第百四十八章 聖剣の力

「し、死んじまったのか……?」


 横たわるラゴスの目からは涙が伝っていた。それはおそらく肉体の苦しさとは別のところからきたものだったろう。ラゴスは裏切り者扱いされようが、竜人と人類の未来を憂い続けたのだ。私も何だか泣きたくなる衝動に襲われる。ロザリーにすらラゴスの真摯な気持ちが伝わったのか、悲痛な面持ちで呟く。


「ゲアブランデにこのような竜人がいたのだな」


 私達は暗澹たる気持ちで俯いていたのだが、聖哉だけは何事も無かったかのようにスタスタとロゴスの亡骸に近付いた。


「ステータス上は絶命を確認した。だが、本当に死んでいるのかしっかり確かめておこう」

「いやあの聖哉……ラゴスさん別に敵じゃなかったじゃんか。そんな念入りに死亡確認しなくても……」


 それでも聖哉はうずくまり、ラゴスの体をまさぐるように調べている。


 ――ま、まさかいつもみたくヘルズ・ファイアで燃やし尽くすつもりじゃないわよね……? 空気読みなさいよ、聖哉!


 聖哉の行動にハラハラしていると、急にすっくと立ち上がった。


「おい、お前達。急いでこの場から離れるぞ」


 その刹那、聖哉の姿は忽然と消える!


「と、透明化したの!? 何で!?」

「お前達も走りながら透明になれ。礼拝堂の入口で落ち合おう」


 聖哉の声が遠ざかる。どうやら話しながら礼拝堂の入口に走っているらしい……だから何で!?


 それでも言われた通り、透明化して入口に向かう。皆が透明化すると誰が何処にいるのか分からない。おそるおそる入口付近の瓦礫の陰に向かおうとすると巨大な固まりとぶつかった。


「あ痛っ!?」

「その声、リスタかよ!! 気を付けろ!!」

「見えないんだから仕方ないじゃんか!! アンタこそ、ぼうっと突っ立ってんじゃないわよ!!」

「……お前達うるさいぞ。静かにしろ。ロザリーもいるか?」

「はいっ! お傍におります!」

「ってか聖哉。どうして急に透明化したのよ?」

「敵がラゴスの死を確かめに来る可能性がある」

「ええー! そんなことってある? 大体、ラゴスさんが死んだってどうして分かるの、」


 しかし。私の言葉をロザリーの声が遮る。


「見てください! 遺体の辺りに光源が!」


 ラゴスが倒れている付近の床から眩い光が発せられている。光と同時に発散されているのは魔力だった。


「う、噓!! あれは移動魔法陣!? 本当に誰か来る……!?」


 目の眩む光が消えた後、ラゴスの亡骸の隣に立っている者を見た時――私は戦慄し、震える声を出してしまう。


「ま、ま、マッシュ……!!」


 溢れる覇気と威圧感。先程、私が残留思念から読み取った容姿のマッシュが佇んでいた。私が見たナカシ村襲来はおそらく数年前。それでも外見に殆ど変わりにはないように思えた。しいて違いを言うなら、手足に刻まれた入れ墨のような竜の紋章があの時より広がっている。


「ええっ!? リスタ!! アレがマッシュなのかよ!? 面影、殆どねえぞ!! 体に入れ墨まで入っちゃってるし!!」

「アレは竜の紋章よ。でも確かにそれっぽく見えるわよね」


 セルセウスは変わり果てたマッシュに驚愕しているようだが、私はそれとはまた別に気に掛かることがあった。


「ねえ聖哉。どうしてマッシュが来るって分かったの?」

「先程これをラゴスの懐から発見した」


 赤い宝石のような物が突然、私の目の前に浮かぶ。聖哉が体を透明にしたまま、ひび割れた赤いブローチを見せてきたのだ。


「鑑定してみろ」

「う、うん」


 鑑定スキルを発動すると、私自身が語りかけるように結果を教えてくれる。



『これは【報せのブローチ】ね。赤と青、二つのブローチで一セット。どちらのブローチにも魔力が込められているわ。地図の上に青いブローチを置いておけば、赤いブローチを持たせた者の大まかな位置を教えてくれるの……』



 まだ鑑定の途中だが、耳元で聖哉の声が聞こえる。


「ラゴスはマッシュに反乱分子だと思われていた。故にバハムトロスから追放しても、不穏な動きがないか監視下に置かれていたのだろう」

「まるでGPSね……!」

「それ以上だ。この赤いブローチのもう一つの特徴として、持ち主の生命が潰えると対となる青いブローチが同時に割れる仕組みらしい」

「じゃあ、このブローチがラゴスの死を感知してマッシュに?」

「うむ。流石に誰が来るかまでは分からなかったが……それでもマッシュの登場は想定内だ。難度S以上の異世界では、これまでにも幹部やボスクラスが突然登場することがあったからな」


