第百六十四章 良い拉致
「前のイクスフォリアでは属性の違う魔法を使う際、職業転換しなければならなかった。故にまずは洗礼の出来る者を探したかったのだ」
聖哉の言う通りイクスフォリアはゲアブランデより魔法体系が細分化された世界だった。そして捻曲世界となってもおそらくその部分は変わっていない筈。
「で、でも! どうしてこの人が職業転換出来るって分かるの?」
聖哉は、無言で苦しそうに唸る年配の男の背後に回り、猿ぐつわを取った。
「テメー、此処は何処だ! ふざけやがって! ブッ殺すぞ!」
手足はまだ縛られているが、口が自由になった途端、男は歯の抜けた口から激しく悪態を吐いた。セルセウスは怖がっていたが、聖哉はまるで動じず男を見据えている。
「以前のイクスフォリアでこの歯抜けの男に職業転換して貰ったことを覚えている。故に捻れた世界でも同じスキルを持っている可能性は高いと思った」
「え……?」
「誰が歯抜けだ、テメーッ!!」
顔を真っ赤にして怒る男の顔をまじまじと見る。ほ、本当だわ! 確かに見覚えがある!
「え、えーと。アナタは……エンゾさん……でしたっけ?」
「ああ!? 何で俺のことを知ってんだ、このアマ!!」
私の記憶は正しかったらしい。まぁ、聖哉を召喚して二度目となったイクスフォリアの記憶が、ゲアブランデの時より鮮明なのは当然だろう。
「ってか、そもそも聖哉って、自分で職業転換出来てなかったっけ?」
「うむ。だが捻曲ゲアブランデ攻略でお前に召喚された時には、やり方を忘れてしまっていた」
「そーなんだ」
「他にも忘れた技と覚えている技がある。その境界線が曖昧なのだ」
「破壊術式とかステイト・バーサークなんかは魂に刻まれてるんじゃなかったっけ? だから覚えてるんでしょ?」
「しかし、前回は忘れていたアデネラの連撃剣は今回覚えていた」
「ああ……捻曲ゲアブランデでも使ってたもんね。それはまぁ、あれじゃない。何回か練習してるうちに魂が覚えちゃったとか?」
「そうかも知れん。だが或いは……」
聖哉はアゴに手を当てて思案しかけていたが、エンゾが聖哉を血走った目で見上げながら叫んだ。
「さっきから何を意味の分かんねえことくっちゃべってやがんだ!! さっさと俺をガルバノに戻せ、ボケ!!」
「お、おい。このオッサン、めっちゃキレてるぜ」
セルセウスが言うように、エンゾは手足が自由なら殴りかかってきそうな勢いだ。私が知っているエンゾよりずっと態度が悪い。これも捻曲世界の影響なのだろう。そんなエンゾに聖哉は向き合うようにして話し掛ける。
「おい。お前は職業を変えることが出来るか?」
「ケッ! 俺が洗礼者だって情報を仕入れて、さらったって訳か!」
「そうだ。協力してくれたらこれをやる」
聖哉は道具袋からセルセウスの角を取り出した。今までの異世界で高値で取引された品である。だが、エンゾは眉間にきつくシワを寄せた。
「何だそりゃあ!! いらねえよ、そんなもん!!」
「何だと。魔神の角はイクスフォリアでは価値がないのか?」
「バカが! 回復薬一つと交換も出来ねえや!」
少しの沈黙の後、聖哉はセルセウスの角をセルセウス自身に放り投げる。
「……捨てておけ」
「!? 聖哉さん、ひどいっす!!」
せ、せっかく頑張って折ったのに!! 流石にセルセウスが可哀想!!
私はセルセウスに哀れみの目を向けるが、エンゾはそんな私に話し掛けてきた。
「おうおう。そこのねーちゃんよぉ」
「へっ!? な、何!?」
「アンタが一発やらせてくれたら考えねえでもねえぜ」
「い、い、一発っ!? 女神に対して何て口をきくの!! そもそも私そんな軽い女じゃないんだから!!」
「どうだかなあ。男好きですぐに股開きそうな顔してんじゃねえかよ。ひっひっひ!」
「!? 残りの歯も全部引っこ抜くぞ、クソジジィ!!」
「いや、リスタ。お前ちょっと落ち着けよ……」
セルセウスに窘められて我に返る。はっ!? 上位女神の私が何て暴言を!! そもそも私が、捻曲世界の住人に危害を加えるなって聖哉に言ったんでしょうが!!
