第九十四章 歩く災禍

 カーミラ王妃は、まるで毛布でも掛けるように優しく、薄茶色のマントをキリコに身に付けさせていた。


「もう少し可愛らしい色にしてやりたかったんだけど、そうすると逆に目立っちゃうからねえ」

「いえ! このマント、すごく素敵です! ありがとうございます!」


 今、私とキリコ、そしてジョンデはターマイン王宮内にある王妃の間にいた。


 バラクダ大陸の探索から二日経って、キリコは元気を取り戻してくれた。それにはカーミラ王妃の協力もあった。王妃は周りの兵士達の心配を余所にキリコを王妃の間に入れたり、一緒に遊んだりしてくれたのだ。ちなみにその噂はすぐに広まり、ターマインで暮らす人々にとって、キリコは恐ろしいモンスターの対象から外れつつあった。


 姿見の前で嬉しそうにマントを翻すキリコにジョンデが話しかける。


「キリコ! 王妃に贈り物を頂けるとは、素晴らしい名誉だぞ!」

「はい! 沢山の方に良くして貰えて、私、幸せです!」


 二人が楽しそうに会話しているのを見ながら、王妃は目を細めて私に言う。


「素直で良い子だね」

「ええ、とっても!」

「まるで……いや……」


 王妃は、微笑みながら首を静かに振った。ひょっとすると幼い頃のティアナ姫を思い出したのかも知れない。


 ……私がティアナ姫の転生した姿であると告げたら、王妃は信じてくれるだろうか。キリコを受け入れてくれた王妃なら、きっと信じてくれそうな気がする。でも……


「それで勇者様はまたガルバノかい?」

「はっ、はい! そ、そうです!」


 急に王妃に話しかけられて、上擦った声を出してしまう。


「連日休み無しだね。大丈夫なんだろうか」

「平気ですよ! 何たって聖哉ですから!」


 王妃は心配しているが、私はそうでもない。休み無く準備するのがあの勇者の平常運転だと理解しているからだ。


『シャシャシャシャシャ』


「あ。噂をすれば土蛇電話だわ」


 私は胸元から土蛇を取り出し、耳に当てる。


『リスタ。一度、ターマインに戻る。門を出せ』

「了解」


 言われた通りに門を出す。すぐに扉が開かれ、聖哉が出てきた。


「どう? 要塞は?」

「うむ。ようやく今日、完成した」


 先日、ガルバノの南に作られた要塞を見た時、私もジョンデも驚きのあまり言葉を失った。広大な土地の周りに岩壁を築き、更にゴーレムを多数配置。その中央には、とても一人で作ったとは思えない程、荘厳な砦がそびえ立っていた。


 周りの岩壁を更に強化する聖哉を残し、私達はターマインに戻ったのだが、あの時、既に要塞は完成していたように思う。おそらく聖哉の言う『完成』は120%以上の出来を意味するのだろう。


 聖哉は王妃を目に留めると、ツカツカと歩み寄った。


「セレモニクが攻めてきた時、このアンデッドを借りてもいいか?」


 ジョンデを指さした聖哉を見て、私は飛び跳ねるくらいビックリしてしまう。


「えええっ!? 聖哉が他人を連れて行くなんて!?」

「フッ、そうか。俺の力が必要か。まぁ王妃の許可さえあれば、問題ないがな」


 聖哉は、満更でもない様子のジョンデを無視し、私と王妃に説明する。


「コイツはアンデッド。元々、呪われているようなものだから、もう一度呪われる心配は少ない。それでも、もし仮に呪われたり、或いは行動不能になったとしても、所詮ただのゾンビ。どこでくたばろうが関係ない」


