第百十五章 死亡フラグ
カフェに戻り、聖哉がクロノア様と修行することを伝えると、アリアは驚いた後で顔を綻ばせた。
「時の神の技を習得できれば、鬼に金棒ね!」
アデネラ様と連撃剣の修行中のキリコも、こちらを向いて明るい声を上げる。
「時間を操作する修行ですか! やっぱり聖哉さんはすごいです!」
「しかし……本当にそんなことが出来るのか?」
首を捻るジョンデに私は微笑みかけた。
「まぁ普通なら無理よ。でも、聖哉だったら分からない! 私は充分、習得のチャンスはあると思うわ!」
「ふむ。……それで女神。俺とキリコはこのまま修行を続けていればいいのか?」
「うん。聖哉はそう言ってたわよ」
「リスタ。アナタはどうするの?」
アリアに尋ねられ、私はふくれっ面で不満をぶつける。
「いや、それが聞いてよ! 聖哉ったらまた私に遊んでろって言うの!」
するとキリコが嬉しそうに両腕をブンブンと振った。
「やっぱりそうですか! 今日は何をして遊びましょう!」
「へ? キリちゃん……やっぱり、って?」
「あっ、私も聖哉さんから言われてるんです! 『神界にいる間はなるべくリスタさんと遊んであげるように』って!」
「!! 何ソレ!?」
「練習が終わるまで待っていてくださいね! 私、楽しみにしています!」
「う、うん……」
キリコは一緒に遊べることを無邪気に喜んでいるようだが、私は腑に落ちない。連撃剣の練習を再開したジョンデとキリコをボーッと眺めながら、考える。
『たまにはゆっくりするといい』
えーと。聖哉のあの言葉。前はいつ聞いたんだっけ……?
思い出せそうでなかなか思い出せない。歯がゆい気持ちでジョンデとキリコの修行を見ていると、マッシュとエルルのことが頭に浮かんできた。
――そういやゲアブランデの時も、マッシュとエルルちゃんが同じように神界で練習してたっけなあ。
懐かしさを感じたその時、私は不意に気付く。
そ、そうよ! あの時だわ! ゲアブランデ攻略終盤、私やエルルちゃん、マッシュを置いて、聖哉が一人で魔王戦に臨んだ時じゃない!
ストイックなまでに修行と戦闘にのみ明け暮れていた聖哉が、あの時だけは優しげに休息を勧めてきた。私達は喜んだが、それは聖哉の策略。私達を残して魔王城に向かったのだ。
も、もしかしてまた一人で戦いに……!? うぅん、此処は神界!! 私がイクスフォリアへの門を出さない以上、聖哉も神界から出られない!! なら、一体……!?
『竜宮院聖哉は大切な者をもう一度失う。これは予言ではない。確定した未来だ』
次に脳裏に浮かんだのは邪神の台詞。それらが合わさって、私は確信めいたものを感じてしまう。
――つ、つまり、魔王戦で私が死ぬ……!! 聖哉はそれに気付いていて、だから『遊んでろ』『ゆっくりしろ』って!? し、死ぬ前に思い残すことのないように……!!
セレモニク戦の最中、邪神に死の宣告を受けた時は、死ぬのなど怖くないと思った。だが、それがいよいよ真実味を帯びてきたと感じた瞬間、私は震えた。
――や、やっぱ死にたくないっ!! おいしい物も、もっと食べたいし、旅行だって行きたいし、オシャレだってしたい!!
私は首をブンブンと振る。
お、落ち着け、私! そうよ! 聖哉が時を操作する技を覚えれば、魔王だって何だって倒せるんだから!
……時の神クロノア様との修行は、もはや私が生き残る最後の綱のように思えてきたのだった。
それからの三日間、私は不安を払拭するように、なるべく明るく振る舞った。一人でいると鬱になりそうだったので、昼はカフェで皆と語らい、夜はキリコと一緒に居るようにした。キリコと二人で、聖哉のくれたおもちゃで遊んでいる時は安らぎを感じた。
そして……遂に聖哉の修行が終わる日がやって来た。
私は時の停止した部屋の前で待機し、聖哉が出てくるのを今か今かと待った。
やがて扉が開き、勇者が出てくる。
「聖哉!! 終わったのね!!」
「うむ」
修行は一体どうなったのだろう。喜怒哀楽に乏しい聖哉の表情を見てもよく分からない。
「そ、それで時間を操作する技は習得できたの!?」
「三日間、ほぼ不眠不休でやってみた。やるべきことは全て試した」
「うんうん! それで?」
「……ダメだった」
「え!?」
「やはり人間では時間の操作は出来ないようだ」
「そう……なんだ……」
私は激しく落胆する。
そ、そりゃあそうだよね。いくら聖哉でも……というかクロノア様以外の神にだって、時を操ることなんか出来ないもの。ってことは……ううっ、私の死亡フラグが確定……!
