第六十八章 女神宣言
とにもかくにも一応の窮地は脱した。私は神界への門を出現させてから、おずおずと聖哉にイシスター様が呼んでいたことを伝える。だが聖哉は無言で土魔法と変化の術を駆使し、ブノゲオスの人形を作るや、部屋のベッドに配置して毛布を被せた。どうやら自分が神界に帰っている時の時間稼ぎのようだ。
「ねえ。そう言えばブノゲオスを倒したこと、希望の灯火の皆に言わなくていいの?」
しかし聖哉は私を無視して門へと向かおうとする。
「ちょ、ちょっと聖哉!! 話、聞いてる!?」
「……希望の灯火のことがグランドレオンに知れたら狙い撃ちだ。今は何も知らせず、そのまま地下で暮らしていた方が安全だろう」
私の顔も見ず、吐き捨てるように言う。
最悪な雰囲気のまま、私達は統一神界に戻ったのだった。
イシスター様の部屋の前に門を出現させると、聖哉はノックもせずに部屋の扉を大きく開いた。
「おい、バアさん。本当にあのデータは最奥神界にいる神がくれたものなのか?」
挨拶もなく、大女神にぶっきらぼうに尋ねる聖哉にハラハラしたが、
「ええ。間違いなく時の神クロノア様に頂いたものです」
イシスター様は例の如く、聖哉を諫めたりはしなかった。その後も愚痴のような聖哉の話を、うんうんと頷きながら聞いている。そして獣皇グランドレオンの能力値が魔王アルテマイオスを上回っていることを知ったイシスター様は神妙な顔になった。
「ならば、その敵――グランドレオンとの直接戦闘は絶対に避けてください。攻撃力85万以上……それはオーダー受諾後、神力を全解放した軍神アデネラに至近する能力値です。はっきり言います。人の身でグランドレオンを倒すことは不可能です」
私はごくりと生唾を飲む。統一神界最高位のイシスター様が『不可能』と言い切ったことに戦慄したのだ。
「じゃ、じゃあ一体どうすれば……!?」
「方法はあります。グランドレオンの驚異的な強さは、邪神の絶大なる加護を得ているからに違いありません。その力を止めればグランドレオンは弱体化するでしょう」
そしてイシスター様は聖哉に視線を向ける。
「本来は魔王戦に向けてのものだったのですが……仕方ありません。竜宮院聖哉。今からアナタに『六芒星破邪の秘儀』を伝えましょう。既に最奥神界の許可は得てあります」
私は愕然として、呟く。
「六芒星破邪の秘儀……!!」
瞬間、イシスター様と聖哉が揃って私の顔を見た。
「おや。リスタルテ。知っているのですか?」
「いえ!! 全然、知りません! 何ですかソレ!!」
……すると気まずい沈黙が辺りを支配した。
数秒後、聖哉が真剣な顔で言う。
「リスタ。邪魔だから出て行ってくれ。五秒以内に」
「う、うん……分かった」
パタン、と扉を閉めた後、私は無言で歯を食い縛っていた。
――なんだよ、もおおおおおお!! 知らないんだから仕方ねーじゃんかよおおおおお!!
