第百四十四章 胸の数

 ロザリーに対する虐待のような修行は数時間に及んだ。情け容赦のない聖哉の攻撃でロザリーの服はボロボロ。何度も弾き飛ばされたり、地面に伏せたりするが、どうにかこうにか立ち上がり続ける。


「い、いつまでやるのかしら」


 それでもロザリーは艶っぽい表情で切ない声を漏らしていた。何だか妙な感じがして私は気が気ではない。そんな折、セルセウスがぼそりと呟く。


「それにしてもロザリー、気絶しなくなったなあ」

「え……」


 言われて気付く。攻撃される度に悶絶してブッ倒れては、聖哉が水を掛け無理矢理起こしていたのだが、そんな光景はいつしか見られなくなっていた。


「もしかして!」


 私はロザリーに対して、能力透視を発動してみる。



 

 ロザリー=ロズガルド

 Lv70

 HP141493 MP9900

 攻撃力179144 防御力186574 素早さ168169 魔力860 成長度78

 耐性 火・水・氷・闇・毒・麻痺

 特殊スキル 闇の加護(Lv9)

 特技 暗黒刺突ダーカー・スラスト

 性格 直情的




 確か以前見た時、レベルは70に満たなかったと記憶している。どうも体力や防御力に特化して増えているようだ。


 ――この短時間で! 虐待っぽかったけど、何だかんだで効率は良かったんだ!


 事実、ロザリーも耐久力の付いたことを実感しているのだろう。聖哉の攻撃を受けつつ、独りごちるように呟く。


「勇者様の修行は凄い! みるみる力が向上していくのが分かる!」


 そして目を血走らせながら「あぁん、もっともっとぉ!」とせがんだり、犬のように「ハッハッハッ!」と呼吸を荒くしている……って、だからコレ、アブノーマルな感じがするんですけど!


 しかし、興奮するロザリーとは逆に、聖哉は冷めた顔で持っていた木刀をセルセウスに投げつけた。


「今日の修行は此処までだ」

「ま、まだ私はやれる! もっと……もっと強くぶってェ!」

「!! ロザリー!?」

「お前にばかり構ってはいられん。俺には俺の修行があるからな」

「そ、そうか……」


 我に返りしょぼくれるロザリーだったが、ようやく修行は一段落ついたようだ。聖哉が胸元から紙の束を出して何やら眺め始める。


「ねえ聖哉。それは?」

「次の修行に相応しい冥界の者を何名かピックアップして書き込んである。だが待て。もう少し、吟味する」


 そう言って聖哉は一人、紙の束とにらめっこを始めた。私にとってはさほど珍しい光景ではないが、ロザリーはしきりに感心していた。


「流石、勇者様! 何をするにも入念だ!」


 すると、ふとセルセウスが私にジト目を向けていることに気付く。


「……何よ?」

「リスタ。お前って担当女神なのに何にもしないのな。修業先だって聖哉さん、自分で決めてるし」

「わ、私だってそれなりにリサーチしてるんだから!」

「たとえば?」

「いい? 冥界には嵐を操る者がいるらしいの! その技を身につければ、聖哉はもっとパワーアップする筈よ!」


 ウノと雑談している間に得たなけなしの情報だった。しかし聖哉は首を横に振る。


「どうもお前は本末転倒している。まず最初に、今後の敵を想定し『身に付けたい技』を考える。冥界の者を探すのはそれからだ」

「じゃ、じゃあ聖哉が身に付けたい技って何なのよ?」

「仕方ない。見せてやろう」


 フンと鼻を鳴らすと聖哉は懐から新たな紙の束を取り出した。ロザリーとセルセウスが唸る。


「全てが女神より先んじている! まさに真の勇者だ!」

「勝つ為の準備にも無駄がないって訳か。イシスター様やアリア殿が認めるトップクラスの勇者ってのも頷けるな」


 ぐっ! 反論出来ない! やっぱり聖哉ってとんでもなく凄い勇者なのよね……!

