第六十六章 憂いのマーメイド

 イシスター様にお礼を言って、時の停止した部屋を出ようとした時、


『リスタルテ。これを持って行きなさい』


 不意に頭の中に声が響いた。


『過去のデータだけど、役に立つかも知れませんから』


 それが時の神クロノア様の声だと認識した瞬間、頭上からヒラヒラと一枚の紙が舞い落ちてくる。


「クロノア様……?」


 紙を手にした後、尋ねるように頭上を見上げて呟いてみるが返事はなかった。


 私は紙に目を落とし――そこに書かれてあった文面に驚愕する。




 魔王アルテマイオス

 Lv99(MAX)

 HP1092174 MP354788

 攻撃力817772 防御力806584 素早さ789834 魔力665473 成長度999(MAX)




「ま、魔王アルテマイオスのステータス!!」


 叫んだ私の隣でイシスター様が頷く。


「クロノア様がアナタの為に用意して下さったのですね」

「で、でも、いいんですか!? ラスボスのデータなんか見ちゃっても!?」

「これはおそらく一年前、アルテマイオスが聖哉達パーティを破り、邪神の加護を得た後のデータ。昔のデータを見せるくらいなら問題ないという判断でしょう」


 私は改めて、目を通す。


 特技や耐性などは書かれていない。だが、そこには驚異のステータスが記載されていた。今まで見たことのない恐ろしい能力値に言葉を失っていると、イシスター様も真剣な表情で私を見詰めていた。


「魔王戦はまだまだ先とはいえ、流石にこれ程までのステータスを持った敵を人間の勇者にどうこう出来るとは思えません。イクスフォリア攻略は私が考えていた以上に熾烈を極めそうです」


 私の緊張した面持ちに気付いたのか、イシスター様はいつものように相好を崩した。


「今は差し迫った危機があるのでしょう? それを終えた後で、もう一度、統一神界に来るよう、竜宮院聖哉に伝えておいてください。アナタ方の旅が少しでも楽になるように、最奥神界の神々に、私から更なる提案をしておきたいと思います……」





 イシスター様と別れた私は、おにぎりと簡単なおかずをこしらえ、お弁当箱に入れてから隠遁神山の小屋に向かった。


 小屋の扉を開けた瞬間、私はせっかく作った弁当箱を落としそうになる。


 何と目の前に、倒した筈のブノゲオスがいたからだ! 


 頭では、おそらく変化へんげと分かっていても、その巨体から醸し出される雰囲気と威圧感に私はおののいた。


「え、と……聖哉……なんだよね……!?」

「そうだ」


 こ、声まで完全にブノゲオスじゃない! 全く見分けが付かないわ!


 そして、私はようやく気付く。


 そっか! 聖哉は今回、変化の術を使ってブノゲオスに化けるつもりだったんだ! だからすぐに勝てる自信があってもブノゲオスを三日間も偵察した! 地中で「ブヘヘヘ」って笑ってたのも、その為の予行練習! 頭がおかしくなったんじゃなかったのね!


 眩い光を発し、ブノゲオスは聖哉に戻った。


「ってか、変化の術、もうマスターしたんだね!」

「うむ。予定より早く覚えることが出来た」

「あれ? そう言えばラスティ様は?」

「そこに座っている」


 元々小さいラスティ様は部屋の隅、三角座りで縮こまっていた。


「ら、ラスティ様!?」

「……ほっといてなの」


 どうしてこうなったか、聞かずとも想像がついた。聖哉の習得の早さに、自信を喪失したに違いない。八つ当たりされても怖いのでスルーしておく。


「あっ、そうだ! 聖哉! 私、また治癒出来るようになったよ! イシスター様が最奥神界の神様にお願いしてくれたんだ!」


 聖哉は「フン」と、つまらなさそうに鼻を鳴らしただけだった。


 ――な、何よ! そんな顔して! 内心は喜んでるんでしょ!


