第四十六章 閑話休題
聖哉との戦いの後。戦帝ことウォルクス=ロズガルドは老衰による死亡として公表。葬儀は城内の者だけでしめやかに執り行われた。
その間、私達はロザリーが割り当ててくれた城中の部屋にて過ごしていた。あれから三日経ち、帝都の人々の
私は聖哉のベッドの端に腰掛け、整った顔を眺めながら思う。
戦帝に殺される寸前、颯爽と現れた勇者は私にとってまさにヒーローだった。まぁそれは聖哉自身が言っていたように、私がいなくなったら自殺でもしない限り、元の世界に戻れなくなる訳で『仕方なく』取った行動だったのかも知れない。それでも、
「ありがとね、聖哉」
冷やした手拭いを額に乗せ代えていると、エルルとマッシュが入ってきた。
「ねえ、リスたん。聖哉くんの具合、どう?」
「ん。まだ眠ってる」
「師匠、大丈夫かなあ」
「平気よ。斬られた腕は魔法で完治しているし、体力的には何の問題もないわ」
「じゃあどうして起きないの?」
「流石に精神的に疲れちゃったんじゃないかな」
「うーん。確かにすごい戦いだったからな……」
そんな会話をしていると部屋のドアをノックする音がして、ロザリーが入ってくる。
「勇者はまだ目覚めないのか」
ベッドの上の聖哉を見て、開口一番そう言う。
ロザリーに会うのは二日振りだった。父親の葬儀は勿論、イライザの残党の後始末、次期帝位後継者としての申し合わせ……ロザリーにはやることが多々あったのだ。
それにしてもロザリーとしては心中複雑だと思う。聖哉は父親を死に追いやった相手なのだ。起きたら一体何を言うつもりなのだろうとハラハラしていると、ロザリーが不意に口を開く。
「きっと……私は強い父ではなく、優しい父が好きだったのだろうと思う」
ロザリーは純粋な眼差しで眠る聖哉を眺めていた。
「父の最後の時、その手を取らなければ、私はこれから先、一生後悔するところだった。今際の際、父を看取れと言ってくれた勇者には感謝している」
そして私達に視線を移すと笑顔を見せる。
「いくらでも好きなだけ城にいていい」
そう言った後、ロザリーは部屋を出て行った。
「ねえ、リスたん。ロザリーさん、ちょっと変わったね?」
「そうね。色々あったものね。少し大人になったのかも知れないわね」
「ってかロザリーって次の王……ってか女帝なんだろ? すげーよな」
「今の彼女なら、いい君主になるんじゃないかしら」
そして私は二人に笑顔を向けた。
「ロザリーも好きなだけ滞在していいって言ってくれてるし……ねぇ、マッシュ、エルルちゃん。帝都で遊んできたら?」
私の提案に二人共、ビックリする。
「ええっ!? 聖哉くんがこんな状態なのに!?」
「フフ! こんな状態だからよ! 聖哉が起きればまた修行やら戦闘やらで忙しくなるわ! 遊ぶなら今のうちよ!」
「そ、そうかも知れねえけどよ……」
「カジノ……行きたいんでしょ?」
ウリウリとそそのかすと、少年少女は頬を赤らめ、気まずそうにコクリと頷いた。
「行ってらっしゃい! この修行オタクが起きる前に!」
「り……リスタ……」
「いいのよ、マッシュ! 私に任せて! たとえ、このクソ真面目慎重勇者が起きたとしても私が上手く言っておくから!」
「り、リスたん……」
「どうしたの、エルルちゃん! 暗い顔して! 聖哉が怒らないか心配してるのね! 大丈夫よ! 何てったって私は女神、聖哉は人間! 主従関係で言えば私の方が上! そう、いわば家来みたいなものよ!」
寝ているのをいいことに私は余裕でまくし立てていた。しかし、どうも二人の様子がおかしい。
「ち、違うよ、リスタ……」
「リスたん……う、後ろ……」
「は?」
恐る恐る振り返ると、
「……誰が家来だ」
聖哉は起き上がり、私の背後で腕を組んで仁王立ちしていた。
「ぴぎいいいいっ!?」
YABEEEEEEEE!! な、な、殴られる!! 殴られて蹴られて、乳、潰されるうううううう!!
だが意外にも聖哉は私に何もせず、ベッドに腰を下ろした。
――あれ? 攻撃してこない? そ、そんなバカな! きっと後でボコスカやるつもりなんだわ!
