナ姫の生まれ変わりだと知る由もない。それでも、前世の母は私を助けようとしてくれている。かつてのイクスフォリアでもそうだったように、この捻れた世界でも。
――お母さん……。
嬉しくて涙が溢れそうになる。だが、しかし……私の担当勇者は、相変わらず疑心に満ち溢れていた。
「上手いことを言って、俺達を利用しようとしているだけではないのか?」
そう吐き捨てた聖哉をジョンデが睨む。
「ブノスを殺った手際は認めてやる。だが、貴様のその態度。俺にはお前がカーミラ様が言うような希望だとは思えん」
不意にジョンデは視線を聖哉から私に移した。
「この女神とかいう女だって、たいして神々しくもない。王女であるティアナ姫の方が、よっぽど上品で愛くるしいオーラを放っておられる」
「はぁっ!?」
急な巻き込み事故に私は憤る。何よ、その言い方! 第一、ティアナ姫って私じゃない!
「ジョンデ! アンタがどんだけ私のことが好きでも、私はアンタを好きじゃないからね!」
「!? いや俺、お前のことが好きだなんて一言も言ってないけど!?」
言われて私はハッとする。ジョンデがティアナ姫に好意を抱いていることを知っている私は、ウッカリそう口走ってしまった。いけない、いけない! 気を付けなきゃ!
「ったく、どんな頭してんだ! 神々しいどころか、図々しい!」
私に対して呆れ顔を見せるジョンデ。だが、聖哉は聖哉で、馬鹿を見るような目をジョンデに向けていた。
「他人のことより自分の身を顧みたらどうだ。野外で素性をバラした上に、あのような重要な話までするとは。レオンが盗み聞きしていたらどうするつもりだ?」
「た、確かにそうよね。聖哉。オートマティック・フェニックスはどう?」
「上空にはドローンがないことを確認している」
「よかった……って、それじゃあ大丈夫なんじゃない!」
「俺は、コイツの不用心さに呆れているだけだ」
聖哉に言われてジョンデは「ふん」と鼻を鳴らした。
「バカ野郎。俺だって考えて行動してる。ガルバノ公国に、空からの偵察技術がないことは分かってるからな」
「何故そう言い切れる?」
「ブノスにあの偵察兵器を貸与したのはターマインだからだ」
「な……っ!」
私は絶句する。アイヒもまた眉間に皺を寄せて、ジョンデに食ってかかる。
「言ってること、おかしいじゃねえか! お前、どっちの味方なんだよ!」
「強いて言うなら、世界の味方だ。ターマインは世界平和の為の計画を独自に進めている」
「世界の味方だぁ?」
「この際だ。教えてやる。カーミラ王妃は、ガルバノ公国と休戦協定をかわし、同盟を結ぼうとしておられるのだ」
「ど、同盟!?」
「ターマイン王国とガルバノ公国が……!」
アイヒが驚愕で目を丸くし、普段、冷静なコルトも言葉を失っていた。聖哉が言う。
「ブノスに偵察兵器を提供したのは、その前段階だったという訳か」
「そうだ。まずは、
「誰が野蛮人だ! 大体なぁ! お前らが貸したドローンだかいう偵察機のせいで、アタシらはピンチになるとこだったんだぞ!」
アイヒの言葉にジョンデが肩をすくめる。幼いアイヒがいくら怒ったところで、相手にしていない素振りだ。ジョンデは聖哉に話し掛ける。
「おい。このテロリスト共は、お前の仲間なんだろ?」
「まぁ、そうだな。死体処理仲間だ」
「聞いたことねえイヤな仲間だな。だが、仲間なら放っておく訳にもいくまい。お前らもまとめて、ターマインに亡命しろ」
「俺達もターマインに……?」
カロンが呟き、ルーク神父と顔を見合わせた。コルトは真剣な顔でジョンデに歩み寄る。
「休戦協定が結ばれれば、僕達の町は救われるのかい?」
「ガルバノの圧政は、各国列強に対抗する為の軍事費が大きな原因だ。ターマインとの同盟が成立すれば、二国間の協力によって軍事費も削減されるだろう。ガルバノの下層で暮らす者達の暮らしも良くなっていく筈だ」
「そんな、まどろっこしいこと! 町にゃあ飢えてる子供もいる! アタシらに、そんな暇は、」
叫ぶアイヒの肩にコルトが手を載せた。
「アイヒ。ターマインに行ってみよう」
「えええっ!? 兄ちゃん、こんな奴の話に乗るのかよ!?」
「血を見ずに状況が改善されるのなら、僕としても望むところだ。それにもし、休戦協定の後、何も変わらなければその時、改めて僕達は行動を再開すれば良い」