 

 私もそう思いながら聖哉に渡されたリストに書かれている『身に付けたい技』を見て、驚愕する。




『気付かないうちに病気にさせる』

『食事に毒を盛る』

『寝ている間に爆弾を仕掛ける』

『こっそり呪いをかける』

『背後から人知れず近付き、喉を掻き切る』




「!? 全然、勇者っぽくねえけど!!」

「勇者っぽいも勇者っぽくないもあるか。安全に神竜王を葬る為の戦略だろうが」

「だからって陰険というか何というか……」


 だがロザリーは感極まったように叫ぶ。


「素晴らしい! 最高だ!」

「えええええ……最高かなあ? うん……まぁこれで神竜王を倒せるのならいいんだけどさあ……」


 しばらく二つのリストを交互に見詰めていた聖哉は、やがて一人納得したように深く頷いた。


「よし。やはり今回の修業先は此処にしよう」

「どうやら決まったみたいね。それで一体何処でどんな技を身に付けるつもりなの?」

「先程見せたリストで言えば『背後から人知れず近付き、喉を掻き切る』の項目に該当する。ルシファも使えない現状――更に負った傷は治せないという聖剣イグザシオンに対抗するには、もはや神竜王にこっそり近付き喉を掻き切るしか選択肢はあるまい」

「い、いや選択肢は他にも色々あると思うけど……!」

「聞く話によれば、冥界の泉に住むスラウリという奴は自らの体を透明にするという」

「!! じゃあ聖哉、透明人間になろうっての!?」

「そうだ。昔、神界でラスティに変化の術を習った時、体を透明にするのは無理だと言われた。しかし冥界ではそれも可能という訳だ」


 聖哉はイクスフォリアでグランドレオン攻略に於いて、ラスティ様の技を習得し、自らを獣人に変化させた。私も魚人にさせられたが、それというのもそもそも透明化出来ないという制約があったからだ。


「透明になり、マッシュの背後から近付き、喉をこっそり掻き切ってやる」

「か、完璧だっ!! 勇者様、素敵です!!」

「……」


 私が言葉を失っていると、聖哉は一人歩き出した。だがしばらくして私達を振り返る。


「全員付いてこい。今回はリスタ、セルセウス……そして出来るならロザリーにもマスターして貰う」






 聖哉の後を続いて歩き、私達は今、鬱蒼とした森の中にいた。此処は、冥王の住む六道宮がある冥界の中心部からかなり離れた場所で、辺りには食虫植物のような草木や、幹に人間のような顔のある樹木が生い茂り、不気味極まりない。それでも聖哉は普段通り淡々とした面持ちでずんずんと進んでいる。


「ふうふう……一体何処まで行くんだよ」


 最後尾のセルセウスが汗を掻きながら小声でぼやいた。手ぶらの私やロザリーと違い、セルセウスの両手には青色の液体の入った大きなバケツがある。私は聖哉に近寄り聞いてみた。


「あのバケツって?」

「聞き込みで得られたスラウリの情報は少なかった。だが透明を特質としている以上、最初から姿が見えないことが推測される。そして出会い頭『透明化を教えて欲しければ、まず俺の本体を見破ってみろ』などと言ってくる可能性がある。そこで姿をあぶり出す為にあらかじめペンキを持って行くのだ」


 聖哉らしく先読みしているようだ。確かにそういう可能性もあるのかも知れない。そのことをセルセウスに伝えるも、苦虫を噛み潰したような顔で愚痴る。


「ホントにそんなことあるのかよ。チッ、重いなあ、畜生」

「セルセウス様! 勇者様の言うことを信じましょう!」


 ロザリーが励まし、バケツを一つ持った。そうこうしているとやがて森が開けて、澄んだ色の美しい泉が現れる。


「えっ、綺麗……!」


 冥界はウノ邸を除けば、ほとんどが不気味でおどろおどろしい所である。にも拘わらず、此処は空気も澄んでいてなかなかの景観だ。泉の近くには木造の掘っ立て小屋がある。あれがスラウリという者の家なのだろうか。


「む。誰かいるな」


 聖哉の視線の先には、泉のほとりに腰を下ろし、釣りをしている老人がいた。顔半分隠れるような長い白髪で、同じく白い口ひげ。着物のような服を着て、まるで仙人の風貌だ。だがそれでもやはり冥界の者。お尻の辺りから、ぞろりと黒い尻尾のようなものが生えている。


 私はおそるおそる話し掛けてみる。


「あのー、すいません。私達スラウリって冥界の者を探してるんですけど」

「ヒッヒッヒ。スラウリか。スラウリなら、お前さん達の近くにいるよ」


 や、やっぱり聖哉の言った通り、透明化してるんだわ!