「……六芒星破邪の秘儀ね。詳しい内容は私も知らないけれど、邪神クラスの強大な敵を葬る時に神々が使う秘中の秘と聞いているわ」
ハブにされた私は先輩女神のアリアの部屋にいた。話を聞いた後、大きな溜め息を吐き出すと、アリアが心配そうに私を眺める。
「大丈夫? リスタ?」
「うん……何だかもう最近、辛くって……」
「色々と大変ね。これでも飲んで元気出して」
差し出された紅茶を優しさと一緒に飲み干すと、溜まっていた不満が口を突いて出た。
「ってか、私だって頑張ってんのよ!? 女神なのにデスミミズ食べたり、魚人になって『ウオウオ』言ったりして!! なのに、足手まとい扱いされてさあ!!」
「で、でもそのグランドレオンという敵に正体がバレたら、アナタの命も危なかったんでしょ? だから聖哉は、必要以上に怒ったんじゃないかしら……」
「そうかなあ!? もう、よく分かんないよ!! ホントにあんなのが前世の私の大切な存在だった訳!?」
憤る私と反対にアリアは紅茶を一口。冷静な顔を私に向ける。
「ねえ、リスタ。生まれ変わった人間は過去世を覚えていないわ。女神に転生した人間もそう。どうしてか分かる?」
「え……それは……」
答えに詰まっていると、アリアがキッパリと告げる。
「それはね。『全てを忘れて、次の
「う、うん」
……アリアの言い分はもっともだと思った。だけど『なんだかんだ言っても聖哉は私にとって特別な存在』――そのことを完全には否定出来ないのであった。
アリアの部屋を出た後、私はイシスター様のもとへと向かった。無論、聖哉の様子を窺う為だ。
「失礼します……」
そう言って扉を開く……が、既に聖哉は部屋にいない。
「あ、あれっ!? まさか聖哉、もう覚えたんですか!?」
イシスター様が微笑む。
「元々、飲み込みの早い子ですし、秘儀の手順を覚えるのはさほど難しくはありません。六芒星破邪は、その実践こそが難しいのです」
「そ、それで聖哉はどこに?」
「慎重な子です。秘儀だけでは不安なのでしょう。『新たな特技を身に付けたい』と言って、屋上にいるヴァルキュレのところに向かいました」
何だかイヤな予感がした私は、イシスター様に一礼した後、屋上へと急いだ。
神殿最上階の扉を開くと、空には三日月と満月――二つの月が寄り添うように輝いている。そして……
神界の月明かりに照らされて、聖哉とヴァルキュレ様は立ったまま、抱き合っていた!
「!! うおおおおおい!? またしてもアンタら、何やってんのォ!?」
イヤな予感は的中! デジャヴのような光景に私は叫ぶが、それでも二人は抱き合ったまま、自分達だけの世界に入っている!
「聖哉。お前ならもう一度帰ってくると思ってたぜ」
「ヴァルキュレ。ゲアブランデの時は破壊術式のお陰で助かった」
そして、息の触れるような距離で顔を近付けているではないか!
――な、何で!? 以前、聖哉とヴァルキュレ様が抱き合ってたのは、破壊のオーラ付与の為!! 実際はそんな関係じゃなかった筈なのに!!
「ところで他の神の技は忘れていたのに、
「
「なるほど……。それでヴァルキュレ。俺は今、能力値の限界を超える方法を探している。以前、お前を能力透視した時、特殊スキルに『ステータス限界突破』とあるのが見えた。お前なら何か方法を知っているのではないか?」
「残念だが、それは破壊神である私に生まれもって備わっていたスキルだ。他者に教えることは出来ねえ」
「そうか……」
聖哉に見詰められ、ヴァルキュレ様は少し気まずそうに目を逸らした。
「ステータスの限界を超える方法は、この統一神界内に確かに存在する。だがイシスターは言えねえ。そしてアタシの口からもハッキリと言うことは出来ねえ」
そ、存在するのに言えないって何よ、ソレ!? つまり、かなりヤバい方法ってことなんじゃないの!?