 真相を告げられ、ジョンデは声を荒らげた。


「それ、こんな本人の目の前で言うこと!?」

「そうよ!! せめてジョンデのいないところで言おうよ!!」

「いや、いないところでもダメだけど!? 最低だな、お前ら!! ……王妃も何とか言ってやってください!!」

「私ぁ、知らないよ、死人のことなんか。連れて行くなり何なり、好きにしたらいい」

「!! 王妃まで、そんな!? 酷い!!」


 聖哉は本気かも知れないが、王妃の意地悪そうな顔は冗談の証だ。それが分かって、私もキリコも笑った。


 ――それにしても『怨皇セレモニク』か。ひょっとして呪い系のモンスター軍団とか引き連れてくるのかなあ? 何だかおどろおどろしくてヤダなあ……。


 そんな私と対照的に、とにかく同行が決まったジョンデは、扉の前で護衛している部下を呼んだ。


「いつでも行けるように準備をしておく。俺の部屋から鎧を取ってこい」

「はっ!」


 元気よく敬礼し、ジョンデの部屋に向かおうとした兵士を聖哉が止めた。


「それより紅茶を用意しておけ。コイツがゾンビ臭くなったらブッかける」

「はっ!」

「!? いや『はっ』じゃねえよ!! お前どっちの部下だよ!! 紅茶より鎧の方が絶対、大事だろ!!」


 ジョンデがガミガミと部下を説教している時、ふと聖哉がキリコを眺めていることに気付く。


「おい。あれは……何だ?」

「えっ! キリちゃんだよ?」


 王妃のくれたマントのお陰で、遠目に見れば鎧を重装備している人間に見えなくもない。だから聖哉にも分からなかったんだ、と喜んだのだが、聖哉が言ったのはそういう意味ではなかった。


「そんなことをせずとも、俺の変化の術で人間に変えればいいではないか」


 そっか! 聖哉の力で女の子の姿にすればよかったんだ? 何で気付かないのよ、私!


 せっかくあげた花のペンダントや王妃のマントが意味のないことを知り、落胆する。だが、キリコは聖哉の提案を受け入れなかった。


「あの、私……なるべくこの姿のままでいたいです。だって、これが今の私ですから……」


 しばしの沈黙の後、聖哉が呟く。


「ならば勝手にしろ」

「す、すいません。何だか生意気な口をきいて」

「お前が自分自身で決めたのならそれでいい」


 少し空気が重くなった、その時。聖哉の体がふらりと揺れたような気がした。


「えっ? 聖哉さん?」


 私だけではなくキリコも異変を感じたようだった。


「だ、大丈夫、聖哉!? 今、ふらつかなかった!?」


 しかし、


『シャーシャーシャーシャー!』


 突然、聖哉の胸元から土蛇電話とは違う警告音! 以前、ターマインに機皇兵団が攻めてきた時、鳴ったアラートと同じだ!


 聖哉が鎧から取りだした土蛇がブルブル震えながら音を立てている。どうやらバイブ機能も付いているらしい。きっとこの土蛇のせいで、聖哉がふらついたように見えたのだろう。


