第九十五章 倒れても

 私達が覗いていた桶の映像は突然、砂嵐へと切り替わった。おそらくセレモニクがカメラである土蛇を破壊したのだろう。それでも聖哉の放っていた土蛇は無数。隣の桶には既に悠々と歩くセレモニクの姿が別角度で映し出されている。


 キリコが私のドレスの裾を持って、心配そうに尋ねてきた。


「い、妹の仇討ちとか言ってましたよね? それって、どういうことなんでしょう?」

「もしかしたら、私と聖哉がイクスフォリアに着いてから倒した魔物の中に、セレモニクの妹がいたってことかも……」


 でも聖哉が倒したのは主に獣人とキリング・マシン達だけの筈。いや……ひょっとしてセレモニクの妹は前回イクスフォリア攻略の際、向こう見ずだった聖哉にやられた……!?


 私とキリコはセレモニクの言動に思考を巡らせていた。だが、聖哉は全く違うことを考えていたようだ。つまらないものを見るような目を私に向けてくる。


「そんなことは今はたいした問題ではない。それよりリスタ。奴のステータスは分かるか?」

「えっ! ステータス?」


 言われて、私は土蛇モニターに映るセレモニクに能力透視を発動してみた。だが数値は表示されない。


「だ、ダメ! 見えないわ!」

「やはりか。俺も試したが奴の能力値は分からなかった。まぁ原因は色々考えられる。此処からでは距離が離れすぎているからかも知れんし、土蛇カメラの映像を通しているからかも知れん。偽装スキルの発動や、奴の体から出る呪いのオーラのせいということもある」


 どちらにせよ相手の能力が分からないというのは不気味なものである。加えて、セレモニク自体が恐怖心を煽るような外見だ。嗤いながら歩く双頭の怪物を見て、私のドレスを握るキリコの手に力が入る。


 私はキリコと、そして自分自身を励ますように声を張り上げた。


「で、でもセレモニクは、たった一体! それに聖哉! 要塞の周りにも沢山のゴーレムがいるんだよね?」

「うむ。ざっと二千体は配置している」


 聖哉が指さした桶のモニターは要塞正面が広角で映っており、列を為してぐるりと要塞を取り囲むゴーレム達が確認出来た。それを見て、私とキリコは安堵する。


 しかし、セレモニクは無謀にもゴーレムに守られた鉄壁の要塞に一人で歩を進めていく。双頭のうち、乱れた髪の方が、呆れたような顔をしていた。


「すげえ数のゴーレムだな。こんなに準備するか? どれだけ臆病な勇者なんだよ?」

「まぁ考えようによっては光栄よ。それほどこの怨皇セレモニクを脅威に思ってくれているのですから。しかし……申し訳ないけれど、あえて戦う必要はありませんわ」

「そーだな。何千体いよーが関係ねー」


 そして二つの頭部は同時に言葉を発する。


「「ステルス・ステップ無音縮地」」


 瞬間、私は目を瞬かせた。モニターからセレモニクが忽然と消えたのだ! 何度見ても、映っているのは要塞とゴーレム達だけだ!


「……あそこだ」


 聖哉が少し離れた場所にある桶をアゴでしゃくっていた。俯瞰で映し出された土蛇カメラの映像には、要塞の入口直前に佇むセレモニクの姿があった。


 それを見て、私もジョンデも驚愕する。


「う、嘘……!! いつの間に!?」

「バカな!? どうやってあのゴーレムの守備をかいくぐった!?」


 要塞入口上部に設置されている土蛇カメラに乱れ髪の女が気付いた。カメラ目線で言う。


「ギャヒッ! 見たかよ? この瞬間移動でお前らの喉頸のどくび、掻き切ってやっからよー!」

「まぁ、セレナ。どうして能力の秘密を言ってしまうの?」

「ああっ、悪りぃ!」

「別にいいですけれど。分かったところで防ぎようがないですからね」


 セレモニク姉妹の会話を聞き、私は総毛立つ。


「瞬間移動って……じゃ、じゃあ此処へもいきなりテレポーテーションしてくるかも知れないってこと!?」


 頑強な要塞の中にいて安心していた筈なのに、急に背後から背に刃物を突き付けられたような感覚に襲われる。


 ジョンデが剣を鞘から抜いた。そして私とキリコはいつ現れるかも分からないセレモニクに怯えながら辺りを窺う。


 ただ唯一、聖哉だけが平然としていた。


「落ち着け。瞬間移動出来るとはいえ、行きたい場所に何処へでも、という訳ではあるまい。それならターマインにいる時、いきなり俺とリスタの近くに移動してくることも出来た。そもそも船に乗って大陸を渡ってくることもない。奴の移動能力には制限がある筈だ」