 私は久々に鑑定スキルを発動してみた。




 ★リスタのドキドキ恋鑑定★

 ◎彼とアナタの愛情度は? 『5点』 

 ◎彼氏にとってアナタは? 『薬草女』

 ◎一言アドバイス! 『ないよりはあった方がいい程度の『歩く薬草』として認識されているわ!』




 ……イエスッ! 雑草以下から薬草女になった! ないよりはあった方がよくて、点数も4点アップ! よっしゃあああああ……


 がくりと両膝を付くと、隣からラスティ様の声がする。


「お前……どうしたなの?」

「いえ……私も何だか……急に悲しくなってきまして……」


 落ち込む私の気持ちなど全く考えず、ぶっきらぼうに聖哉が聞いてきた。


「おい、リスタ。最奥神界と言ったな。そこにはどんな神がいる?」


 私が説明すると、聖哉はアゴに指を当てた。


「創造の神。理の神。そして、時の神……か」


 そして目を瞑り、ぼそぼそと呟く。


「時間……土……逆説……過去……人形……」

「ど、どうしたの?」


 やがて聖哉は目を開き、自分だけが納得したように小さく頷いた。


「何でもない。ただの独り言だ。気にするな」

「そ、そう……? あっ、コレ! そのクロノア様がくれたの! 魔王アルテマイオスの一年前のデータよ!」


 私から紙を奪い取ると聖哉はそこに目を落とした。やがて表情を変えず、ぽつり。


「攻撃力、防御力共にゲアブランデの魔王を超えているな」


 ――う……! ヴァルキュレ様の最終破壊術式『天獄門』を二度使い、命がけで倒したゲアブランデの魔王よりも強い……!


 薄々分かっていたものの、口に出されるとやはり絶望する。こんな強大極まりない敵に勝つすべなど果たしてあるのだろうか?


 今まで落ち込んでいたラスティ様も立ち上がり、紙を覗き込んで、顔色を変える。


「と、とんでもないなの。そこらへんの神より全然強いなの。お前達、大丈夫なの?」

「ど、どうなんでしょう……?」


 そんな中、聖哉が更なる絶望を叩き付ける。


「過去のデータと言ったな。ならば、魔王は現在、更なるパワーアップを遂げているかも知れんということだ」

「で、でも聖哉! 魔王のレベルはMAXになってるわよ? 流石にそれは、」

「こちらもレベルはMAXだ。そしてどうにかそれを乗り超えようと模索している。つまり敵も同じことを考えている可能性がある」

「そ、そういえばイシスター様がアルテマイオスの気配を感じないって言ってたわ! つまり、それって……!」

「うむ。限界突破すべく、力を蓄えていると考えるのが妥当だろうな」


 ここまで来ると絶望を通り越して脱力してしまう。


 静かになった小屋の中、聖哉が雰囲気を変えるように、少し声を張り上げた。


「とにかく。今はグランドレオンの視察を凌ぐことに集中せねばならん。本来、俺だけで現地に行きたいのだが、イクスフォリア攻略はリスタに対しての罰でもある。故に仕方なく連れて行かねばならない。そこで、」


 聖哉が私に鋭い目を向ける。


「お前にもモンスターに変化して貰う」

「わ、私っ!? いや私、変化なんて出来ないわよ!?」

「心配ないなの。ソイツは奥義である『対象変化の術』まで身に付けやがったなの。それを使えば、術者の思い通りに他人を変化させられるなの」


 そして聖哉は私に右手を向ける。


「お前には人魚になって貰う」


 ……え? に、人魚? つまりマーメイドってこと? ウッソ! 何だかちょっと楽しみになってきたわ! で……でも人魚だと足がないけど、大丈夫なのかなあ?