「いいか、聖哉。
……完全に空気となっている私は、存在感を示すべく、二人の間に割り込み、声を張り上げる。
「せ、聖哉!! イシスター様が秘儀を教えてくれたんでしょ? グランドレオンの攻略法は既にあるわ!! どうして今、そんな危なげな修行をする必要があるのよ!?」
聖哉は睨むような目で私を見た。
「いざとなった時、『やっておけばよかった』では遅い。本番で本気を出すのではない。練習でこそ本気を出すのだ」
ヴァルキュレ様が腕組みをして、コクコクと頷く。
「流石だ。よく分かっていやがる」
そしてウットリとした表情で、聖哉の頬を細い指で撫でる。
「私がお前の担当女神だったらな」
「うむ。そうだな。ヴァルキュレと一緒ならイクスフォリア攻略も容易だろう」
「な、な、な、な、な……!?」
あまりの屈辱にワナワナと震えていると、ヴァルキュレ様は、またも聖哉に体を近付けた。
「聖哉。もう天獄門は二度と使うな。お前がいなくなるとアタシは寂しい……」
「そうだな。なるべくならそうしよう」
そして二人はキスでもするように、顔を近付けて――
「うっわああああああああああ!! やぁめてええええええええええ!!」
耐えられなくなって、私は間に割って入り、二人を力ずくで引き離す。
「な、何だよ、急に!! リスタルテ!!」
あの時のように涙がボロボロと零れ落ちた。
「あううううっ!! こんなことになるくらいだったら、ゲアブランデの魔王戦で粉々になったままの方がよかったよおおおおお!!」
「と、とんでもないこと言ってんじゃねえよ! 担当女神だろ、お前!」
「おぐうぅ! だって、だって……うっぶうっ! あっびゅうっ!」
「リスタルテ……」
ヴァルキュレ様が真剣な顔になった……と思った次の瞬間、
「ハーーッハッハー!! 汚ったねー泣き方だなー!! それでも女神かよ!!」
腹を抱えて笑い出した。
「!? なによォォォォォォ!!」
私は泣きながらヴァルキュレ様にポコポコと殴りかかったが、神界最強の破壊神は私の猫パンチなど避けようともせず、呆れた顔を見せた。
「ったく。ちったあしっかりしろよ、リスタルテ。もう人間じゃねーんだからよ……」
私は神緑の森に向かう聖哉の後を泣きじゃくりながら付いていった。
屋上から神殿を出て、森まではかなり距離がある。
悲しさと切なさは長い距離を歩くうちに、苦しさに変わっていった。そして……
――あーあ。一体、何やってんだろ、私。バッカみたい……。
やがて、それは苛立ちと腹立たしさにと変わっていく。
そうよ……! ヴァルキュレ様の言う通りだわ! アリアも、聖哉だって言ってたじゃない! 私はもう聖哉と恋仲だったティアナ姫じゃない! 私は女神で聖哉は人間! これから先、私達が結ばれる筈なんかないんだもの……!
新緑の森の入口は月夜に照らされ、ほの明るかった。
私はドレスの袖でゴシゴシと涙を拭うと、勇者の背中に向かって大声を出す。
「竜宮院聖哉!!」
気だるそうに勇者が振り返った。
「何だ?」
「私は女神!! そしてアナタは私に召喚された勇者!! それ以上でもそれ以下でもありません!!」
「何を今更、当然のことを」
「そうね!! だけどコレは私自身に再認識させる為なのよ!!」
私は胸を張って宣言する。
「イクスフォリアを救うわ!! 一億人に一人の逸材、竜宮院聖哉!! その為にアナタの力を貸しなさい!!」
バカを見るような目をくれた後、「フン」と鼻を鳴らし、勇者は歩き出した。
私は先程と同じようにその後を追ったが、気分は以前と比べようもなく晴れ晴れとしていた。
「……それで、ミティス。ステータス限界突破の方法だが、お前なら知っているのではないか?」
「ええ。確かに方法はあるのでございます」
妖艶なる弓の神ミティス様は、聖哉の問いに口角を上げて答えた。
「なら、それを教えろ」
「ふふふ。それは良いのでございますが、その前に一つだけ気になることが」
そこまで言ってミティス様は「ふぅ」と息を吐き出す。
「……私は何故、いきなり大木に括り付けられているのでございましょう?」
ミティス様を見つけるや、聖哉はいきなり背後から近付き、手刀を喰らわした。そうして気を失わせた後、近くの大木にロープでグルグル巻きにしたのであった。
「お前は急に裸になって襲いかかってくる変態だ。なので早めに処置しておいた」
「そうでございますか」
特に反論もなく、ミティス様は納得したようだった。縛られたまま真剣な表情で言う。