「制限?」

「幾つか推測は出来る。地続きの場所のみ移動可能……もしくは視界に映った場所のみ可能など……。まぁ空間を飛び越えているのか、光速に近い速度で移動しているのかによって対策は異なってくるがな」


 聖哉が腕組みしつつ、鼻をフンと鳴らした。


「どちらにせよ、想定内だ。問題ない」


 私とキリコ、そしてジョンデは顔を見合わせる。しばらくして、ジョンデは「ははっ」と口元を緩めて笑い、剣を鞘に収めた。張り詰めていた空気が緩んでいく。


 ……不気味なセレモニクの容姿、そして言動。更に瞬間移動能力。通常ならパニックに陥っても不思議ではない状況なのに、相変わらず聖哉に動揺は一切見られない。


 怨皇セレモニクは底が知れない。だが、この勇者もまたそういう意味では負けてはいなかった。


「飛んで火に入るなんとやら、というやつだ。この要塞の実力を存分に味わうがいい」


 まるで敵のボスのような台詞を自信満々に呟く聖哉を見て、これ以上ない程、私は安心した。


 ――そ、そうよ! 聖哉ならどんな敵でも大丈夫! それに、もしも万が一、この場に侵入されたとしても、ステイトバーサーク・フェイズ2.7で瞬殺してくれる! 恐れることは何もないわ!


 その時だった。


『ズダーーーーーーーーーーーン』!!


 突然、激しい音がした。


 音のした方を見ると、聖哉が土蛇モニターの桶に顔を突っ込んでいる。


「……は?」


 私は呆然と呟く。聖哉は桶に顔をすっぽり収めたまま、微動だにしない。まるで間抜けな喜劇のワンシーンのようだった。


「お、おい……。一体、何の冗談だ?」

「うん……。何やってんの、聖哉?」


 私もジョンデもまるで状況が飲み込めない。キリコだけが聖哉に駆け寄り、体を揺さぶっている。


「聖哉さん! 聖哉さん! しっかりしてください!」

「いやいやいや。キリちゃん、違うって。聖哉が倒れる訳ないじゃんか」


 キリコが体を抱え起こすも、聖哉は目を閉じたまま、力なくその場にくずおれる。キリコは地面に倒れた聖哉の胸や顔に手を当てていた。


「息はしてます! 鼓動もあります! だけど、意識がありません!」


 必死な感じのキリコに私は笑いかける。


「大丈夫、大丈夫! どうせ、また演技よ! オクセリオの時みたいに!」

「ふむ。今度はどういう意図があるのかは知らんが、おい勇者……そろそろ起きたらどうだ?」


 しかし聖哉は目を瞑ったままだった。キリコが私のドレスを引っ張る。


「リスタさん、リスタさんっ! 早く、聖哉さんのステータス確認を!」


 急かされたので、私は能力透視を発動した……。




 竜宮院聖哉りゅうぐういん せいや 

 職業・魔法剣士(土属性)

 Lv99(MAX)

 HP321960 MP88155

 攻撃力293412 防御力287644 素早さ268875 魔力58751 成長度999(MAX)……




「ホラ、やっぱりね。HPも満タンだわ……」


 その途端、私は戦慄する。


 い、いや、待って!? どうして普段、偽装スキルで覆われてる聖哉のステータスが透視出来ちゃうの!? つ、つまり、これってば本当に……!!


