3.救世難度S+ 捻曲ゲアブランデ

第百二十二章 ディヴァイン・カップ

 神々が住まう統一神界の神殿内――大女神イシスター様の部屋に私はいた。皺の刻まれた柔和な表情で優しく私に微笑みかけている。


「リスタルテ。異世界クオルナの救済、ご苦労様でした」

「いえいえ! 今回は難度Dだったんで余裕でした!」

「それでも短期間で次々と異世界救済を成し遂げているのですから、たいしたものです」


 私は照れ笑いした後で尋ねる。


「それでイシスター様。え、と……メルサイスは……?」

「私もあれから常に気を張り巡らせていますが、今のところ動きはありません。過度な心配は無用かと」

「で、ですよね。心配ないですよね……」


 イシスター様に頭を下げてから部屋を出た。神殿内を歩きながら、あの時のことを思い返してみる。


 ……聖哉が最高神ブラーフマ様に強制的に元の世界に帰らされた後、私は聖哉の忠告が気になって数日間、ビクビクしながら過ごした。異世界イクスフォリア支配を影から操っていた邪神であり、かつてはこの統一神界に住んでいたという女神メルサイス。彼女が今日明日にも攻めてくるのではないかと不安だったのだ。だが、何日経ってもその気配はなく、神界は平和そのものだった。


 落ち着いてよくよく考えれば、ブラーフマ様が言っていたように神界には近未来予知の出来るイシスター様を始め、最強の破壊神ヴァルキュレ様、更には時を操るクロノア様だっている。この鉄壁とも言える防御を崩す術など、幾ら考えても私には思い浮かばない。時間が経つにつれて、私の心配は緩和されていった。


 そんな折、上位女神になった私に新たな異世界救済の任務が与えられた。やるかやらないかは自由に選べたのだが、しばらく迷った後で引き受けることにした。あの時、感じたブラーフマ様への不信感……そしてキリコを亡くした消失感……ふとした時に色んな思いが渦巻いてしまう。とにかく、体を無心で動かしていたかったのだ。また、それに加えて、


「リスタルテ様。最奥神ブラーフマ様から、これをアナタにと」

「こ、これは……!」


 最奥神界からの使いの神がくれたのは、聖哉の名前が記された召喚リストだった。


 ――また聖哉に会えるんだ!!


「分かりました! 新たな異世界の救済、頑張ります!」


 承諾の意を伝えた後、聖哉のステータスをまじまじと見詰め……


「あ、あれ……?」


 私は召喚リスト下部の備考欄に忌々しい文言が書かれていることに気付いてしまう。



『記憶は前回時のままで召喚可能。ただし救済難度S以上の異世界救済案件に限る』



「な、な、何よソレえええええええええええええ!!」


 私が引き受けた異世界の救済難度はE。聖哉を召喚することは出来なかった。


 何だかブラーフマ様に上手くはめられた気がして憤慨したが時既に遅し。私は仕方なく、ごくごく普通の勇者を召喚し、割り与えられた世界の救済に赴いたのだった。


 ……その後も数回、異世界救済を引き受けたが、難度は全てD以下。イシスター様にも「難度S以上を!」とお願いしているのだが、そもそもそんな超絶難度の異世界など、そうありはしない。今回救済した世界クオルナを含め、私は聖哉に会えないまま、三つの異世界を救済していた。





 神殿を出て、剣神セルセウスが経営しているカフェに向かう。馴染みのメンバーがガーデンテーブルの椅子に腰掛けている。


「おかえりなさい! 頑張ってるわね、リスタ!」

「ま、また、い、異世界を、き、救済したのか。す、すごいな」


 私の姉的存在である封印の女神アリアと、滑舌の悪い軍神アデネラ様が話し掛けてきた。勧められた椅子に座りながら笑う。


「あはは。何だか、じっとしていたくなくて」


 すると背後から野太い声が聞こえる。


「ほう。上位女神ともなると違うな」


 そう言いながら紅茶を差し出してきたのは剣神セルセウス。マッチョな男神なのに気が弱く、今は剣を極めるより、喫茶店経営を極めようとしている神だ。……うん。自分で紹介しながら、どうかしていると思う。