「お前達が此処に集まっていたのは都合が良い。それでは早速、魔王戦に向けて、これからのプランを話しておこうと思う……」
聖哉が話しかけたので、私は大きく手を叩く。
「はい、みんな注目!! 聖哉様がお話しになられるわよ!!」
勇者に媚びへつらう私をマッシュが怪訝な表情で眺めていた。
「なぁ、リスタ……カジノは?」
「ハァ!? この大事な時に何がカジノよ!! マッシュったら脳味噌までキノコで出来てるの!?」
「で、でもリスたん、さっきは遊びに行っていいって……」
「バカおっしゃい!! 言ってません、そんなこと!! 一言たりとも!!」
うそぶく私に二人の冷たい視線が突き刺さる。だが、私としても必死だった。もう二度と乳など潰されたくない。
「……どうでもいい。それより話を続けるぞ。正直、戦帝との戦いは間一髪の勝利だった。これは大いに反省するところだ。次の魔王戦では、もっともっと修行してから臨まねばならん」
予想通りと言えば予想通りの展開に、だが安心したのは私だけではないと思う。マッシュとエルルも心なしかホッとした顔をしていた。
うん。まぁ聖哉のことだから、このままいきなり魔王城に殴り込みに行くなんてことは絶対にないとは思っていたけど……。
私は大きく頷き、賛成の意を示す。
「ええ! もう聖哉の好きなだけ修行して! 魔王がチェイン・ディストラクションなんていう恐ろしい魔導具を持ってるなら、きっとイシスター様だって天上界の長期滞在を許してくれる筈よ!」
「うむ。では……」
聖哉は立ち上がろうとした。マッシュもエルルも言われなくとも道具袋を手に取る。そして私は天界の門を開く準備をしようとした。
だが……聖哉は、もう一度ベッドに腰を下ろした。
「まぁ……それは少し後にするか。たまにはゆっくり羽を休めるとしよう」
「「「え」」」
私達は同時にポカンと口を開く。その後、狐に摘まれたような気分で聖哉を見詰める。
「せ、聖哉? 今なんて?」
「だから少し休もうと言ったのだ。考えれば今までずっと修行と戦闘ばかりに明け暮れていた。正直、少し疲れた」
「そ、そう。それで羽を休めるって……二時間くらい?」
「いや。二、三日くらいゆっくりしても問題なかろう」
「そ、そんなに……!」
マッシュがおずおずと口を開く。
「じ、じゃあその間、遊んじゃったりしてもいいのか?」
「無論、自由だ」
エルルが上目遣いに聞く。
「も、もしかして、カジノなんかも行っていいの?」
「うむ。行きたければ行ってこい」
「うわあっ!! やったあっ!!」
飛び跳ねて喜ぶエルルとマッシュ。興奮したエルルは聖哉の腕にしがみつく。
「ねえ、ねえ!! 聖哉くんもたまには一緒に遊ぼうよ!?」
聖哉は、だがいつものように冷たく言い放つ。
「俺は合成に使う材料をもっとじっくり調べたい」
「そ、そっか! そーだよね!」
少し顔を曇らしたエルル。少しの沈黙の後、聖哉は目線を下に向けてぼそりと言う。
「いや……そうだな。たまには……遊ぶか」
「「ええええええええええ!?」」
マッシュと私は同時に叫ぶ。
『遊ぶ』!? 『遊ぶ』ですって!? そんな単語がこの勇者の口から出るなんて!?