「聖哉! ターマインに何かあったの?」

「いや。連絡はラドラル大陸南沿岸を監視させている土蛇からだ」

「じゃあ、もしかしてセレモニクの軍勢が海を渡って!?」

「その可能性はある。待っていろ」


 聖哉は目を瞑る。自分の目と土蛇の目をリンクさせているようだ。しばらくしてから口を開く。


「沿岸に小舟のようなものが近付いてくる。船には、一人分の人影が見える」

「そ、それって本当にセレモニクなの?」

「分からん」


 話を聞いて、王妃が首を捻る。


「大陸を支配する強大な魔物が、小さな船なんか漕いで来るかねえ? 攻めてくるとしたら仲間の魔物を大勢引き連れてくるんじゃないかね?」

「うむ。こちらとしてもそう考え、堅固な要塞を築いた。だが、アレがセレモニクでないとも断言出来ん」

「なぁ、勇者。ソイツはどんな格好なんだ?」

「分からん」

「どうしてさっきから情報が曖昧なんだよ? 遠くて見えないのか?」


 すると聖哉は眉間にシワを寄せた。


「あまりハッキリと視認したくないのだ。見ただけで呪われて、石になったら大変だからな」

「い、いや、聖哉。それが本当にセレモニクだとして、流石に見るくらいなら呪われないんじゃない?」


 私は笑いながら言うが、聖哉は真剣だった。


「俺の元いた世界には、見ただけで呪われるというビデオが存在し、レンタル店で貸与されていた。視認した瞬間、呪いが発動する可能性は考慮すべきだ」


 いやそれパチモンでしょ……ホントに見たら呪われるビデオなんてレンタル店にある訳ないじゃん……とも言えず、私は黙って頷いた。


「とにかく安全に奴を分析する為、要塞まで出向く。リスタ、門を出せ」


 私にはそれがセレモニクだと思えなかったが、不審なのは確かである。言われた通りに門を出した後、私はキリコに視線を投げる。


「ねえ、キリちゃんはどうする? 此処に残ってても良いよ?」

「わ、私も仲間です! 一緒に行きます!」


 キリコは胸の前で両手を握りしめていた。私は頷き、王妃は微笑む。


「女神様、ターマインのことは気にしなくていい。此処には沢山のゴーレムもいるし、壁の外には巨大な女神様だって守ってくれてるんだ」

「分かりました! じゃあ行ってきます!」

「まぁアレは、ただ大きいだけのガラクタだがな」

「!? ガラクタ言うな!!」




 指示通り、要塞内部に出した門の扉を聖哉が開き、私、ジョンデ、そしてキリコがその後を追う。


 聖哉に続いて、岩の壁で出来たダンジョンのような通路を歩いていくと、


「おい。行き止まりだぞ」


 現れた岩壁を前に、ジョンデが言った瞬間。足下がぐらりと揺れた。


「な、何!?」


 突然、浮遊するような感覚! 視界が上下に揺れる! それは、しばらく続いた後、ぴたりと止まった。


「エレベーターのようなものだ。今、俺達は要塞の地下にいる」

「地下ですって!?」


 聖哉の作った要塞は傍目にも頑強で、充分な守備力がありそうだった。なのにその要塞の地下にシェルターでも用意していると言うのだろうか。聖哉の慎重ぶりには慣れたつもりだったが、改めて驚いてしまう。


 呆然とする私達を余所に、聖哉は地下通路を歩く。やがて木で出来た扉が目の前に現れた。


 そこに入った私はまたしても驚愕した。


 魔光石に照らされた広い部屋には、水の入った桶が無数に並べられている。そして桶は、海、平地、要塞の周り等々、様々な場所を映し出していた。また、少し離れた場所には石でデッキのようなものを作り、その上には土蛇が何本もマイクのように突き刺さっている。機皇戦で見せた監視部屋、それが更にパワーアップして司令室の様相だった。


「……む」


 聖哉が桶の一つを凝視し、眉をひそめている。私もその土蛇カメラの映像を見て、息を呑む。


「こ、小舟が空に……?」


 土蛇が映すモニターには、岸に打ち上げられた無人の小舟があった。


 ――船に乗っていた者は……既にラドラル大陸に上陸している!


「妙だな。ハッキリ視認しなかったとはいえ、土蛇には絶えず注意させていた筈なのだが」

「せ、聖哉! それでソイツは何処に行ったの?」

「心配するな。土蛇は無数に配置してある。すぐに当たりを付ける」


 そして聖哉はジョンデをちらりと一瞥した。


「ジョンデ。お前の出番だ」

「よ、よし!」


 剣を持って立ち上がったジョンデを聖哉が止める。


「何をしている?」

「えっ!? 退治しに行くんだろ!?」

「違う。お前の仕事は土蛇モニターに映った奴を見ることだ」

「!! それだけなのか!?」

「呪いの映像に加え、呪いの音声もあるかも知れん。聞いただけで呪われたりする危険がある。まずはお前が見て聞いて試してみろ」

「俺は毒見役か……!」

「いいから見ろ。その桶だ。土蛇カメラを奴に近付けるぞ」

 