 うーん。じゃあ結局、聖哉がラゴスさんの遺体を入念にチェックしたお陰でマッシュに見つからずに済んだのね。そして透明になって安全な位置に待避することが出来た……確かにロザリーの言うように聖哉の行動って的を射ていることが多いのよね。


 改めて聖哉の慎重さを見直していたら、不意に遠くから冷徹な声が響く。私は声のした方――マッシュに視線を向けた。


「なあラゴス。噓だろ。本当に死んじまったのかよ?」


 ラゴスの亡骸を前に、マッシュは頭を垂れている。ラゴスの死を悼んでいるようだ。


「何だ。マッシュの奴、グレたのかと思ったら、優しい気持ちは残っているじゃないか」

 

 セルセウスがホッとしたように呟く。た、確かに! 人間や魔族に対する激しい憎悪はある! けれど仲間を思う気持ちはあるんだわ! これならどうにか話し合いが出来るかも!


 だがそう思った瞬間、マッシュは右足を大きく振り上げ、倒れているラゴスの頭部に向けて叩き落とした! 礼拝堂の床を砕く轟音と共にラゴスの頭部も砕け散る!


「ヒャッハハハ! 裏切り者はこうなって当然だぜ! お前はもっと早く死ぬべきだったよなあ!」

「!! オォイ、リスタ!! アイツ仲間の頭、踏み潰したぞ!?」

「う、うん!! しかも『ヒャッハ』って笑ってた!!」

「……おい、リスタ、セルセウス。気持ちを乱すんじゃない。透明化が解けるぞ」

「「はっ!?」」


 私達はお互いの体を見て驚く。完全に透明だった体はうっすらと輪郭が見えてしまっていた!


 ――や、ヤバっ!! 集中よ、集中!!


 セルセウスと一緒に「スーハー」と深呼吸。どうにか心を鎮め、再度透明化する。聖哉が窘めるように言う。


「心臓の弱い奴は直視するんじゃない」

「せ、聖哉さんはアレを見て、何とも思わないんですか!?」

「『頭を踏んだな』とは思った。ただ、それだけだ」

「そうっすか……!」


 いや物事に動じないにも程があるでしょ! 何かもう羨ましいわ、その性格!


「……残虐非道の暴君――アレが神竜王マッシュ=ドラゴナイトです」


 隣から神妙なロザリーの声が聞こえる。私はごくりと唾を飲みながら、マッシュの動向を窺った。マッシュは笑いながらラゴスの胴体に蹴りを加え続けている。凄まじい脚力でラゴスの遺体はミンチのように潰され、蹴られる度に肉塊に変貌しつつあった。


 ヒィィィィ!? 笑いながらずーーーっと死体、蹴りまくってるうううう!!


「い、異常すぎるだろ、アレ!!」

「ふむ……」

 

 あまりに残虐な光景にセルセウスは怯え、流石の聖哉も引いているようだ。


「マッシュのステータスが見えん。プロテクトでも掛けているのだろうか」


 と思ったら違った! スルーして平然とステータス見ようとしてた! この勇者も勇者で普通じゃないわ!


「今回は残留思念からマッシュの情報を得るのが目的だった。だが今、奴は死体蹴りに夢中。となると……」


 しばし無言の後、聖哉はぽつりと呟く。


「ロザリー。マッシュの首を掻き切ってこい」


 ――えええええ!?

 

 だがロザリーは意気揚々と言葉を返す。


「父の敵をこの手で討てるとは! 勇者様! 海より深く感謝致します!」

「うむ。行け」

「大役、見事、果たして参ります!」


 そして……沈黙が辺りを支配した。透明なロザリーの姿は見えないが、おそらく現在、忍び足でマッシュに向かっているのだろう。私は小声で聖哉に聞いてみた。


「えっと。聖哉が行くんじゃないんだね?」

「マッシュに見つかりでもしたら大変だろうが」

「だ、だって透明化は完璧だって!」

「微かな足音、空気の振動、また肉眼では見えずとも心眼、或いは魔法や道具など何らかの方法で見破られるかも知れん。所詮は冥界のエロジジィの言うことだ。信用はしていない」


 スラウリ……せっかくオーラくれたのにメチャメチャ言われてるよ!