「嘘でしょ、聖哉!?」


 ようやく事の重大さに気付き、聖哉に近寄り、抱きかかえる。


「何で!? どうして!? こんなこと、今までになかった!!」


 私の隣ではジョンデも顔を青くさせていた。


「ま、まさか、これがセレモニクの呪いなのか!? 勇者の言う通り、セレモニクの姿を見たせいで呪いが発動しちまったのか!?」

「呪い!? でも、もしそうなら、どうして私達は平気なのよ!?」


 私とジョンデが狼狽し、声を荒らげる中、


「……多分、呪いではないと思います」


 キリコの落ち着いた声が辺りに響いた。私は大きく息を吐いた後、キリコに尋ねる。


「じゃ、じゃあ、キリちゃんはどうして聖哉が倒れたと思うの?」

「心が辛いんです。だから倒れたんです」

「つ、辛い? 聖哉が?」

「はい……そうです……」


 聖哉の艶のある黒髪をキリコが優しく撫でていた。


「今までずっと一人で溜め込んできたんだと思います。聖哉さん……神界に戻ってからも、バラクダ大陸で沢山の人骨を見た時も、ずっと辛そうでした……。いえ、もっと言うなら初めて私が聖哉さんと出会った時から……」

「キリちゃん、アナタ……!?」


 どうしてロボットのキリコにそんなことが分かるの……そう思った瞬間、桶から禍々しい声が聞こえた。


「「グラッジ・ハンド呪縛掌!」」


 重なって聞こえてくる声と同時にモニターに映るのは、右掌をゴーレムにかざすセレモニク! その手に軽く触れただけでゴーレムは瞬時に砂と化した! 更に三体のゴーレムが四方から襲い掛かるも、セレモニクの手に触れただけで同じように砂となる! 要塞の入口を守るゴーレムを一掃すると、セレモニクはケタケタと笑った。


「倒し甲斐ねーなー。人間なら四肢がバラバラになって血を吹き出すから面白いのによー」

「大丈夫よ、セレナ。もうすぐ見られるわ。勇者達が哀れに泣き叫びながら死んでいくところを……」


 ううっ! 何て得体の知れない不気味な敵! こんなの聖哉無しで、どうこう出来る筈がない!


「門を出すわ! 聖哉を連れて一旦、神界に退却よ! ジョンデ、聖哉を担いでちょうだい!」

「おう!」


 私は神界への門を出す。急いで扉を開いて……次の瞬間、愕然とする。門は白い壁で塞がれていた。

 

「こ、これは……呪縛の玉の力……!!」


 そんな!! セレモニクは、グランドレオンのように自分の体の中に呪縛の玉を取り込んでいるというの!? つまり……セレモニクの近くにいると、神界に帰れない!?

 

「女神! 神界に戻れないなら、とりあえずターマインに戻るというのはどうだ? しばらく勇者を休ませれば回復するかも知れん! 悔しいが、コイツの力がなければ俺達ではどうにもならん!」

「え、ええ……」


 私は次に、ターマインへと通じる門を出す。グランドレオンの時は、神界に戻れなくとも、大陸間での移動は出来た。だが……扉を開くと同時に身震いしてしまう! 私の目の前には、同じように白い壁があった!


「ぐっ……! 此処からは脱出不可能ということか……!」


 絶句する私の隣で、ジョンデが苦々しげに呟いた。そして寝ている聖哉に向き直り、肩を揺さぶる。


「おい! 起きろ! 起きてくれ!」

「だ、ダメです! ジョンデさん! 聖哉さんは今、安静にさせるべきです!」

「そんな悠長にはしていられん! アレを見ろ!」


 ジョンデが指した桶には、ついさっき見たことのある場所に立ち、首を捻るセレモニクがいた。  


「モニカ姉様。どうやら行き止まりみてーだな」


 !! そこは私達がこの地下司令室まで下りてきた場所!? こ、こんなに早く辿り着くなんて!! 


 明らかに瞬間移動能力を使ったに違いない。私は黙って岩壁の天井を眺める。ひょっとすればこの数メートル上にセレモニクがいるのかも知れない!