「う、うーん……兄ちゃんがそう言うなら……」
仏頂面のアイヒ。コルトの結論に戸惑った様子のルーク神父とカロン。唐突なジョンデの提案に、コルト達も色々と考えるところはあるのだろう。だが、ある意味それ以上に、聖哉はしっかと目を閉じて何事かを熟考しているようだった。
「聖哉?」
私が話し掛けると、しばらくして聖哉は目を開く。
「ターマイン――やはり避けて通る訳にはいかんか」
『できるならば避けたい』。裏を返せば、そういう意味に取れる。そして、聖哉の気持ちを私はそれとなく理解できる。この捻れたイクスフォリアのターマインにはティアナ姫が――前世の私がいる。用心深い聖哉でなくても、何か一波乱ありそうな予感がした。
――それでも私は……。
ティアナ姫に会ってみたい。半分以上は、好奇心。女神に転生した私はティアナ姫だった時の記憶はない。人間だった時の自分が気にならない方がおかしいと思う。もっとも此処は捻曲世界だから、本当のティアナ姫の性格とは違うかも知れないけれど。
――ターマイン! 不安はあるけど、行ってみたい! そして……会ってみたい! ティアナ姫に!
ジョンデは私達をぐるり見渡すと、黙って木陰に消えた。やがて『ドッドッ』という排気音。ジョンデが黒光りするバイクに跨がって現れる。
「準備ができたら、ターマインに行くぞ」
「おいおい。いきなりかよ」
「善は急げだ、お嬢ちゃん。車があるんだろ? 俺のバイクの後を付いてこい」
コルトが頷き、車を取りに行こうとする。だが、聖哉が片手を上げてコルトに合図した。
「……聖哉君?」
聖哉はそのままジョンデに近付く。そして、ジョンデの跨がったバイクをまじまじと観察する。
「ネイキッド・タイプか。良いバイクだ」
「フッ。そうだろう?」
愛車を褒められて、ジョンデは初めて穏やかな笑みを聖哉に見せた。
「シートは革か? もう少し良く見せてくれ」
「良いだろう」
ジョンデがバイクから降りた。その瞬間、聖哉はジョンデの肩に手を載せる。
「借りるぞ」
「は?」とジョンデが呟いた刹那! またも『ボッゴーン』! ジョンデが地中に埋まる!
「な、な、な……何しやがんだ、てめえええええええええ!!」
再び首だけになったジョンデが叫ぶ。私も驚いて聖哉を振り返った。
「聖哉!? マジで何やってんの!?」
「ターマインに行くならば、準備が必要だ。一旦、戻るぞ」
「戻るって、もしかして冥界!?」
「うむ。前に言ったが、現状あまり冥界には行きたくない。それでも、ターマインへの移動を考えれば、やはり行って備えておくべきだろう」
他人のバイクに当然のように跨がりながら、聖哉は私にそう告げた。
「リスタ。冥界への門を出せ。三日ほど滞在する」
冥界の時間の流れは、神界と同じで地上の百分の一。私は、どよめくコルト達に言う。
「ごめん、皆! ちょっと待ってて! 一時間も掛かんないから!」
「コルトの車で待機していろ。万が一、敵が接近すれば、上空からオートマティック・フェニックスが知らせてくれる」
聖哉は、コルト達に指示することを忘れなかった。だが、埋められて放置された男が絶叫している。
「ざけんなあああ!! 此処から出せえ!! んで、俺の愛車、返せえええええ!!」
「リスタ。行くぞ。セルセウスの車椅子を押せ」
「あ……う、うん」
「待て!! 泥棒!! バイク泥棒っっっ!!」
「急げ。リスタ」
私はセルセウスの車椅子を押しながら、アイヒ達に愛想笑いしつつ、手を振った。
「そ、それじゃあ皆さん、ごきげんよう!」
私が冥界に通じる門を出すと、聖哉は盗んだバイクを押しながら門を潜る。
「待てええええええ!! バイク泥棒おおおおおおおおおおおおおお!!」
ジョンデが絶叫する中、私とセルセウスは聖哉を追うようにして後に続いたのだった。
門を閉じた私は、少し息を切らしていた。胸が苦しいのは車椅子のセルセウスを急いで押したからではない。罪悪感があったからだ。
「ジョンデの奴、ちょっと泣いてなかったか? 可哀想に」
セルセウスの言葉に同意しながら私は言う。
「そうだよ、聖哉。泥棒はダメだよ」
幼稚園児に教えるような至極当たり前のことを言いつつ、私はバイクに跨がった聖哉を見て――ハッと気付き、胸がときめいた。う、うわ……! メッチャ似合ってる……!