聖哉は立ち上がり、私達に言う。
「夕方には此処に戻る。それからみんなで遊びに出掛けるとしよう」
一旦、聖哉と別れ、三人になった私達は城を出て、帝都オルフェを歩いていた。
「いやぁー! まさか師匠がああいうこと言うなんてな!」
「ねーっ! ビックリだよね!」
喜び合う二人。城では人目を気にして、私は今までずっと黙っていたのだが、
「……ふふふ……くくくくく……」
腹の底から笑いが込み上げてくる。遂に私はそれを解放した。
「ヒャーーーッハッハッハーーーーーーッ!!」
大股で両手を天にかざして叫ぶと少年少女が体をビクリと震わせた。
「ど、ど、どうしたんだよ、リスタ!?」
「何だか怖いよ、リスたんっ!!」
「だってだってだって!! これが喜ばずにいられる!? あの
「閑話……何だよ、ソレ?」
「あら、知らないの、マッシュ? 普通、冒険では必ず『閑話休題』ってのがあるの! 海とか山とか川とか温泉とか水着とか、ちょいエロとか……そういう脳がユルむ展開があるものなのよ!」
「の、『脳がユルむ』……そんなことがあるのか……」
「そうよ! なのに私達ときたら、修行修行、戦闘戦闘! もう嫌気がさしてたの! ってことで二人共!! 今日はハジけるわよー!!」
「なら、早速カジノでも行くか!」
意気揚々と声を上げたマッシュだが、私は指をチッチッと動かす。
「カジノといえば夜でしょ。それにメインディッシュは聖哉が来てからよ。それまでは軽く肩慣らししましょ!」
そして私はエルルの服装を眺める。
「な、何? リスたん?」
「エルルちゃん。女の子が遊びに行くのにそんなモッサリしたローブなんか着てちゃあダメよ」
「うん……でも私、着るものこれしか持ってないから……」
私は少女の肩をバンと叩く。
「手持ちは結構あるわ!! 今から好きな服を買いに行きましょう!!」
「えーーー!! いいのーーーっ!?」
「勿論!! マッシュも行くわよ!! 格好いい服、選んであげる!!」
「マジか!! やった!!」
私は天に拳を振り上げながら叫ぶ。
「脳を!! ユルませていこうぜええええええ!!」
「「おうっ!!」」
大通りの一角にその服屋はあった。店内には三十代くらいの女主人が立っていて「いらっしゃいませ」と私達に頭を下げた。
「うわぁ、これカワイイなぁーっ!」
「この革の服もかっこいいぞ!」
二人共、陳列された服に興味津々である。それもその筈。大抵の町の服屋には、質素な服や民族衣装のような服しかないのだが、此処は帝都。それなりにオシャレな服が置いてある。
ふと私は隅のコーナーが気になった。一見、下着のようだがよく見ると、水で透けない特殊な生地を使っているようだ。
「あら、コレ……ひょっとして水着?」
海はここから遠い筈なのに、こんなの売ってるなんて?
女主人に聞くと彼女はニコリと微笑んだ。
「それはオルフェにある温泉用の水着なんです」
「ええっ!! 温泉なんかあるの!?」
「オルフェの温泉は有名ですよ。男女混合の大浴場は帝国外からも訪れる人が多いんです」
男女混合……つまり、混浴!! ってことは、聖哉と一緒に湯船に……!?
はぁはぁはぁはぁ。私は人知れず呼吸を荒くした。
――ヤバい……! 脳が……脳がユルまる……!
私は服よりも水着に注目して、似合うのがないか、もくもくと探し始めた。
「ねぇ、リスたん、何してるのー?」
エルルとマッシュが近寄ってくる。
「水着! 温泉があるんだって! 二人も好きなの選んでいいわよ!」
そして三人で水着を物色する。聖哉の世界で言うところのビキニタイプ、セパレートタイプ等、それなりに種類は多いが、いかんせんデザインがダサい。
ちなみに天上界の服屋は地上の流行最先端の更にその先。素晴らしいとしか言いようのない服が並んでいる。対して、この世界ゲアブランデは剣と魔法の発展途上世界。致し方ないことなのだが、私から見れば落差がすごい。
「ロクな水着がないけど……ま、何とかマシなのを選びましょ」
そう言った瞬間、女店主が私のすぐ近くにいたことに気付く。
――う、うわ! 聞かれたかしら?
だがニコニコと微笑んでいる。よかった。聞かれてはいなかったようだ。
女店主はエルルに近付くと桃色の水着を見せた。
「上下が分かれた『セパレートタイプの水着』です。お客様にきっとお似合いですよ」
そしてエルルの服の上から合わせてみる。
「うん、うんっ! カワイイ! コレ、いいかもーっ!」
確かに悪くはないわね。まぁこの店の水着の中では頑張ってる方かしら。
そんな風に上から目線で見ていると、女店主が私に近寄ってくる。
「お客様にはコレなど如何でしょう?」
そして店主はパンティーみたいなアンダーの水着だけ私に渡した。
「え? いや、あの……ブラの部分は?」
「ありません。ブラの部分を省いた『トップレスタイプの水着』です」
そしてニヤリと口元を歪ませる。
「お客様にきっとお似合いですよ」
こ、この女……! やっぱり私がバカにしたの、聞いてやがったのね!