 私達は身じろぎ一つせず、天井と桶のモニターを交互に見ながら息を殺していた。やがてセレモニクが今居た場所から去っていく。


 ホッと一息吐いた刹那、桶からセレモニク姉の声が聞こえた。


「セレナ。こちらに地下に通じる階段がありますわ」


 そしてセレモニクは階段に向かう。途中で通路に設置してある土蛇カメラに気付いたのだろう。乱れ髪の妹が長い舌を出した。


「今から行くからよー! 首、洗って待ってろよ! ギャヒッ! どんな呪いがいいかなー?」 

「生きたまま全身の血を一滴残らず垂れ流す呪いはどうかしら?」

「足下からじわりじわり腐敗していく呪いもいい! あれは苦しむんだよなー!」


 設置されていたカメラの映像からセレモニクが消えると同時に、ジョンデが焦った声を出す。


「まずいぞ! 地下への階段を見つけられた! やつら、もうじき此処にやってくる!」

「い、一体どうすれば……!」


 体中から汗が噴き出て、呼吸が荒くなる! こんな状態で見つかったら、即アウト! 聖哉もろとも全滅してしまう!


 ――かと言って逃げることも出来ないし……ああああああっ!! どうすればいいのよおおおおおおおおっ!?


 テンパリまくっていた私の目の前に、


『シャー』


 突然、地中から細長い何かが飛び出した!


「ひっぎゃあああああああっ!? セレモニクうううううっ!?」

「お、落ち着いてください、リスタさん! これは聖哉さんの土蛇です!」

「ふえ……? あ……ホントだ……」

「何か口にくわえているぞ」


 ジョンデの言う通り、土蛇は口にくわえた藁半紙のような物を私に差し出してきた。


「え……」


 そこには以下のような文が書かれていた。



『リスタ。お前がこれを読んでいるということは、怨皇セレモニクの攻略中、俺の身に何かがあったということだ。考えたくはないが死亡している可能性も否定出来ない』



 私の背中越しにジョンデもキリコも文を読んでいた。ジョンデが押し殺した声を出す。


「な、何なんだ、コレは? もしかして遺書……なのか?」

「いや聖哉、まだ生きてるけど……!」


 死ぬ前から遺書を書き残しておく人はいる。ちなみに私は死んだ後のことなんかあんまり気にしないタイプです……い、いやそんなこと、今はどうでもいいわ! 続きを読みましょう!



『普段から健康管理には細心の注意を払っているつもりだ。それでも突発的に起こる病気、自然災害、或いは事故等、防ぎきるのが容易でない事象もある。そういったものに見舞われた時の為、これを残しておく』



 ジョンデが私の耳元で叫ぶ。


「呑気にこんな手紙など読んでる暇はないんじゃないか!? 今、まさにセレモニクは地下の階段を下りてるんだぞ!!」

「ま、待って、ジョンデ! ホラ、此処を見て!」



『ややもすると、今まさに要塞が攻め込まれ、セレモニクは地下階段からお前達がいる司令室に向かっている最中かも知れない。それでも、この文章を読み続けろ』



「ドンピシャで当たってるわ!? な、何か怖っ!!」

「と、とにかくリスタさん! 先を読みましょう!」



『セレモニクは追い詰めているつもりで、自らが追い詰められていることに気付いていない。いいか。この要塞自体が巨大なトラップなのだ。多数のゴーレムを退け、要塞内の地下階段に辿り着く……それは強力なモンスターでなければおよそ不可能。つまり、あの階段より下はその強力なモンスターさえ、完膚なきまで封じ込める仕様にしてある。セレモニクが下りたのは地獄への階段。土魔法を駆使した、地下三十層から成る迷宮の入口だ』



「へ……? 地下……三十層……?」


 私とジョンデ、キリコは自然と天井を眺めてしまう。


 すぐそこまでセレモニクが近付いてきていると思った!! だけど、私達が今居るこの場所は、長くて深い地下迷宮の最下層だというの!?



『俺が実際に死んでいる確率は少ないと思う。だが、ともかく何らかの理由で俺は現況、行動不能に陥っている。それでも敢えて言おう。俺が出す指示に着実に従って行動するならば、お前達だけで怨皇セレモニクを確実に仕留めることが出来る』



 藁半紙の最後には、まるでサインでもするように、こう記されていた。



『レディ・パーフェクトリー』

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