戦慄し、膝が笑う。だが、そんな私を置いて聖哉は歩き出す。
「ま、待ってよ、聖哉!」
私はどうにか後を付いていく。聖哉が向かったのはイシスター様の部屋だった。
「おや。竜宮院聖哉にリスタルテ」
椅子に腰掛け、優しげに微笑むイシスター様。クロノア様と修行させて貰ったお礼でも言うのかと思ったら、聖哉は「水晶玉で過去のアルテマイオス戦を見たい」と切り出した。
「魔王戦のシミュレーションだ。ばあさん、グロいシーンもノーカットで頼む」
「分かりました……」
イシスター様が部屋にある大きな水晶玉に手をかざすと、最終形態となって聖哉とティアナ姫を惨殺する魔王の姿が映し出される。直視するのも憚られる光景だが、聖哉はジッとそれを見続けた。終わった後は水晶玉に指を当てて、操作。巻き戻してから、また食い入るように水晶玉を眺める。
「な、何回見るのよ?」
「納得のいくまでだ。まぁこのシミュレーションが役に立つかどうかは分からん。奴の進化はおそらく別次元のベクトルに向かっているだろうからな」
……十回連続で見続ける。流石に日が暮れて、部屋が暗くなってきた。
「あの聖哉……目が悪くなるよ?」
「それでも見ておく」
イシスター様がおずおずと聖哉に話し掛ける。
「よかったら、この水晶玉をアナタに貸しましょうか?」
「それは助かる。一週間ほど借りるが良いか?」
「えっ……い、一週間ですか……。は、はい……分かりました……」
――いやDVDのレンタルじゃないんだから! どんだけ水晶玉レンタルすんのよ! イシスター様、ビックリしてんじゃん!
だが聖哉は、しれっと水晶玉を小脇に抱えながらイシスター様に尋ねる。
「ついでに、ばあさんの見立ても聞いておこう。魔王が完全に力を溜めたとして、攻撃力200万を超えるような変化はあると思うか?」
「いくら魔王とはいえ、生命体。狂戦士状態を極限まで高めたアナタの能力値を大幅に上回るとは考えられません」
「そうか」
「ただ、不安はあります。能力値とはまた別の……通常の計りを超えた何かが起きるような気がするのです……」
「それに関しては、出来るだけの対策はしている」
そして聖哉は踵を返した。私はイシスター様に一礼してから部屋を出る。
「あ、あの聖哉。魔王の分析って、後どのくらい掛かりそう?」
「しばらくだ。準備が出来たら、こちらから声をかける」
「そう……。うん、分かったわ」
私の命も掛かっていることだし、急かす理由はない。こうして私は聖哉と別れたのだった。
それから更に数日が過ぎた。
神界の広場では今日もアデネラ様とジョンデ、キリコが剣を打ち交わしていた。ふとアデネラ様が動きを止めて、にやりと笑う。
「ひひひひひひひ。よ、よくやった。れ、連撃剣の練習は、こ、これで終わりだ」
「ありがとうございますっ!」
「き、キリコ。お、お前はもう、わ、私の弟子だ」
アデネラ様に頭を撫でられて喜ぶキリコ。私はそんなキリコとジョンデのもとに駆け寄る。
「二人とも連撃剣、会得できたんだ!」
「はいっ!」
「すごいよ、キリちゃん! ジョンデもやったわね!」
「……ああ」
「ん? どしたの? 浮かない顔して。嬉しくないの?」
「女神……勇者は今、何をしている?」
「聖哉は水晶玉で過去の魔王を分析中よ」
「分析か。だが、もう神界に来てから十日は経つぞ」
「あ……そんなに経つっけ……」
言われてみれば、これ程までに長い滞在は初めての気がする。今まで聖哉は基本的に期間を区切って修行してきた。長くて三、四日を一区切りとしてきた筈だ。
「ま、まぁでも統一神界は時の流れが遅いから!」
「そうは言っても限度があるだろう。未だイクスフォリアでは魔王のせいで苦しんでいる人々もいる」
ジョンデはイクスフォリアの住人。無論、心配する気持ちは分かる。
「でもさ。魔王戦を前にしてるんだから、出来るだけのことはやらしてあげてよ」
「むう……」
ジョンデをなだめている最中、ちょうど聖哉が遠くの方で歩いているのを発見した。
――あれれっ、聖哉!? 水晶玉で分析してるんじゃないの!?