 キョロキョロと背後を窺うが、辺りには気配すら感じない。しばらくして老人は釣り竿を置いた。


「……ワシがスラウリじゃ」


 唐突な台詞にセルセウスが叫ぶ。


「!? いやアンタ、メッチャ見えてんじゃん!!」

「そりゃあそうじゃろ。普段から透明じゃったら生活に困るわい」

「せ、聖哉さんっ! じゃあこのペンキ、やっぱり無駄だったじゃないっすか!」

「無駄ではない」


 聖哉は重いバケツをスラウリの前にごとりと置いた。


「手みやげだ。このペンキをお前にくれてやろう。あの小屋でも青く塗るが良い」

「す、素晴らしい! やること為すこと、全く持って無駄がない!」


 ロザリーは感心していたが、スラウリは戸惑っていた。


「あのワシ、ペンキとか全然いらんけど……。そもそも何で住み慣れた小屋を真っ青に染めにゃあならんの……?」


 !? やっぱり無駄じゃんか!! もう、負けずぎらいなんだから!!


 だが聖哉の頭からは、ペンキやセルセウスのことなどとっくに消え失せているらしい。ただ訝しげにスラウリを見詰めている。


「それより本当にお前はスラウリか? 透明になって証明してみろ」

「疑い深いお人じゃのう。では見ているが良い」


 スラウリは「ふぅー」と大きく深呼吸をした後、しわがれた両手をゆっくり合わせた。瞬間、スラウリの体が忽然と私達の視界から消える!


「き、消えたわ! 本当に!」

「……声だけが聞こえるじゃろう。これがワシの特技、透明化じゃ」

 

 スラウリの声のする方に視線を向けても姿が全く見えない。人間より感覚の優れている私だが、気配すら感じなかった。喋らなければ、そこにいることすら認識出来ない。


「ほう。予想通り便利な能力だ。これは是非、習得しておきたい」

「ヒッヒ。ワシの透明化は完璧。肉眼では決して見ることは出来ん。会得すればきっと冒険の役に立つじゃろうて」

「効果は分かった。元の姿に戻れ」


 しかしスラウリは透明のまま、自慢げに語り続けていた。


「ヒッヒッヒ。お主らにはワシが今、一体何処におるのか皆目見当も付かんじゃろう……って熱い熱い熱い熱い!?」


 空間から突然、煙が立ち上る! そしてスラウリは姿を現した! 胸元がくすぶり、着物が燃えている! 


「ええっ!? 何でいきなり燃えてるの!?」

 

 驚いて叫ぶが、理由はすぐに分かった。スラウリの胸元から火のトカゲが飛び出し、聖哉の体を伝って肩に乗ったからだ。


「火炎魔法で作った火トカゲだ。スラウリに出会った時、前もってこれを胸元に忍ばせておいたのだ」

「ど、どうしてそんなことすんの?」

「『やはり気が変わった』などと言って透明のまま姿をくらまされては厄介だからな」

「む、無茶苦茶するのう、お主……! 冥王様にも言われておる。お主らの頼みを無下に断りはせんよ……しかし……うぅっ、熱かったわい……」


 森の中で隠遁生活をしているようだが、それでも私達の話は聞いているらしい。スラウリはパンパンと胸の煤を払うと、白髪に隠れたぎょろりとした目を見開いた。


「じゃが、取引はして貰うぞい!」

「フン。冥界の者が欲しいものは分かっている。神の羞恥心――つまりHP恥ずかしみポイントだろう」

「ヒッヒヒ。話が早いのう。じゃが、そんじょそこらのHPではワシは取引には応じんぞ」

 

 すると聖哉は私の方に歩み寄ってきた。真剣な顔で私と向かい合う。


「リスタ。協力して貰うぞ」

「きょ、協力って!?」

「お前のHPを手っ取り早くスラウリに与える」


 聖哉は屈み込んで、いきなり私のドレスの裾を握ってきた!


 ――ひっ!? ま、まさかパンチラとかさせる気じゃないわよね!?


 予想通り、バサッとドレスの裾がまくし上げられる!