 私は呆れ顔で、そんなセルセウスを眺めた。


「ってか、セルセウスは勇者召喚しないの?」

「しない! ケーキを作っている方が百倍楽しいしな!」


 きっぱり言い放ったセルセウスに脱力する。


「本当、不思議よね。セルセウスって、どうして人間から神になれたんだろ?」

「それは無論、生前、沢山の善行を為し、武の道を究めたからだろう!」


 自信満々に言ってのけるが、私もアリアもアデネラ様も全く持って腑に落ちない。


「た、確かに、な、謎だ。ど、どうしてこんなゴミみたいな奴が神に……」

「!! ねえ、『ゴミみたい』とか言わないでくれる!? 俺のカフェで茶を飲みながら!!」

「ええっと、アリア。人間から神になる方法って『生前に大きな善行を積む』か、『上位神からの推薦を受ける』――この二つしか無いのよね?」


 ちなみに私はアリアの勧めがあって女神になれたらしい。アリアは紅茶のカップをテーブルに置いて私を見詰めた。


「実は人間から神になる方法は、もう一つあるの」

「え! そうなの? それって?」

「『ディヴァイン・カップ』よ」

「でぃ、ディヴァイン・カップか。い、言われてみれば、も、もう、そろそろ開催の時期か」


 アデネラ様は呟いた後、セルセウスにジト目を向ける。


「ま、まぁ、このバカが人間の時、ゆ、勇者でしかも、でぃ、ディヴァイン・カップの勝者で、あ、ある筈がない。せ、セルセウスが神になったのは、な、謎のままだ」


「ぐぅっ!」と唸るセルセウス。だが、私はさっきから頭の上に『?』マークだ。


「ねえ。『ディヴァイン・カップ』って何なの?」


 するとセルセウスが小馬鹿にしたような顔を私に向けた。


「リスタ。お前、そんなことも知らないのかよ?」

「なっ、何よ!」

「リスタは百年前に女神として生まれたばかりだから知らないのも無理ないわ。ディヴァイン・カップは千年に一度、神界で行われる催しなの。難度の高い世界を救った勇者は次の男神、女神候補として名が挙げられる。そんな選りすぐりの勇者達がトーナメント形式で各々戦い、神となる権利を得る者を決める――それがディヴァイン・カップ神権争奪杯よ」

「へえー、そんなのあるんだ!」


 つまりそれで優勝すれば勇者から神様になれるって訳ね。セルセウスが楽しそうに私に言う。


「単純に『千年間で一番強い勇者を見つける』って感じで、神々にとっちゃあ、お祭りごとのようなものなんだ!」


 ――千年に一人の選ばれた『最強勇者』か。


 少し興味が湧いてきた。アリアが私に微笑む。


「まぁ神界は時の流れがずいぶん緩やかだから、千年って言っても人間界では十年に一度ってことだけどね。ちなみに参加資格は『難度A以上の異世界を救済したことがあり、また本人が死んだ後、神に転生する意志があること』。ディヴァイン・カップに参加する勇者は、特例として記憶も能力値も最大のまま召喚されるのよ」


 アデネラ様が肘でアリアをつんつんと突いた。


「あ、アリアの勇者も、で、出るんだろう?」

「ええ。一週間後の開催に向けてエントリーしてあるわ」

「えっ、そーなんだ!」


 叫んだ瞬間、私はふと気付く。


「ま、待って!! これってひょっとしたら、聖哉も呼べるんじゃない!? だって私と聖哉は難度S以上の世界を二回も救済したんだから!! 参加資格は満たしてるわ!!」


 今度こそ聖哉に会える! 胸をときめかせながら聖哉の勇者召喚リストを取り出すが、


「え……ええええええええっ!?」


 まるで召喚リストが今の話を聞いていたかのように、聖哉の名前の下にさっきまで無かった文言が現れている!



『竜宮院聖哉――ディヴァイン・カップ不適合。【理由】規定は満たしているが、本人に男神になる意志がない為』



「そんなあ……!!」


 ガッカリして大きな溜め息が出る。で、でも確かに聖哉ってば、ブラーフマ様直々のお誘いを断っちゃったのよね。それに良く考えたら、聖哉はこんな神界の催しなんかに出ない気がする……。


 それでも何だか悔しい気分が収まらない。


「はーあ。最強を決める勇者の大会に、聖哉みたいな逸材が出場出来ないなんて……」


 するとアデネラ様はコクコクと頷く。


「ま、間違いなく、せ、聖哉なら、ゆ、優勝候補の一人だろうな」

「ですよねー!! 100%優勝間違いなしですよ!!」


 そう叫んだ瞬間だった。『もにゅもにゅもにゅ』。妙な感触が私の胸にあった。


「……は?」


 視線を下げると私のオッパイが、背後から何者かの手に鷲掴みにされている!


「ひぃやああああああああああああああ!?」


 顔だけ振り向くと全身に鎖を巻き付けた半裸の女神、破壊神ヴァルキュレ様が両の口角を上げながら私の胸を揉みまくっていた。


「100%優勝、だと? そうとは限らねえぜ、リスタルテ。確かに竜宮院聖哉はスゲー勇者だ。アタシじゃなくて、お前が担当女神なのがムカつく程にイイ男だよ。だが、いいか。それでも三千世界は広いんだ」

「!? そんなことより、まずはオッパイ揉むのやめてくださいよ!!」


 暴れながら、どうにか破壊神の手を振り払う。ドレスを乱し、はぁはぁと息を切らす私とは対照的に、ヴァルキュレ様は何事もなかったかのように話を続けた。


「能力値で聖哉を上回る勇者は存在する。……たとえばコイツだ」


 ――え……?