胸に手を当てて深呼吸。咳払いした後、私はエンゾに優しく語り掛ける。
「良いですか。私は治癒の女神リスタルテ。いきなり連れてこられて憤るのは分かります。しかしまずは落ち着いて私達の話を聞いてください」
「けっ。急に分かりやすくカマトトぶりやがって。なぁにが女神だ。娼婦の間違いだろ」
「オォイ!! テメー今、なんつった!?」
「ホラ見ろ。すぐに地が出やがる。育ちの悪さが滲み出てんだよ。けっけけけ」
「あぁコラ!? 何笑ってんだお前コラ!! おぅコラ!? ちっと痛い目みねえと分かんねえのか、おいコラ!!」
「やめろってリスタ。女神がそんなコラコラ言うなよ。引くわー……」
「だってよォ、このジジイがよォーーーッ!!」
憤懣やる方ない私の肩に聖哉がポンと手を置いた。
せ、聖哉? もしかして……私の代わりに怒ってくれるの……?
だが聖哉はそのまま手を勢いよく後ろに引く。レベルマックスの勇者の力で私は後方二回宙返りして、顔から地面に落下した。
「何してくれとんじゃ、お前はああああああああああああ!!」
土の付いた顔を擦りながら叫ぶ。そんな私をスルーして、聖哉は無言でエンゾをずるずると引っ張り、近くにあった大きな巨木に近付いていく。そして、その木に縄でエンゾの体を括り付けた。
「もう一度言う。俺に職業転換のやり方を教えろ。さもなくば……」
「ま、まさか俺を拷問でもしようってのか!?」
「ええええっ!? 聖哉!! 腹の立つオッサンだけど拷問は流石に!!」
「出来る限り、捻曲世界の人間を傷付けないと言ったろう。拷問などしない」
私もセルセウスも安堵の表情を見せ、エンゾもにやりと口元を緩ませる。だが次の瞬間、エンゾの顔が凍り付く! 聖哉のかざした右手から突然ウネウネと漆黒のミミズのような生物が溢れだしたからだ!
「キッシャアアアアアアアアアアア!」
目のないミミズは小さな口腔から乱杭歯を剥き出して奇声を発していた。セルセウスが震える手で指さす。
「こ、コレって何すか!?」
「闇魔法で作った擬似生物だ」
「一体どうしてこんなグロい生物を!?」
「これを今からエンゾの体内に侵入させる。そうすれば従順になって言うことを聞いてくれるだろう」
「でも聖哉! そんな技、いつの間に?」
「捻曲ゲアブランデ攻略の際、ナトススに闇魔法を教わったろう。あの時は使う必要が無かったので使わなかったがな」
そうして聖哉は一匹のミミズを持ったままエンゾに近付く。怯えるエンゾの耳元で聖哉が言う。
「いくぞ。『
「!? いや待って!! 名前に『デス』付いてっけど!?」
「姿形がデスミミズっぽいからそう名付けただけだ。死んだりはしない」
た、確かに前のイクスフォリアで私が無理矢理食べさせられたデスミミズに似てる! うっぷ! 余計、気味悪くなってきたわ!
「や、やめろよオイ! 冗談だろ!」
先程まで悪態を吐いていたエンゾも「キシャアア」と暴れるミミズを見て、顔を蒼白にさせていた。それでも聖哉はジタバタもがくエンゾの右耳に手を近づける! 聖哉の手から意志を持った闇のミミズがニュルリと耳の中に入っていく!
「ひいっ!! 俺、こういうのダメなんだよ!!」
「わ、私もよ!! おげえっ!!」
セルセウスが目を塞ぎ、私は口に手を当て、そしてエンゾは血走った目で絶叫する!