 訝しげながらもジョンデが桶を覗き込んだ。そして、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「……要塞に向かって歩いて来ている。人間の女のような出で立ちだが……顔が……二つある」


 最初、不満げだったジョンデの声は、いつしか真剣そのものとなっていた。


「あんなモンスターは今まで見たことがない。おそらく奴がセレモニクだ」

「何故分かる? お前は能力透視が出来ないだろう? 俺もかなり調べたが、セレモニクについての情報は少ない。外見で判断は出来ない筈だ」

「いや。アレがセレモニクだ。どんな戦場で出会ったモンスターよりも禍々しい。奴が歩いた後の草が枯れている」


 聖哉にいつもバカにされているが、ジョンデは歴戦の将軍である。その言葉には真実味があった。


「……それで他の状況はどうだ?」

「何かブツブツ言っているな。だが意味不明で要領を得ない」


 聖哉はしばらくした後、こくりと頷いた。


「よし。声を聞いたり、見たくらいでは呪いは発動しないようだ。ジョンデ、もう帰っていいぞ」

「!? 帰らねえよ!! ふざけんな!!」


 怒るジョンデをドンと押してどかせると、聖哉は桶を覗き込んだ。私とキリコも背後から恐る恐る桶を眺める。


 丈の長い汚れたドレスを引きずりながら歩く女の姿が視界に入った。隣の桶にはアップにした映像も映っている。ぞろりと長い乱れた黒髪の女――と、すぐ隣に同じく黒髪だが綺麗に髪を結ってある女の頭部が! ジョンデの言った通り、一つの体に二つの顔を持っている!


 乱れた黒髪の女が叫ぶ。


「モニカ姉様がやったんだろが!」


 結った髪の女が落ち着いた声で返す。


「私じゃないわ。セレナ。アナタがやったのよ。私はシャナクの目を潰しただけですもの」

「私はシャナクの鼻をへし折っただけだっつーんだよ!」

 

 な、何だか、物騒な話で言い争ってるわ……! 不気味……!

 

「セレナ。今は死んだシャナクのことより、勇者です。獣皇グランドレオンも機皇オクセリオも倒されたと聞きました。油断は禁物ですよ」

「関係ねーよ。それよか勇者の野郎、ビックリするんじゃねーかな? 何せ私らだけで来たからよ」

「真の強者は少数で行動するものですからね。でもセレナ。ビックリするも何も……」


 次の瞬間、大きく見開かれた片方の頭部の目と、私の目がモニター越しに合う!


「もう既に勇者は私達の会話を聞いていますわ」


 私は震えながら、聖哉の体を揺さぶる。


「せ、せ、聖哉!! 気付かれてるよ!?」

「うむ。一旦、土蛇を移動させよう。アップになってはいるが、実際この土蛇カメラと奴との距離は三十メートルは離れている」

「そ、そんな離れてるんだ! 高性能カメラなのね!」


 だが。土蛇に指示を与えようとした聖哉が動きを止めた。


「……む。速い」

「えっ?」


 私が聞き返した時、土蛇モニターには巨大かつ淀んだ片目が映し出されていた!


「きゃあ!!」

「ひいっ!!」


 キリコと私が驚いて尻餅を突く! カメラから少し目を離したのだろう。今、二つの頭部が桶のモニターに映っている。整えられた髪の女と、乱れた髪の女が交互に喋り出す。 


「初めまして、勇者様。私が怨皇セレモニクですわ」

「ギャヒッ! モニカ姉様ったら礼儀正しくってイヤになるわ! 私だよ、私が怨皇セレモニクだよ!」


 二つの頭部がケタケタと笑った。


「今より、我が妹シャナクの仇討ちに参ります」

「呪い殺してやるからよー。苦しんで苦しんで苦しみ抜いて……死ね!」

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