 ヴァルキュレ様がアゴをしゃくらせるようにして示した先には、いつの間にか戦士のような格好をした男が立っていた。白銀の鎧をまとい、短い髪の毛は栗色。瞳は青く、顔には幾つもの傷跡が刻まれている。


「アタシが召喚した勇者の一人だ。名前はイーサン=シフォー。職業、バトルマスター。人間世界でここ十年、つまり神界一千年の間でアタシが知る限り最強の勇者だ」


 紹介された勇者は私達に手を振って微笑んだ。


「ミナサン、コンニチワー」


 !! いや、何でカタコト!?


「ヴァルキュレ様! この勇者ってば、日本人じゃないんですね……!」


 地球、それもアジア圏では根強く異世界ブームが続いている。召喚した際、本人達の理解が早いという理由で、神々の間では日本人を召喚するのが定石なのだ。


 ヴァルキュレ様は快活に笑う。


「イーサンは日本に住んでるんだよな。だから異世界召喚への理解も早ぇえ」

「ハーイ。私、関東にある基地で勤務してマスのでー」


 ええっ!! 基地って、もしかして現役の軍人さん!? な、何か色んな意味でホントに強そう!!


 ヴァルキュレ様は自信ありげにニヤリと笑う。


「リスタルテ。特別だ。イーサンのステータスを見せてやるぜ。能力透視してみろよ?」

「は、はい!」


 私は目を細めながらヴァルキュレ様の勇者の能力を見た。



 イーサン=シフォー

 Lv99(MAX)

 HP587654 MP55237

 攻撃力567444 防御力405152 素早さ384545 魔力25147 成長度999(MAX)……



 ――嘘っ!? 狂戦士状態でもないのに、攻撃力が50万を超えてるわ!!


 更に私が驚愕したのは、特技の項目を見た時だった。



『特技:破壊術式ヴァルキュリエ



「は、破壊術式まで使えるんですか!?」

「以前、聖哉に教えた後、ひょっとしたらコイツも覚えられるんじゃないと思ってな。呼んで教えたら案の定、習得しやがった。ヴァルハラ・ゲート天獄門以外の術式は全て教え込んである」


 ヴァルキュレ様の門外不出の破壊術式! 人間じゃ、聖哉にしか扱えないって思ってたのに!


 ヴァルキュレ様は勇者の肩に手を当てる。


「仮にコイツに称号を与えるなら『破壊の勇者』って感じかな」

「ヴァルキュレサン。それじゃあ何だか悪者みたいデスよー」


 そんな中、アリアがおずおずとヴァルキュレ様に尋ねる。


「と言うことは、ヴァルキュレ様。その勇者が今回のディヴァイン・カップに出場するのですか?」

「その通りだ。……アリア。お前の勇者も出るんだってな?」

「は、はい! 参加予定です!」

「残念だが出すだけ無駄だぜ。アタシの勇者に勝てる奴はいねー」


 ヴァルキュレ様は昔、聖哉にしたように、イーサンに抱きついて体を絡めた。


「優勝はアタシが育てたこの『破壊の勇者』イーサン=シフォーだ」

「ハーイ! 絶対勝って、将来は男神になりマース!」

「ハッハハ! よーし、その意気だ! それじゃあ勝利をより確実にする為、今から特訓すんぞ!」


 ヴァルキュレ様とその勇者イーサンが何処かへ歩いていくのを見ながら、アリアがプルプルと震えていた。


「こ、こうしちゃ居られないわ! 私も勇者を呼んでトレーニングさせないと!」

「でも、アリア! ヴァルキュレ様の勇者になんて勝てるの? すっごい能力値だったわよ!」

「私が呼ぶ予定の勇者は魔法に特化しているの! 見せてあげるわ! 勇者の勝負は物理的な攻撃力だけじゃないってことをね!」


 大きな胸をぶるんぶるん揺らしながら、神殿にある召喚の間に駆けていくアリアを見て呆気に取られてしまう。


「め、珍しいわね! アリアがあんなに熱くなるなんて!」


 すると、腕組みをしたセルセウスが言う。


「無理もない。由緒あるディヴァイン・カップで自らの勇者が優勝することは、担当する神にとっても大きな名誉なんだ」

「……アンタ、随分詳しそうね?」

「ふふふ、分かるか! 実は俺は今までの出場勇者の名前を全部言える程のディヴァイン・カップマニアなんだ! 水晶玉で過去の試合には何度も目を通してる!」

「マニア!? な、なら、どうしてアンタ、なおさら勇者召喚しないのよ!?」

「見るのは好きだが、やるのは嫌いなんだ」


 さらっと言ってのけたセルセウスに私は白い目を向けた。


「はぁ。いるのよねえ。何度も観戦しているうちに、いつの間にか自分が強くなった気になっちゃう『勘違い格闘オタク』が」

「!? 剣神に向かって勘違い格闘オタクはないだろ!!」

「そ、それにしても……ひひひひひひひ。『破壊の勇者』か。ひ、飄々としていたが、と、とんでもない人間だったな。い、一週間後の開催が楽しみだ」


 楽しそうに笑うアデネラ様を見ながら、私も思う。


 ――『聖哉を超える勇者』か。確かに気になるわ。一体どんなバトルをするのかしら……? 


 こうして私にとって初めてのディヴァイン・カップ神権争奪杯が始まろうとしていた。

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