「ぐわあああああああああああああああ!!」
「せ、聖哉!! エンゾさん、大丈夫!?」
「全く心配ない。大丈夫だ」
「ごぐあああああああああ!! げぶうううううおおおおおお!! ほっわちゃああああああああ!!」
「!! いやホントに大丈夫なの!? 尋常じゃない叫び声あげてっけど!!」
十秒後。エンゾはおとなしくなって、がくりと頭を垂れた。聖哉は頷くとエンゾの耳元で囁く。
「おい。自分の名前は言えるか?」
「エンゾ……です」
「よし。まずは俺の職業を火属性の魔法戦士から土属性へと変えてくれ」
「へい。分かりやした……」
胡乱な目ながらも、エンゾは快く了承した。
「ま、まるで催眠状態ね……」
あれだけ渋っていたのに、言われるままにエンゾは聖哉に職業転換を施す。聖哉の体が発光し、土属性の魔法戦士のビジュアルとなった。私的に何だか懐かしい格好になった聖哉は、すぐに右手から土蛇を発生させていた。
「あっ、土蛇! これも懐かしいわね!」
「ミミズに続いて蛇かよ。何か不気味だなあ」
「大丈夫よ、セルセウス! ミミズはともかく土蛇はそんなことない! 胸元に忍びこんだり、股ぐらに隠れたりして私達を守ってくれるの! まぁ、たまに皮膚を切り裂く勢いで噛み付いてくるけど!」
「!? 信じられないくらい不気味で危険じゃねえか!!」
セルセウスと話している間にも、聖哉はエンゾに言って何度か自らの属性を変えていた。やがて拳を握りしめて呟く。
「よし。職業転換は覚えた」
「もう一人で出来るようになったんだ。相変わらず学習が早いわね」
「実際、覚えたというか、思い出したような感覚だがな」
「ならエンゾさんを元の世界に帰してあげるの?」
「いや。むしろこれからが本番だ。イクスフォリアの現状について知っていることを教えて貰う。この状態なら嘘の情報を教えられる心配もないからな」
「ってか、聖哉。今更だけどやっぱ良くないんじゃない? 拉致して無理やり情報聞き出すなんてさ……」
「リスタ。世の中には良い拉致と悪い拉致がある。そして、これは良い拉致だ」
「そっか……いや、良い拉致なんかねえわ!!」
私はエンゾを指さして叫んだ。エンゾはガクガクと体を震わせながら、恐ろしい目付きで聖哉を睨んでいる。
「て、テメー……! 妙なことしやがってよおおおおお……! ぶち殺してやる……!」
「聖哉さん! このオッサン、意識戻ったみたいっすよ! すげえ怒ってる!」
「ふむ。効力が弱まっているな。仕方ない。左耳からもう一匹入れよう。……『デス・コンフェッション』」
「ひぎぃ!? あごぐわあああああああああああああああああああ!!」
うう……何て非人道的なの……! で、でも捻曲イクスフォリアの情報は知りたいし……!
私が葛藤しているうちにエンゾが再度、おとなしくなる。聖哉はそんなエンゾに話し掛けた。
「それではイクスフォリアの大まかな歴史を教えてくれ。現在の文明はどのようにして発達した?」
「今から……三百年前……一人の魔導士がイクスフォリアに魔導文明をもたらしたんでさあ。その天才魔導士はたった一人で現在の魔導技術、魔導機械の基礎を作り上げちまったんでさ……」
「魔導士……? ねえ聖哉、それって?」
「うむ。その魔導士がイクスフォリアが捻れた原因。つまり邪神の化身や仲間であることが推測される」
「魔導士は……天才だったが良い奴じゃあなかった……古代の魔王アルテマイオスを復活させ、魔導技術を使って魔王の力を増幅してイクスフォリアを支配しようとしたんでさあ……」
『魔王アルテマイオス』――その名を聞くと胸が苦しくなる。私の前世であるティアナ姫を含めた聖哉のパーティはアルテマイオスによって全滅。ティアナ姫のお腹の中にいたキリちゃんの命さえも奪われたのだ。
「だけど魔導士には誤算があった……魔王アルテマイオスの力は魔導士の想像よりも強く、完全に制御しきれなかったんでさあ……魔力の増幅されたアルテマイオスは強大な魔導兵器アルテマ・メナスとなって暴走しちまった……」
「アルテマ・メナスって……あ、あれ? エンゾさん?」
そこまで言うとエンゾはがくりと頭を垂れ、それきり喋らなくなってしまった。セルセウスが頬を掻く。
「うーん。話が良いところで止まっちゃいましたね」
「ならば鼻の穴からもう一匹入れよう。……『デス・コンフェッション』」
いや容赦ねえな!! で、でも私も先がものすごく知りたい!! ごめんね、エンゾさん!!