今まで長いこと一緒にいるが、ライダースタイルは初見である。申し訳ないが、ジョンデのことは一瞬にしてどうでも良くなってしまった。うーん。でもこうなると、マント姿の土魔法使いのビジュは似合ってない気がするわ。
「どうせなら現代っぽい服装にした方が、もっとカッコいいと思うよ!」
「お前は何を言っている。格好などどうでも良い」
聖哉はバイクから降りると、革のシートに手を載せる。
「バイクは今後、新しい場所に行く時の移動手段だ。コルトの車も悪くはないが、乗り物はやはり自分で運転した方が安心できるからな」
「だから盗んだんだ?」
「人聞きの悪いことを言うな。借りただけだ。これを見本にして、俺専用のバイクを製造する」
「製造って流石にそんな……あっ、もしかしてバイクも合成で作れるの!?」
「銃も作れた。おそらく可能だ。無論、材料は集めなければならんがな」
ふと、セルセウスが独りごちるように呟く。
「バイクかあ。車の方が便利なのになあ」
基本的に
「バイクの方が、車よりも小回りが利き、戦闘に有利だ。それにバイクでも、お前ら程度なら乗せて移動することはできる」
「えぇ……!?」
私は愕然と言葉を発する。えっと、それは、つまり、私も聖哉のバイクに乗せて貰えるの?
私は、聖哉のバイクの後ろに跨がる自分を想像してみた。
――聖哉の背中の温かみ……私も自分の胸を背中に密着させちゃったりなんかして……!
「ウヒッ! やだっ! キモい声でちゃう! ウヒッ! でも、すごい! バイクすごい! 車より全然良いっ! ウヒッ!」
「……ホント、キメェなあ。この女神」
セルセウスの憎まれ口も全く気にならない程、私は上機嫌だった。一方、セルセウスはオドオドしつつ、聖哉に尋ねる。
「あ、あの……聖哉さん。安全な冥界に来たことですし、仁王立てを解いてくれませんか?」
「『安全』か……」
そう言って黙りこくる聖哉。んん? 流石に冥界で命の危険はないでしょ?
私とセルセウスが不思議そうに見守っていると、やがて聖哉は小さく頷いた。
「いいだろう。スタンド・アローンを解除する」
何故か思案した後、聖哉はようやく仁王立てを解いた。セルセウスが歓喜の雄叫びを上げる。
「ウッオオオーーー!! 自由だァーーーーーーッ!!」
そしてセルセウスは、我先にとウノ邸に駆け出した。いや、子供か!
しかし普段、カチコチに固められて自由を拘束されているので、解除された時の解放感はハンパないのだろう。
聖哉もセルセウスの向かった方向に、バイクを押しながら言う。
「とりあえず俺達もウノ邸に向かう」
「そこでバイク合成?」
「そうだ。同時に、レオン戦を見据えて、冥界の者との修行も行いたい」
「へ? レオン戦? ターマインはこれからガルバノ公国と同盟を結ぶんでしょ? だから、私達はジョンデと一緒にこれからターマインに行って……」
「俺は話半分以下として聞いている。同盟など、そんな平和ボケした考えが、あの捻曲世界で通用するとは思えん。強敵との戦闘は常に見据えておく」
聖哉は私に、はっきりそう告げた。
……ジョンデの話だと、カーミラ王妃は、私達が乱れたイクスフォリアに変革をもたらすことを期待しているようである。確かに、この勇者がターマインに降り立てば、間違いなく変革は起こるだろう。しかしそれは、カーミラ王妃が願う平和的な解決とは全く違う形になりそうで、私は激しい不安を感じていた。
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