「それに万が一イグザシオンで斬られれば再生は不可能。チェイン・ディストラクションで無くとも致命傷を負えば、お前もセルセウスもどうなるか分からん。死んでも良いロザリーを仕向けるのは当然のことだ」


 そっか。聖哉なりに私とセルセウスのことも気遣ってくれてるんだ。でもそれじゃあロザリーがあまりにも……。


 私はロザリーの身を案じていたが、マッシュは未だに死体を蹴り潰すことに夢中だった。もしかすると今にもロザリーは剣を抜いてマッシュの背後に迫っているのかも知れない。


 ――そ、そうよ! 卑怯でも何でも、これでゲアブランデの歪みが直るなら良いじゃない!


 私は鼓動を高めながらマッシュが暗殺されるのを待つ。しかし、マッシュに視線を集中していたその時、ありえないものが私の視界に映った。


  ――な……何よ、アレ!?


 いつの間にか薄紅のドレスを着た赤毛の女性がマッシュの背後に立っている。


『マッシュ。敵よ』


 マッシュの耳元で囁いた女の声は、何故だかずいぶん離れている筈の私に届いた。マッシュはすぐさま死体蹴りを止めて腰の剣を抜くや、七色に輝く刀身を地面に突き刺す。


「イグザシオン! 敵の術式を解除しろ!」


 剣から派生した七色の光が、水面の波紋のように周囲に広がる! 刹那、マッシュまで後わずかに迫ったロザリーの姿が露わになる!


「テメーは……ロザリー=ロズガルドか!」


 マッシュがイグザシオンを構えたまま、ロザリーを鬼の形相で睨んでいた。間合いに入る前に透明化が解除されたと気付いたロザリーはバックステップ。マッシュから距離を取る。


「チッ」と聖哉が舌打ちした。そう、作戦は失敗。そして私達も現在、大変な状況に陥っている。マッシュの技によりロザリーは勿論、私とセルセウス、そして聖哉までもが無防備な姿を晒していた。ロザリーが聖哉に次の指示を仰ごうとこちらを向いたのを察知したのだろう。マッシュが入口付近に佇む私達に視線を向けた。


「他にもいやがるな。妙な技を使いやがって。だがイグザシオンの前じゃあ無駄なことだ」


 かなり距離は離れている。それでもセルセウスが蛇に睨まれた蛙のように後ずさった。


「ううっ……マジかよ!! イグザシオンにはあんな力まであるのかよ!?」

「ふむ。少々、驚いた。透明化を解除されたこと自体ではなく、このタイミングであの技を発動したことに対してだ」

「確かにそうっすよね! 何でアイツ、ロザリーが迫ってるって気付いたんだろ?」

「ロザリーも接近には充分に注意を払っていた筈だ。だが、第六感でロザリーの気配を感じ取ったかのかも知れんな」

「……えっ?」


 違和感を感じた。セルセウスも聖哉もマッシュの隣に佇む女性を全く気にしていないのだ。


「ね、ねえ、アンタ達見えてないの……って、あれっ!?」


 私が指さした先にはマッシュ一人しかいない。き、消えた!? そんな!!


「再度、透明化が出来ん。未だにイグザシオンの効果が持続しているようだ」


 聖哉はまるで女性のことなど気にしていない口振りだ。聖哉が冗談を言うとは思えない。つまりあの女性は私にしか見えていないようだ。じゃあアレは一体何だったの? 幻覚?


 しかし今は幻かも知れない女性のことを考えている暇はない。凄まじい気迫を放ちながらマッシュがロザリーを睨め付けている。


「久し振りだな。ロザリー=ロズガルド。あの時、以来か」

「神竜王……マッシュ=ドラゴナイト……!」


 憎悪の籠もった片目で、ロザリーは負けじと睨み返す。


「怒ってんなあ。だが当然か。俺はお前の父親をなぶり殺したんだからな。けどよ、俺だって怒ってんだぜ? お前を逃がしたことで人類と魔族がここまで長く生き長らえるとは思わなかった」


 マッシュは足下のラゴスの肉塊を踏みにじりながら言う。


「俺の悪い癖だ。遊ばずにお前をキッチリ仕留めてりゃあ面倒なことにはならなかった。町に結界を張られ、その中で魔族と人類が共存するなんてことには、よ」


 そしてイグザシオンを肩に乗せたまま、ゆらりとロザリーに迫ろうとするマッシュ。対して、ロザリーも剣を構え直そうとしたが、


「ロザリー、退け。一時退却だ」

「は、はっ!」


 聖哉の指示が飛ぶ。よ、よかった! 聖哉のことだからロザリーにあのまま戦わせるのかと思っちゃった!


「リスタ。お前は今のうちにイグルへの門を出しておけ。瓦礫の奥、マッシュからは見えない位置にな」

「うん!」


 ロザリーとマッシュの間には充分な距離がある。ロザリーとて常人ではない。逃げることに全神経を集中すれば私達のいる場所まで難なく戻ってこられる筈だった。マッシュもそれが分かっているのだろう。背を向け逃げ去るロザリーを見詰めたまま、微動だにしない。


 しかし不意にマッシュの姿が私の視界から消える! 次に現れた瞬間、マッシュは逃げるロザリーのすぐ背後で剣を振りかざしていた!