露骨な嫌がらせに私は憤る。
「いやコレ、水着の意味ないよね!? 乳ボローン、なるよね!?」
「お気に召しませんか。なら、仕方ないですね。コレなど如何でしょう……」
そして取り出した水着のブラは、片方に布地があるだけで、もう片方はヒモだけだった。
「『片乳タイプの水着』です。お似合いですよ」
私は差し出された水着を払いのけた。
「似合うか、こんなもん!! わしゃ、痴女か!? ああ!?」
「そうですか? お洒落ですよ?」
「一体どの辺がお洒落なんだよ!!」
「ホラ、目が悪い訳でもないのに眼帯付けて片目みたいな演出したりする人いるでしょう? それと同じ感覚です」
「眼帯コスプレと一緒にすんじゃねーよ!! 片目隠してる奴はいるけど、片乳出してる奴なんか見たことねえわ!!」
「お、落ち着けよ、リスタ! 女神なのにヤカラみたいな口調になってるぞ!」
「だ、だってこの女が変な水着ばっか勧めてくるんだもん!!」
「『アンダーレスタイプの水着』もありますよ。如何でしょう?」
「!! それとトップレスタイプの水着と合わせたら、全裸だよね!? ……もういいわ!! 自分で探すから!! マッシュ!! アンタは聖哉の水着、選んで!!」
「あら、その聖哉さんって方、ひょっとしてアナタの彼氏だったり?」
「そうよ! 彼氏よ!」
「り、リスたん……! 違うでしょ……!」
「なら、アナタの素敵な彼氏さんにはこの『前開きタイプの水着』などがよろしいかと……」
下卑た笑いを浮かべる女店主が出したのは、股間の部分が大きく裂けた男性用水着だった。
「う、うわ……!」
エルルが顔を赤らめ、
「こりゃあ、いくら何でも酷すぎるぜ!」
マッシュが憤ったが、私は懐から金貨の入った小袋を出した。
「……おいくらかしら?」
「「「!! 買うの!?」」」
マッシュ、エルルは勿論、女店主でさえ驚いていたが、私がこの水着購入に至った動機は極めてシンプルだった。
だって、こんなの履いたら聖哉のぞうさんが全開パォーンになって……はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ……!
更に私は投げ捨てた片乳タイプの水着も一緒に店主に差し出す。
「これもついでに頂きましょう。よくよく考えれば、これはこれで夜、使えるわ」
「よ、夜、使う? リスタ! 一体どういう意味だよ?」
「子供は深く考えなくていいのよ」
女店主は肩をすくめ、大きく息を吐いた。
「まさか……泥酔しながら白目で作ったその水着を買う人がいるなんてね……」
そして私に手を差し出す。
「私の負けよ。片乳と前開きの『お笑い水着セット』……セット料金でお安くしておくわ」
「ありがとう」
私達は熱い握手を交わす。和やかな雰囲気となった店内で、エルル、マッシュの水着、そして服も調達した後、私達は服屋を出たのだった。
その後。ウィンドウショッピングの気分で帝都をブラブラする。聖哉が行くと言っていた道具屋も遠目から眺めてみたが、聖哉はいないようだった。もう既に城に着いて合成しているのかも知れない。
歩いていると市場があったので寄ってみる。遊び終わった後、部屋で飲み食いする為の食材もそこで買った。
そうこうするうちに日が落ちてくる。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか!」
両手に買い物袋を持って私達はホクホクしながら城へと向かった。
歩きながら私は今夜のプランを練る。
……まずはカジノに繰り出して遊んだ後、酒場に寄って、ほろ酔い気分で温泉に行く! そ、そしてその後はお子様二人を寝かせて……私は聖哉とウハヒヒヒヒヒ! い、いーもんね! 今日の私は脳がユルみにユルんでるのよ! それにヴァルキュレ様だって同じことしてたんだもん! 文句なんて言わせないわよ!
城の衛兵達に、
「ヘーイ! 勤務ごくろうさん!」
快活に声を掛け、城内を闊歩する。
やがて聖哉の部屋に辿り着くや、
「ハッロー! 聖哉、お待たせ!! さぁ、レッツ・パーリィよ!!」
叫ぶが聖哉は部屋にいなかった。
「あれ? 聖哉、トイレかしら?」
「ってか、まだ合成の買い物してるんじゃないか?」
「じゃあ此処で待ってましょ」
そして、待つこと一時間。窓から見える景色が徐々に暗くなっていく。
「夕方って言ってたわよね? 聖哉って時間厳守なイメージあったんだけど……」
「うーん。買い物に熱中してるんじゃないかなーっ? きっともうすぐ帰ってくるよ!」
「そっか! そうよね!」
だが、更に三十分経ち……
一時間が過ぎ……
いつまで待っても勇者は帰って来なかった。
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