「やだぁっ!」


 昔、日本のことを知る為に読んだラブコメ漫画のように、私は可愛く叫んだ。だがその途端、


 ……ずるり。


 妙な感覚。そして私の下半身は何やらスースーとした。


「へ?」


 視線を下に向ける。すると……聖哉はドレスの裾をまくし上げたまま、私のパンツを足首までズリ下げていた!


「!? いやコレ『やだぁっ』どころの騒ぎじゃねえええええ!! 一体全体何してくれてんだ、お前ええええええええええええええええ!!」


 パンツを上げながら私は絶叫する。セルセウスがヒュゥと口笛を鳴らした。


「いきなり女神のパンツを下ろすなんて……聖哉さん、すっげえな!」

「ああ、全く躊躇いがない! とんでもない勇者だ!」

「パンツ下ろして何が『勇者』だよ!! 『とんでもない犯罪者』なだけだろがああああああ!!」


 スラウリも呆気に取られたような表情をして呟く。


「た、確かに予想外じゃったわい。どうせ胸チラとかパンチラなんかが来るとばかり思っていたら、いきなりあんなモロが来るとは……」


 ま、ま、マジで信じらんない!! 私の大事なところ、スラウリやセルセウスにまで見られちゃったの!?


「謝れっ!! 謝りなさいよ、聖哉あああああああああああっ!!」


 火山が噴火する勢いで私は聖哉に詰め寄るが、涼しい顔でスルーされる。そして聖哉はスラウリに語りかける。


「どうだ。これでHPが溜まっただろう?」

「うーむ。確かに猛烈な勢いでHPが流れ込んできた。じゃが、今のは老人にはいささか刺激が強すぎる。そもそもワシ好みのHPではなかったのう」


 はあっ!? 大事なところ見せたのに、まるで意味なかったっての!? ゆ、許せん!! もう何だか色々と許せんっ!!


「全く、面倒だな。ならばお前の求めるHPとはどのようなものなのだ?」

「そうじゃのう。もっとこう見えそうで見えない恥ずかしさというか、」

「具体的に言え」


 スラウリは鼻の下を伸ばしながら卑しく笑った。


「ヒヒッ! たとえば服が水に濡れてオッパイが透けているような感じがええのう! それで女子が恥ずかしがっている姿を想像すると興奮するわい! チラリズムというやつじゃの!」

「!? な、何がチラリズムよ!! このマニアックなエロジジイが!!」


 激怒するが何故かセルセウスがうんうんと頷いていた。


「それ分かります!! モロより見えそうで見えない感じの方が興奮しますよね!!」

「!? 何でお前が共感してるんだよ!!」


 憤りの収まらない私はセルセウスの胸ぐらを掴みながら凄むがその時、近くで『ドボーン!』と音がした。


「……は?」


 見ると泉から全身水浸しのロザリーが歩いてくる。薄手の服は水に濡れてスケスケ! 形の良いロザリーの胸がくっきりと見えていた!


「ロザリー!? アンタ、オッパイ、丸見えになっちゃってるわよ!!」

「ゲアブランデを救う為だ! 乳の三つや四つ! 構うものか!」

「!? いや人間オッパイ、四つもねえけど!! 牛じゃないんだから!!」


 しかしスラウリは残念そうに首を振った。


「恥じらいがないとHPも少ない。それにお主は人間じゃろ。神が醸し出すHPに比べて微量すぎるのじゃ」

「ぐっ! 私では勇者様のお役に立てないのか!」


 胸が丸見えなのにも構わず悔しそうに歯ぎしりした後、鬼気迫る形相でロザリーは私に駆けてきた。


「女神様! やはりアナタだ! 早く透け透けになろう!」

「ええええ! や、ヤダよ……!」

「ええい!! 乳の五つや六つ、躊躇うことなどありますかっ!」

「!! オッパイがどんどん増えていく!? せ、聖哉!! 何とか言ってよ!!」


 聖哉は「ふぅ」と溜め息を漏らした。


「バカバカしいこと極まりないが……それでも透明化は今後の捻曲世界攻略に於いて重要。習得は必須だ」

「そ、そんな!!」

「……ロザリー。ゴーだ」

「かしこまりました、勇者様!」

「ちょ、ちょっと待ってええええええええええ……って、ぐへぇっ!?」


 聖哉の指示通り、ロザリーは私に体当たり。私は泉へと放り込まれたのだった。

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