「ロザリー!! 危ない!!」


 私が叫ぶとロザリーは自らの剣を後ろに薙ぎ払う。瞬間、肉を裂く音がして剣を持ったままのロザリーの腕が弾き飛ばされた! 「うへあっ!?」とセルセウスが間抜けな叫び声を上げる。


「あーあ。手元が狂った。首を狙ったのに飛んだのは腕かよ。……いや待て待て。そうか。そうだよ。あの時、目を潰すんじゃあなくて両手両足を切り落としてから、いたぶりゃあ良かったんだ。よし、今回からはそうしよう」

「ぐうっ……」


 腕から大量の血を零しながら、顔をしかめるロザリー。私は聖哉の肩を揺さぶった。


「聖哉! まずいよ!」

「ふむ。瞬時にロザリーとの間を詰めたな。俺も視認するのがやっとの速度だった。透明化の術式解除に加え、謎の超高速移動。厄介だ」

「違うよ! 今はそんなことよりロザリーでしょ!」

「リスタ。戻るぞ」

「はぁっ!?」

「マッシュの能力は未知数。近寄るのは危険だ」


 そして聖哉は何事もなかったように私が出した門まで歩くと、扉に手を当て、開こうとした。


「ま、まさかロザリーを見捨てるっての!?」

「そうだ」

「そうだ、じゃないよ!! そんなこと出来る訳ないじゃん!!」

「おい待て、リスタ。何処へ行く」


 片腕を失い、窮地のロザリーを見て、私の頭からは幻だとかそういうことは完全に消え失せていた。聖哉の言葉も聞かず、私は必死にロザリーに駆け寄る。


「大丈夫、ロザリー!?」

「女神様……! いけない……戻ってください……!」


 だがマッシュは急に現れた私を警戒しているようで近付いてこない。その間にロザリーの腕に手を当て治癒魔法による応急処置を試みる。


 ――出血は止められる! けれど細胞が再生する気配がないわ!


「……お前はヒーラーか? だが無駄だ。イグザシオンで斬られりゃあ再生は不可能。これが死神タナトゥスをも葬った聖剣イグザシオンのスキル『クラッシング・ウーンド秘神与傷』だ」


 ロザリーの返り血で濡れたイグザシオンを持ったマッシュが私達の方に歩み寄ってくる。怯える私の前に、だが、赤い軌道が横切った。私とマッシュの間に現れたのは狂戦士と化した聖哉だった。


「聖哉!!」

「お前の考えが全く理解出来ん。どうして幻の為に身を危険に晒すのか」


 ブツブツ言いながらも私とロザリーをかばうように剣を構えてくれている。


「へえ。ちっとは骨のありそうな奴が出てきたな」


 対峙する聖哉とマッシュ。私は聖哉の背中に隠れながら、マッシュに話し掛けてみる。


「ね、ねえ。アナタ……本当にマッシュなの?」

「ああ? 何だ、その口振りは。俺はお前なんか知らねえぞ」

「私は女神リスタルテ! アナタのことを良く知ってるわ! そう……アナタがもっと小さい時、この勇者と一緒に冒険したの! 私達は仲間だったのよ!」

「勇者……だと」


 鋭い目付きで聖哉を睨んだマッシュは、すぐに口を歪ませた。


「くだらねえこと言ってんじゃねーよ。バカ女」

「だ、誰がバカ女よ!!」

「お前だよ。そいつが勇者かどうかはさておき、今日初めて会ったお前らと俺が仲間の訳ねーだろ」

「違うの! 此処とは違う世界で私達は確かに仲間だったのよ!」


 すると聖哉がキッパリとマッシュに告げる。


「厳密には、お前は俺の荷物持ちだった」

「!? 荷物持ちなら仲間じゃねえだろ!!」


 マッシュは声を張り上げ、イグザシオンを地面に叩き付けた。あ、あれ? 今のはちょっとマッシュっぽいかも……。


 そう思ったのも束の間。マッシュの目は既に淀んでいた。


「何だ、コイツら。喋ってると調子が狂う。さっさと殺しちまおう」

「……リスタ。離れていろ」


 聖哉とマッシュが互いに戦闘態勢に入ろうとした、まさにその時だった。


「ちょーーーーっと待ったあああああああああああああああああああ!!」


 野太い声が半壊した礼拝堂に木霊する。私は声のあった方を見て、吃驚した。


 いつの間にやらエプロン姿となったセルセウスが、白い布の掛かったテーブルを前に腕組みしていたからだ。

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