こんなところをジョンデが見れば、きっと怒るに違いない。私はこっそりカフェを離れて一人、聖哉の後をつけた。
聖哉のことだから周囲にアンテナを張り巡らせている気がする。私は充分すぎる程の距離を取って尾行した。何だか私もちょっと慎重になったのかも知れない。
……聖哉を追って、辿り着いたのは隠遁神山のふもとだった。人気の無い寂しげな場所には沢山の石碑が並んでいる。そう。聖哉が進んだのは、不気味な神界墓場。そして今、聖哉の前にいるのは、額に三角の布を付けた幽神ネフィテト様だ。
――今更、ネフィテト様に何の用なのかしら? もう
木の陰に隠れ、遠くから様子を窺っていると、聖哉がネフィテト様に話し掛けた。
「ネフィテト。少し話がしたいのだが」
「どうしたね?」
「以前、無限の命を辛いと思い、死を選ぶ神もいると言っていたな?」
「ああ。『エタ神』のことね」
「死ねば、その者に宿っていた魂はどうなる?」
「万物は流転するね。人も神も魔物の魂さえも。鎖に囚われていた魂も解き放たれれば、自由になれるね」
「生まれ変わるということか?」
「それは分からない。そうなる魂もあれば、そうならない魂もある。けど、そうしなければ始まらない。鎖に囚われて停滞しているより遙かにマシね」
「なるほど」
聖哉が踵を返し、ネフィテト様のもとから去っていく。その後ろ姿を見ながら、私はごくりと生唾を呑み込んだ。
――も、もう間違いない!! 私が死んだ後のことを考えてるんだわ!!
怒濤のように押し寄せてくる死亡フラグに全身が震える。その時、『ポン』と誰かに肩を叩かれ、私は叫んでしまう。
「うえええええええっ!?」
「ご、ごめんなさい。驚かせちゃったみたいね」
目の前には、初めて見る女神が申し訳なさそうな顔で佇んでいた。透き通るような白い肌をした美しい女神だが、線が細く、何となく儚げに思えた。
「私はナプーン。初めまして、だね」
「あっ、は、はい、どうも! 私、リスタルテって言います!」
「リスタルテ……良い名前ね」
ナプーンと名乗った女神は寂しげに微笑みながら言う。
「リスタルテも、エタりに来たのね?」
「!? ち、違います!! 私、エタりになんか来てませんっ!!」
「あら。てっきり踏ん切りが付かなくて迷ってるのかと思ったのに」
「縁起でもないこと言わないでくださいよ……って、待って!! 今『リスタルテも』って言いました!? そ、それって、つまり、」
ナプーン様はやはり寂しげにクスリと笑った。
「ええ、そうよ。私は此処にエタりに来たの」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!! エタるってことは、あの、その、死んじゃうってことですよね!? いいんですか、本当に!?」
「勿論、何度も考えた上での結論よ。イシスター様の許可も得ているわ」
「で、でも、そんな!! 何て言うか、えっと、ナプーンさんが居なくなったら悲しむ神だって沢山いると思います!!」
「そうね。それを考えると辛いわ。でもそれ以上に、無限の命は辛いのよ」
何と言って良いのか分からず戸惑っていると、ナプーン様は遠い目で沈み始めた神界の太陽を眺めていた。
「さっきネフィテト様と話してた人、アナタの勇者さん?」
「は、はい!」
「素敵な勇者さんね。私も昔、いっぱい勇者召喚したっけなあ……」
「こ、これからも勇者召喚して一緒に世界を救いましょうよ! 何だったら私も協力します!」
「ありがとう。でも決心は変わらないわ」
そしてナプーン様は私から一歩、遠ざかった。
「リスタルテ。残す方と残される方、どちらが辛いと思う?」
「……えっ?」
「いずれアナタにも分かるわ」
そしてナプーン様は私に手を振った。
「お話出来て嬉しかったわ。お元気で……」
これ以上なく塞ぎ込んだ気分で神殿に戻り、アリアの部屋に行って事情を話した。
「そう。ナプーンが……」
アリアは深い溜め息を吐く。
「話は聞いていたけど……今日だったんだ。寂しいわね……」
「アリアも知ってる神様だったの?」
「ええ。真面目で優しい女神だったわ」
「なのに、どうして……」
「統一神界には沢山の神がいるの。いろんな考え方があっても不思議ではないわ」
「で、でも、死んじゃうなんて!」
するとアリアは優しげに微笑んだ。
「それは神々の自由だから」
統一神界には色んな神がいて、色んな考え方の神もいる。最終的に死ぬという結論に達するのも、その神の個性かも知れない。でも……
アリアの部屋を出る前、ふと気になって聞いてみる。
「ねえ。そういやナプーン様って一体、何の神様だったの?」
「ナプーンは『ボールペン習字の神』よ」
「!! そーなんだ!?」
アリアと別れた後、私は一人、神殿を歩きながら考える。
せっかく神様になれたのに、どうして自ら死のうなんて思うの? ナプーン様……やっぱり私、よく分かんないよ……。
神界に生まれてたった百年の私には、永遠の命に嫌気がさして死を願う神の気持ちは想像もつかなかった。ましてや今の私は一日でも長生きしたいと思っている。
――それからあと……ナプーン様って『ボールペン習字のスキル』で、どうやって勇者のサポートしてたんだろ?
考えても分からないことだらけで何だか頭が痛くなってきたので、私はキリコの部屋に行って遊ぶ事にしたのだった。
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