鼻の穴からミミズが入っていく。ビクンビクンと激しく痙攣していたエンゾはやがて落ち着き、話を続ける。
「魔導士はどうにかアルテマ・メナスを弱体化させようとしたんでさあ……そして崇拝する邪神の力を借りて、本体のアルテマ・メナスからアルテマ四種を分かつことに成功したんでさ……」
「アルテマ四種とは何だ?」
「雷獣のアルテマ。動力のアルテマ。呪念のアルテマ。死活のアルテマ――アルテマイオスの力を分かつ宝珠でさあ。それを使って魔導士は弱体化したアルテマ・メナスを何とか封印したんでさあ……」
……その後、エンゾが語った内容によれば、魔導士はアルテマ・メナスを封印する際、相打ちとなり殺されてしまったらしい。それでもアルテマ・メナスの力を完全には抑えきれず、アルテマ・メナスは百年毎に復活してしまうという。イクスフォリアの民はその都度、四種アルテマの力を合わせてアルテマ・メナスを封印してきたというのだ。
「だがこの数十年……魔導力学の発展と共に人の心は乱れちまった。今、各国は己の栄華の為だけにアルテマを保有しているんでさあ。……はとぷっぷ」
「!! はとぷっぷ!?」
エンゾの語尾にびっくりして私は叫ぶ。途端、エンゾは口から泡を吐いて失神した。聖哉がすかさず新しいミミズを入れようとしていたので私はエンゾの前で両手を広げる。
「ストーーーップ!! 聖哉!! 流石にもう止めとこ!!」
「ならば最後にもう一つ。俺達が知っているイクスフォリアと捻曲イクスフォリアに於ける時間の差がどれだけあるかを確認しておきたい」
「そんなの聞かなくても大体分かるじゃない! 三百年前に魔導士が文明をもたらしたんでしょ! なら捻曲イクスフォリアは三百年経った世界よ!」
「おい、リスタ。コイツは誰だ?」
聖哉は気を失っているエンゾを指さしている。私は聖哉にバカにされているのかと思って、不機嫌に言う。
「はぁ? だからエンゾさんでしょ! 捻れたイクスフォリアの!」
「言っていて矛盾を感じないのか? 文明は確かに発達している。だが今回の世界には前のイクスフォリアで俺達が知っていたエンゾが存在しているのだ」
「えっ……い、言われてみれば……。あ、あの……これってつまりどういうこと?」
「捻曲イクスフォリアは少なくとも俺達が知っているイクスフォリアより未来ではないということだ。むしろ……」
そう言いながら聖哉はさりげなくミミズをエンゾの耳に入れた。エンゾが激しく痙攣する。
「エンゾ。最後の質問だ。ターマインという国は存在しているか?」
「ああ……もちろんでさあ」
「ならば、現在のターマインを支配しているのは誰だ?」
「そ、そんなこと一体何の為に聞くのよ……?」
聖哉の質問の意図が汲み取れない。だがエンゾはぼそりと口を開く。
「ターマイン王国の支配者は鋼鉄の女王カーミラ……そして……次期王女のティアナ姫でさあ……」
途端、聖哉の目が鋭く尖る。そして私の心臓はどくんと一つ脈打った。
――ティアナ姫……!? う、嘘!! 捻曲イクスフォリアは前世の私がまだ生きている世界なの……!?
魔導文明が発達していたせいで私は勘違いをしていた。捻れたイクスフォリアは時系列的には未来ではない。むしろ私達が救ったイクスフォリアよりも過去の世界だったのだ。
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