「この森の奥深く……大女神イシスターの千里眼も届かぬ深淵にて……聖哉さんの力を限界突破させる可能性が存在するのでございます」
「ほう。森の奥深く、か」
それだけ聞くと、聖哉はミティス様を置き去りにして、身を翻したので私はビックリする。
「えっ……縄、解いてあげないの? 教えてくれたのに……?」
心配げにミティス様を振り返ると、顔を紅に染め、打ち震えていた。
「ああっ!! 縛られたまま放置プレイ!! ゾクゾクするでございます!!」
……うん。やっぱりいいや。別に死ぬ訳じゃないし、ほっとこ。
私達はミティス様を残し、神緑の森の更に奥まった場所へと歩を進めたのだった。
黙々と歩いていると、やがて辺りの木々がくねったような、おどろおどろしい形をしていることに気付く。それは月明かりを遮って、視界をかなり悪くする。神界にいる筈なのに、魔界の森に迷い込んだような感覚だった。
怖くなって、聖哉の腕に抱きつこうとしたが、『私は女神! 聖哉は人間!』と自らに何度も言い聞かせ、拳をギュッと握ったまま、歩き続ける。
不意に、聖哉が歩みを止めた。
「む。これか……」
不気味な木々を抜けると、草原の中、古びた井戸がぽつんとその姿を現した。
「何でこんなところに井戸が……って、待って!! こ、コレってひょっとして!!」
……私が女神転生して、すぐの頃。アリアは、幼く、おてんばだった私にこう言った。
『リスタ。あんまり言うことを聞かないと、帰らずの井戸に入れちゃうわよ』
すると私は怖くなって泣き出してしまう。
『だったらこれからはちゃんと言うことを聞いてね』
そしてアリアは優しく私の頭を撫でたのだった。
――『帰らずの井戸』……! アリアが私をしつける為に作ったホラ話だと思っていたのに……本当にあったんだ……!
私は聖哉の肩を揺さぶる。
「せ、聖哉! 此処はダメよ! この井戸に近付くと、頭がおかしくなっちゃうって、昔アリアが言っていたもの!」
「ならば、お前は全く心配ないではないか」
「えっ……? い、いや……どういう意味だ、この野郎!!」
聖哉は井戸へとドンドン進む。こと修行に関しては、慎重さの欠片もない。
「イクスフォリアを救いたいのだろうが。多少の無茶をせねば限界など超えることは出来まい」
「そうかも知れないけどさあ!!」
井戸には縄ばしごが付いていた。聖哉は触って安全を確かめると、そのはしごを下り始めた。私も戸惑いながら、聖哉に続く。
縄ばしごを下りると、薄暗く、開けた空間が広がっていた。
「これが井戸の中? 思ったより広いわね……」
向こうにはポッカリと口を空いた洞窟が見える。コンクリートで作られた近代的なトンネルのような風貌だった。
「ま、待ってよ、聖哉……」
聖哉を追って、トンネルに足を踏み入れたその時。
「身を伏せるであります!!」
急に大声! トンネルから飛び出してきた何かが、私に体当たりしてきた!
「ぎゃふっ!?」
衝撃で私は地面に倒れる!
「な、な、何事!?」
顔だけ振り返って見れば、汚れた迷彩服を着た何者かが私におぶさっている! そして私の背中には二つの柔らかなものが当たって……ってことは、女……? で、でもこんな井戸の中に……?
「チュドドド! ドッゴーン!」
アデネラ様を彷彿とさせる、ざんばら髪の女は叫びながら、私から離れ、一人で地面をゴロゴロと転がった。
「敵の爆裂魔法が炸裂! 被害を避ける為、左右に展開するであります!」
叫びながら前方を見据えている。だが、その視線の先には何もない。
「
「アルマゲ……な、何言ってるの、この人!?」
呟いた瞬間、迷彩服の女は目を大きく剥いて私に飛びかかってきた!
「ひえええっ!?」
「
「し、知りません!! すいません!! 新米女神で何だかすいません!!」
すると、迷彩服女は拳を地面に叩き付けた。
「
憤怒の形相を、だが、不意に緩める。
「しかし! しかし、であります! 改良に改良を重ねた、我が最強の絶技『
一転、ニヤニヤと笑い出した不気味な女に、私はどうにか口を開く。
「い、一体、な、何なんですか、アナタは!?」
「ああ……名乗ってなかったでありますね。これは失礼……」
そして女は、焦点の定まらない目をこちらに向けた。
「自分は戦神ゼトであります」
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