 やがて、私の体を包んでいた光が消える。


 即座にラスティ様が持ってきた姿見を見て、私は愕然とした。

 

 ……マグロのような魚の頭部。

 

 ……鱗に覆われたゴツゴツした体。


 ……体から溢れる魚臭さ。


 私は二足で直立する魚人間になっていた。


「!! いやコレ、人魚じゃなくて魚人ぎょじんじゃねーかよ!!」

「イクスフォリアで見た魚型の獣人がそういうヴィジュアルなのだから仕方あるまい」

「そもそも何で魚人にすんのよ!?」

「リサーチによると、魚人は他の獣人より知能が低く、基本『ウオ、ウオ』としか喋れない。つまり余計なことを喋らずに済み、ボロが出る可能性が少ない。お前が化けるには好都合だ」

「ふざけんなああああ!! 元に戻してよおおおお!!」

「おい。これは遊びではない。真剣にやれ」

「ヤダヤダッ!! 私は女神なのよ!! こんな格好、死んでも絶対に、」

「……リスタ」


 魚人のまま暴れる私に、聖哉は大きな溜め息を吐いた。


「いい加減、たまには役に立つところを見せてくれ」

「うっ……!」


 聖哉にしては珍しく、頼むような口調だった。おそらく、私に対するフラストレーションが溜まっているのだろう。


「わ、分かったわよ……我慢する……」

「よし。ならば今から特訓を開始しよう」


 そして聖哉は私が更に魚人らしくなる為のレクチャーを開始した。「いくら魚人の姿形、雰囲気を完全に身に付けたとはいえ、それでも挙動がおかしければ怪しまれる」かららしい。


「いいか。向こうでは俺の許可なく人語を話すな。喋る時は『ウオウオ』とだけ言え」

「お前と俺とのサインを決めておく。口を連続で二回パクパクがイエス、三回がノーだ。またそれが敵に見破られた時のサインも決めておこう。その場合、エラを同じ回数、ヒクヒクさせろ」

「違う。もっと魚人らしく、ひょこひょこと歩け」

「同じタイプの魚人には近づくな。万が一、話しかけられたら無言で通せ」

「まだまだ魚人になりきれていない。自分を捨てろ。お前は魚人だ」



 聖哉に教えられ、私は一心不乱に頑張った。小屋の中を魚人のような動きで歩き回る私を見て、ラスティ様が笑い転げ、また「魚臭いなの」とバカにされても、練習に打ち込んだ。


 一方その間、聖哉は聖哉で小屋の外で土を隆起させたりして、土魔法の研鑽に励んでいるようだった。尋ねると、


「万が一にもグランドレオンにバレた時、どうにかその場を凌げる程度にはしておきたい。時間があれば土の神を探し、詳しく教わりたいのだが、流石に今回は時間がない。土魔法の更なる熟達は次回に持ち越しだ」


 私は小屋に戻り、ひょこひょこと魚人ウォークを再開する。歩きながらも『ウオウオ』と発声するのを忘れない。



 ……小一時間は過ぎたろうか。途中から真剣な表情で私を見守っていたラスティ様が感嘆の声を上げた。


「すごいなの、リスタ! もう、どこからどう見ても完璧な魚人なの! 女神らしさの欠片も無くなってるなの!」

「ウオ。ウオウ、ウオ。ウオ」

「!? リスタ!! 一体どうしたなの!?」

「あ……言葉、忘れてたわ……」


 すると聖哉も小屋に入って来る。


「うむ。なかなか魚人ぽくなったようだな。ではそろそろ行くとしよう」


 聖哉に言われ、私は魚人のまま、イクスフォリアへの門を出した。聖哉も再度、ブノゲオスに化ける。


「ブノゲオスが勇者を倒したというていでグランドレオンの視察をやり過ごすのが、今回の目的だ。だが……」


 ブノゲオスに変化した聖哉の目が鋭く尖った。


「隙さえあればグランドレオンを殺し、変化して奴に成り変わる。そのつもりでいろ」

「う、うん! 分かったわ!」


 門を潜る前、私は聖哉に聞いてみた。


「聖哉……レディ・パーフェクトリー?」

「お前次第だ」


 ……ですよね。

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